~海を探せ!~
ふへ~。
と、ボクは額に流れる――気がした汗をぬぐった。
実際には汗なんか流れてないし、ちっとも疲れていない。スタミナゲージもすぐに回復するんだけど……疲労感みたいなのを感じる。疲労感を感じるって二重表現? でもほんとにそうなんだから仕方がない。
どうにも身体がこの世界に馴染んできたっていうのかな。
現実のように疲れを感じるようになってきた気がする。
「いいことなのか、悪いことなのか」
それは分からないけど。
なんというか、もっともっと自由に動けるようになってきた感じ。
何せ、もともとのボクの現実の身体とはまったく違う肉体なので。それがようやく自分の物になってきた、という感じがするような……?
「曖昧ですね、ムオンちゃん」
「いや、最近思うんだよね」
「どんなことをです?」
「実は今のボクの姿が本当で、引きこもりのおっさんだった記憶を植えつけられただけなんじゃないか……って」
実は自分をおっさんだったと思い込む女の子。
それがボク……だったりしないかな。
「荒唐無稽ですね」
シルヴィアは嘆息するように言った。
ゲーム世界にVtuberの姿で転生してる方が荒唐無稽と思うんですけど?
まぁ、それも今さらな話になってきてる気がする。
馴染んできた、というか諦めたというか……
「……実はボクって、このゲーム用に作られたNPCのAI人格で。実はβテストさせられているだけ、という展開はある?」
「断言します。ありません」
あぁ。
違って良かった。
ボクはちゃんと『ボク』として生きてるわけか。
「それはさておき、できたよシルヴィア」
へへ~ん、とボクは立派になった家の壁を披露する。
ひたすら竹を半分に切って、先端を尖らし、地面に刺していく。足りなくなったら竹を取りに行って、シレーニに運んでもらう。そしてまた竹を切って刺していく――のを続けること数日。
もちろん泳ぎの練習も続けた。作業の休憩というか、気分転換に泳ぐ練習をするのも悪くなかったし、アバターの肉体により一層と慣れたのは、泳ぐ際に全身の動きを確かめるような行為がキッカケかもしれない。
まぁ、それはともかく――
立派なフェンスができあがったのだ!
ベットルームオンリーな我が家の周囲に!
ぐるっと取り囲むような竹垣っぽいものが出来上がったのだ!
いや。
竹垣とは違うけど。
ただただ単純に竹を地面に刺して並べていっただけの代物だ。なんとも頼りはなく、みすぼらしいと言えばみすぼらしい。
それでもまぁ、ちょっとは立派に見える。風流ってやつ? 竹ってやっぱり凄い。
防御力はスッカスカなので押せば倒れるけどね。ホントは並べて突き刺した竹に横向きにした竹を釘で打ち付けて補強したかったけど。
釘がないので仕方がない。
でも人工物らしさっていうか、ここから内側はボクの土地、みたいな感じで大満足。
「ムーオーン! むおーん!」
「んえ?」
なんか呼ばれた気がして振り返ると、湖だった。
誰もいない……じゃなくて、湖に刺すようにして固定した竹が一本。
どうやらシレーニが呼んでいるらしい。
「なに? どうしたの?」
「完成したってことは、今日からフリーってことね」
どうやらボクたちの会話を聞いていたらしい。
「きょ、今日の水泳教室はもう終わったんじゃ……」
「そうじゃなくって、海! うーみー! もうそろそろいいでしょ、探してきてよ!」
「え~」
完成したばっかりなので、今はこの家~って感じの雰囲気を味わいたいんだけど……
「はい、今すぐ準備! 急ぐ!」
「は、ハイ!」
シレーニには目一杯協力してもらったので。
無碍にはできないというか、強く言われたらハイとうなづくしかないっていうか。
「ムオンちゃんは命令に弱いとみました。なるほど。おっと、視聴者からぞくぞくと命令が届いていますよ。読み上げましょうか?」
「読み上げなくていい! というか、命令に弱いってなんだよぅ」
「マゾヒストと予想できます。違いますか?」
「違いますっ!」
誰がマゾだ、誰が。
「この地道で単調作業を永遠に繰り返してできるのは、むしろマゾだ。という意見も届いておりますよ」
ちょっとそいつの名前を読み上げてくださいませんか?
あとブロックしてチャンネルに入れないようにして欲しい。
貴重な視聴者さま?
