大和でのはじまり
その日のうちに、大和政府は日本という国が消えたことを発表した。そして大和国内に残された日本人男性を保護することを宣言した。
突然表れ、突然消えた日本という国は国際的に大きな緊張感を残したといえるだろう。
アトランティス合衆国によって、ザガロ連邦は日本に空挺部隊を送って首都を一気に抑えようとしていたことが暴露された。そして、それが原因で日本が消えてしまったのだと大きく非難をした。ザガロ連邦はこれはアトランティス合衆国のプロパガンダであり、国際秩序を乱す覇権主義であると批判した。元々、大国がにらみ合っている世界であるが、超大国の2か国の対立がさらに深まったといえるだろう。
とはいっても核兵器のないこの世界において、両者がぶつかり合う可能性は低く、小さな国も少ないため代理戦争も起きにくいのが不幸中の幸いであろうか。
最もそれはマクロな話でミクロな部分ではパーティの後、日本に帰るつもりだった人たちには日本が消えた旨を伝えてかなり騒ぎになったようだ。
それから数日、少し疲れた私は部屋に引きこもっていた。とはいっても元々この国の男性は引きこもりである。食事を部屋に持ってきてもらうのと、男性専用のお風呂だけ使わせてもらえれば生活は問題ないし、それで心配されることもなさそうだ。かなり引きこもる男性への対応に慣れているといえる。
そんなことを考えていると扉がコンコンと音を立てた。昼食は先ほどあったので別の用事だろう。
「ん……主……二凧様がお話したいと……」
二凧か、二凧が自分から呼ぶとは珍しいことだ。ホームステイ中に1度あったかなかったかといったところだおる。
もっとも、引きこもっていると女性側から声を掛けるという風習でもあるのかもしれない。
「部屋に入っていいよって伝えて」
「ん……承知……」
大和では作れないオーパーツと化したノートPCで書いている文章を閉じて、本たちを片付ける。随分と散らかってしまっているので二凧の部屋ことを言えないようになっている。
とはいえ本を固めたらそこそこ見れるようになった。
「学さん、お、お久しぶりです」
妙に緊張した二凧が紅音と一緒に入ってきた。
「3日か4日ぶりぐらいだったかな」
「はい、4日ぶりです。体調はお変わりありませんか?」
「ちょっと運動不足かもしれないけど、体調は問題ないよ。今日はどうしたの?二凧の方から来るとは珍しいね」
「い、いえ、心配でして……ちょっとだけ体を動かしに遊戯室に行きませんか?」
たしかに運動不足極まれにだから少しぐらい運動をした方がぐるぐる回る思考を整理することができるだろう。哲学者のカントなんかは、全く同じ時間に散歩をして決まったリズムを作っていたことが知られている。
「いいよ。本当に珍しいね。二凧は運動が苦手なんじゃないの?」
「そうなんですが、ちょっとやりたくなりまして」
随分と歯切れが悪い。まあよくわからないが、怪我に気を付ければ少し動くぐらい問題ないだろう。
遊戯室には、以前よりもバレーボールがたくさん用意されていた。というよりネットが張っていた。いつの間にかコートが作られたようだ。
「バレーボールコートができてるんだけど、前はなかったよね?」
「はい!改装しました」
いつの間に改装をしたんだ……そういえば、最近人の出入りがあるような気がしたが、これを見せたかったのかもしれない。しかし、それなら先に言ってくれればよかったのではないだろうか。サプライズだったのだろうか。
そんなことを思いながら、イタリア国旗色のボールを持ち出して、二凧とポーンポーンとラリーを始めてみる。
「二凧、随分と上手になったね。練習したの?」
最初に始めた時に比べると十分に遊べるぐらいになっていた。
「そ、そうですか?良かったです。ちょっとだけ練習しました」
「二凧は努力家だね。せっかくだからネットを挟んでやってみよ」
通常よりも少し低めのネットで、ポーンポーンとボールが飛んでいる。
