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Moon Light

幼馴染が死んだ。どうやら自殺だったらしい。らしいというのは、俺がその事実を受け入れることが出来ないから。あいつが自殺するなんて…。

 浅い眠り。意識がないのに、確かにそこにあって。なにも考えられない(くら)い明瞭。僅かな刺激で目が覚めるような、その程度なんぞカーテンの隙間から漏れ出た光で充分すぎる。もそもそと枕もとのスマホを掴む。中途半端な睡眠のせいで身体が妙に重いし、頭だってぼうっとしている。スマホの画面に触れ、嫌なほど明るい光と一緒に時間を確かめると、目覚めるには三十分も早い時間。この一週間ずっとこれだ。スマホのアラームより早く目覚めちまう。

 早起きは三文の徳なんてことわざもあるくらいだ。折角早く起きたんだから、大学へ行く準備でもすればいいものを、ベッドでぐだぐだと寝転がる。だったらソシャゲにログインでもして暇でも潰そうかとも思うも、妙に面倒臭くってそんな気にならない。結局起き上がったのはアラームが鳴ってからだった。

 どんより絡みつく倦怠感を吹き飛ばすように、掛布団を足で蹴とばした。そのままの勢いで立ち上がる。すぐに目に飛び込んできた、テーブルの上のチューハイ缶を見てげんなりする。最近眠れなくて、アルコールの力を借りた残骸の山。こいつは酷いと、仕方なしに空き缶を片付ける。そのままツマミに買ったジャーキーとチーズ鱈の残りを朝食代わりに口の中に突っ込む。

 洗面台で歯を磨き、そのまま寝癖を直す。そのまま置いてあったワックスを手に取り、指で一掬いして手の平で広げる。軽く髪の毛が逆立つように、それでいて自然な形になるよう弄っていく。がっつりワックス使いましたなんて、オシャレ覚えたての中坊じゃあるまいし、あくまでさりげなく。洗面台に映るいい感じに纏まった茶髪を見て軽く頷く。リビングに戻り今日使う教科書をリュックに突っ込み、ジーパンを履きお気に入りのアロハを羽織る。最後にスマホで時間を確かめると丁度いい感じ。最後にぐんるり部屋を見回し、忘れ物や火元を確かめるとマンションを出た。

 徒歩十数分の最寄り駅に向かって歩く。ポケットからウォークマンを取り出し音楽を流す。パチンコ曲ばかり集められたトランスアルバム。意外や意外。地味にいい曲が多いのだ。そうじゃなければいくら俺がパチンカスの一人だからといって、ウォークマンに入れるわけがない。

 定期券をかざして駅の改札口を潜り抜ける。すれ違うサラリーマンに女子高生たちを尻目に四番ホームを目指す。着いてからほんの三分くらいで電車が来た。

今日は珍しく一限がある日で、都会の満員電車程じゃないがサラリーマンやら制服姿の学生がひしめき合っている。勿論シートに座れるわけもなく、吊り革に掴まりながら 窓から覗く、いつもと変わらない景色を眺めつつ大学へと向かう。

 イヤホンから流れる音楽はポップで小気味良く、けれども迫りくる睡魔を吹き飛ばせない。漏れ出そうになる欠伸を嚙み殺す。ここ最近の不眠のせいだ。原因はわかっている。あいつが、有馬鉄平が死んでからだ。

 成人式以来のかつての仲間との再会。全員が黒い服を着て、涙と嗚咽溢れる悲惨な同窓会。「なんで」「どうして」という言葉と一緒に見た鉄平の顔は、眠っているようで安らかだった。俺はあの時の鉄平の顔を一生忘れることが出来ないだろう。

 吊り革に寄り掛かるようにして、右手に力を籠める。ぎゅっと吊り革が鳴る。ついに噛み殺せなくなって欠伸が漏れた。あと五分かその辺りで着く。そうなれば退屈で刺激的な大学生活の始まりだ。そうなればこの眠気も、少しは晴れるだろうか。

 やる気のない教授のつまらない講義を、スマホを弄りながら適当に聞き流す。この教授は代返とか許さない代わりに、出席さえしていれば単位をくれる。しかも静かにしてれば何をやっても文句を言われない。そんなわけで俺のツレたちも、体のいい昼寝時間と割り切って出席だけはしている。この講義でノート取ってる奴なんて、前の席の真面目君たちぐらいだろう。俺のツレのクズどもは教科書すら出していない。それに比べて教科書だけは出している分、俺の方が幾分マシなクズというもの。ここで重要なのは、結局クズなのは変わりないということだ。

 終了のチャイムが鳴る。適当に挨拶をして、颯爽と教室を去るマイペースな教授。ふうと溜息一つ。眠っている両隣のクズ二人の頭を叩いて起こす。午前中の授業はこれで終わり。急いで学食に行かないと混雑しちまって悲惨な状態になっちまう。

 眠そうに欠伸しながら歩いてるクズ二人に殺意が沸いてくる。本当はさっきの授業でも眠りたかったのに眠れる感じがなく、結局スマホを弄るだけで終わった一時間半。ここ最近の不眠も合わさってイライラが止まらない。

 俺たちが学食に着いた頃にはもう既に八割方テーブル席が埋まっていた。急いで空いてる席を探してなんとか見つける。財布を取り出し、クズの一人田畑に千円渡す。

「日替わり丼一つ。釣りは返せよ」

「わーってるよ」

 いつものやり取りで、田畑も勝手がわかってるから、これくらいの短いやり取りで充分。さっき見つけたテーブル席まで一直線に向かう。気が付けば反対方向から陰キャ集団が、俺の狙っているテーブル席に向かって歩いているのに気が付いた。向こうの方が半歩速い。咄嗟に俺は背負っていたリュックを放り投げ、一歩分の距離を稼ぐ。ギリギリで俺の勝利。反則とも言える所業で席を確保した俺に、恨めし気な目で見つめる陰キャども。

「んだよ」

「別に」

 適当にドスを効かせて睨みつけてやると、陰キャどもはついと目を反らし「このDQNが」なんて捨て台詞を吐いて別の席を探して消えていった。こうして込み合う学食で無事席を確保した俺は、ツレの田畑と加藤を待ってスマホを弄る。適当にゲームアプリを起動させて、スタミナを消費し始めた。そうして十分も待っていれば、俺の分の日替わり丼を持って二人がやって来た。

「席取りご苦労!」

「うるせぇ。さっさと釣りと飯寄越せ」

「最近お前機嫌悪すぎ。ほらよ」

 そう言って田畑から、小銭と丼ぶりを受け取る。今日の日替わり丼は味噌カツのようだ。本音を言えば普通のかつ丼の方が好きだが、まあたまには悪くない。適当にかっ込んでいく。味の方はまあ普通。学食の飯なんぞにクオリティなんて求めるほど馬鹿じゃない。ワンコイン以下で、肉とそこそこの飯が食えるっていうのが強いだけだ。けど大学生なんぞ貧乏金なし。もう講義もない田畑と加藤も、安さと肉に釣られてこうして利用している。

「オレらこれから駅前のパチ屋行くが、どうする?」

「悪い。気分じゃねぇわ。それにこの後まだ講義残ってるしな」

「お前変なところで真面目だよな。あんなクソつまんねぇの、よく受ける気になるよ」

 加藤の呆れたような言葉に「うるせー」と軽く悪態を吐く。こんなド底辺大学に通ってる奴にあの面白さを理解出来るやついねーだろうな。ましてやこんなクズどもは論外だ。

 クズ三人集まって会話することなんてギャンブルか女の話題くらいのもの。あの台が熱いだの、天井までぶん回したのに結局単発で、台パンしかけただのくっだらねえ会話。おめえらのパチスロ敗北記録更新なんぞ興味ねぇわ。鉄平のことが頭に残っているせいで、余計にそう感じてしまう。とはいえそんなこと空気を悪くするだけで、取り敢えず上手い事相槌を返して田畑と加藤を楽しませる。

 だかが丼ぶり一杯。十分もあれば食いきれる。返却口まで食器を持って行き、そのまま三人揃って喫煙所に向かう。煙草を吹かし終わると二人と別れた。そのままパチ屋に行くつもりだろう。金なしのくせに、ギャンブルに使う金はあるのがクズというもの。さて勝って旨い飯食うのか、負けて金欠を加速させるのか。どっちに転んでも、俺にしてみればどうでもいい話。

 次の講義まで十五分ほど時間がある。一瞬だけ本を読もうかと思ったが、時間的に中途半端だし、なにより気分じゃない。とはいえスマホのゲームアプリは、午前中にやりすぎてスタミナはないし単純にもう飽きた。

 はあと溜息をつくと近くの自動販売機まで歩いて微糖の缶コーヒーを買った。そのまま喫煙所に向かうと煙草と缶コーヒーの組み合わせを楽しむ。十五分程度の時間なんぞ煙草二本も吸えば大体潰れる。ちびちび缶コーヒーを飲みながら煙草を吸い、喫煙所にいる奴らの会話を盗み聞く。

 時間も潰れたし、ニコチンも補充出来た。次の民法の教室目指し歩き出す。廊下を突き進み、まだ人が残っている学生ホールを行く。ふと誰かからの視線を感じて立ち止まり、もしかして誰か知り合いがいるのかもしれないと周囲を見回す。見知った顔はあるものの、どいつもこいつも顔だけ知ってるレベルの奴ばかりで。気のせいかと思った時だった。

