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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

お弁当箱に愛をこめて

「今日の弁当、彼女に作ってもらったんだ」


井上(いのうえ)が突然そんな事を言い出した。


「いいな、俺も明日作ってもらお」


井上の彩り鮮やかな弁当を見て松尾(まつお)が言う。

昼休みの教室は賑やかで、みんなそれぞれ色んな会話をしていてミックスジュースみたい。

なにがなんだかわからない。

とりあえず俺は食事を共にする仲間の声を拾う。


「俺も頼んでみよっかな。めんどいって言われるかなー」


長谷(はせ)も。

そして。


真田(まだ)は?」

「……」

「ああ、真田は“まだ”か」


それが言いたかっただけじゃねーのか。

腹が立つのに言い返せない。

だってこの四人の中で彼女がいないのは俺だけだから。


俺以外の三人がイケメンってわけじゃない。

どう見たって四人の見た目は同レベルで、みんな揃って目立たない顔立ちの平凡四人組。

でも三人は委員会に入っていたり部活をやっていたりバイトをしていたりと交友関係が広い。

俺は委員会に入っていないし部活もやっていないしバイトもしてないから彼女ができなかった、それだけ。

それ以外に理由はないはず!


「真田は彼女作るところからだなー」


井上がタコウインナーを箸で抓みながら笑う。

松尾と長谷も『そうだな』って俺を見る。


「わかってるよ!」


彼女の作った弁当…いいな。


◇◆◇


「っていう事があったんだよー…」

「ふーん」


帰宅後にすぐ隣の家のインターホンを押して、慣れた部屋で愚痴る。


仁人(きみと)も彼女欲しいんだ?」

「そりゃ欲しいよ!」


俺の幼馴染はテーブルの向かい側で俺をじっと見ている。

幼馴染…大河内(おおこうち)(れい)は、まず苗字からしてかっこいい。

俺の“真田”と比べたら“大河内”ってすごいかっこよく感じる…俺だけ?


そして相変わらず綺麗な顔。

男の俺でも見惚れてしまうんだから、女子だったらすぐ惚れちゃうんじゃないか。

しかも顔だけいいんじゃなくて、俺の通う高校の二駅隣にあるO高と言うレベルの高い学校に通う頭脳も持っている。

更に、こんな風にいきなり来て愚痴る幼馴染を面倒だと追い出さない優しさまで兼ね備えている、心までイケメンなやつ。

俺が怜だったらすぐ彼女のひとりやふたりできてたんだろうな…いや、ふたりはまずいか。


「それって俺の心を弄んでる?」

「へ?」

「俺の気持ち知っててそういう事言うんだもんな。ひどい男」

「ひど…」


そう、怜はなぜか俺が好きだと昔から言っている。

どこまで本気かわからない。

小学生くらいまでは『嬉しいなー、俺も怜が好き』って思ってたんだけど、中学生くらいから『ん?』ってなってきて、さすがに高校に上がってもだと『え?』ってなった。

気持ち悪いとかはないんだけど、なんで俺なんだろうっていう気持ちのほうが大きい。

俺が彼女欲しいって思うように、怜も俺と付き合いたいとか思うのかな?