フン。
ひとりくらい減っても平気へっちゃら。
……たぶん。
「残念だけど、ボクはマゾじゃない。単調な作業が続けられるのは、楽しいからであって――ん? あれ?」
この理論でいくと……
「常人では苦痛に感じることにムオンちゃんは喜びを見い出しています。つまり、ムオンちゃんはやっぱりマゾ」
「あれ~?」
「どんどん命令が届いております。良かったですね。もしかしてムオンちゃんのムはMのムですか」
「夢音だからね!」
カメラに向かって叫んでおく。どっちにカメラがあるのか分かんないけど。
「はいはい。ムオンがマゾでもなんでもいいから、海探してきてね」
シレーニが竹筒を通して言ってきた。
そうですね。
これ以上、ここで余計なことを言っているとますますマゾと認定されてしまいそうだ。
シレーニの言葉は命令じゃなくて提案ということにして。
ボクはその提案を受け入れるだけ。
「よし、行くぞシルヴィア」
「はい、ムオンちゃん」
というわけで、葉っぱのカゴにシルヴィアを入れて、石器槍+5を持って再び森の中へ出発することになった。
意気揚々と出発――するほど、ボクは勇敢ではない。
しっかりと【ハンター】スキルを起動させて、魔物の位置を把握しておく。
「一応、こっちの方が少ないか」
反応の少ない方角へ進んでみることにした。
前回とは違って、今日はまっすぐに進んで行くことにしよう。というわけで、進む先々の木に石器ナイフで傷を付けて目印にしておく。迷子になって、二度と拠点に帰れなくなった、とか、めっちゃ悲しいし。あと、シレーニにめっちゃ怒られそう。
しっかりと印を付けて進んで行く。
もちろん新しく食べる物が無いか、と探しながら森をどんどん進んで行った。
「お?」
新発見!
鑑定スキルで『水のツル』と名付けられた植物を発見した。木に巻きつくようにして地面から生えており、鑑定による説明だと――
「切断すると水がしたたる。森の水筒……か」
どれどれ、と石器ナイフで切ってみると、本当に水が出てきた。
おぉ~、と感動しつつ水分補給をしておく。さすがに水が出っ放しというわけではないので、しばらくすると水が途絶えてしまったが、綺麗な水をそのまま飲めるのは良いかもしれない。
「根っこ持って帰ったら育たないかな」
ファーマーのスキルがあるし、手軽に水分補給ができるようになるのはありがたい。あと、ツタが巻きつくように育つっぽいので、なんとなく補強に使えそうな気がする。
というわけで、石器ナイフで地面を掘ってツタの根っこをゲットした。
「ま、ダメで元々だ」
他にもキノコや木の実、食べられる山菜を採取しながら森の中を進んで行く。
時折ハンターのスキルで確認して、魔物の位置を把握するのは忘れずに。なんてやっていると、あんまり進むことなく日が傾いてきたのが木々の隙間から見て取れた。
「う~ん、まだまだ森が深いっぽいな」
進む方角に、木々が途切れる様子はない。まだまだ奥へ続いている感じではあるが……
「お!」
少し先に大きな木があるのを発見した。地面の起伏が激しくなっているが、よく見ればそれは木の根っこが地面から暴れるように出ている。
かなりの大きな木だった。
「ムオンちゃん、あの木に登って確かめるのはどうです?」
「うん。ボクでも登れそう」
近づいてみると……なにやら捻じれたような幹をしていて、取っ掛かりがたくさんある。表面はちょっとツルツルした感じの皮で覆われており、なんとも硬そうな雰囲気。
切り倒せば貴重な資源となりそうだけど、手作りの石器程度ではビクともしなさそうな硬さだ。たとえ斧があったしても無理かもしれない。
足をかける場所がたくさんあるし、枝が太くて折れにくそうな上に、低い場所からもにょきにょきと枝があって、木登り初心者にぴったりな物凄い樹木だ。
「なんだか森の主って感じだなぁ」
そう思ったけど、この木の他にも似たような木がところどろこに見える。主じゃなくて仲間っぽく思えた。
「うへぇ。現実だったら観光場所になりそうな雰囲気だ」
縄文杉だっけ?
あんな感じ。
「よし、とりあえず登ってみよう」
ボクはさっそく木に掴まり、枝を足がかりにして木登りに挑戦した。
「できれば、【猿】みたいなスキルは取りたくないけど」
猿の称号を得て、猿のスキルのレベルを上げる。
言ってはなんだけど、どうにも言葉が悪い。イメージも悪い。
なにせ――猿のように快楽をむさぼってしまいそうな気もしないでもないので。
いやぁ。
女の子って気持ちいいよね?