 一人の女と目が合った。腰まで届きそうな長い金髪に、宝石のような青い瞳。ハーフだろうか。彫りの深い顔に、血管が浮き出しそうな白い肌。こんな大学にいるには、あまりにも不釣り合いな高嶺の花。

 こんな奴いたっけかなと記憶を探る。そういえば加藤が、とんでもない美人が最近大学に来るようになったと、興奮しながら話していたのを思い出した。女好きの加藤が流石にあれは無理だと敗北宣言したのが意外で、妙に残っている。とはいえ実物を見ればそれも納得出来るというもの。なんというかジャンクフードしか食ったことない人間に、高級フランス料理店は気後れするようなものだ。だがそれで終わらないのが加藤という男。きっちりとあの女のことを調べ上げている辺り流石だと思う。

 名前は久留主佳蘭(くるすからん)。この近くのKN大学から時々うちの大学に遊びに来てる。あんないい大学に通ってるお嬢様が、こんなド底辺大学になんの用かと思ったが、どうやらうちの教授の研究内容に興味があるらしい。それだけで違う大学に一人で顔を出すなんて随分とアグレッシブな変人だ。

 関わりたくないと、視線を外し我関せずとばかりに歩き出す。学生ホールを抜けて階段を上り、民法の教室に着いた。席に着いて教科書とノートを広げていると教授がやってくる。同時にチャイムが鳴って講義が始まった。

 教授の板書をノートに書き写していく。要点のみ黒板に書かれているから、無駄に色々書かなくて済むのは助かる。

「さてぇ。キミたちは大学生ということでぇ。十八歳以上なのでぇ、こういう判例も出せるわけなんですがぁ…」

 独特なイントネーションと、にやりと意地の悪そうな笑みを浮かべる太田教授。出た出た太田の名言、決まり文句。次は男女間のドロドロとした恋愛事情だろうということが今までの経験からわかった。

俺の予想通り次の判例は男が女を妊娠させて逃げただの、婚約中に浮気しただの、まあ聞くだけなら愉快な話。そしてそれの民法的解釈を太田教授が解説していく。こんな昼ドラ展開にまで法律がカバーしてるということが、妙に面白くて思わず聞き入ってしまった。

 終了のチャイムが鳴り、太田教授が教室から出ていく。あっという間だった一時間半。適度な満足感と共に、教科書とノートをリュックに仕舞い教室を後にする。向かう先は喫煙所。いくら面白い講義とはいえ、一時間半は中々に長い。切れたニコチンエネルギーを補給しておきたい。

喫煙所に着くと、そこには俺以外誰もいなくて貸し切り状態だった。贅沢にどかりとベンチに座り、ポケットからマルメンのソフトを取り出す。柔らかな葉の味わいと、微かに感じるメンソール。ガキの頃から吸っているが、相変わらずうまい。

 さっきの民法の授業が予定していた最後の授業で、おまけにバイトもないから完全フリー。今から田畑と加藤の二人に合流して、スロットブン回すのも悪くはないが、イマイチ気が乗らない。同じく気が乗らないなら本でも読もうとリュックから取り出す。

 辞典を思わせる重厚な茶色のカバー。不思議なことに茶色のくせに青色が混ざっているような錯覚を感じる。とはいえまじまじと見つめるとやっぱり茶色で、年代物の古ぼけた一冊。タイトルは『月光』。鉄平が最後に読んでいた本だ。俺とアイツを繋いだものは本だろうと、最後に形見として譲り受けたのだ。

俺は小学校の頃からクソガキで、今にして思えば相当ヤンチャだったと恥ずかしくなる。それこそクラスの奴を殴るわ窓ガラス大量に叩き割るやらで酷い有様だった。あんまりにも酷過ぎるもんだから、母親から少しは落ち着けと怒られたもんだ。『大人しく本でも読んでろ。一冊読み終わるまで小遣いなしな』なんて鬼のような宣告を受けて、困り果てた俺が助けを求めたのが鉄平だった。それがアイツとのファーストコンタクト。今でもはっきり覚えている。

 マトモに本を読んだことがなかった俺は、どんな本を読んだらいいのか全くわからなかった。教室の片隅でいつも本を読んでいる鉄平ならなんかいいアドバイスくれるだろう。そんな単純な考えで、碌に絡んだことがなかったアイツに突撃することを決めた。

 一人しかいない昼休みの教室。他の奴らはサッカーやドッジボールをしに校庭に行った。普段なら俺もそれに混ざるところだが今日は違う。静かに本を読んでいる鉄平に用がある。

『なあ』

『なに?』

『おすすめの本あるか?』

 興味なさそうに本から視線を外さなかった鉄平が、その時初めて俺の顔をまじまじと見つめてきた。じろりとこちらを品定めするような視線に思わずたじろぐ。鉄平はそんな俺に構うことなく椅子から立ち上がり、教室に備え付けられた本棚へと向かう。考えるようにポリポリと頭を掻くと、一冊の本を取り出し俺に渡してきた。

『お、おう! ありがとな』

 思わず声が上擦る。そんな俺に鉄平は興味なさそうな顔つきで一瞥すると、自分の席に戻り、また本を読みだした。受け取った本をまじまじと見つめる。それは児童向けのハードカバーだった。

 目的の本を手に入れた俺は家に帰って早速読んでみた。それは親友を助けるため、悪魔と契約した少年の話だった。エクソシストとの壮絶な戦い。悪魔同士の抗争に巻き込まれ、のし上がっていく過程。そして全てを取り戻す最後の戦い。面白くて夢中になって読んだ。今でも覚えている。『面白かったぞ』俺のその言葉で嬉しそうに笑う鉄平の笑顔を。

 そのまま二人して本の感想を熱く語り合った。最初のぶっきらぼうさはどこへいったのか、鉄平はニコニコと楽しそうに嬉しそうに笑っていた。

 家が近所なのもあって、それから俺はちょくちょく鉄平から本を借りるようになった。あいつが渡してくる本のジャンルは色々で、ファンタジーや冒険譚、ミステリーなど様々だった。俺と鉄平の感性が似てたのだろう。どれもこれも面白くて、読後の語り合いも滅茶苦茶面白かった。

 右手に持った本の背表紙をじっと見つめながら、もう永遠に訪れることのない時間を思う。バカやるツレは沢山いた。今でも連絡とって、地元に帰った時には酒を飲んだりする大切な奴らだ。鉄平と一緒にいた時間は短くて、所詮本だけの繋がりでしかないが、そいつらに負けないくらい大切なダチだった。だからこそあいつの死を未だに受け止めることが出来ないでいる。

「ねえその本て、どこで手に入れたの?」

 不意に話しかけられ、思わず左手の煙草を落としかける。目の前にサファイヤを思わせる大きな青い瞳。ホールで俺を見つめてきた久留主佳蘭が目の前にいた。

「んだよ。オメーにゃ関係ねぇだろ」

 動揺を隠そうと睨みつけるようにして応える俺は、どこからどう見ても柄の悪いチンピラで。少なくとも初対面の人間にする態度じゃない。けれども佳蘭はそんなチンピラムーブ全開の俺の様子が目に映ってないのか、視線は俺の右手の『月光』に向いたままだ。そんな態度にむかつき、近くの灰皿を蹴る。流石に倒すほど強くは蹴らない。ブチ撒けたら大惨事だし、なにより注意を引けばいいだけ。バコンといい感じの大きさの音が鳴り、ようやく佳蘭が俺を見る。

「ねえ。あなた名前は?」

「和也だよ。高戸和也」

「ふーん。余計なお世話だとも思ったけど、見てられなくて。その本多分善くない物よ。良ければわたしに譲ってくれない?」

「バカかお前。いきなり何言ってんだ?」

 一方的に名前を聞いて、自分は名乗らないだけでもムカつくってのに、いきなり俺の本を寄越せってのは流石に酷い。イライラして左手の煙草を一口吸う。そんな俺のイライラに気がついてないのか、佳蘭は捲くし立てるように頓珍漢な言葉を続ける。

「お金の問題? だったら払うわよ。一万円でいいかしら?」

「金の問題とかそんなんじゃねーよ!」

「だったら何よ⁉ こっちは親切心で言ってあげてんのよ! その本は読むと絶対善くないことが起こるから、私が引き取るって言ってんの!」

「巫山戯けんな! この本は大切なダチの…」

 形見なんだよと繋げようとして、そのことに気がついて思わず固まる。さっきまでの怒鳴り合いで熱くなった頭が急速に冷えていく。このアマなんて言った? この本を読むとよくないことが起こる? 確かにこれはあいつが、鉄平が自殺する直前に読んでいた本で…。この女の言う通り善くないことが起こった。まさかこの本に、鉄平の自殺の原因が隠されている…?

