第二話 スキルと道具
ゴブリンとの死闘後、早急に樹海を脱出した。
またあんな怪物に遭遇してしまったら…必ず勝てるという保証はない。一刻も早くこの場所を離れたかった。幸い、遭遇した場所が比較的入ってすぐの場所だったので帰り道には困らなかった。木々を通り抜け先程の草原に帰ってきた。
「ふぅ…」
近くの草原に腰を下ろす、疲れた。
スマホを確認すると、ここで目覚めてからまだ1時間近くしか経っていない。あんなことがあったのに自然と落ち着いている。俺はこんなにずぶとい人間だったのだろうか。
不思議な感覚だが、今はむしろありがたい。先程の出来事も踏まえて今後のことを考えなければいけない。
まずは状況整理だ。
まず、この草原地帯。目覚めた場所からはかなり離れていたが、自然物はあった。先程の樹海がそうだ。となると、水や動物、人間なんかもいるということ。落ち着いて行動すれば直ぐに危機的状況に陥ることはないだろう。
次に俺の持つスキルとやらについてだ。
「えっと…」
お、ステータスについて念じてみたら先程の画面が表示された。成程、心の中で考えたり念じたりするだけでいいのか。
「スキル… 鑑定 アイテムボックス…これだ」
【スキル】の欄に表示されている2つの文字を確認する。
【鑑定】
効果 対象の解析。
……。シンプルだ、これ以上ないほどシンプルな説明文。
これじゃわからないぞ、試しに使ってみるか。
心の中で『鑑定』を念じる。目の前に大量の表示が出た。
【雑草】【雑草】【雑草】【雑草】【薬草】【雑草】【雑草】【雑草】【雑草】【雑草】【薬草】【雑草】【雑草】【雑草】
目が痛くなりそうだ。大量の雑草表記、成程便利だ。
使うという意志を持って対象物を視認すればいいらしい。
【薬草】とやらが混じっているな。薬草とやらを掴んでみる。
【薬草】
効果 薬効のある草。食べると回復効果を得られる。薬の材料にもなる。
なるほど、薬草だ。食せば回復効果を得られるとあるがまさかこの草を生で食うのか?タンポポやヨモギだって調理してから食うぞ… 。だが、持っていて損は無いだろう。
怪我でもした時に試してみるか。薬の材料にもなると記述があるみたいだし少し採取しておこう。鑑定を駆使しながら薬草を20個程摘んでおいた。これで万が一の事態になっても余裕ができただろう。食うのは怖いが。
さらにもう一つのスキル【アイテムボックス】も確認してみる。
「アイテムボックス」
念じてみると、なにかモヤモヤしたものが現れた。
「これがアイテムボックス?気味が悪いな」
アイテムボックスというからには物を仕舞えたり取り出したりできるスキルなのだろうが、流石に手を入れてみる勇気はない。足元の小石を拾い上げ、モヤモヤに投げてみる。
音もなく消えた。ボックスとやらに入ったのか?訝しんでいるとまたウィンドウ画面の表示が出現した。
【アイテムボックス】
小石×1
表示されているということはボックスの中に仕舞われたということか。取り出せるかも確認してみる。やはり勇気がいるが、モヤに手を突っ込んでみる。先程投げた小石が出てきた。これも意識していれば対象物がすぐ取り出せるのか。
とりあえず危険はなさそうだ。ということは手ぶらで様々な物が持ち運べるということだ。制限や許容量はわからないが便利なスキル?ということは間違いなさそうだ。
先程の薬草もついでに入れておこう。
【アイテムボックス】
小石×1
薬草×20
数や名前まで表示される。なかなか便利なスキルかもしれない。なにか見つけたらとりあえず仕舞っておいてもいいかもな。
さて、状況整理はこんなところか。
スマホで時間を確認するともう少しで暗くなりそうな時間に迫っている。ここが何処かはわからないがこれ以上ここに留まっている訳にはいかない。このまま暗くなったら夜には気温が下がり、日が昇るまで動けなくなってしまう。それに先程対峙したゴブリン。あんなのがいるとなると、他にも似たような怪物が現れてもおかしくない。
だが、問題は水や食料だ。ポケットに飴玉は一つあるが、こんなものでは空腹は満たせない。サバイバルにおいてはナイフのような刃物や体温維持の為の火は欠かせない。まだサバイバルになると決まった訳じゃないが、先を見据えて動かなければならない。
待てよ。必死だったから気づかなかったが、さっきのゴブリンがなにか持っているかもしれない。あの場所に戻るのは気が進まないが刃物の一つでも持っていてくれれば。
確認する価値はあるだろう。踵を返し、再び樹海に戻ることにする。
樹海に戻ってきた俺は、ゆっくりと死闘現場へと歩を進める。いた、遠目から先程のゴブリンが倒れてるのが見える。自分でやったとはいえ、なかなか凄惨な光景だ。
死体漁りに抵抗はあるが、手早く済ませることにする。上半身には何も身につけていない。下半身は…簡素な布を巻き付けている。醜悪な匂いがする、これは流石に使う気にはなれないな。腰になにか付けている。これは…皮袋ってやつか?外して中を確認してみる。
小さめの鞘付き短剣。
葉っぱが数枚。
真っ黒のビー玉のような球。
干し肉の様なもの。
後は…チェーンの様なものに繋がれた金属プレート。文字が書いてあるな。
「えぇと…冒険者ランク銅級 キール・スミス?」
日本語や英語ではない。見たことない文字だ。なのに何故か読めた。どういうことだ?不思議に思ったが、ひとまずおいておく。冒険者…この世界にそんな制度あっただろうか。
もしやこのゴブリンはキールという名前の冒険者?