「あっ」
当たり所が悪く、体が伸びてしまったのだろう。二凧の体に触れたボールがあらぬ方向に飛んでいく。
「すいません」
「この感じも久しぶりだね。あれは、私が大和に来て次の日だったかな」
「はい、ボクが転んだ時は手当てをしてくれました」
「そんなこともあったね」
あの時はまだ、文化の違いがよくわかっていなかったのに、不用意に接触してしまうというミスを起こしてしまった。あの時は、希望に満ちていたし、新しく知りたいことがたくさんでワクワクしていた。だが今はもう。
紅音がボールを拾って持ってきてくれたがそれを断って、前に二凧を運んだベンチに今度は二凧と並んで座った。
「あ、あのボクは学さんのことを尊敬しています。それは男性だからというわけではなく、1人の人間として」
二凧が静寂を遮って急にそんなことを言い出した。
「私も二凧に敬意を持っているよ。もちろん1人の人間として」
これは紛れもない事実だ。
「はい、でもボクは男性としての学さんのことも好きです」
「……」
「好きな相手のことを、大切な相手のことを心配するのはボクはおかしなことではないと思います。学さんは心配されたくないのだと思いますが……」
「いや、おかしくはないと思うよ」
出会って3日で告白されたときは驚いたものであったし、初心な感じであったが今の二凧は違う。たぶん、二凧は心配していたのだろう。考えるのを無意識に避けていたのだ。当然ながら、普段と突然違う行動をすれば心配されるのも全くおかしくはない。二凧は賢く、相手を尊重するのでこうした場を整えたのだと理性は訴えている。
「学さん、本当は帰れなくなったこと……悲しいのではないのですか。ボクは考えたんです。大和と日本は性別が逆だって……大和で女性は強くあれと教えられます。男性の前で涙を見せたりしません。ボクは泣いてしまいますが、響さんなんかは絶対に見せないと思います。それは、男性を安心させ自分を強く見せるためです。日本では男性がそうなのではないのですか」
「……みんながそうではないけどね」
響か、たしかに強くそして一人でも生きていくという気概を感じるし、それは当たり前だと思っている節もある。間違いなく強い女性である。一人で生きていく、もしくは、お金を稼いで男性を養うということを当たり前だと思っている女性というのは日本ではあまり見かけないタイプだ。
「ボクは学さんのことが大好きです。愛しているんだと思います。だからこそ教えてほしいのです。ボクは頼りないとは思います。でも!」
日本でも頼りがいのある男性という言葉があったね。この場合の頼りがいというのは経済的や対外的な交渉の場面で使われるものだ。よく父親が使っていて嫌いな言葉ではあったが、自分のためではなく誰かのために頑張れるというのはどこでも求められるのであろう。
「……やはり二凧は尊敬に値する素晴らしい人だよ。私のことを思ってくれるにはもったいないほどだ」
「学さん……」
であれば、自分もこんなところで止まっている場合ではないのだろう。
「つまらない話だけど、ちょっと聞いてくれるかな」
「はい、もちろんです」
「くだらない話だよ。どこにでもある話だ。ただちょっとしたことに私が乗り越えれていないだけなんだ……二凧、私は子どものころから自分で言うのもなんだけど平均からみて賢かった。先生や親が言うことが矛盾していることがよくわかっていた。二凧もそんな経験はない?」
「いえ、ですが学さんが小さい頃から矛盾を見つけるのが得意そうなのはなんとなくわかります」
矛盾を見つけるのが得意か、まさにその通りだ。自分は人の矛盾を見つけるのがもはや趣味みたいになっていた。なるべくしないようにしているが。
「そう、よくわかっていたんだ。ルールを守れと言いながらスピード違反には甘い大人たち。本を読め勉強をしろと言いながら自分はしない親たち、いつもは道徳や平等を語るのにストレスから感情をコントロールできなくなる先生たち。そうした大人たちが嫌いだった」