 不意に黙り込んだ俺を見て、不思議そうに見つめてくる佳蘭。気持ちを入れ替えるようにマルメンを一口吸い、上を見上げて紫煙を吐き出した。

「大切なダチの、なんなのよ?」

「譲るわけにゃあいかないが、一緒に読むってんなら話は違うぜ」

 佳蘭の疑問に答えず、こいつの青い瞳を真っ直ぐ見つめながら提案する。もし本当にこの本に鉄平の自殺の原因が隠されているのなら、俺はこれを必ず読まなければならない。俺が読んでいる時に隣で一緒に読むっていうんなら、まあいい。文句はない。

「まあ、それでいいわ。ねえ高戸。この辺でどこか落ち着けるとこない? ホールでもいいけど、折角の読書なんだから、もう少し静かな所がいいわ」

「の前に名前くらい言えよ。他人(ひと)に名乗らせといて自分は名乗らないっていうのは違えだろ」

「それもそうね。私の名前は久留主佳蘭(くるすからん)。大嶋教授の研究内容に興味があって、時々この大学に顔を出してるの」

 加藤から聞いて大体のプロフィールは知ってる。だがこういうのは直接聞くもんだ。

 聞きたいことが聞けた俺は、三分の一になった煙草を灰皿に投げ入れると立ち上がった。

「ついてこいよ。いいとこあるぜ」

 そう言って俺が向かったのはサークル棟。安っぽいプレハブ建築の階段を上って二階へ行く。

「どこ行くつもり?」

「映像部の部室だよ」

「へえ。高戸って映像部だったんだ」

「違えよ」

 一部屋二部屋三部屋目。俺の目的の場所。映像部の部室に辿り着いた。リュックから皮のキーケースを取り出し、鍵穴に突っ込むとガチャリと回す。

「映像部じゃないんだっら、どうして部室の鍵なんて持ってるのよ」

「昔賭け麻雀でブン取った」

 佳蘭は胡乱な目つきから一転、呆れたと言わんがばかりに首を振る。まあ入手の経緯が経緯だけにこの反応はわかる。昔映像部の部長が酒飲みながら、俺に賭け麻雀を吹っかけてきた。こちとら十年打ってるんだ。素面ならまだしも舐めんじゃねぇとレートをぶち上げてクシャボコにしてやった。負け金を払えないからって泣きついてきた映像部の部長が、金の代わりに部室の合鍵を差し出してきたってわけだ。講義の空き時間に(たむろ)出来る場所が欲しかったところだった俺は、それで許してやることにしたのが事の経緯。あまりやる気がないのか、部員は活動日以外は部室に寄り着くこともない。佳蘭から落ち着ける場所と言われて真っ先に浮かんだのがここだった。

 興味深そうにきょろきょろ部屋の中を見渡す佳蘭を尻目に、さっさと靴を脱ぎ部室に入る。部室は前回と変わってない。部屋の隅にはテレビ局なんかで使われてそうなビデオカメラと、もふもふの集音器とよくわからない機械。その傍には編集用のデスクトップパソコンと周辺機器が置いてある。勿論俺たちの私物も置いてある。加藤が持ち込んだ漫画に、レンタルビデオ屋で売ってるような安っぽいテレビと二昔前のゲーム機。決して綺麗とは言えないが、人を連れて来ても恥ずかしくないくらいの整理整頓がされている。

 俺はつかつかとカーペットの上を進み、途中座布団を二枚掴むと中央に置かれたちゃぶ台に座る。そうして入口で尻込みしている佳蘭に声をかけた。

「ほら。さっさと来いよ」

 佳蘭はしずしずと靴を脱ぎ、俺が用意した座布団の上に座る。さっきまでと違って、借りてきた猫みたいで少し面白い。とはいえ緊張している人間が近くにいるのは居心地がいいもんじゃない。あえて足を崩してちゃぶ台に肘をつき、だらけた姿を晒す。そんな俺を見て緊張がほぐれたのか、佳蘭の顔から硬さが抜ける。頃合いかと思った俺は、ちゃぶ台の上に(くだん)の本『月光』を置いた。

「じゃあ読むぞ」

「そうね。読みましょう」

 思わずごくりと固唾を飲み込む。こうしていざ読もうとしてもやっぱり気が進まなくて、けれども佳蘭の手前読むしかなくて。ええいままよと辞書のような硬い表紙を開いた。

 最初の1ページ目は真っ白で、次のページをめくろうと指をかけた時だった。くらりと刹那の眩暈。一瞬世界が歪んだ気がする。そして何も書かれていない空白のページに、なにかおぞましい怪物が見えた気がした。

 パラパラ漫画に一枚だけ別の絵が差し込まれたようなほんの一瞬で、見間違えただけな気がするも、粟立った鳥肌があれが現実であると訴えてくる。怪物の姿はわからない。あまりに一瞬で、どんな姿をしていたのか脳に刻み込まれる前にそれが消えたからだ。ただそれがあまりにおぞましい姿をしていたということだけはわかる。

「おい。さっきの見えたか?」

 俺だけの勘違いかもしれないと確認のために佳蘭に声をかける。視線を向けると、焦点があってなくどこかぼうとした表情。不審に思い「おい」と声をかけようとして、不意に伸ばされた佳蘭の右手に反応できなかった。

 自然な動作で『月光』を引き寄せ、次のページをめくる。目次を超えて本文に。表情の消えた佳蘭が一心不乱に読みふける。明らかに異様な雰囲気で、思わずそれに飲み込まれそうになるも、一つ気合いを入れて佳蘭の手から『月光』を奪い取った。

「なに勝手に進めてんだ。俺のだぞ」

 そう言ったと同時に佳蘭に押し倒された。薄いカーペットに頭をぶつけ「ぐぇ」と蛙みたいな声が漏れる。そのままマウントポジションを取られた。

「ジャマシナイデ」

 明らかにイッた声と瞳。白く細い指が俺の首を掴み、万力のように締め上げてくる。痛みと苦しさで思考がトぶ。身体に力が入らない。このままじゃ佳蘭に殺されると、なんとか右腕を動かす。佳蘭の身体に触ることが出来た。ずしりと体重をかけてくるマウントポジションをなんとか返そうと力を籠める。カスリと綿でも掴んだような感触。不意に首を絞めつけてきた力が緩んだ。

「なにすんのよヘンタイ‼」

 平手打ちが俺の頬に飛んだ。バチンと派手な音が鳴る。鋭い痛みが走るが、アドレナリンのお陰で気にならない。全身の力を総動員して佳蘭を吹き飛ばす。

「きゃあ!」

 佳蘭の悲鳴。けどそんなの関係なくて、咳き込みながら怒鳴り声をあげる。

「なにしやがんだテメェ!」

 ゲホゴホと咳が収まらない。血流やら空気やら、滞っていた物が流れ出す感覚。佳蘭はキッと俺を睨みつけるも、咳き込む俺の姿を見て心配そうに目尻を下げる。

「だ、大丈夫…?」

「テメェがやったんだろ⁉」

 俺を殺しかけた元凶に向かって怒鳴りつける。ようやく呼吸も落ち着いてきた。人を殺しかけた癖に何を白々しい。狼狽える佳蘭を睨みつける。

「…? え? わたしがやったの…?」

「は? 何言ってんだ? いきなり人の首絞めやがって。覚えてねぇとは…」

 言いながら思い当たる節があって思わず言い澱む。あの時の佳蘭は尋常じゃなかった。異様な雰囲気で、もしかして無意識で記憶がない…?

 佳蘭は小声でボソボソと呟いている。何を言っているのかと耳を澄ましてみれば「嘘…」とか「こんなあっさり…。あり得ない」なんてことばかり。俯き考え込んでいた佳蘭が顔を上げる。

「情報が足りなさすぎる。ねぇ高戸。この本について知っていること教えてくれる?」

「なんでテメェに教えなきゃなンねぇんだよ」

「高戸も見たでしょう。あの怪物を。わたしたちは怪異に囚われた。この後は一手のミスが取返しのつかない事態に発展しかねない。些細なことでも情報が欲しいわ」

 オカルト全開の佳蘭の言葉。けれどもその視線は真剣そのもので…。思わずごくりと生唾を飲み込む。俺自身オカルトそのものは結構信じてる方の人間だ。それに『月光』を開いた時に見えたおぞましい怪物。あれが俺だけの勘違いじゃなくて佳蘭も見えた現実(リアル)だということがわかって。気が付けば殺されかけたことも忘れて口を開いていた。

「ダチの形見なんだ。自殺する前に最期に読んでいたのがこの『月光』で…」

「なるほど。この本を読み切るとわたしたちも同じ結末を辿りそうね」

「は? いやたかだか本だろ? 読んだら死ぬってありえないだろ」

「普通はね。けれどもこれはもう既に怪異よ。さっきのわたしを見たでしょう? 本当にごめんなさい。でもあれは私の意思じゃないわ」

 佳蘭の言葉に「やはりか」なんて感想が出てくる。同時にふつふつと湧き上がってくる疑問。

「なあ久留主佳蘭。お前は一体なんなんだ?」

「わたしは魔女。お婆様からその瞳と知識を受け継いだ本物の魔女よ」

 彼女の宝石のような碧い瞳が妖しく輝く。思わず気圧されたように何度目かの固唾を飲み込む。そしてそれが気に食わなくて噛みつくように声を上げた。

「魔女ってなんだよ!」

「言葉の通りよ。まあファンタジックな魔法は使えないけどね。霊能力者みたいなものって思ってくれたらいいわ」

「で、その魔女さんに聞きたいんだが、この本読んだら死ぬってどういうことだよ」

「幽霊や呪いってものは残留思念によるもの。多分高戸にも経験あるんじゃない? 他人の感情に引きずられるってこと」

「ああ。確かにな」

 明るく笑顔な奴と一緒にいるとこっちも楽しくなるように。カッカと怒ってる奴とだとイライラしてくるように。佳蘭の言葉に覚えがありすぎて思わず頷いてしまった。

「世界に染み込むほどの想い。それが人に与える影響は甚大なものがあるわ。さっきのわたしを見たからわかるでしょう? そして残留思念に支配された状態のことを私たちは怪異に囚われたと呼ぶわ」

「なるほどな。現状はわかった。で、どうしたらこの怪異から解放される?」

 ようはどっかの誰かのクソデカ感情に、今俺たちは支配されてると。んでこの本を読むと、そのクソデカ感情に影響されて死んじまうということらしい。まあそれには納得がいった。重要なのはこれからどうすればいいのかってことだ。

「怪異から逃れるには二つ。一つは思念を祓い落とす方法。とはいえ今回これは使えないわね」

「なんでだよ」

「簡単よ。わたしが怪異に囚われたからよ」

「は?」

 佳蘭の言葉に思わず呆気に取られる。いやいやなんで佳蘭が怪異に囚われたら使えなくなるんだ?

