第12話 栄光の扉
長く続く、そして一回でも負けたらアウトの、このトーナメントも残りわずか。
全64チームの戦いが、残り4チームに減っていた。
準決勝。
彼女たちの対戦相手は。
「うわっ。気持ちわりい」
思わず本音が漏れていたのは、諸積。
全身、ドロドロというより、顔色が緑色だったり、血まみれだったり、という不気味な容貌を持つ集団だった。ある選手は目が腐って垂れていた。
しかも、その割には、前回のスケルトン同様、
「本日はどうぞよろしくお願いします」
えらく礼儀正しく、キャプテンの初芝に握手を求めてきたのは、このゾンビチームを率いるキャプテンの、ベニーという男だった。
「え、ええ。よろしく」
額に冷や汗をかき、恐る恐る手を伸ばしていた初芝。
試合前の作戦会議では。
「キャプテンのベニー。4番を打ってます。パワーヒッターの割には三振が少なく、柔軟性があります」
扇の要、里崎が説明していた。ベニー、右投右打の外野手だった。
それに加え、監督の竜造寺が補足する。
「エースは、ミンチー。右投右打。最速は140キロ」
「140キロ? この世界じゃ大したことないな」
思わず黒木が反応していたが、竜造寺の代わりに、元・プロ野球のクローザーを務めていた佐々山が鋭く反応していた。
「いや、そんなことはない」
と。
「奴は直球が手元で微妙に動くんだ。それに加え、大きく変化するカーブに、チェンジアップ、そして決め球のシンカーと多彩な変化球を持っている。それに何よりも真面目な奴だ」
「真面目?」
「ああ。奴はすべての対戦相手の配球と結果、打者への対策をいちいちメモに取っているそうだ」
「ひえー。マメな奴っすね」
大村が露骨に驚いていた。
そして、試合開始。
「プレイボール!」
先攻、マリン高校。後攻、ゾンビチーム。
注目の一戦が始まった。
ところが、この試合は意外な展開を見せる。
初回から試合が動いたのだ。
初回、いきなり福浦がホームランを放ち、1-0とリード。
しかし、その裏に今度は、あの強打者のベニーが打席に立った。
カウント1-2からファールを挟んで、5球目。
内角攻めを行った黒木の高めのストレートが狙われた。
鋭い打撃音と共に打球は、ライトの頭上を襲い、ライトの諸積が下がるも、頭の上を越えていた。
スタンドイン。
一気に1-1に追いつかれ、試合は振り出しに戻る。
その後、4回表に、7番の大村がタイムリーヒット。しかしその裏にゾンビチームが連打で同点に再び追いつく。
試合は、一進一退のまさに「シーソーゲーム」と化しており、1点を争う、準決勝に相応しい好ゲームとなっていた。
7回表。
美浜マリン高校が再び1点をリードするも、8回裏。またもゾンビチームの主砲、ベニーのタイムリーヒットで追いつかれ、3-3となる。
シーソーゲームで、流れがどっちに行くかわからない中、「流れ」を引き寄せるプレーが生まれたのは、その8回裏。
ベニーのタイムリーのあと、5番を迎えた。
鋭い打撃音のあと、ボールは三遊間に飛んだ。
サード気味の深いところ。しかしショートの名手、小坂がこの難しい打球を逆シングルで捉えたかと思うと、鋭く二塁に送球。
セカンドの堀がキャッチして、すぐさま一塁の福浦に送った。
「アウト!」
「おおっ!」
歓声が上がっていた。
まさに流れるように綺麗な6-4-3のダブルプレーが完成していた。
それこそまさに「プロ」のような、完成された美しい連携プレーだった。
ベンチに帰りながら、彼女たちはグラブを合わせて互いを労っていた。
野球ではこうした「ワンプレー」が流れを変えることがある。そして、これが「呼び水」となる。9回表。
1アウト2塁のチャンス。
打席に入ったのは、2番の小坂琴美。身長154㎝。実はチームで最も小柄であり、しかし守備には定評がある、「すばしっこい」少女。
その彼女。
その日は、3打数0安打。1四球。当たってはいなかった。
しかし、打席に立つ前に、竜造寺からアドバイスを受けていた。
そのアドバイスとは。
「決め球のシンカーが来る前に、捉えろ。出来ればカーブを狙い打て」
という物だった。
彼女、小坂はとある名曲を心の中で口ずさみながら、打席に入っていた。
