第十九話 始まり
巨大な扉を力いっぱいに開く。どうか出口であってくれと願いながら。
扉をくぐると、そこには広大な広い空間があった。学校の体育館のような形で、かなりの面積がある。床や壁はコンクリートのような真っ白の石のような素材でできている。
明かりは無いのに空間全体が把握出来る。どんな仕組みなんだ?
しかしそれ以上に目を疑うべき光景があった。
「なんだ……ここは」
その部屋には、見渡す限り人骨が散乱していた。人骨には剣や弓、槍など武器が突き刺さっているものもある。それはこの空間で過去に戦闘が行われた事を物語っていた。
それになによりもおかしいのは、部屋の様相だ。
人骨と武器以外なにも……ない。
あの石壁の部屋とは違う異質さがあった。
初めて訪れる場所のはずなのに、俺はこの場所に何度も来たことがあるかのような錯覚を覚える。自分の家のように居心地がいいような……でも何かが違う。
そんな不思議な場所だった。
次の瞬間、強烈な頭痛が俺を襲った。それはまるでここに居てほしくないかのように強く俺の頭を締め付ける。
頭を抑えながら俺は思わず苦痛に崩れ落ちる。すると突然頭の中に声が聞こえた。
その声は優しく……そしてどこか懐かしく感じる声だった。
『やっと迎えにきてくれた』
昔から知っているような……母親か幼なじみと話しているような安心する声が脳内に響く。
なんなんだこの声は……俺はこの声の主を知っている?
だが知っていたとしてもこの世界には俺の知人はいない。
惑わされるな、これはおそらく幻聴や幻覚の類い。姿は見えないがこの空間の何処かにこの声を俺に伝えている奴がいるはずだ。俺は声の主を探す為に立ち上がり、一歩、また一歩と前へ進む。
何歩か歩いた時、再び声が聞こえてきた。
何故か目の前にいるかのように声は鮮明に聞こえている。
誰だ?どこにいる……俺がそう思い次の一歩を踏み出そうとしたその時。
『逃げて』
次の瞬間、背後から風を切るような音がした。同時に俺は咄嗟に体勢を低くし回避する。音のした方向へ視線を向けると床に1本の矢が落ちていた。矢が飛んで来た方向にも視線を向けると、そこには弓を構えている緑色の怪物。
この世界に来て初めて戦った魔物『ゴブリン』がいた。
同時に四方の空間全体に炎が灯り、中央に濁った輝きを放つ水晶のような球体が現れた。まるでパーティーの始まりだとでも告げるように。空間がさらに照らされ呆気にとられていると弓を射ってきたゴブリンの周囲から光と共に複数のゴブリンが更に現れた。ざっと見ただけでも二桁はいる。この数……さすがに不味い!『苦痛のペンダント』を咄嗟に装備し迎撃態勢をとる。
即座にゴブリン達は矢を放ってきた。考えている暇は無い、俺は駆出しその矢をギリギリで躱し、そのままの体勢でゴブリン達目掛けて駆ける。
そして、ゴブリンが次の矢を放つ前に間合いを詰めて剣を振り抜き二匹まとめて横薙ぎに腹を切り裂いた。
しかし、致命傷にはならず、そのまま後ろに後退する。
ゴブリンは再び弓を構えるが、俺はその動作を見てからすぐに間合いを詰める。そして再び剣を振った。今度はしっかりと命中し、鮮血を吹き出しながらゴブリンは倒れた。
その後、俺は周囲を見渡して残りの数を確認する。
約八匹、今のは即座の不意打ちのような攻撃だったからなんとかなったがまだかなり分が悪い。だが、以前戦った時に比べたら全然戦えている。あれからレベルも上がっている、当然と言えば当然か。
俺は再び剣を構えて、残りのゴブリン達と対峙した。
二匹が手斧や短剣を握りしめ襲いかかってくる。俺はその攻撃を防ぎながら隙を探す。片方に攻撃を与え、もう片方を躱して体勢を崩す事で一気に攻めるしかないと考える。
そして、ゴブリンの攻撃に合わせるようにして剣を振り下ろす。それは見事に命中し、三匹目を倒す事に成功した。これで残りは七匹だ。
だが、安心したその瞬間、残った七匹が一斉に攻撃を仕掛けてきた。少数では俺を仕留めきれないと思ったのか、複数で接近戦を仕掛けてくる。
俺はまた剣で受けようとするが、正面から向かってくるゴブリン共の背後で、『火球』を放つ準備をしている二匹を視界に捉えた。味方ごと俺を撃つ気か。
俺は咄嗟に左腕を差し出し、同じく『火球』で対抗する。
『復讐』と『苦痛のペンダント』で威力を3倍に引き上げ奴らの中心に向けて放つ。俺の放った火球はゴブリン共の中心で爆発し、六匹のゴブリンを巻き込んで吹き飛ばす。
だが、その隙に『火球』を免れた残りの一匹が棍棒を振りかざすのが見えた。
俺は咄嗟に受けようとするが、『火球』を放った反動ですぐには動けなかった。
次の瞬間、鈍い音と共に俺は吹き飛ばされた。
ゴブリンにあるまじき力、予想外の衝撃を背中に喰らい大きく咳き込む。
まだ終わりじゃない。早く立て、立ち上がれ。
吹き飛ばされた俺に向けて、最後のゴブリンが襲いかかって来た。
俺は咄嗟に『影魔法』で影を伸ばしゴブリンを拘束する。
「ハァー……ハァー……」
息も絶え絶えな俺はまず自身に回復魔法をかけて立ち上がり、奴が落とした棍棒を拾い上げ、渾身の力を込めて奴の脳天に叩きつける。拘束されたままのゴブリンは泡を吹きそのまま動かなくなった。
なんとか全員倒すことができたが一体なんなんだ。まずここは出口ではないことは確かだ。魔物に出くわすことを今更疑問には思わないが、発生の仕方が異様すぎる。何も無い場所から突然現れ攻撃してきた。罠であることは間違いない、だが過去に戦った個体同様に『火球』を使用していた。奴らの中では共通の魔法なのか?そんなわけがない、仮にそうだとしたらギルドでの評価はもっと高ランクに位置づけされているはずだ。
いや、まずは考えるより先にここから逃げなければ。いつまた魔物に襲われるかわからない。振り向いて扉に向かおうとした途端、俺は驚愕した。あれほど巨大な扉が消失していたのだ。
「……え」
そんな俺を嘲笑うかのように、周囲のゴブリンの死体も消失をはじめた。消失していくゴブリンの死体は霧状の靄となり、水晶に吸い込まれていく。呆気にとられ傍観していると靄を取り込んだ水晶の濁りが少しだけ払われていく。
「なんなんだよ一体……」
ゴブリンの死体が全て水晶に呑み込まれたかと思った瞬間、またしても風を切る音が聞こえた。戦闘後で警戒心を強めたままだった俺は先程同様その場から飛び退く。
先まで俺が立っていた場所は抉れ、周囲からは、耳を塞ぎたくなるほどの風が吹き荒れていた。この現象には覚えがある、忘れたくても忘れられない。
鮮血の記憶ーーホーンラビットの大群がそこにいた。
風は俺へと吹き続けていた。




