第十五話:自由都市の噂と、始まりの槌音
ドルヴァーンの森に別れを告げ、俺たちは再び旅路に戻った。数日にわたるエルフたちとの交流は、俺にとってもアストリッドにとっても、得難い経験となった。彼女たちの自然と調和する生き方、素材を活かしきる食文化。その全てが、俺の創作意欲を刺激した。
「さて、リオン。次なんだが、この鉱石を打つには、そこらの鍛冶場じゃダメだ。地脈の熱を引いた、特別あつらえの魔導炉が必要になる」
街道を歩きながら、アストリッドが真剣な顔で言った。彼女の背負う袋の中には、星屑の泉で焼き入れを終えた、伝説の鉱石が眠っている。
「そんな都合のいい場所が…」
「ある。自由都市リューンだ。あそこは腕利きの職人たちが集まる街。ギルドに金を払えば、最高の設備が借りられるはずだ」
リューン。俺たちが最初に出会った、あの街か。一度は門前払いを食らったが、今の俺たちなら、少しは状況も違うだろう。
「分かりました。それに、あそこなら、新しい酒の材料や、珍しい酵母の情報も手に入るかもしれない」
俺たちの次の目的地は、奇しくも、この旅が始まった場所へと決まった。
旅の道中、いくつかの町や村に立ち寄るうちに、俺たちは奇妙な噂を耳にするようになった。
「聞いたか? 西のツェルバルク領で、迷宮の主のグリフォンを倒した二人組がいるらしいぜ」
「ああ、なんでも、ドワーフの女傑と、薬師か魔術師の優男のコンビだとか」
「ドルヴァーンの森を蝕んでいた奇病を、たった一晩で治したって話も聞いたぞ。その男が造った『光る酒』でな!」
噂は、尾ひれどころか、翼まで生えて、俺たちの前を飛んでいた。アストリッドは「女傑とは、悪くねえな!」と豪快に笑っている。俺としては、少しばかり気恥ずかしい。
そんなある日、立ち寄った宿場の酒場で、俺たちは、決定的な会話を耳にした。ツェルバルク領から来たという商人たちの、ひそひそ話だ。
「おい、バルト騎士爵様のところ、大変らしいぞ」
「ああ、あの醸造に凝ってた…。なんでも、今年収穫したブドウが、全部、酸っぱくて使い物にならなかったそうだ」
「去年までは、あんなに出来が良かったのにな。腕のいい見習いを追い出したのが、そんなに響いたのかねえ」
「ああ。そのバルト様が、血相を変えて、『神の雫』を造れる醸造家を探しているらしい。なんでも、うちの商隊の者が、ドルヴァーンの森で、一口飲んだだけで二十歳は若返るような、とんでもない霊薬に出会ったとか…」
俺は、黙ってエールを口に運んだ。隣で、アストリッドが俺の顔を見て、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべている。
(そうですか、バルト卿。あんたが捨てた『役立たず』は今、こうして、最高の相棒と、あんたが生涯かけても手に入れられないものを、手に入れましたよ)
胸がすくような思いだった。だが、同時に、面倒なことにならなければいいが、という予感もしていた。
数週間後、俺たちは再び、自由都市リューンの城門をくぐった。
前回、無一文で訪れた時とは、見える景色が違う。活気ある街並み、行き交う人々。その全てが、俺たちの新たな冒険の舞台に見えた。
「よし、行くぜリオン! まずは鍛冶師ギルドだ!」
アストリッドは、子供のように目を輝かせ、俺の手を引いて走り出す。
彼女が、あの鉱石で、どんな伝説の鎚を打ち上げるのか。そして、俺は、この街で、どんな新しい「味」と出会うのか。
俺たちの物語は、一つの大きな冒険を終え、今、新たな章の、始まりの槌音を響かせようとしていた。
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