「怜は俺のどこが好きなの?」

「秘密」

「教えてよ」

「だめ。それより…」

「?」


怜が俺の顔を覗き込むのでちょっと身体を引くと苦笑された。

さすがに失礼だったか。


「お弁当、俺が作ってあげようか?」

「え?」

「仁人のお弁当、作ってあげる」


◇◆◇


今日もまた昼休みがきた。

相変わらず井上と松尾と長谷と俺で弁当を食べるために椅子を寄せる。


「………」


『はい。お弁当』

『ほんとに作ってくれたの?』


ライトグレーのランチバッグを差し出す怜。

俺が受け取ると少しほっとした顔をする。


『うん。作るって言ったじゃん』

『ありが』

『お礼なら別の方法でもらうからいい』

『え?』


ふわっと怜のにおいを近くに感じて、額に柔らかいものを感じた。


『ごちそーさま』


「………」


キスされた…おでこだけど。

ぼーっとしてる俺を三人が小突く。


「真田、弁当食わねえの?」

「あ、食べる…」


ランチバッグを手にして、また額に唇の感触を思い出す。

柔らかかった…。

思い出すとすごくどきどきする。


「あれ…真田、いつもと入れてるの違くね?」


松尾が気付く。

いつも俺が弁当を入れているのはブルーのランチバッグ。

よく気が付いたな、と思いながら。


「ああ、うん。作ってもらったから」

「「「は!?」」」


あ、まずい。


「誰に!?」

「まさか彼女!?」

「いつできたの!?」


松尾、長谷、井上の順で俺に聞く。

そりゃそうなるよな。

作ってもらったとは言ったけど彼女じゃないしそもそも女子じゃない。


「いや、そうじゃなくて…O高の、」

「は!? あそこ入試科目に“見た目”が入ってるんじゃないかってくらい生徒全員顔面レベル高いじゃん!」


長谷が詰め寄ってくる。

入試科目にそんなのあるわけない。

でも確かにO高って頭だけじゃなくて男女共に顔面偏差値が高いのでも有名。


「あ、うん…そうなんだけど…いや、違くて、」

「はあ!? いつそんなレベル高い彼女できてんの?」


井上も彼女の手作り弁当を食べながら溜め息。


「だから…」

「なんだよ、真田のくせに…」

「……」


『くせに』ってなに。

松尾め…なんか俺に恨みでもあるのか。

ちょっと恨めしい気持ちになりながら弁当箱の蓋を開けてすぐ閉じた。


「なにしてんの?」

「いや…別に」

「O高の子が作る弁当ってどんな感じ? 早く見せて」


井上が俺の行動に首を傾げる。

そりゃそうだ。

『くせに』の松尾はわくわくと俺の手元を見ている。

頼むから見るな。


「フツーだよ! あ、俺ちょっと用事思い出した…」

「なに逃げようとしてんだよ」


弁当をランチバッグに戻そうとしたら長谷が俺の手から弁当箱を奪って机の真ん中に置いて蓋を開けた。


「「「……マジか」」」


三人とも、たぶんそれ以外出てこないんだと思う。

俺も他に言葉がない。


ご飯の上にカットした海苔でデカデカと。


ダイスキ♡


怜……!!!


◇◆◇


「怜! あれなに!?」

「俺の愛」

「っ…!」


メッセージを送ろうかと思ったけど、O高は学校内スマホ禁止だって前に怜が言ってたし、帰ってから直接隣に行ったほうが絶対早いから、急いで弁当箱を洗って拭いて隣のインターホン連打しようとしたら押す前にドアが開いた。


「おいしかった?」

「……おいしかった」

「よかった」


嬉しそう。

でも“ダイスキ♡”はないだろう。


あのあと四人でなにも話せず無言のまま弁当を食べた気まずさを怜にわかって欲しくて訴えたら。


「仁人は俺のものって周りに伝わってよかった」

「違う!」


なんでそういう話になるんだ。

俺が怜のものって…怜のもの……怜の、もの。

急にまた額に柔らかい感触が戻ってきて顔が熱くなった。


「違うって言いながら俺の事、意識してる?」

「してない!」


してないしてないしてない!