「言ったでしょう。私は魔女よ。怪異への耐性は持っているし、なんならこういった呪いの本も読んだことがあるわ。そのわたしがなんの抵抗も出来ずに引きずり込まれた。これは異常であり得ないことよ。そんなレベルの怪異相手にして思念を祓い落とすなんて芸当不可能だわ」

 言われて納得した。佳蘭は魔女を自称するようなオカルトのスペシャリストだ。そんなコイツがヤられたんだ。そりゃ無理ってもんだわ。

「じゃあもう一つの方法ってなんだよ」

「怪異には必ず法則(ルール)があるわ。それを把握すれば打ち破る手段が見えてくる。呪いのビデオはダビングすればいいっていった風にね」

「あー。なるほどな」

 例えが分かりやすくて助かった。大昔震えながら見た呪いのビデオを巡るホラー映画。あれも確か呪いを解くための物語で、ようはそういうことかと納得出来た。

「といってもこれに関しては鍵はわかっているわ。この本の中身を知ること。けれどもそれが破滅に繋がりそうなのよね。話を聞く限り」

「なあ。俺の親友が死んだのって、やっぱりこの本が原因なのか?」

「最期に読んでいたのがこの本なんでしょう? だったら十中八九これが原因なんでしょうね」

「やっぱりそうか…」

 嘆息するように呟く。鉄平が自殺するわけがないという俺の予想は的中したわけだ。俺が形見としてこの『月光』という本を譲り受けた理由。実は鉄平が誰かに殺されて、『月光』の中に何かダイイングメッセージが隠されているなんていうくだらない妄想があったからだ。けれども現実はもっと奇想天外で、『月光』という本を読んだことが鉄平の死の原因で。言ってしまえば有馬鉄平という人間は本に殺されたといっても過言ではない。なあ俺はどうしたらいい? どいつに、どこにこの感情をぶつけたらいい?

「ルールなんぞガン無視してこの本燃やすのはダメか? 現物なきゃ幾らなんでもなんも出来ねーだろ」

「そもそも燃やすことが出来ないわ。多分わたしが止める。高戸を殺してでもね。それにわたしが止めなかったとしても貴方じゃこの本を傷つけることは出来ないわ」

「は? どういうことだよ」

 さっき殺されかけたことを思い出し、佳蘭が阻止してくるっていうのは納得した。だが俺じゃこの本を傷付けられないとはどういうことだ? たかだか本一冊燃やすくらい余裕で、なんならライター持ってるし今から試したっていい。

「言葉の通りよ。納得出来ないっていうならやってみるといいわ」

 すっと渡された『月光』。それを胡乱な瞳で受け取った。くるりと茶色の表紙を裏返し、マジマジと見つめる。

「いいのか? いや。流石にもう一度殺されそうになるのは勘弁だぜ」

「大丈夫よ。わたしはそれを不可能なことを知っている。さっきのようなことは起こらないわ」

「まあそう言うんなら遠慮なくやらせて貰うぜ」

 ポケットからライターを取り出して火を付ける。オイルライター独特の甘い匂い。赤い炎をそっと『月光』に近づけていく。ページの端に火が燃え移り、暫くして全てが灰に変わった。

「おい佳蘭。燃やせたぞ」

「よく見てみなさい。そんなことないから」

 何言ってんだと左手の、焦げだらけになっている筈の『月光』へ向かって視線へ落とす。思わず「え」と間の抜けた声が漏れた。左手には燃えた形跡の一切ない綺麗な『月光』があった。

「嘘だろ⁉」

 思わず叫び声が出た。確かにライターで燃やした筈で…。いやと思わず口元に手を当てて考え込んでしまう。自分の行動に違和感があった。なんで俺はこの場で燃やそうとしたんだ? 火事でも起こす気かよ。しかも左手に本持ったまま燃やそうとするなんて何考えてたんだ? あり得ないだろ。

「ちなみに言うとね。貴方はライターを取り出して、そのまま仕舞っただけよ。これでわかったでしょう? これが怪異に囚われるってことよ」

 静かに射貫くような佳蘭の青い瞳。身体の内側から滲むような寒気と合わさって気圧される。ここへ来て一気に怖くなってきた。

「捨てた筈の呪いの人形。それがいつのまにか戻ってきている。聞いたことあるでしょう? こういった類の怪談話」

「あれってこういうことだったのかよ…」

 ようは捨てたつもりが、持って帰ってたってことだろ? 今俺が体験したのと同じように。

 今更ながらとんでもないことに巻き込まれたと嘆息する。同時に助かったというのが正直な所。佳蘭がいなかったら、何の気なしに『月光』を読んで、おかしくなっていただろう。そして辿る結末は鉄平と同じ自殺といったところか。最悪の結末を回避出来たという安堵感と、そういえばさっき佳蘭に殺されかけたのを思い出し、すぐになんとも言えない気持ちに変わった。

「少し『月光』を借りてもいいかしら?」

「いいけど。どうするんだよ」

「ちょっとね」

 差し出された佳蘭の右手に『月光』を手渡す。そのまま彼女は適当なページを開いて、ちゃぶ台に乗せた。

「お、おい! 開いて大丈夫なのかよ⁉」

「1ページ開くくらいだったら大丈夫よ。それにこうやって調べないと先に進めないわ」

「ごもっとも」

佳蘭がまた暴走しないかどうか、一瞬だけ彼女の顔を見る。その青い瞳には確かに理性の色が残っており、これなら大丈夫かと安心してちゃぶ台の上の『月光』へと視線を落とす。

経た年月を感じさせる薄茶色のページ。ふわりと香る古ぼけたインクと埃の匂い。その上を踊るように埋め尽くす活字たち。昔学校の図書室で見た古ぼけたハードカバーを開いた時のことを思い出した。

「凄いわね、これ…」

吐息を漏らすような佳蘭の声。そのまま撫でるようにページ触った。

「なにかわかったのか?」

「まあね。一先ずこの本に使われている紙には、特殊なインクで何か書かれている」

「特殊なインク?」

 ちゃぶ台の上に広げられたページ。それをマジマジと見つめる。けれども佳蘭が言っているような何かがあるようには思えなかった。

「見えないインク。普通の人にはわからないわ」

「なんでテメェには見えるんだよ」

「在り得ないモノを捉える(まなこ)。わたしがお婆様から、その知識と共に受け継いだのがこの魔女の瞳。私が魔女たる所以(ゆえん)

 佳蘭の青い瞳が貫く様に突き刺さる。深く悠久の不変たる宝石のような双眸。息苦しさ。呼吸を忘れていたことに気が付き、気圧されたことが許せなくて、睨みつけるように佳蘭の瞳を見つめ返した。

「で、なにが書かれてるんだ」

「わからない。正確に言えば見ようとしていないから当然のことね」

「は? なんでだよ」

「これ以上視るとさっきの二の舞になりかねないからよ。これより先はチキンレースね」

 そう言うと佳蘭は、ほぐすように目元を揉む。その頬には一筋の汗がたらりと流れ落ちた。明らかに消耗している様子の佳蘭。おそらく一瞬でも気を抜けば普通に読んでしまうのだろう。佳蘭の言葉を信じるなら、人並み以上に視える瞳を持つ以上、俺よりも『月光』から受ける影響が大きい筈だ。

「大丈夫か? ゆっくりでいいぜ」

「その言葉に甘えさせてもらうわ。…ごめんなさい。本音を言うとどこまで正気で読めるかわからないわ」

 唇を噛み締め悔しそうに、焦りと絶望が入り交じった佳蘭の表情。思わず最悪の未来が頭をよぎる。

 久留主佳蘭が俺にとっての生命線だ。彼女が堕ちた瞬間に全てが瓦解する。怪異という事象に対して俺はあまりにも無力だ。仮に佳蘭の代わりに『月光』を読んだとしても、俺じゃ何もわからない。普通に読み進めて怪異に飲み込まれてジ・エンドだ。悔しくて思わず掌に爪を食い込ませるように握りしめていた。

 佳蘭は脳にこびりつくシミを吹き飛ばすように数度頭を振ると、はぁと大きく息を吐き出した。そうして気合いを入れ直すともう一度『月光』を開き、古ぼけたページにその青い視線を落とす。眉間に皺を寄せ、険しい表情で読み進めていく佳蘭。徐々に瞳から意思の光が消え、表情から色が消えていく。

「お、おい大丈夫か?」

 不穏な気配がして思わず焦り、佳蘭の肩口を掴み身体を揺らす。脱力しグリグリ動く奇妙なヘドバン。佳蘭の瞳に光が戻り、ハッとした表情を浮かべ、ゆっくりと俺の方へ視線を向ける。

