第七話:新たな噂と旅立ちの味
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「グリフォンズ・ティアーズ」を酌み交わした翌朝、俺は心地よい気怠さと共に目を覚ました。アストリッドは既に起きており、手に入れたばかりの伝説の鉱石を、うっとりとした表情で眺めている。その瞳は、恋する乙女のようにキラキラと輝いていた。
「おはよう、リオン。昨日の酒は最高だったな。ドワーフの神々に誓って、生涯で一番の味だった」
「お口に合ったようで、何よりです」
俺たちがそんな会話をしていると、宿の主人が、恐る恐る部屋の扉をノックした。
「あ、あの…昨夜、厨房から漂ってきたあの素晴らしい香りの主は、あなた様でしたか?」
どうやら、俺がジンを造っていた時の香りが、宿中に知れ渡ってしまったらしい。主人は、震える手で金貨の入った袋を差し出した。
「もし、もしよろしければ、あの奇跡のようなお酒を、一瓶お譲りいただけないでしょうか!」
俺は、丁重に、しかしきっぱりと首を横に振った。
「申し訳ありません、マスター。あれは、俺の相棒が命がけで手に入れた勝利を祝うために、特別に造ったものなんです。金貨では、あの味は買えません」
主人はひどく残念がったが、俺の言葉に何かを感じ取ったのか、深く頭を下げて下がっていった。
だが、噂は人の口に戸を立てられない。
その日のうちに、ツェルバルク領のこの宿場町では、「鉄壁の迷宮の主を討ち取った謎のドワーフの女傑と、神の如き酒を造る若き醸造家」の伝説が、まことしやかに囁かれ始めていた。
その噂は、ちょうど町に補給に来ていた、バルト卿配下の騎士たちの耳にも届いていた。
「聞いたか? 迷宮でグリフォンを倒した二人組がいるらしいぜ。なんでも、その連れの男が造る酒は、魂が震えるほど美味いそうだ」
「馬鹿言え。そんなもの、どうせ尾ひれのついた噂話だ。だいたい、このツェルバルク領で、バルト様が認める以上の酒が造れるものか。あの役立たずのリオンでもあるまいしな!」
彼らは、自分たちが笑い飛ばしている伝説の片割れが、かつて自分たちが蔑んだ若者だとは、まだ知る由もなかった。
俺とアストリッドは、そんな噂を背に、旅立ちの準備を進めていた。
「さて、リオン。この鉱石で最高の鎚を打つには、ただの鍛冶場じゃダメだ。清らかなマナが満ちた場所で、特別な水を使って焼き入れをする必要がある」
アストリッドの言葉に、俺は脳内の「食材マップ」を展開する。
「それなら、行き先は決まっています。南へ向かいましょう。ドルヴァーン家が治める、広大な森へ」
「ドルヴァーン領、だと?」
「ええ。あそこの森の奥深くには、**『星屑の泉』
と呼ばれる聖地があるそうです 。その水は、どんな穢れも清める力を持つとか。あなたの鎚の焼き入れに、これ以上の水はないでしょう」
俺の言葉に、アストリッドの目が輝く。
「それに…」と俺は続けた。「その泉のほとりには、マナ中毒すら癒すという『星屑草』が咲き乱れているはずです 。それらを使えば、きっと、至高の薬酒や、全く新しい概念のブランデーが造れる」
俺たちの目的は、再び完璧に一致した。
新たな冒険への期待に胸を膨らませ、俺たちはリューンとは逆方向の、南へと続く街道へと馬を進める。
どこまでも続く青い空を見上げながら、俺はふと、遥か北の空を思った。
俺の【霊脈味覚】の片隅で、今もなお、微かに感じられる、あの悲しくて甘美な味覚の奔流。
ヴァイスハルト家が治める嘆きの氷河からの呼び声 。
それが何なのかは、まだ分からない。
だが、いつか必ず、あの味の正体を確かめに行こう。
心にそう誓い、俺はアストリッドと並んで、新たな冒険へと踏み出した。
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次話は07:00&不定期公開予定。
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