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第四話:鉄壁の迷宮と分析官(アナリスト)

 宿場町で最後の準備を整えた俺たちは、翌朝、ついに「鉄壁の迷宮」の入り口に立った。


ツェルバルク家本領の西端、山岳州との国境に口を開ける、天然の巨大ダンジョン 。その名の通り、鉄鉱石を豊富に含んだ黒い岩壁が天を衝くようにそそり立ち、見る者を威圧する。中から吹き出す風はひんやりと冷たく、鉄錆と、湿った土の匂いが混じり合っていた。



「さて、と。ここからが本番だ。いいかリオン、私の側から絶対に離れるなよ」

 アストリッドは巨大な戦斧を肩に担ぎ直し、その表情を引き締めた。その瞳には、昨夜の焚き火の前で見た柔らかさはなく、歴戦の戦士の光が宿っている。俺は頷き、彼女の背中を追って、一歩、迷宮の闇へと足を踏み入れた。


 迷宮の内部は、想像以上に静かで、不気味なほどだった。自分たちの足音と、時折天井から滴る水滴の音だけが、高く広い洞窟に反響する。壁の岩肌は、鉄鉱石を豊富に含んでいるのか、ランプの光を鈍く反射していた。

「上層は道も広いが、油断はするな。奴らは、どこからでも現れる」

 アストリッドが声を潜める。その言葉が終わるか終わらないかのうちに、俺の【霊脈味覚】が、前方から複数の敵意あるエーテルの流れを感知した。それはまるで、腐った血のような、濁ってざらついた味覚情報だった。

「アストリッドさん、来ます! 右手の通路から、5頭! 速いです!」

「おう!」

 アストリッドが即座に戦斧を構える。暗がりから、低い唸り声と共に、赤黒い毛皮を持つ狼型の魔獣が姿を現した。その口元からは、絶えずポタポタと粘液が滴り落ちている。

「ちっ、錆びラストハウンドか! 騎士の鎧をも溶かす厄介な奴らだ!」


錆び狼の群れが、爛々と光る目で俺たちを取り囲む。その一頭が、弾丸のような速さでアストリッドに飛びかかった。彼女はそれを巨大な盾で受け止めるが、甲高い音と共に、盾の表面がジュッと泡立ち、青白い煙を上げて僅かに腐食した 。



「くそっ、やっぱり面倒くせえ!」

 アストリッドが舌打ちする。だが、その瞬間、俺のギフトが敵の弱点を鮮明に捉えていた。

「アストリッドさん! 奴らの弱点は喉元です! そこだけマナの流れが薄い! それと、壁に生えてるあの酸っぱい匂いのする苔を嫌がっています! 奴らの唾液のアルカリ性を、苔の酸が中和するんです!」


 俺は戦闘はできない。だが、ソムリエとして鍛えた嗅覚と、ギフトの分析力がある。俺は近くの壁から苔をひっぺがすと、一番近くにいた錆び狼の顔めがけて力一杯投げつけた。

「ギャンッ!」

 狼が、強烈な酸っぱい匂いと粘液に顔を背けて怯む。

「でかした、リオン!」

 その一瞬の隙を、アストリッドは見逃さなかった。彼女の戦斧が唸りを上げ、ドワーフの戦士とは思えぬほどの俊敏さで敵の懐に潜り込むと、閃光のように走り、的確に狼の喉元を切り裂いた。一頭が悲鳴を上げて倒れると、群れの統率は乱れた。残りを片付けるのに、そう時間はかからなかった。


「お前さん、ただの後方支援ナビゲーターじゃねえな。最高の『分析官アナリスト』だ」

 戦闘後、アストリッドは腐食した盾の表面を苦々しく眺めながらも、感心したように俺の肩を叩いた。

「あんたの指示がなけりゃ、このお気に入りの盾が再起不能リタイアになるところだった」

「お役に立てて光栄です」

 俺はそう答えながら、倒れた錆び狼を観察していた。【霊脈味覚】で分析すると、その肉は強烈な金属臭とアンモニア臭があり、食用には全く適さない。だが、牙に微かに含まれる成分は、何かの触媒を使えば、面白い反応を起こしそうだった。俺はアストリッドが訝しむのも構わず、牙を数本、革袋に仕舞った。


 俺たちは、さらに迷宮の奥深くへと進んでいく。空気が変わった。湿度が下がり、代わりに清浄で、どこか凛とした金属の匂いが満ちている。

 その時、俺の【霊脈味覚】が、これまでとは比較にならないほど、強く、クリアな反応を捉えた。

「アストリッドさん、この先にあります」

 俺の声は、自分でも気づかぬうちに、興奮に震えていた。

「俺の探している鉄線花てっせんかのエーテルです。鋼鉄のように硬質で、それでいて花の蜜のように甘い、気高い味がする」



 だが、それだけではなかった。

「でも、何かが混じっています。もっと巨大で、力強い、別の何かが。…嵐の前の静けさと、誇り高い孤高の味がします」


 俺たちの視線の先、通路が大きく開け、広大な空洞へと続いているのが見えた。

 そこが、俺たちの目的地であり、そして、この迷宮の主が待ち受ける場所であることは、疑いようもなかった。アストリッドは、無言で戦斧を握り直し、その瞳に闘志の炎を宿していた。

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