「ありがとう。助かったわ」

「なあ。このままの調子で、本当に最後まで読み切れるのか?」

「読み切るしかないわ」

 強い断定の口調。睨みつけるように固い表情。出来る出来ないじゃなくやるしかないとう決意の表れ。

「それに二つだけわかったことがあるわ」

「マジか」

 前進の気配に思わず身を乗り出す。佳蘭はポケットからハンカチを取り出し、額に浮かんだ汗を拭った。

「マジよ。といっても一つは関係ないことだけどね。わたしの疑問が解消されただけよ。この本に悪意は含まれてない」

「悪意が含まれていない? それが一体なんだってんだよ」

「こういった呪いの本の類いにはほぼ確実に悪意が含まれているわ。それもそうよね。人に害を与える以上そこに悪意はある。それに世界に刻み込むほどの強い感情なんて悪意が大半よ。だから私たちはまずヒトの悪意に対して強固な防御壁を構築する」

「ところがどっこいこの『月光』にはそれが含まれてない。だから無防備にそれを受けちまったってところか?」

「そうね。勿論悪意がないってだけじゃなく、他にも様々な要因が隠されているわ。けれども一番のメインをそれで潰された」

 佳蘭からしてみれば想定外もいいところだろう。なにせ鉄板で抑えておかなければならない所を簡単に突破されたんだ。ここで問題なのが、それに対応出来るかどうかだ。

「無理ね。あまりにレアケースすぎるし、わからない部分が多すぎる。この状態じゃ碌な防御壁なんて構築出来ないわ」

 まるで俺の心を読んだかのような佳蘭の言葉に、やっぱりかという感想しか出てこない。佳蘭がいう防御壁がどういったもんか詳しくはわからないが、パソコンでいうファイアウォールに近いものを感じる。そんなもの簡単にできるわけがない。だからこそ続く佳蘭の言葉に驚いてしまった。

「だけどこの本が人を狂わすメカニズムの一部はわかった。これが二つ目ね」

「マジか⁉」

 思わずテンションが上がった。仕組みがわかれば逆算して対策が打てる。この本を安全に読むために必要な、大きな一歩。

「二つの要素が絡み合ってこの怪異は成り立っている。一つはページそのものに仕掛けられたもの。特殊なインクで描かれたなにか。それ以外にも沢山。これらが人を狂わせる」

「なあ。一つ疑問なんだが、それが見えるお前ならわかる。でも俺みたいに見えない人間にも影響あるんか?」

「サブリミナル効果って知ってる?」

「ああ。あれね…」

 流石の俺だってその言葉くらい聞いたことある。あれだ。認識できない出来事が、人に与える影響のことだったかな。有名なところでは映画の一コマにポップコーンを食べている絵を一枚だけ入れた話だ。それによって映画館のポップコーンの売り上げが伸びたという。けれどもそれは…。

「あくまで都市伝説。実際はサブリミナル効果に科学的裏付けはないっていうぜ」

「そうね。けれども日本では自主規制という形で。外国では禁止されている所もあるわ。もしサブリミナル効果に意味がないんだったら、禁止する必要はないんじゃない?」

「……。確かにな」

「大袈裟に誇張された効果はないと思うわ。けれども完全に否定することは出来ない。僅かながらでも影響を与えるわ」

 佳蘭の言葉を聞き流しながら、その視線は彼女の両手の『月光』に吸い寄せられるように。沈黙するように閉じられた茶色の表紙。段々と世界と自分が離れていくような不思議な感覚に陥る。瞬きと瞬きの間。勘違いと思ってしまうような、意識と意識の隙間に入り込む様に『月光』の表紙が茶色から青に変わり茶色に戻った。

 思わず目を擦り、もう一度まじまじと『月光』を見つめる。けれども表紙は茶色のままで、変な所なんて一切ない。今日になってしょっちゅう起こる奇妙な錯覚。まさかと思うが、俺も見えないインクで描かれたものが見えたりするのだろうか。佳蘭じゃあるまいし、俺は変な眼なんて持ってるわけがないからあり得ない。…あり得ないと思うが、だったらこれはなんなのだろうか。

「高戸。貴方も何か見えるのね」

「いや。単なる勘違いだな多分」

 すっと細められた佳蘭の瞳が観察するように俺を見つめていて。だからこそわかったんだろう。とはいえ自分が佳蘭と同じように見えるということが認められなくて、勘違いという言葉で誤魔化そうとする。けれどもそれは佳蘭によってすぐに否定されてしまった。

「いえ。見えているわよ、確実に。こういったのは勘違いの狭間で見えるものよ」

「そういうものなのか…? いや、俺にお前みたいな力はねーぞ」

「関係ないわ。波長さえ合ってしまえば見えてしまう。まあもっともこの『月光』に限って言えば、そういう問題じゃないけれども」

「どういうことだ?」

「この本の文章力は異常よ。そしてその異常さこそが、この本の狂気を支えるもう一つの柱」

「文章力だぁ⁉」

 思わず大きな声が漏れ出た。文章力という急にオカルトとと関係無さそうな要素が出てきて少しビビる。読むというより見るといった表現くらいでしか、この『月光』という本を読めていない。それでも佳蘭が言うほどの異常さを感じなかった。

「そうね。名著と呼ばれる本は、一種異常と言えるほどの文章力があるわ。夏の暑さや冬の寒さを体感させるもの。切り裂くほどの透明さで訴えかけるものとかね。高戸は大嶋先生の講義は聞いたことあるかしら?」

「大嶋ァ? いや、取ってねーわ」

 いきなりウチの大学の人間の名前が出て少しビビった。大嶋といったら、今俺たちが居座っている映像部の顧問をしている。なんでも昔ガチの映画監督をしていたらしい。なんでそんな奴がこんなチンケな大学で教鞭取ってるのか。まあ人に歴史ありってやつだろう。

「大嶋先生の講義は受けるべきだわ。わたしがこの大学に来ている理由だもの」

「へー」

 確か田畑の奴もそんなこと言ってたな。映画論だったか? 大嶋の講義って。なんでも適当に映画見て、それの感想提出して終わりらしい。めちゃくちゃ楽で、流す映画はカビが生えたようなのばかりらしいが、そこそこの暇つぶしにはなるのだとか。

「大嶋先生が言うにはね。小説というジャンルは、他のどんなメディアと比較しても異様とも言える特色があるの」

「ああ? 大嶋って元映画監督だろ? なんで小説のこと語ってるんだよ」

「なんでも映画とは? みたいな思考の迷宮に陥った結果、様々なメディアとの比較をしたのがきっかけみたい」

 思わず「へぇー」という言葉が漏れた。なにかを極めようとして、迷走しすぎて魔境へといっちまうなんてのはよくある話で。大嶋の奴もきっとそんなもんだったんだろう。

「映画やアニメ、漫画に小説と物語を表現する媒介は幾つもあるわ。その中で小説だけは視覚情報がほとんどない。あっても数十ページに一枚、挿絵があるだけね」

「まあ小説ってのは文字だけだもんな。確かにビジュアル面で言や、圧倒的に劣ってるわな。で、それが一体なんだったってんだよ」

「高戸は本を読んだりするかしら? もし読むのだったら一度は経験したことあるんじゃない?」

「あぁん? 一体なにをだよ」

 思わず声に不機嫌さが滲み出る。鉄平のせいで本を読むことの楽しさを知っている俺からすれば、佳蘭の言葉は挑発ともとれるもので。とはいえアロハ着て煙草吹かしてた奴が、読書が趣味ですなんて普通思わないだろう。頭の中のどこか冷静な部分がそう言っているが、ムカつくもんはムカつく。

「本を読んでいて、描写された風景がまるで実際に見ているようにイメージできることよ」

「馬鹿にしてるのか? それくらい何度だって…。いや、確かにおかしいな。言われなきゃそんなこと思わなかったが、なんでだ? なんで無いものが見えるんだ?」

「そうそれよわたしが言いたいのは。ないものが見えたり聞こえたりする。こうして整理してみると気が付くでしょう。普通ではありえないことが起こっているわ」

「確かにな」

 蟻の大群が背筋を上っていくような、そんな悪寒。当たり前だと思っていた世界が、ぐらりと音を立てて崩れ落ちていく。一瞬自分が本当にここにいるのかすらわからなくなるような、そんな恐怖を振り払うかのように強く頷く。

「大嶋先生が言うにはね、物語への没入感によってもたらされるものらしいわ。そしてこの没入感は、視覚情報が多ければ多いほど弱くなっていく」

「そいつはなんとまあ皮肉なもんだな。映像や音という巨大なものを手にした代わりに、物語への没入感てやつを失うなんて」

「そうね。とはいえ同時に没入感を高める工夫も生まれたわ。例えば映画館の環境ね。暗くすることで視覚情報を制限し、映画に集中せざるを得ない状況を作り出している。漫画でいえばコマ割りとコマ割りの間。そこに描かれていない動きを挿入することで、読者に動作を錯覚させる。それを繰り返すことで徐々に没入感を高めていく」

「へぇ…」

 思わず俺の中の知的好奇心て奴がむくりと鎌首をもたげる。佳蘭の言葉に幾つか思い当たる節がある。見知った友人の、裏の顔を知った時のような感覚。なるほど。確かに佳蘭の言う通り大嶋の講義、採る価値があるかもしれん。

「なあ。そういえば結局なんで小説の没入感てこんなに強いんだ? いやそりゃ作品によって差があるのはわかるさ。けどここまでくりゃ小説ってジャンルそのものに言えることだろ」

「小説を読むと眠くなる人って一定数いるじゃない? 文字を目で追うという単純作業。それが眠りを誘うわ。そして眠りとは異界への入口。現実が曖昧になり、非現実が確かな重みを伴って侵食を始める。没入感の鍵はそこにあるわ」