いや、ありえない。ゴブリンが冒険者なんてきいたことがない。後で考えよう。
短剣は助かる。刃物は色々使えそうだ。
残りは 干し肉?と葉っぱ、謎の黒いビー玉。
「見た感じただのゴミにしか見えないが… 鑑定」
確認しなければゴミかどうかはわからない。鑑定スキルで解析してみる。
【干し肉】
保存食。肉を干した干物。長期保存が可能。
【毒消し草】
毒や猛毒から回復する。薬の材料にもなる。
【火の秘薬】
軽い衝撃を加えると熱を発する。砕くと火種にもなる。
なるほど。葉っぱは毒消しの薬草。ビー玉らしきものは簡易的なマッチと考えればいいだろう。
それぞれ3つずつある。戻ってきたのは正解だったな。
少なくとも刃物 食料 火起こしの道具は手に入った。案外何とかなりそうだ。
後は水だが…実はさっきから視界の端に竹林が目に入っている。この竹林というのは意外と珍しくなく、竹というものは案外どこにでも生えている。寒冷地でなければよく見つかる。
僥倖だ。昔の経験から竹には少し詳しい。
2メートルから3メートルに伸びた竹を探す。あった、丁度いい長さだ。短剣を使い、少し切り込みを入れると… チョロチョロと水が出てきた。
竹水というこの水は菌もなく、煮沸する必要もない。4月から6月後頃にだけ採取できる。丁度今頃の時期だ。子供の頃に学んだ経験が生きたな。早速喉を潤す。ああ、美味い。そこまで量はないので口をつけて一滴も無駄にしないよう丁寧に飲み干す。
生き返った。知識一つで存外なんとかなるものだ。
今後の為に、竹を切り水筒も作っておく。
空洞部分を避けて切り取り、先端の丸みを帯びた箇所に穴を空ければ簡易的な水筒の完成だ。3つほど作り、他の竹で水筒を満たす。こぼれ防止に小さめの竹を削り、栓も作った。我ながらよくやる。
これで万が一の時も安心だろう。
思いのほか沢山の資源を手に入れることができた。
まとめてアイテムボックスに収納する。
【アイテムボックス】
小石×1
薬草×20
干し肉×3
毒消し草×3
火の秘薬×3
竹の水筒(竹水300ml)×3
布×1
竹×5
木材×10
ゴブリンから手に入れた食料や道具。自作の水筒。一応ゴブリンの布。竹や、近くに落ちていた木々なんかも入れておいた。数メートルの竹が吸い込まれた感じからみると、アイテムボックスには大きさの制限はないのかもしれない。
ともあれこれで最低限の装備や道具は整ったといっていいだろう。短剣は鞘をベルトに差し込むように腰周りに付けておく。またなにかに襲われないとも限らない。これならアイテムボックスに収納するより素早く対応できる。
身支度を終えた俺は草原へと戻る。
樹海を進むという選択肢はない。まずは人を探すのだ。
最悪野宿という手もとる必要があるかもしれないが、ここから動かなければなにも始まらない。状況は本当に不明だが、こんなところで死にたくは無いからな。
幸い太陽がまだみえる。太陽は確か東から登り、西に沈む筈だ。つまり太陽が落ちかけている方向が西だ。そこを起点とすると丁度正午の辺りの位置が北ということになる。
よし、方角は北だ。迷ったら北へ向かえという言葉もある。ここは山ではないが、先人の言葉を信じて進んでみる。今の状況ではどんな迷信でも縋りたくなるってもんだ。ひとまず日の落ちかけた草原を歩き出した。まずは人の道を探そう。