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第二話:自由都市と赤銅の鍛冶師

 バルト卿の領地を追い出された俺が持っていたのは、着の身着のままの服と、懐に忍ばせた、あの奇跡の一滴が入った小瓶だけだった。だが、不思議と心は軽かった。もう、誰かの顔色を窺う必要はない。俺は、俺が信じる「味」だけを、追い求めることができるのだから。


 まずは、


自由都市リューンを目指す。どの領主の支配も受けず、腕さえあれば誰でも成り上がれるという、あの街へ 。



 道中の旅は、厳しいものだった。食料は、俺のギフト【霊脈味覚】を頼りに、自力で調達するしかない。この草は苦いが毒はない、あの木の実には僅かにマナを回復させる効果がある、この泉の水は清浄でミネラルの味がする。俺の舌は、この世界のあらゆるものの「味」を分析し、生き抜くための武器となった。


 数日後、ようやくたどり着いたリューンの城門をくぐり、俺はまず冒険者ギルドへと向かった。腕利きの護衛を雇うにも、まずは日銭を稼がねばならない。

「戦闘経験ゼロ、魔法も使えない? あなたのような方が受けられる依頼は、せいぜい下水道の掃除くらいですよ」

 ギルドの受付嬢は、俺を値踏みするように見ると、にべもなくそう言い放った。この世界では、やはり、力こそが全てらしい。


 途方に暮れた俺は、ギルドの隣にある、騒がしい酒場へと吸い込まれた。活気はあるが、出されるエールは案の定、酸っぱくて気の抜けた代物だ。

「マスター、このエール、少しだけいじらせてもらえないか? もっと美味しくしてみせる」

 藁にもすがる思いで申し出ると、人の良さそうなマスターは「面白そうだ」と笑って許可してくれた。

 俺は、道端で摘んでおいた数種類のハーブをエールに漬け込み、ギフト【時酵】をごくわずかに、誰にも気づかれない程度に発動させる。数分後、酸味の角が取れ、爽やかな香りをまとった即席のベルモットのような酒が完成した。

「こいつは驚いた! まるで別の酒だ!」

 マスターは目を丸くし、俺に銀貨数枚と、しばらく店にいていいという許可をくれた。


 その日の夕暮れ。酒場の隅の席で、一人のドワーフが黙々と自分の戦斧を手入れしていた。屈強な、しかし無駄のないしなやかな筋肉。煤で汚れてはいるが、通った鼻筋と大きな瞳が印象的な、整った顔立ちをしている。編み込まれた赤銅色の髪が、ランプの光を浴びて鈍く輝いていた。

 彼女の前に、俺が「改良」したエールが置かれる。彼女は、無造作にジョッキを掴むと、ぐいっとそれを煽った。

 そして、その動きが、ぴたりと止まる。

 驚いたように目を見開いた彼女は、もう一度、今度は香りを確かめるように、ゆっくりとジョッキを口に運んだ。


「……ああ、美味いな」

 ふっと、戦士の顔が和らぐ。その声は、ハスキーだが心地よく響いた。

「なんだろうな、この香り…。故郷の、


山岳州の、雪解けの季節の山の匂いがする」





 この人、ただの脳筋ドワーフじゃない。豊かな感受性を持っている。


「おい、そこの小僧。この酒、お前さんが造ったのか?」

「ええ、まあ」

 彼女はアストリッドと名乗った。故郷で名の知れた鍛冶師だったが、最高の鎚を打つため、伝説の鉱石を求めて「鉄壁の迷宮」に挑み、返り討ちに遭ったばかりだという 。



「あんた、面白い舌と腕を持ってるじゃないか。何者だ?」

「俺はリオン。訳あって、同じく『鉄壁の迷宮』に用があるんです。そこに自生しているという、特殊な植物を探しています」

「ほう? だが、お前さんみたいなひょろひょろの若造が一人で行っても、最初の魔獣に食われて終わりだぞ」

「だから、護衛を探しているんです。あなたのような、腕の立つ戦士を」


 俺は、なけなしの銀貨をテーブルに置き、頭を下げた。

「これは、手付金です。成功報酬は、俺が造る『最高の酒』で、どうでしょうか」

 アストリッドは、最初は鼻で笑っていた。だが、俺が自分のギフト【霊脈味覚】で、彼女の傷ついた戦斧の素材(希少な黒鋼と竜骨の柄)や、彼女自身が気づいていなかった体の不調(マナ循環の乱れ)を的確に言い当てると、その表情を驚愕に変えた。


「……面白い。お前さん、ただの酒造りじゃねえな」

 しばらく腕を組んで唸っていた彼女は、やがて、悪戯っぽくニヤリと笑った。その笑顔は、意外なほどチャーミングだった。

「いいだろう、その話、乗った! 私の鉱石探しが終わるまで、という条件付きだがな」

 彼女は立ち上がると、俺の肩をバンと力強く叩いた。

「ただし、私が最高の鎚を完成させたら、お前さんのその『最高の酒』を一番に注ぐための、最高のゴブレットを打ってやる。だから、それに見合うだけの代物を造れよ? 約束だ」


 こうして、俺は最高の護衛であり、最高の飲み仲間となる、気風のいい姉御肌の相棒を得た。

 利害の一致から始まった、奇妙な二人組。

 俺たちの最初の冒険が、今、始まろうとしていた。

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