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第十六話:鍛冶師の炎と、市場の隠し味

 自由都市リューン。職人と商人が集うこの街は、相変わらずの活気に満ちていた。俺たちは、まず街で一番腕利きの職人が集まるという鍛冶師ギルドへと向かった。そこは、石と鉄でできた巨大な建物で、中からは絶えず響く槌音と、石炭の匂い、そして熱気が溢れ出していた。


「よう、お嬢ちゃん。何の用だ? ひやかしなら帰りな」

 ギルドマスターと思しき、腕周りが俺の胴体ほどもある、白髭の老ドワーフが、俺たちを値踏みするように見た。

 アストリッドは、臆することなく、背負っていた袋から伝説の鉱石を取り出して、カウンターに置いた。星屑の泉の聖水で焼き入れされた鉱石は、内部から淡い星々の光を放っている。

「こいつを打つ。あんたんとこの、一番いい『地脈の魔導炉』を借りるぜ」

 ギルドマスターの目が、驚きに見開かれた。

「…そいつは、星銀鋼せいぎんこうか。こんな代物、旅の鍛冶師風情が扱えるもんじゃねえ。しくじれば、お前さんの腕ごと持っていかれるぞ」

「私の腕を、誰と比べてるんだい?」

 アストリッドは言葉で返さず、行動で示した。彼女は近くにあった作業台から、ありふれた鉄のインゴットとハンマーを借りると、炉で軽く熱し、その場で打ち始めたのだ。

 カン、カン、と響く音は、ただの力任せの打撃音ではなかった。まるで音楽を奏でるような、正確無比なリズム。叩かれた鉄は、火花を散らしながら、見る見るうちに美しいナイフの形へと姿を変えていく。その無駄のない動き、鉄の「声」を聞くかのような真剣な眼差し。

「…なるほどな」

 ギルドマスターは、深く頷いた。本物は、本物を知る。

「いいだろう。最高の炉を使わせてやる。だが、もし失敗すりゃあ、この街中の笑いもんだ。その覚悟はあるんだろうな?」

「当たり前だ。最高の鎚を打って、あんたのその髭を驚かせてやるさ!」

 アストリッドは、悪戯っぽく笑った。彼女の新たな挑戦が、今、始まった。


 アストリッドが数日間、炉に籠るというので、俺は街の市場へと足を運んだ。情報と、新たな食材を求めて。

 リューンの大市場は、まさにごった煮のような場所だった。


 砂漠州から来た獣人の商人が、色鮮やかな香辛料を売り、海洋州の船乗りが、潮の香りがする巨大な海獣の干物を広げている 。俺の【霊脈味覚】が、喜びの悲鳴を上げていた。


 俺は、様々な食材の「味」を確かめながら、一つの怪しげな露店で足を止めた。店主は、錬金術師崩れのような、胡散臭い男だ。

「お客さん、見る目があるね。こいつは、ライネスティア家の錬金術実験の失敗から生まれた、『嘆きの塩』ってもんだ。あまりの不味さに、誰も買い手がつかねえがね」

 男が差し出したのは、灰色に淀んだ塩の結晶だった。口に含むと、絶望的に不味い。苦くて、えぐくて、悲しい味がする。だが、その味の奥の奥に、俺の舌だけが感じ取れる、とてつもなく深く、複雑な「旨味」の核が眠っていた。

「…面白い。これを全部、貰いましょう」

 俺は銀貨数枚で、その「失敗作」を全て買い取った。


 市場を散策していると、俺の耳に、聞き捨てならない噂が飛び込んできた。

「おい、聞いたか? ツェルバルク領のバルト騎士爵様が、高額の懸賞金をかけて、一人の若い醸造家を探しているらしいぜ」

 …やはり、噂は俺の想像より、ずっと速く駆けているらしい。

 俺が内心でため息をついていると、不意に、背後から声をかけられた。

「あんたが、その噂の醸造家さんだろ?」

 振り返ると、そこにいたのは、人好きのする笑みを浮かべた、痩せた男だった。だが、その目だけは、全てを見透かすように、笑っていない。

「あんたの造る酒と、その不思議な力に、興味を持ってるお方が、大勢いる。中には、あまり関わらない方がいいお方もね。…お気をつけなされ」

 男はそれだけ言うと、人混みの中へと消えていった。


(今の男…ただ者じゃない)


 彼の佇まい、言葉の選び方。それは、ただの親切な忠告ではなかった。自分の情報網を誇示し、俺という存在に「値札」をつけようとする、プロのそれだ。

 王都の裏路地には、金だけでなく、特別な「対価」で情報を取引する酒場があるという。確か**「鳴かずのカッコウ亭」** 。あの男が、その関係者である保証はない。だが、その身にまとう空気は、間違いなく同質のものだった。


 厄介なことになってきた。

 俺は、買い込んだ食材を抱え、アストリッドのいる鍛冶師ギルドへと戻った。

 轟音と熱気が満ちる中で、彼女は、汗だくになりながら、炉の炎と向き合っていた。その手で打たれる星銀鋼が、流星のような火花を散らしている。

 彼女は、最高の鎚を造るために。

 俺は、最高の酒を造るために。

 俺たちは、それぞれの戦場に立っていた。そして、俺たちの背後には、もう、面倒な噂と、厄介な視線が、確実に迫ってきているのであった。

ご閲覧ありがとうございました! 感想・評価・ブクマで応援いただけると嬉しいです。

次話は7時過ぎ&20時過ぎ&不定期公開予定。

活動報告やX(旧Twitter)でも制作裏話更新中→ @tukimatirefrain

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