「眠りねぇ…。つまり俺たちは本を読むとき、半分夢の世界にいるって言いたいわけか」

 何度か経験がある。ベッドで寝転がりながら、だらだらと読んでいた時。不意にうとうとして、奇妙な夢を見た。夢は夢らしく荒唐無稽で支離滅裂。けれどもどこか読んでいた小説の内容と被るのだ。他人に話したって共感しちゃもらえない。そんな奇妙な感覚。

「まあそう思ってくれて構わないわ。普通はね、その扉が開いても、少し中の光景が見えるだけ。その程度の僅かな隙間が出来るくらいね。あるいは名作奇書の中には通れる程大きく開くものもあるかもしれない。けれども案内人がいない以上、その先へは進めない。けれどもこの『月光』は違う。異界へと確実に誘われる」

 佳蘭が語ったページに見えないインクで描かれた何か。『月光』という本を巡る怪異の、根幹を成す要素の一つ。おそらくこいつが案内人となって、没入感という言葉だけでは済まない異界とも言えるところまで導かれる。そして…。

「異界へと辿り着いた以上、現実世界へと戻れない…」

「怪異を打ち破らない限りね。それにしても意外。高戸って見た目のわりに頭いいのね」

「ケッ。勉強はできねーよ。ただこいつの出来は悪くねーのさ」

 そう言って人差し指で側頭部をトントンと叩く。実際頭の回転は中々のモンだと思っている。それに中学の頃なんか鉄平の影響で勉強にのめり込んだ時期もある。もっともクソ担任が願書出し忘れたせいで、高校受験失敗してからは萎えて、それから殆ど勉強なんてしなくなったがな。なんて過去の栄光に縋っても虚しいだけだ。自嘲気味に口元を歪めると、佳蘭はそんな俺に気がついていないのかググっと伸びをした。

「いい気分転換になったわ。お陰でもう少し読み進められそう」

「なあ。本当にそれしか手がないのか? 確か内容を知ればいいだけだろ。例えば俺とお前が交互に読んで、その内容を教え合うとかでもいいんじゃないのか」

「気持ちはありがたいけど、高戸が読むのだけは遠慮願いたいわ。単純な話よ。わたしが暴走しても高戸は止められる。けど逆は無理でしょう?」

「確かにな」

 思わず納得してしまった。昔バカやってた奴のお約束として、俺もそれなりの場数を踏んだことがある。それに高校の頃は剣道部でバリバリやっていた。あの時は不意打ちでマウントポジション取られたのが不味かっただけ。ああなるとわかっていたら、流石にあの時みたいな無様なことにはならない。今だったら暴走した佳蘭を取り押さえれる自信しかない。

 ちらりと佳蘭の腕へと視線を向ける。白くすっきりとした細腕。これじゃあ無理だ。俺が暴走したら佳蘭じゃ止められない。なんだったら殺しちまうことだって。

「もしこの本を安全に読むんだったら簡単よ。ページと文字を切り離せばいいだけ。けどそんなこと不可能だわ。紙のページを傷つけず文字だけ抜き取るなんてことが出来たら、それこそ魔法よ魔法よ」

「ページから文字だけを抜き出す…?」

 やれやれと言わんがばかりに首を振る佳蘭を尻目に、思わず考え込む。何かが引っかかるのだ。確かに文字だけ抜き取るなんて、そんなこと…。

「あ」

 不意に閃いた答え。思わず声が漏れ出た。急いで部室を見回し、目当ての物を見つけ、安心すると同時に笑いが漏れ出た。

「な、なによいきなり。気でも狂った?」

「いや、魔法ってあったんだなって思ってな」

「は? 本当に大丈夫?」

「スキャナーだよスキャナー。それ使えばページから文字だけを抜き出せるだろ」

 俺の言葉にハッとした表情を浮かべる佳蘭に、思わずにやける。さっき俺が探したのが、パソコンの周辺機器の一つプリンター。最近のプリンターは、俺のガキの頃とは考えられない程、安価で高性能だ。昔はそれこそプリント機能しかなかったのに、今じゃコピーやスキャナーまで搭載されてる。そのくせ数万円から、安いと一万円を切るくらいのお値段で買えたりするから技術の進歩ってやつは恐ろしい。

 数年前にスキャナーで取り込んだ漫画の違法アップロードが問題になったことがある。結果として法規制が強化され、違法サイトは軒並み潰された。一人の漫画好きとして、この問題を、結果も含めて追っていたからよく覚えている。だからこそ導くことが出来たアンサー。

「なるほど。確かにそれならページと文字とを切り離せる。何万画素か詳しいことはわからない。けれども確実に言えるのは、パソコンのモニターに見えないインクで描かれた何かは映らない。高戸の言った通りあったわね、魔法」

 にやりと笑う佳蘭。その顔からはさっきまであった固さが取れていた。それはつまり、この方法が正解なのだということを如実に表していて…。すっと立ち上がり、パソコンの前に移動すると、電源を入れる。

「さっさと取り掛かろうぜ。何時間かかるかわかったもんじゃねぇ」

「そうね。始めましょうか」


 安っぽい横開きの部室の扉を全開にして、そこの地べたに座り込む。ポケットから煙草とライターを取り出し、ぷはぁと一服。数時間ぶりのニコチンは、無性にうまかった。

 新しいページを開き、それをスキャナーにかける。パソコンに送られる画像データ。地味で淡々とした退屈極まりない作業。わざわざ二人同時にやる程の作業じゃない。前半は俺が。大体三分の二ほど終わった時点で佳蘭と交代した。

 ぷはぁと部室の外に紫煙を吐き出しながら、ちらりと佳蘭の様子を覗う。黙々と作業をしながら、けれども瞳には確かな理性の色。これなら大丈夫だろうと、視線を外へと向ける。

 いつの間にか日も落ち、大分夜も深くなっていた。何も映さない黒い空の中、穴が開いたようにぽっかりと輝く白い満月。それに向かって煙草の煙を吐き出した。すーっと走る紫がかった白煙。月に届く前に闇に呑まれて消えた。

「ねぇ。聞いてもいい?」

「なんだ」

「この本を読んだっていう貴方の友達のこと。どんな人だったの?」

「いい奴だったよ。あとはそうだな。中々面白い感性持ってるやつだったな」

 あれはいつだったか。そう、確か高校の夏休みでのことだ。俺は地元のツレとの連日の馬鹿やった帰り。鉄平は予備校の夏期講習の帰りで、夜のコンビニでたまたまばったりと会った。

 互いに「よう」と「元気だった?」なんて、短い挨拶を交わし、なんとなく公園へと向かった。どっちが誘ったなんて覚えてない。おそらく自然な流れだったんだろう。

 高台の公園。明るければ海が見れたのだが生憎深夜。真っ暗な夜の闇と、ぽっかり空いた白い満月。鉄平と語ることなんていつも同じ。今週の漫画のあそこが面白かっただの、前貸してもらったあの本のあのシーンがよかっただの、その程度のとりとめのない話。そんな中、鉄平がふと月を見上げた。すっと細められた瞳。そして…。

「『あと何回お前とこうして月を見れるんだろうね』なんて言うんだぜ? 中々言えねーだろ、こんな言葉。ドラマじゃあるまいし」

「そうね」

「だろ? ホントいい奴で、そんでもって中々に面白い奴だったよ…」

 あの時の俺はなんて応えたんだっけ。「これから何度だって見れるさ」だったか。はたまた「さあ? お前とは死ぬまでこうしてるような気がするな」だっただろうか。

 もう思い出せなくて、けれども鮮明に思い出せるあの時の光景。いつかは終わりが来ると知っていて、そんなのはずっと先だと思っていた。それがこんなに早く逝っちまうなんて。結局鉄平と一緒に月を眺めたのはあの日だけで、もう永遠に二回目は来ない。

 黒い夜空を見上げる。あの時と同じ、ぽっかり空いた満月に向かって紫煙を吐き出す。つぅーと煙が目に染みて、佳蘭に気づかれないようそっと拭った。

「終わったわよ」

 惜しむ様に最後の一口を吸うと、灰皿に三分の一になった煙草を押し付ける。そして火の消えた吸い殻を片付けると、佳蘭の側へと進み、腰を下ろした。

「お疲れ。これで準備出来たな」

「そうね。ここからが本番よ」

 二人してパソコンのモニターを見つめる。大量にある画像データの中から、1ページ目を探し拡大した。ぐいっと身を乗り出し、食い入るようにモニターを見つめる佳蘭。けれどもすぐに視線を外し、首を横に振った。

「ダメね。これでもわたしには強すぎる。ねえ高戸、貴方が代わりに読んでくれる?」

「それでいいのか?」

「いいわ。魔女の瞳を持つわたしには見え過ぎてしまう。けれどもそれがない高戸には関係ないことよ。それに繰り返すけれども、この怪異から逃れるには、この本の内容を知ること。必ずしも読む必要はないわ。高戸が読んで、それをわたしに教えてくれるだけでいい」