(思いつきみたいな夢 笑われた時もあったね)
から始まるその曲は、かつて甲子園と呼ばれる、高校球児たちの夢舞台で歌われた曲だった。
「ストライク!」
初級はチェンジアップ。見送り。
そのまま、小坂は2、3球目を見送った。判定はギリギリでボール。
カウント2-1。
4球目は、大きく弧を描くカーブだった。
(それぞれを待っている栄光の扉が必ずあるんだ)
彼女が心の中で、口ずさんだ瞬間。
―キン!―
綺麗な打撃音が轟いた。
「打球が三遊間に飛ぶ!」
アナウンスの声が響く。
ゾンビチームのサードとショートがほとんど交錯するようにボールに飛びつく。
捕えれたら、間違いなくアウトになるコース。
しかし、
「抜けた!」
ボールはショートが伸ばしたグローブのわずか先を通過。
そのままレフト方向へ流れた。
2塁ランナーは、四球で出て、その後、盗塁した俊足の1番、諸積だった。
レフトが飛び出してくる。そしてキャッチ。
通常ならば、この場面では本塁突入はありえないタイミングと言える。
しかし、
「あっと。レフト、こぼした!」
レフトのゾンビは焦ったのか、一度キャッチしたはずのボールをグローブから零れ落としていた。
この辺り、まるで高校生のようなプレーだった。
それを見た諸積は、躊躇することなく、足を動かして、三塁ベースを思いきり蹴っていた。
レフトは、慌ててボールを拾い上げて、バックホーム体勢に入る。
レフトから鋭い返球がホームベースに返ってきた。
諸積は、珍しく頭から突っ込むように、ヘッドスライディングを敢行していた。
砂煙が上がり、もうもうと視界を遮るように煙が立ち上がる。
そんな中、緊迫した面持ちで見守る観客やマリン高校メンバー、ゾンビチームメンバーたち。
そして、結果は。
「セーフ!」
「よっしゃ!」
ベンチにいた、ムードメーカーの里崎が飛び上がって喜んでいた。
4-3。
三度どころか、四度目のリードに湧く、三塁側のマリン高校ベンチ。
そして、9回裏。
マウンドに立ったのは、黒木ではなく、小林だった。
この注目の一戦。
それも、わずか1点差の9回裏。
相手は2番からの好打順で、クリーンナップに当たり、当然ながら、4番のベニーにも当たる。
なのに、竜造寺は躊躇なく、選手を交代した。
小林は、緊張した面持ちでゆっくりとマウンドに上がった。
そして、彼女の球が躍動する。
「ストライーク! バッターアウト!」
鋭いスライダーとシュートを見せ球、カウントを稼ぐ球に使い、決め球はストレート。その日の最速は152キロに達していた。
それを見て、竜造寺は笑みをベンチで浮かべていた。
「何すか、監督?」
ベンチに下がっていた、黒木が不思議そうに尋ねる。
「ああ。やっぱり投手の基本は、ストレートだと思ってな」
「ええ。それには同意します」
黒木もまた頷いた。
つまり、いかに素晴らしい変化球を持っていたとしても、いいストレートがなければ、その変化球が生きない。というのが、二人の一致した見解だったのだ。
その点で、その日の小林の調子は良く、ストレートが「走っていた」。
続く3番バッターをショートゴロに抑え、ついに4番のベニーとの対戦となる。
この日のベニーは3打数2安打。1本塁打と1本のタイムリー2ベースを打っていた。
里崎がサインを送る。
そして、
「ストライク!」
あっという間にカウント1-2と追い込んでいた。
その後、2球続けてベニーはファールで粘る。
6球目。
小林は、渾身のストレートを外一杯の低めに投げ込んだ。
その日、最速にして自身、「最高」の球とも言える、ノビのあるストレートだった。
小林は決して、制球がいいピッチャーではない。
事実、その球は弱冠、ボール気味だった。
しかし、
―ブン!―
大きな弧を描いて、ベニーのバットが空を切っていた。
「ストライク、バッターアウト!」
「試合終了! 4-3。美浜マリン高校、ついに決勝進出決定! これはまさにダークホースだ!」
実況アナウンサーの声が響き渡り、彼女たちナインがマウンドの小林の元に集まって、祝福していた。
ついに、彼女たちは、長い旅路の果てに、決勝の舞台へとたどり着いたのだった。