怜は幼馴染で、いいやつで、好きだけど…でもそういうんじゃなくて…。


「自分の作ったものを好きな人に食べてもらえるのって幸せなんだね。知らなかった」

「……」


本当に嬉しそうな怜。

そんな顔されたら恥ずかしかったって思ってる俺のほうが恥ずかしい。

なんか怜の気持ちを恥ずかしいって思ってるみたいで…そういうつもりはないんだけど。


「明日も期待してて」

「え? 明日も作るつもり?」

「うん。これからずっと作るよ」

「……」


その度にキスされるのかな。


「仁人、なんか違う事考えてるでしょ?」

「考えてない!」

「へーえ?」


にやにやするな。

頭の中を読まれそうで慌てて脳内を切り替える。


「これ、弁当箱…ありがと…」

「洗ってくれたの? そのままでよかったのに」

「さすがにそれは…」


弁当作ってもらってるのも悪いのに、弁当箱洗わず返すなんて申し訳なさ過ぎる。


「仁人、」

「え?」

「好きだよ」

「っ!!」


急に真剣な顔で言うから、顔が猛烈に熱くなる。

絶対真っ赤になってる顔を隠すために俯こうとしたけど、怜に頬を包まれてできなかった。

まっすぐ見つめられて時間が止まったような感覚。

怜の瞳に俺だけが映ってる。

顔が徐々に近付いてきた。


「…っ」


キスされる?

心臓が爆発しそう。


こつん、と額と額がぶつかった。

超至近距離で怜が微笑む。


「意識してくれて、ありがと」


また額に唇が触れる。

そこから熱が全身に拡がって足元がふわふわする。


「明日も期待してて」

「……」


こんなのおかしい。


◇◆◇


昼休み。

相変わらずのメンバー。

俺以外の三人は、俺の弁当箱を取り上げて机の真ん中に置く。

三人でなぜか恭しく蓋を開けて…。


♡ダイスキ♡


はぁ…と四人で溜め息。

そして俺は三人に同時に頭を叩かれた。


「なんで真田が溜め息吐いてんだよ!」

「“♡”増えてんじゃん!」

「なんなんだよもう!」

「…なんなんだよって言われても」


松尾も井上も長谷もなんなんだ。

ほんと…俺が聞きたい、なんなんだよって。

…このどきどき、なんなんだよ。


今朝も弁当と交換でキスされた。

今度は頬に。

これ、弁当を作り続けてもらったらいつかは…唇にキス、されたり…するのかな…?

嫌じゃないって思ってる俺がいて、むしろちょっと…“ダイスキ弁当”以上に期待してる自分もどっかにいて…。

なんなんだろう、これ。


「……」


弁当を食べ終えて昼休みの残りでスマホをいじる。

なんとなく、怜とのトーク画面を出す。

すいすいっと過去のメッセージを見て、なんでもないやりとりにほっとする。


『弁当、おいしかった』


怜がすぐに見られないのはわかってるけど、今送りたかった。


「……」


『ダイスキ』


送信してしまってからはっとする。

まずいまずいまずいまずいまずい。

なに送ってんだ。

どうしよう。

送信取り消ししようとして指が止まる。


…なんだか俺の気持ちを取り消しするみたいだ。


そこで疑問が湧き起こる。

俺の気持ちって?


なんて考えてたら既読になってしまった。

スマホ禁止なのになんで!?

既読の文字に焦る。

どうしようどうしようどうしよう!!!


『弁当が!』


送信!!


「……はぁ…」


なにやってんだ…。


慌てて付け足したメッセージは帰るまで既読にならなかった。


◇◆◇


先生の目のないトイレでスマホをチェックしたら仁人からメッセージが届いてる。


『弁当、おいしかった』


嬉しい。

口元が緩んでしまう。

すぐ返したいけど返信する時間はない。

申し訳ないけど帰りの電車の中で返信しようと思ってスマホをしまおうとしたら、同時にスマホが小さく震えた。


「?」


もう一度スマホを見て固まる。


『ダイスキ』


午後の授業は全く頭に入らなかった。


◇◆◇


毎日の弁当に込められた“ダイスキ”はなんだか俺にはもったいないくらいなんだけど、そう言ったらたぶん怜は傷付く。

♡は二個以上増えないし、交換のキスも頬と額以外には触れない。

その距離の保ち方が、俺に逃げ場を作ってくれてるのかなって思うと…なんか苦しい。


『弁当、おいしかった』


今日も弁当を食べ終えて怜にメッセージを送る。

いつも同じ言葉でも怜は喜んでくれる。

毎日毎日”♡ダイスキ♡“を見せられて井上と松尾と長谷は慣れたのか、俺の弁当に色々言う事はなくなった…けど、たまに♡部分を食べる俺を恨めしそうに見ている。

そんな目で見られても。


「“ダイスキ”…かぁ…」


思い返すと怜はいつもまっすぐ気持ちを伝えてくれた。

俺はまっすぐ怜に気持ちを伝えられてるかな…?