「ふへぇ~、やった! 登れた登れた!」
なんて思っていたら、簡単にそれなりの高さの枝まで到達できた。枝がいっぱい生えていてくれたおかげで、簡単に登れた。
そのまま枝を伝って、先端へと落ちないように四つん這いで歩いていく。
葉っぱの間から、ボクは頭を出した。
「おぉ!」
見えた見えた。
森の木々が一斉に並ぶようにして生えている様子が一望できた。
やっぱりこの木はめちゃくちゃ大きいらしい。
森からぴょこぴょこと頭を出しているのは、同じ種類の木ばっかりだ。ちょっと離れたところには、ボクの登っている木よりも大きく育っているのもある。
この枝の上に拠点を作ったら楽しそう。
ツリーハウスっていうやつ。
まぁ、水の確保がここではできないので、さっきの『水のツタ』をたくさん育てないといけないけどね。
「あ~ん、ムオンちゃん。私にも見せてください」
カゴの中から文句をいうシルヴィア。
「別ウィンドウを立ち上げてそっちから見ればいいじゃん」
「面倒です。ムオンちゃんが持ち上げてくれた方が早いので」
人間臭いAIだなぁ、まったく。
ボクはシルヴィアが入っているカゴを掲げるようにして持ち上げた。
「見えました。ありがとうございます」
「いえいえ、どういたしまして」
「海はどちらでしょうか?」
「そうだった」
海を探してたんだっけ。
とりあえずこの枝の向きから見える方角には……森が続くばっかりで何にも見えなかった。
「反対側か?」
巨大な幹を回り込むようにして、反対側の枝へと移動する。
よちよち歩きで枝の上を移動して、遠くを見ると――
「あった!」
「ありましたね、海です!」
いや、具体的には海が見えたわけではない。木々が邪魔で見えないのだが、一方向だけ何も無い空間が見えた。
何も無いっていうか、森が途切れているのが分かる。
つまり、その先は海ってことで。
あの揺らめきは!
つまりのつまり、それって水平線が見えてるってことだ!
「あっちが海だ!」
そうと分かれば太陽の方角をチェック。
傾いている太陽の向きはこっちだから――え~っと、西に沈んでいく太陽に対して右ってことで……
「北?」
このゲーム世界でも、太陽の向きが地球と同じならば、北ってことになるけど。
「およそ北です。更に言うのなら、私たちが進んできたこちらは拠点から見ると南ですね」
「反対方向じゃん!」
ちくしょう!
大ハズレを引いていたってことだ。
いや、もう、こんなことなら最初から大きな木を探して森の中を歩くべきだったんじゃないか、と思えてくる。
失敗……じゃないけど、非効率的。
現実のサバイバルだったら、大ヒンシュクを受けるところだ。
「ゲーム世界で良かった」
「コメントでめちゃくちゃ笑われてますけどね」
「酷い……」
笑うなよぅ。
どうせおまえらだってどっちか分からなかったくせに! という文句は飲み込んでおいた。視聴者とケンカをして勝ったとしても、Vtuberとしては終わりなわけで。
むしろ、必要な時以外はコメントとかに目を通さない方がいいんじゃないか、と思ったこともある。
そういう意味では、この世界で視聴者のコメントが見えないのはありがたい。
いや……
「もしかして【配信者】のスキルをあげると、コメントが見えるようになるとか?」
「ゲーム内容に答えることはできませんよ、ムオンちゃん」
「まぁ、見えるようになっても良いことないか」
どうせ、ボクの知識量の無さを笑ってるだろうし。
なんなら、裸が目的の人が多いんじゃないかな。というか、百パーセントそうだろ。それ以外にボクを見るメリットなんて無いし。
えっち! すけべ! 変態!
はぁ~。
「……帰るか」
「さっそくお風呂ですね。今日はどこを洗います? 腋? それともおへそ?」
「なんでそんなピンポイントなのさ」
「……」
「いや、なんで黙るの!? 怖いんだけど!」
「分かってるくせに、ムオンちゃん」
「分かってるよ、知ってるよ!」
そうですよね、そうだよね!
説明されるまでもないですよね。
というわけで、落ちないように細心の気をつけながら木から降りると、印を逆にたどるようにして拠点へと戻った。
「ただいま、シレーニ」
「おかえりムオン。海あった?」
「あったよ。見つけた」
「ホント! あっちの方角にあったのね!」
「いや、ぜんぜん違う方角だった。むしろ、進んだのと反対方向」
アハハハハ、と人魚にまで笑われてしまった。
NPCにまで笑われるってどういうことだよ、とは思いつつ。
道中で収穫できた山菜とキノコといっしょに焼き魚を楽しむ。
そして翌日。
「じゃ、今度こそ海へ向けて」
「しゅっぱーつ」
シレーニに見送られて。
ボクとシルヴィアは、海に向かって進んでみるのだった。




