第十三話:星屑の泉と、始まりの一杯
光の小道を抜けた先、俺たちは言葉を失った。
そこは、巨大な洞窟の中に広がる、地底の星空だった。天井から差し込む幻想的な光が、クリスタルのように透き通った泉の水面を照らし、水底で星屑のように瞬く鉱石をきらめかせている。泉の周囲には、その光を吸って育つかのように、露に濡れた葉の表面を星のように淡く光らせる**「星屑草」**が、銀河の如く咲き乱れていた。
「……すごい」
俺の【霊脈味覚】が、生まれて初めて体験する、完璧な調和の「味」に打ち震えていた。清らかで、どこまでも甘く、それでいて、幾億もの星の記憶を秘めたような、深遠な味わい。ただ、この場所にいるだけで、魂が洗い清められていくようだった。
「ああ…ここが、星屑の泉…」
エルウィンが、祈るように、うっとりと呟く。アストリッドも、普段の豪快さはどこへやら、ただ呆然と、その神秘的な光景に見入っていた。
まず、森を救うための儀式を執り行う。エルウィンは泉の前に静かに膝をつくと、古エルフ語で森への感謝と祈りを捧げた。すると、泉の水面が応えるように優しく波立ち、彼女が差し出した水晶の小瓶に、自ら流れ込んでいく。穢れた古木を浄化するための、聖なる水だ。
次に、アストリッドの番だった。
「よし、やるか!」
彼女は持参した携帯用の魔導炉に火を入れると、鉄壁の迷宮で手に入れた伝説の鉱石を、炎の色が変わるまで真っ赤に熱した。そして、鍛え上げられた腕で、その鉱石を泉の水へと突き立てる。
――シュウウウウッ!
水蒸気が、まるで聖歌のような、澄んだ音を立てて立ち上った。鉱石は、星々の光をその身に宿したかのように、内部から淡い燐光を放ち始める。
「やった…! やったぞ、リオン!」
焼き入れを終えた鉱石を手に、アストリッドが歓喜の声を上げた。その瞳は、職人としての喜びに満ち溢れていた。
そして、最後に、俺の番だ。
俺は、泉のほとりに咲く星屑草の前に跪いた。
「…お願いします。あなたの力を、少しだけ、俺に分けてください。ただの薬としてではなく、人々の魂を癒す、最高の一杯を造るために」
俺の言葉に、星屑草が応えるように、その輝きを増した気がした。俺は、感謝を込めて、必要な分だけ、その瑞々しい葉を摘み取らせてもらった。
泉のほとりで、エルウィンが静かに口を開いた。
「我らドルヴァーンの森エルフは、こうして、森と共に生き、森を守ることを選んだ。だが、南の熱帯雨林州に住む同族…ティタニアの民は、より深い森に閉じこもり、外部との接触を断つ道を選んだ。どちらが正しいというわけではない。ただ、信じる道が違うだけだ」
彼女の言葉は、この世界の多様さと、複雑さを、俺に教えてくれた。
俺たちの目的は、果たされた。
泉を後にした俺たちは、エルウィンと共に、穢れの根源である古木へと戻った。彼女が、泉の水をその根元に静かに注ぐと、黒く染まっていた幹が、内側から発光するように輝き始め、みるみるうちに、穢れが浄化されていく。枯れた枝からは、新しい若葉が芽吹き始めていた。森が、息を吹き返したのだ。
その夜、レンジャーたちの集落で、俺たちは英雄として、盛大な歓迎を受けた。
宴の席で、俺は、こっそりと持ち帰った星屑草と泉の水を使い、即席の、しかし、これまでで最も清らかなリキュールを造った。
一口飲んだアストリッドは、ただ、静かに涙を流していた。エルウィンは、微笑みながら、その一杯を「星の吐息」と名付けた。
宴が終わり、俺とアストリッドは、ドルヴァーンの満点の星空を見上げていた。
「なあ、リオン」
「はい?」
「次は、どんな酒を造るんだ?」
俺は、星屑草を詰めた瓶と、泉の水を満たした水筒を取り出した。
「まだ分かりません。ですが、きっと、この星空よりも美しい一杯を、造ってみせますよ」
俺の言葉に、アストリッドは満足げに笑う。
こうして、ドルヴァーンの森での冒険は、最高の形で幕を閉じた。しかし、俺たちの旅は、まだ始まったばかりだ。
俺の【霊脈味覚】は、この世界の、まだ見ぬ無数の「味」を捉え、次なる冒険へと、俺を誘っているのだから。
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