「……」


伝えてないよな。

“大好き”なんて言ったの、小学校の頃が最後じゃないか。

いや、幼稚園かも。


「…好き…」


俺の心は怜に向かってしまった、のかなぁ…このどきどきはそうだよな…。

まるで罠にかかったような気分。


「………大好き……」


こんなの、今更恥ずかしくて口にできない。


◇◆◇


「明日は俺も怜の弁当作るから」


もうこれしかない。

洗った弁当箱を返しながら宣言すると、怜はきょとんとした顔のまま動かなくなった。


「……嫌なら作んない」


俺がそっぽ向いてそのまま帰ろうとすると肩を掴まれた。


「嫌じゃない! 作って! 嬉しい…すごく嬉しい!!」

「……」


まだ作ってないのにもう泣きそうな顔してる。


「まずくても文句言うなよ」

「仁人の作ったものがまずいはずないよ!」

「どうかな」


俺、家庭科成績悪いし。

とりあえず宣言したから今からイメージトレーニングとレシピ検索をするためにさっさと家に帰って自室にこもる。

頭の中では最高の弁当が出来上がる。

怜はそれをめちゃくちゃ喜んでくれる。


でも。


「……そりゃそうだ」


普段から料理なんて作り慣れてない人間が作るんだからこうなる。

イメージと正反対の、しっかり見た目の悪い弁当が出来上がった。


「………渡すのやめちゃおっかな」


ゴミ箱に弁当箱の中身を捨てようとして手を止める。


『仁人の作ったものがまずいはずないよ!』


どうかなぁ…。

でもあんなに楽しみにしてくれてたのに、捨てちゃったって言ったらそっちのほうが怒りそう。

怜が怒ったとこなんて見た事ない。

普段怒らない人が怒るとすごく怖いらしいとよく聞く。


「………」


見た目の悪い弁当に向かい合い、海苔をカットして仕上げをしてから蓋を閉めた。


◇◆◇


やっとお昼休み。

ブルーのランチバッグからお弁当箱を取り出す。


『まずかったら捨てていいから!』


お弁当を交換した時、そう言って真っ赤になっていた仁人…すごく可愛かった。

今日は交換だからキスできなかったのは残念。

でも仁人の手作りのお弁当をもらえた。

こんなご褒美があるなんて……お弁当作り続けてよかった。

仁人が俺の作ったお弁当を喜んでくれてキスできるだけでもすごいご褒美だったんだけど、ああもう最高過ぎる。

どきどきしながら蓋を開ける。


♡ダイスキ♡


「……」


ご飯の上にカットした海苔でデカデカと豪快に。

ご飯どころか、お弁当箱からもちょっとはみ出てる。

あまりの感動に笑いがこみ上げてきた。

周りのクラスメイトが不思議そうに俺を見ているけどそんなのどうでもいい。


「……捨てるわけないじゃん」


ちょっと焦げてる、タコになり損ねたウインナーやいびつな卵焼きなどから、料理が苦手な仁人が俺のために一生懸命になってくれた姿が目に浮かぶ。

仁人のこういうとこ、ほんと大好き。

卵焼きを食べたら甘くて、嬉しさに胸がいっぱいになる。

俺が昔から甘い卵焼きが好きなの、覚えていてくれてる。


「おいしいよ…ありがとう」


帰宅後、お弁当箱を返しに来てくれた仁人が真っ赤な顔で、卵焼きよりもっと甘いキスをくれるなんて、この時の俺はまだ知らない。




END





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