第10話 BRAND NEW SKY
「あの、マリン高校のみなさん」
試合が終わった後、彼女たちマリン高校のメンバーの前に、現れて声をかけてきた一団がいた。
彼らの一人が「人間チームに初の優勝を」と書かれた大きな旗を持っていることに気づいた竜造寺が、
「おお、人間応援団か。元気にやってるか?」
と反応した。その口ぶりから竜造寺は彼らのことを知っていたらしい。もっとも異世界生活が2年以上と彼は長いから不思議ではないが。
「はい。お久しぶりです、竜造寺さん。私たちは皆様の戦い方に感服しました。是非、人間界を代表して、応援させていただきたく」
と礼儀正しく頭を下げてきたのは、30代くらいの比較的若い、メガネ姿の青年だった。
「申し遅れました。私は、人間チーム私設応援団団長を務めます、ポランコと申します」
「どっかで聞いたような……」
珍しく小坂が首を傾げていた。
見たところ、全然西洋人っぽくなく、彫も深くない、日本人のように見える青年なのに、名前はポランコというらしい。
そして、
「ありがとうございます。美浜マリン高校女子硬式野球部、キャプテンの初芝です。期待に添えるようにがんばります」
こちらも礼儀正しいキャプテンの初芝が頭を下げていた。
それらの姿を見ていて、反応したのは彼女たちだった。
「ねえねえ。応援団ならさ、応援歌を演奏してくれない?」
図々しいというか、神経が図太いというか、ムードメーカーのキャッチャー、里崎だった。
さらにそれに続き、
「いいですわね。応援歌があるのと、ないのとでは、試合中のテンションの上がり方も変わってきますわ」
「ですね。特にチャンステーマなんか、取り入れてもらえれば」
「チャンステーマと言えば、やっぱあれだろ」
福浦、堀、そして諸積。次々に声を出す彼女たちに、面食らった形になって驚いていたポランコは、傍らにいた、若い女性を彼女たちに紹介した。
「それでしたら、彼女にお任せ下さい」
「はじめまして。人間チーム私設応援団ブラスバンドチームリーダーのリーです」
「リーって、やっぱどっかで聞いたような……」
と、お約束のセリフを述べる大塚。
その、リーと言う、名前から聞くと、中華系のような名前の割には、日本人っぽい女性で、20代前半くらいの女子大生くらいの年齢だった。
セミロングの髪に、綺麗な大きな瞳が特徴的な可愛い系の女性で、身長160㎝前後。ちょっとしたアイドルにいてもおかしくないルックスの良さだったが、この若さでブラスバンドチームを率いるリーダーだという。
「ええと。リーさんでしたっけ?」
「はい」
「応援歌について、相談があるんですが」
「お聞きします」
結局、リーダー同士、初芝とこのリーが中心になり、試合中に流す、「応援歌」を決めることになった。
しかし、次の試合、準々決勝は翌々日に迫っていた。
つまり、もう時間がないから練習している余裕はない。
そこで、「お互いが知っている」曲を演奏してもうらうことにした。
特に、「野球」の応援歌として、割と定番になっている曲を中心としたもの。
幸いだったのが、すでに人間チーム私設応援団を知っていた竜造寺が、現実世界の野球の応援で流れる曲のいくつかを彼らに教えていたことだった。
動画投稿サイトなどがないこの世界では、口伝で伝えることが中心になるから、当然、普通に考えると完璧な再現は難しい。
しかし、これも非常に運がいいことだが、竜造寺の後に転移してきた、佐々山が実は音楽を趣味としていて、トランペットの演奏のため、楽譜をいくつかこの世界に持ち込んできていた。その楽譜の多くが、野球の応援歌に関する物だった。
佐々山は引退後に、トランペットを始め、この野球の応援歌を中心に演奏の練習をしていた。
そのため、だいぶ前に佐々山から竜造寺を通して、彼ら人間チーム私設応援団、特にブラスバンドチームに楽譜が渡っており、彼らはすでにある程度の演奏は出来るという。
応援団は総勢30人ほどしかいないが。
ブラスバンドチームは、25人。それ以外のポランコ率いる5人は、まるで東京六大学の応援団のように、学ランを着て、応援の掛け声をやるらしい。
意外と本格的な応援団であり、彼女たちマリン高校は、新たに同族である人間たちからの応援を得ることになった。
ちなみに、彼らの多くがこの異世界のセギノール王国の首都、ペタジーニに住んでいる住人だった。
魔王が住むお膝元とも言えるペタジーニだが、人間たちも住んでいたのだ。
「しかし、あの飲んだくれの佐々山さんの趣味がトランペットとはねえ」
「似合わないですね」
「マジでそうだな。わからんもんだ。まあ、そのお陰で、応援歌を聞けるけどな」
外野三人組の大村、大塚、諸積が口々に意見を言っていた。
実は、彼ら人間チーム私設応援団は、まさか人間チームが本当に、この大会で準々決勝まで進むとは思ってなかったという事情があった。
つまり、彼らは様子を見ていたのだ。
ところが、マリン高校が予想外の快進撃を続けており、ようやく重い腰を上げて、本格的に彼女たちを応援しようと思い始めたのだった。
そういう事情を、竜造寺は薄っすらと気づいていたが、マリン高校のメンバーはもちろん誰も気づいてすらいなかった。
ともかく、準々決勝を前にして、彼女たちは「応援団」の力を手に入れたのだった。