第六話:戦士に捧げるジン
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疲労困憊の体を引きずり、俺たちは「鉄壁の迷宮」から生還した。背にした革袋のずっしりとした重みが、俺たちの勝利の証だった。洞窟の外の、新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込む。生きてる、という実感が、じわりと体に広がった。
「ははっ、どうだリオン! これで最高の鎚が打てるぜ!」
アストリッドは、手に入れた伝説の鉱石を太陽にかざし、子供のようにはしゃいでいた。その笑顔は、迷宮の中で見せたどの表情よりも輝いて見えた。
麓の宿場町に戻った俺たちは、まず宿を取り、泥のように眠った。
そして翌日。俺の本当の仕事が始まった。
「マスター、この宿の厨房を、一日だけ貸していただけませんか。最高の酒で、お代はお支払いします」
俺の真剣な申し出に、宿の主人は「面白そうだ」と快く場所を貸してくれた。
厨房に、俺は戦利品を並べる。
清らかなエーテルを放つ**「鉄線花」** 。魔獣の王たる**「グリフォン」
の心臓の一部 。そして、
「錆び狼」**の牙 。これらが、俺の「芸術」の材料だ。
アストリッドは、興味深そうに、しかし手出しはせず、壁に寄りかかってその様子を眺めている。
まず、リューンの市場で買った最高級の麦芽を蒸留し、クリアなスピリッツを造る。ここまでは、前世の知識の応用だ。
次に、錆び狼の牙を石臼で丁寧に、丁寧にすり潰し、粉末にする。この粉末をフィルターとして使うことで、スピリッツから最後の雑味を取り除き、刃物のように鋭く、どこまでも透明な酒質を生み出す。
そして、主役である鉄線花。その花弁だけを、一枚一枚、傷つけないようにスピリッツに浸していく。花の持つ、硬質で甘いエーテルが、ゆっくりと酒に溶け出していくのが、【霊脈味覚】を通して手に取るように分かった。
仕上げに、グリフォンの心臓を、針の先ほど、ほんの僅かだけ削り取り、加える。これは味のためじゃない。この酒に、空の王者の「魂」を宿らせるための儀式だ。
「――いくぞ」
俺は小さな樽に手をかざし、全神経を集中させて【時酵】を発動させる。体中のマナが、再び奔流となって吸い上げられていく。樽の中で、数年、数十年という時間が、一瞬に凝縮されて過ぎ去っていく。
やがて、樽の隙間から、信じられないような芳香が立ち上った。
冷たい鋼の匂い。花々の蜜の香り。そして、嵐の後の、雷鳴のような力強い香り。その全てが完璧な調和をもって、厨房を満たしていた。
その夜。俺たちの部屋で、アストリッドは黙って俺がグラスを差し出すのを待っていた。
俺は、無地の小瓶から、水晶のように透明な液体を、二つの素焼きのカップに注ぐ。
「お待たせしました。俺たちの勝利の酒、**『グリフォンズ・ティアーズ(グリフォンの涙)』**です」
アストリッドは、カップを受け取ると、まず、その香りを嗅ぎ、驚きに目を見開いた。そして、意を決したように、その液体を一口、口に含んだ。
次の瞬間、彼女の金色の瞳が、カッと見開かれた。
「――ッ!」
声にならない声が、彼女の喉から漏れる。
最初に舌を打つのは、鋼鉄の刃のような、鋭くドライな衝撃。次に、鉄線花の華やかで複雑な香りが、鼻腔を駆け抜ける。そして最後に、喉を通り過ぎた後、腹の底から、グリフォンの魂がもたらす、雷のような熱い力が、湧き上がってくる。
それは、ただ「美味い」という言葉では表現できない、一つの「物語」だった。迷宮の冷たさ、花の美しさ、そして、死闘の末に掴んだ、勝利の熱。
「……かぁーっ!」
アストリッドは、ジョッキをテーブルに叩きつけるように置くと、心の底から叫んだ。
「こいつは…こいつは、ただの酒じゃねえ! 私たちの戦いだ! 魂が、震えるじゃねえか…!」
彼女は、最高に気持ちよさそうな笑顔で、一気にカップを空にした。
「決めたぞ、リオン!」
アストリッドは、俺の肩をがっしりと掴んだ。
「私は、これからはお前さんの正式な相棒だ! こんな冒険と、こんな酒が待ってるなら、伝説の鉱石なんざ、そのついでに見つければいい!」
最高の褒め言葉だった。俺は、照れくささと嬉しさで、ただ笑うしかなかった。
こうして、俺は最高の相棒を得た。
俺たちの祝杯は、夜が更けるまで、続いた。
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次話は07:00&不定期公開予定。
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