 鉄平の形見だ。元々俺が読む気でいたから、それは別にいい。問題はこれを読んで大丈夫かどうかだ。佳蘭が言うには俺は問題ないとのことなのだが…。

 佳蘭の顔をまっすぐ見つめる。こゆるぎもしない凛とした青い瞳。思わず「ふう」と小さく息を吐いた。

 どっちにしろ読むしかねーんだ。四の五の言ってる場合じゃないし、進まなきゃ始まりゃしねえ。佳蘭の言葉を信じるしかない。信じるしかないんだ。

「わかった。いいぜ、読むわ。んで読んだ内容をお前に教えればいいんだな」

「ええ。お願いするわ」

 言うが早いか、モニターの前に移動した。そしてごくりと固唾を飲み込むと、モニターに映し出された1ページ目を読み始める。2ページ目3ページ目と読み進めていくうちに、狭まり始めた視界。本を読んでいて今まで何度も味わった、あの感覚だ。物語の中に入り込む前兆。誘われるように、導かれるように文字を追い、ページを進んで行く。自分の意識が消えて、一つの物語と混ざり合う。この物語が人を狂わす怪異だとか、鉄平が死んだ原因だとか、全てが塗り潰され、ただただ読み耽っていく。

 ………。……。…。

「ねぇ高戸! 聞こえている⁉」

 言葉と肩を揺らされた。ハッとする。徐々に取り戻す、自分が高戸和也であるという認識。ゆっくりと隣の佳蘭へと向き、軽く微笑んだ。

「その様子。大丈夫そうね」

「…なんとかな。悪いちとキツイ。吸っていいか?」

「流石にノーと言えないわ。気にせず吸っていいわよ」

 ポケットから煙草の箱を取り出し、灰皿のある玄関へと移動して火を付けた。思考を焼くいつもの陶酔に安堵する。

「落ち着いた? こっちを見れる?」

「ああ。多少はな」

 佳蘭の青い瞳が射貫くように俺を見つめてきて、それを真正面から見つめ返した。そのまま数秒。すっと細められた青い瞳。安心したようにふわりと微笑んだ。

「よかった。多少の影響は残っているけれども、そこまで大きいものじゃない。最後のページを読み終わって、しばらくぼうっとしていたから心配したけれども、これなら最悪のことにはならなさそうね」

「自分で言うのもアレだが、正気だよ俺は」

 読了後の余韻に酔ってはいるが、それでも今の自分がマトモだと言える。少なくともよくわからない衝動に突き動かされて自殺することはない。紫煙を吐き出した。

「高戸のタイミングでいいわ。お願い出来る?」

「いいぜ。この『月光』というのは一人の男の自伝といえるものでな」

 ある大地主の長男として生まれた富永弥は、恵まれた幼少期を過ごしていた。だがそれは、ある側面から見た話であり、弥に言わせれば、ただ辛く厳しいだけのものでしかなかった。

 厳格な父と母。大きく時代が変わり、それまでの常識が破壊されていった時だ。身分制度の撤廃。民主主義の台頭。生活様式の西洋化。激動の時代で、彼らが信じたものは学問の力だった。

 教育制度が未熟だった当時では考えられないほどの高等教育。金はあった。金だけはあった。惜しみなく注がれ、弥はその全てを吸収していった。代わりに失われる少年らしい日々。変わったのは十四の時だった。

 妹が生まれたのだ。名前はとき。聡く美しく、けれども異質な存在感を醸し出す。両親はそんなときを不気味に思い、まるで腫物を触るように接した。そんな中弥だけは違った。年の離れたただ一人の妹に、父性のようなものを感じていたのだ。


『わたしたちって命を奪わなければ生きていけないのね。なんて罪深いのでしょう』

『命の果て。最後にわたしたちが辿り着くのは一体どこなんでしょうね。そこに幸いがあればいいのですが』

『兄さんたちには見えないの?』


 禅問答のようなことを口にする子供だった。猫のように虚空を見つめる子供だった。あと少し生まれるのが早ければ、座敷牢に入れられていただろう。それほどまでに両親はときを恐れ、不気味に感じていた。ただ弥にだけはときの言葉の裏の、やさしさを感じ取っていた。

 おそらくときは、所謂普通の人生を送ることは出来ないだろう。弥の中に芽生える決意。自分がときを面倒みなければ。今まで流されるだけだった彼の人生に、明確な目的が生まれた瞬間だった。

 机に齧り付き学問に励む日々。その合間にときと会話を交わす。ほんの僅かな時間だけだが、二人の間にはそれでよかった。

 ときは絵を描くのが好きだった。私がときの部屋に遊びに行くと、決まって絵を描いていた。すうと目を細め、集中しているのがわかる。真っ白な紙に、ピンと立てられた絵筆の先が走る。滑らかに迷いなく。けれども時折筆が止まり、そういう時は決まって虚空を見つめていた。

『兄さん。来ていたのね』

『なにを描いてるんだ?』

 ときは視線を私に向け、柔らかな笑みを浮かべる。そっと文机の上の紙を覗き込む。何かが描かれている筈のそれには何もなくて。文机の上には絵の具の類いは置かれていなかった。

『兄さんたちが見えなくて、わたしが見ているものを』

 淀みなくなく走る絵筆の先は、けれども濡れそぼっている。確かに何かが描かれ続けているのに、それは変わらず白紙のまま。ときが絵を描く時はいつもそうだった。何かを描いているのはわかる。わかるが、なにを描いているかわからない。私はそのことを不思議に思ったことはあれど、不気味に思ったことはなかった。

 月日は流れ、私の生活にも様々な変化が起こった。進学のために上京し、帰省するまでの思い出。家業を継ぎ、妻子を得てからの充実した日々。そんな中ときは、ときだけは枯れるように衰弱していった。

食が細り、あれほど好きだった絵も滅多に描くことがなくなってしまった。一日中寝床に籠って横になる日々。医者に診せても一向に良くなる気配はない。虚ろなときの表情。まるで生きる気力そのものがないように思えた。

 それは月の明るい夜のことだった。虫の報せとでもいうのだろうか。その日、まだ陽も上らない深夜に私は目覚めた。隣の妻と子供はすやすやと眠っている。起こさないようそっと布団から出た。微かなのどの渇き。水でも飲もうと台所へと向かった。

 のどを潤し、自室へ戻ろうと廊下を進む。ゆったりと歩きながら、窓の外の夜空を見つめた。黒い闇の中、ぽっかり空いた真白の満月。清く、けれどもどこか狂気を孕んだ月の光に誘われるようにして、ときの部屋へと訪れた。

 てっきり寝ているものだと思っていた。寝顔でも見ようと軽い気持ちだった。だがいると思っていた布団の中にときはいない。どこにいるのかと部屋の中を見回し、窓辺に立つときの背中を見つけた。明るく、ささやかに照らす満月。まるで雨に打たれるかのように、静かに月の光を浴びていた。

『兄さん』

 私の気配に気が付いたのか、ときはゆっくり振り返った。思わず息を飲む。濡れた(まなじり)。恐怖の中に一抹の安堵を見つけたような不器用な微笑み。はだけた襦袢から覗く、僅かに温かみのある白い肌。肋骨の浮き出た乳房と桜色の蕾。そして誰も触れたことのない純潔の花弁。

 ぐじゅりと脳が焼かれる感覚。その肉体は瑞々しく枯れていて。腐り落ちる果実の甘さと、白骨の不浄なる清らかさ。狂気と背徳と淫靡な美しさに満ちていた。

『——弥』

 初めて名前を呼ばれた。そしてその言葉は、私の中の最後の鎖を引きちぎるには充分すぎた。突き動かされるようにときへと近づき。そうして私は獣へ堕ちた。

 乱れた衣服を整える。生涯味わうことのない、味わう必要のない甘美な快楽。同時に死ぬまで消えることのない咎の重さ。寝床で余韻に浸るときの顔を見れない。そそくさと逃げるように立ち上がった私の背中に、ときは声をかける。

『お願い』

 心の臓が跳ね上がる。血の気が引いていくのがわかった。全身が痺れたように動かない。けれども私の予想に反して、ときの声色は蕩けるように穏やかだった。

『わたしのことを書いて。わたしを後世に残してちょうだい。お願いよ』

『わかった』

 顔を合わせることなく静かに頷いた私に、ときは安心したのだろう。すぅすぅと穏やかな寝息を立て始めた。ゆっくりとときの部屋を後にする。

 寝室へと戻り、何食わぬ顔で布団に入る。そっと耳を澄ますと、いつもと変わらない妻と子供の寝息。安堵の吐息が漏れ出そうになり、思わず息を止めた。鼓動の音が五月蠅い。このまま寝れるのだろうか。

 ぐるぐると滅裂に回り狂う思考。こんな状態で眠れるわけがない。眠れるわけがないと思っていたが、存外に私は厚顔な人間だったようだ。何時の間にか私の意識は闇に落ち、次に目覚めた時にはときは私のいる世界から旅立っていた。

「最愛の妹の最期の願いだ。私は書かなければならない。ときのことを。なにより私の罪を。繰り返す。これは私の懺悔の物語だ」

 パチンという音にびっくりし、思わず仰け反り床に手を付いた。ぼうっとしていた意識が一瞬で覚醒する。さっき俺の顔があった辺りには佳蘭の両手。状況から察するに猫騙しでも食らったんだろう。

「いいわ。煙草でも吸いなさい。少しは落ち着くでしょう」

「あ、あぁ」

 言われるがまま、煙草に火をつけ一口吸う。霞みがかった思考がクリアになる感覚。とはいえそれだけだ。状況がよくわからない。

「まさかここまで濃度を下げても、これだけの影響が出るなんてね。もし直接読んでたらと思うとぞっとするわ」

「一体なにが…?」

「気がついてない? 段々自分のことを語るような口ぶりに変わっていったわよ。まるであなたが富永弥になってしまったかのようにね」

 思い当たる節がある。煙を吐き出した。『月光』を読んで味わったあの感覚。高戸和也であるという自我が薄れ、主人公とシンクロしていったアレ。佳蘭に『月光』の内容を語っていくうちに、それがぶり返してきたんだろう。

