第三十話 vs???2
《主様……》
私はなんとか弱き存在なのでしょう。自分の主が危険な目に遭っているというのに何もできないなんて。
悔しさで胸が張り裂ける想いです。
この小さな手は一体何のための手なのでしょう。この体は主様をお助けする為に生まれ存在するはずなのに。
貴方様に出会ったあの時から私の運命は決まったのです。貴方様と共に在りたいと願ったあの日から。
それがどれほどの事か……私は今更ながら強く思い知っています。貴方様のお側にいられるだけで私の心は満たされるのです。
そしてもっとお役に立ちたいと。貴方様に報いたいと。
主様……主様……主様……!
私の…………様
貴方様に害をなす存在は例え誰であろうと許すわけには参りません。それが私の存在意義なのです。
主様の邪魔をする者は滅します。
どんな存在であろうと関係ありません。
貴方様の為ならば私は鬼にでもなりましょう。
必ずお守りいたします。
……この脆弱な肉体では一時の時間稼ぎにもならないかもしれない。
心と身体はそれを理解し、裏付けるかのように気弱な震えが止まらない。
情けなくも主に庇われ負担までかけてしまっている情けない従者。
それでも私は貴方様のためなら……
そう決意を固め主様の盾になるべく背を離れようとした刹那
《あ……るじ様?》
主様の身体から私へ圧倒的な威圧感が身体全体を突き抜け、突如として身体全体に伝わる力強く禍々しい魔力。
それに伴い主様の身体が漆黒の霧に包まれ纏う雰囲気が変わっていく。今までの優しく暖かな空気がピリつくような緊張感のあるものへと変わる。
考える間もなく霧が晴れ
その中に佇んでいた主様の姿はさっきまでとはまったくの別物となっていた。
「主……様……?」
黒い焔のようなオーラを身に纏い、全身からは禍々しい気……もといオーラのようなものを放っていたのです。
その姿はまるで魔物のようで
その瞳には理性の欠片も感じられず、普段の優しげな目ではなく言うならば狂気に満ちた眼差しをしていらっしゃいました。
今の主様は私が知る彼ではない。
そう確信できるほどの豹変ぶり。
けれども美しかった。
その姿は今まで見てきたどんな物よりも綺麗で、思わず目を奪われていた。
何故かはわかりません。ですが身体がそう感じました。
主様は怪物の方を向き深く息を落とすと
私を背から振り落とし、怪物に向けて駆け出しました。
人を超えた尋常ならざる速度で一気に距離を詰め、拳を振り上げ怪物へと殴りかかっていったのです。
『グオォォォォッッ!!』
怪物はその巨体からは想像もつかない俊敏な動きで主様の攻撃を躱し反撃を繰り出す。しかし主様はそれを見透かしていたかのように軽やかに跳躍、回避するとその勢いのまま怪物の顔に蹴りを浴びせました。
余程の威力だったのでしょうか、主様に蹴られた怪物は勢いよく吹き飛び地面に叩きつけられたのです。
さらに追い打ちをかけるかのように主様は怪物に向かって魔法を放ち、凄まじい威力の炎が怪物を包み込み燃やし尽くしていきます。
《凄い……!》
あんな怪物を相手に互角どころか圧倒している。
私は先程まで震え上がっていた事など忘れ、主様の勇姿を眺めていました。
その鬼気迫る悪魔のような姿に……
主様の激しい炎魔法による衝撃波と熱気が辺り一面に吹き荒れ大地が揺れている気さえしました。
主様はしばらく魔法を放ち続けていましたが、突然攻撃の手を止めてしまいました。
しかし視線の先には未だ蠢く怪物の影があり、まだ息絶えてはいない様子でした。
《主様!まだです!!》
思わずそう叫んでしまいましたが、当の本人は私の言葉など聞こえていないかのように怪物の方へと歩いていきます。
私も慌てて後を追うと、主様は怪物の眼前で立ち止まりました。
一体何を……?私がそう思っていると、突如主様の体から黒い霧が放出されました。
霧はゆっくりと怪物の全身を徐々に包み込んでいき……
『グォオオッッ!!』
怪物は苦しそうな雄叫びを上げて暴れていますが、その力も徐々に弱まっていきました。やがて抵抗することを諦めたのか大人しくなり、しばらくすると怪物の身体が崩れ始め、塵となって消えていきました。
《主様……今のは……》
私が主様に恐る恐る問いかけると、彼はその場に膝をついてしまいました。その表情からは疲労の色が伺えます。
《主様!?》
慌てて駆け寄ると主様は虚ろな目で虚空を見つめていました。
「……ごめんな」
一言発した後、主様は意識を失ってしまいました。私は急いで主様に駆けより
《主様!しっかりしてください!》
彼の体を揺すりながら必死に呼びかけますが反応はありません。
《主様……》
先程までの主様はどう見ても普通の状態ではありませんでした。あの禍々しいオーラといい、尋常でない力といい……
それを私はとても美しいと……どこか懐かしいと感じてしまったのです。
何故私はそのような事を考えてしまったのでしょうか。
まるで開けてはいけない蓋を開いてしまったかのような……
いつか、どこかの夢で体感したような……
《……いえ。きっとただの思い過ごしです》
私は主様を信用している。
であればこの事を主に深く追求し、詮索するのは野暮というものでしょう。そう結論付けました。
それに……今の主様は非常に衰弱しています。すぐにでも休息が必要ですし、このままここに居ては危険です。まずは安全な場所に連れて行くことが私のすべきこと。
《よいしょっ……主様。すぐに安全な場所へ連れていきますのでそれまでご辛抱ください》
そう呟きながら、私は主様を背負い歩き始めました。




