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第五話:鋼鉄の花と迷宮の主

 俺たちが足を踏み入れた広大な空洞は、まるで世界の常識から切り離されたかのような、幻想的な光景をしていた。

 壁や地面の至る所から、金属質の光沢を帯びた、百合のような形の花が咲き乱れている。その花弁は、まるで鍛え上げられた鋼のように滑らかな輝きを放ち、ランプの光をキラキラと反射していた。これが、俺の求めていた「鉄線花てっせんか」。空洞全体が、鋼鉄のように硬質で、それでいて花の蜜のように甘い、気高いエーテルで満たされていた。


「すげえな…こんな群生地は初めて見たぜ」

 アストリッドも、その光景に息を呑んでいる。彼女の目当てである伝説の鉱石も、これほどエーテルが濃い場所なら見つかる可能性が高い。俺たちの目的は、この場所で完全に一つになった。


 だが、その静寂は、突如として破られた。

 空洞の奥、影が最も濃い場所から、巨大な影が翼を広げて舞い降りてきたのだ。鷲の鋭い頭と上半身、ライオンの力強い下半身。山岳地帯に君臨するという魔獣「グリフォン」。その金色の瞳は、縄張りを荒らす侵入者である俺たちを、明確な敵意をもって捉えていた。

「リオン、下がりな! こいつは今までの奴らとは格が違う!」

 アストリッドが叫び、戦斧を構えてグリフォンの前に立ちはだかる。


 戦いは、熾烈を極めた。

 グリフォンが風を巻き起こしながら突進し、剃刀のような爪を振り下ろす。アストリッドはそれを戦斧で弾くが、その衝撃に体ごと押し返された。

「こんの、化け物が…!」

 彼女は怯むことなく、逆に踏み込んで斧を振るう。だが、グリフォンの体表は硬く、決定的なダメージを与えられない。空中からの滑空攻撃と、地上での俊敏な動きに、歴戦の戦士であるアストリッドが徐々に追い詰められていく。

 ただの力押しでは勝てない。俺は焦りながらも、全神経を【霊脈味覚】に集中させた。


(見える…! グリフォンのエーテルの流れが! 胸の中心、心臓部だけが、渦を巻くようにマナを循環させている! あそこが核だ!)

 弱点は分かった。だが、どうやってあの素早いグリフォンに、アストリッドの渾身の一撃を叩き込む?


 その時、俺の脳裏に、もう一つの情報が閃いた。鉄線花。この花が放つ特異なエーテルを、一部の魔獣は極端に嫌う。賭けるしかない。

「アストリッドさん! 次の一撃で決める! 俺の合図で、奴の胸を狙ってください!」

「何をする気だ!」

「ソムリエの、奇策です!」

 俺は、返事も待たずに駆け出すと、足元に咲いていた鉄線花を、手当たり次第に数本引き抜いた。そして、懐から道中の試作品である高濃度の蒸留酒の小瓶を取り出すと、その中に花を無理やりねじ込み、手で激しくシェイクする。

 即席の、鉄線花リキュール。いや、これは酒じゃない。魔獣に対する、エーテル兵器だ。

 グリフォンがアストリッドに止めを刺そうと、大きく翼を広げた。

「今です!」

 俺は、瓶の栓を開け、中の液体を全力でグリフォンの顔めがけてぶちまけた。


「ギィヤアアアアアッ!!」


 強烈なアルコールと、凝縮された鉄線花のエーテルを浴びたグリフォンが、苦悶の絶叫を上げて暴れる。その動きが一瞬、完全に止まった。

 その隙を、アストリッドが見逃すはずがなかった。

「おおおおおっ!」

 彼女は雄叫びと共に地面を蹴り、持てる全ての力を戦斧の一点に込めて、がら空きになったグリフォンの胸の中心へと、その刃を深々と突き立てた。


 巨体が、地響きを立てて崩れ落ちる。

 静寂が戻った空洞で、俺とアストリッドは、肩で息をしながら、倒れた迷宮の主を見下ろしていた。

「…ははっ。本当に、やりやがったな、お前さん」

 アストリッドが、疲労と安堵の混じった笑い声を上げた。


 俺たちは、勝利の代償として、最高の報酬を手に入れた。俺は純度の高い鉄線花を、アストリッドはグリフォンの巣の奥で輝いていた、目当ての伝説の鉱石を。そして、貴重なグリフォンの素材も。


 革袋ずっしりと詰まった鉄線花を手に、俺はアストリッドに向かって言った。

「さあ、アストリッドさん。本当の仕事は、ここからです。地上に戻って、人生で最高の祝杯をあげましょう」

 俺の言葉に、彼女は満面の笑みで頷いた。俺たちの最初の冒険は、最高の結果をもって、幕を閉じようとしていた。









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