「大丈夫。一時的なものよ。それに寧ろ助かったくらいだわ。わたしの中の衝動が消えている。綺麗さっぱり。より深く、より詳しくこの本の中身を知れたお陰ね」

「そうか」

 佳蘭が言うには、このシンクロ状態は一時的なものらしい。まあそれは納得だ。これは云わば余韻に浸り過ぎているようなもんだろう。ここまで酷いのは初めてだが、こういった余韻は何度も味わったことがある。こういうのは時間が解決するってのが相場が決まっているもんだ。

「念のため確認するが、これでこの『月光』による怪異は解決した、でいいんだよな?」

「そうね。解決したわ。わたしたちがその本によって、危害を与えられることはない」

 その言葉にほっと安堵の吐息を漏らす。それにしても解決したっていうのに、なんというか表紙抜けというか実感が沸かないというか。いや、これでゲームみたいにファンファーレでも鳴らされたらブチ切れる自信があるが。

「それにしても。夜も大分深くなったわね。終電間に合うかしら」

「よけりゃ駅まで送るぜ」

「高戸は送り狼にでもなるつもりかしら」

 にやりと歪んだ口元に、意地悪く細められた両目。明らかに俺を揶揄っているのが分かる。軽くムカついた俺は、佳蘭に軽く口撃をかました。

「ハッ。胸に詰め物入れてる奴にゃ興味ないんでな」

「殺すわよ」

 ガチの殺意の籠った声と視線に、思わず肝が冷える。佳蘭に押し倒された時に気が付いた胸パッドの存在。思い返せばそれで正気を取り戻した辺り、ガチのコンプレックスなのだろう。やっべ想像以上の地雷踏んだ。

「まあいいわ。先に煽ったのはわたしの方だからね。ただ次はないわ」

「わ、わかった」

 あっぶね。なんとか回避出来た。軽くビビったことを誤魔化すように大分短くなった煙草の煙を吸う。そんな中、佳蘭は部室の出口へと向かうと靴を履いた。

「駅まで送ってくれるんでしょう? 急がないと終電逃しちゃうわ」

「お、おう」

 くるりとウィンクをする佳蘭に、少し見惚れて一瞬口ごもってしまった。早くしなさいと訴えかける佳蘭の視線に、慌てて煙草の火を消して立ち上がる。

 大学を出て、駅までの道のりを二人して歩く。ポケットからスマホを少しだけ出し、時間だけを確認すると手を離す。するりとポケットの中に滑り落ちるスマホ。これならなんとか終電に間に合いそうだ。

「それにしても…」

 唐突に口を開いた佳蘭。今まで互いに無言だっただけに思わず「ん?」と聞き返してしまった。

「確かに『月光』という本に悪意は存在しなかった。あったのは罪の告白と、最愛の妹のことを後世に伝えたいという思いだけ。怪異になるまで、世界に刻み込まれるまでの想い。富永弥という人間が、どれだけ妹のことを大切していたのかわかるわね」

「単なるシスコンのクソ野郎なだけだろ」

 『月光』を読んでいた時に味わったシンクロ状態を思い出し、吐き捨てるように言い捨てた。そんな苦虫を嚙みつぶしたような俺を見て、佳蘭は困ったように苦笑いを浮かべ。すっと真剣な面持ちに変わる。

「でも不思議ね。どうしてあなたの親友は死んでしまったのかしら。『月光』の内容を聞いた限り、深い懺悔の気持ちはあった。けれどもそれで自殺するとは思えない。現に富永弥もこの後『月光』を書き綴っているわ」

 月の光が優しく佳蘭の顔を照らす。白く張りのある肌と、輝く青い瞳に長い睫毛。それがあまりにも幻想的で、場違いだと思いつつも見惚れてしまった。


「本当は何があったのかしらね」



 最寄り駅の喫煙所で煙草に火を付けた。ここから十五分も歩けば家に着く。

 佳蘭と一緒に駅まで向かい、そこで別れた。なんてことはない。俺と佳蘭の向かう駅が反対方向だっただけの話。流石に終電を逃してまで、佳蘭の自宅付近まで送る義理はない。送り狼なんて煽られた手前もあるし、佳蘭の方も親に迎えを頼んだから大丈夫と言っていたのも大きい。

 すっと一口目を吸い込み、夜の闇へ向かって紫煙を吐き出した。日付も変わって暫く経つ。ぷつぷつと消え始める街の灯り。無意識にふわぁと欠伸が漏れた。

 身体の内側から鈍い眠気が湧き上がってくる。この『月光』を巡る怪異を経て、鉄平の死に自分なりの整理が出来たのだろう。久しぶりに眠れそうだ。

 実は佳蘭に言わなかったことがある。『月光』の最後のページを読み終わった後に見た、白昼夢に似た幻。そんなシーン『月光』の中にはどこにもなくて、シンクロしすぎてしまったが故に見たユメでしかない。けれどもそれはきっと確かにあった出来事で…。



 それは全てが終わった夜のことだった。私は一人縁側に佇み、真暗な庭を眺める。手入れの行き届いた庭木と、静かに揺らめく池の水。達成感と満足感から思わず溜息が漏れ出た。

 右手には出来たばかりの一冊の本。最愛の人との約束の果て。その仕上がり具合を確かめ満足げに頷く。

 この世で一冊しかない『月光』と名付けた私の懺悔の記録。私はこの『月光』を世に出すつもりはなかった。ただ一冊しか作らなかったのがその証。代わりに全てを注ぎ込んだ。

 何年もかけて推敲を行った文章。それを印刷するページにもこだわり抜き、結局ときが絵を描いていた紙を使った。白紙のままの、けれども確かに何かが描かれている。私の中で一番ときを象徴する物だ。べらぼうに金はかかったが後悔はしていない。

 びゅおうと強烈な風が吹いた。ぶるりと震える。風も出てきた、そろそろ部屋に戻ろう。そう思った矢先のことだった。

 池の水面に白い月影が浮かぶ。先程の風が厚い雲を吹き飛ばしたのだろう。そういえば暫く月なんて眺めていなかった。馬車馬のように働き、家族が寝静まってからの執筆活動。とても月を楽しむなんてことが出来るわけがなかった。久しぶりに月見と洒落込もう。夜空を仰ぎ、ぽっかり空いた真白の満月にそれを見た。

 月の裏側より伸びる無数の白い腕/見えない。いや、あれは腕なのだろうか/見えない、あるいは蛸のような触手/見えない。そうとしか表現できない白き異形の末端/見えなイ。

 漏れるような悲鳴。恐怖で腰が砕けて尻餅をつく。そのまま逃げるように後ろに下がり、柱にぶつかった。これ以上退けない。月から目を離せない。歯の根が合わずカチカチと五月蠅い。

 今全てを理解した。ときが幼少期から見ていたのが、月の裏側にいるこの異形だったのだ/見エない。身体が寒い。血の気が引いていく。全てが恐怖に塗り潰される。

 大地に向かって伸びる白き末端/見えナイは、私たちに届く前に弾かれる。守りが効いているのだ。おぞましき異形は私たちには届かな。いや、この守りも完全ではない。破られる時が必ず来る。それこそがいつか確実に訪れる終末の地獄。

 右手に持つ『月光』の感触が、恐怖に染まった脳髄を刺激する。ときだ。ときの言葉を誰かに伝えなければ。今は亡きときを伝えることが出来るのはこの『月光』のみ。滲む冷や汗と共に念じる。知れ智れ識れしれシレ知智識しシれれれれれ。

 びゃくりと月が割れる。中から無限に等しい数の白き末端が私たちの星に迫る/みエナヰ。あれに掴まってはいけない。囚われてしまえば最後、私たちは外れてしまう。

 富永弥であることから/みえない。ヒトであることから/みヱなイ。生命であることから/ミエナイ。輪廻の環からも外れ、私たちは獄宙に捕らわれる。逃れるためには/ミエナイ。逃れるためには/ミエナイ。逃れるためには/ミエナイ。


 白き末端に掴まる前に死ぬしかない/ミエ、ナイ。



「ぅ熱っ」

 人差し指と中指の間に、ずきりと突き刺すような熱を感じ、思わず左手を振る。ポトリと落ちたフィルターのみとなった煙草。ロクに吸わずに灰になったそれを、溜息とともに拾い上げ灰皿へと投げ捨てた。

 時間も時間だ。いい加減帰ろう。ゆっくりと帰路へ向かって足を進める。ぽつぽつと街の灯りが消えて、歪められた月の光が淡く照らす。

 あと一歩。あとほんの少し深く繋がっていたら、見えてしまっただろう。そうなったら、きっと耐えられなかったに違いない。なぜ鉄平が死んだのか、その原因が理解出来た。出来てしまった。

 鉄平は、鉄平はやっぱり自殺なんかじゃなかった。鉄平を自殺に追いやった存在がいる。俺は俺の親友を殺した存在を許せない。それは富永弥でもなければ、『月光』という怪異に堕ちた本でもない。それはあまりにも——。

 ふうと肺に残った空気を吐き出し、そのまま空を仰ごうとしてやめた。きっと夜空には、かつて鉄平と見た時と同じ、ぽっかりとした満月が浮かんでいるのだろう。思い出の中と同じ月の光。けれども今はそれを、見上げることが出来そうに、なかった。


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