「……」
「特に嫌いなのは母親だった。親なら誰でもそうなのかもしれないが、母親は私の人生をコントロールしたがった。極めてちっぽけな認識しかないのに自分のコントロールに収めようと、自分の常識に合わせようと必死だった。そうなるのも、私は理解していた。母親は東京出身だったのだが、父親が愛知の片田舎出身でね。父は、地元愛の強い頭の固い人間だった。自分は東京出身という意識が強い母は引っ越してきたはいいものの片田舎の古臭い習慣に慣れることなどできなかった。まだまだ、古臭い慣習の強い地域だったんだ。だからなんとか母は自分の自尊心を保とうと、子育てに邁進するというわけだね。頭だけは良かった私は母の自尊心を保つのにちょうどよかったようで、中高一貫の進学校に行かせようとしたんだ。勉強することに問題はなかったから無事に合格したが、あたかも自分の手柄のようにいう母親の顔がなんとも醜かったことか」
「学さん……」
二凧が何かを言いたそうにしているが、最後まで言ってしまおう。
「完全に気持ちが切れていた私は、高校までは経済的な問題があるから言うことを聞かざるを得なかったが大学から無視できる。私は母親の望む大学を無視して好きな大学を受けた。反対するなら家から出るといったらわめく母親を無視して親戚に保証人になってもらって家を借りた。今は18歳で成人なんだが、昔は違ったからね。制度の穴があったわけだがそんなことは置いておいてそれから、20歳になったら成人として干渉されることはないと、完全に縁を切った。それからもう会っていない。くだらない子どもっぽい話だ」
本当にくだらない話だ。まさか二度と会うことがないだけでちょっとショックがあったなんてね。
「学さん……ありがとうございます。学さんはやっぱり弱みをみせたくなかったんですね」
弱みか、たしかに弱みを見せたいと思ったことはないな。でもそうか!一瞬、何かがわかった気がした。
「そうかもね。理想の自分にはほど遠いからね。親のようになりたくなかったからこそ、なるべく誠実な人になりたかった。でもこうやって心配させているのに気がつかないなんて、私もまだまだのようだ」
自分のことで精一杯になると周りが見えなくなるというのは、私が嫌いな人間であったはずだった。
「学さんは素晴らしい人ですよ。ボクが保証します。親との関係で悩めるのは優しい証拠だと思いますし」
「母親が侯爵のような人格者だったら私も特に悩まなかったのかもしれないけどね」
最近では母子というのは相性だと思っている。たまたま私と母は相性が悪かっただけであったと。
「……ボク、実はお母様と住み始めてまだ1年ぐらいなんです」
「え?どういうこと」
驚愕の事実に間の抜けた声が出てしまった。
「お母様は姉と土佐でずっと住んでいましたから……次女は東京に送って祖母と暮らすのが華族家では一般的なんです」
そうか名目上の当主が東京に住んで、実際の当主が地元に残るが2人目の子どもは東京に送るのか。江戸時代の参勤交代制度の名残でもあるのだろうか。
「そうだったのか。ごめんね、デリカシーのない発言だった」
「だから、ボクはお母様のことをあまりお母様だと思っていなくて、いえなんというのでしょう。ご当主様としては尊敬していますし、小さい頃からよく本を贈ってくれました。年に一度ぐらいはお会いしたときは大切にしてくれたと思います、でも……」
「なるほど、母として育ててくれたというよりも、たまに会う親戚の叔母さんのようなイメージがあるということ?」
「はい、だからボクは学さんの感覚はよくわからないかもしれません。でも親という存在に対して、そのなんでしょうか。きっと、学さんはお母様を尊敬したかったのではないでしょうか」
尊敬したかったか……たしかに親は小さな子どもにとってすべての見本であり、憧れだ。親というのは子どもの視点においてはなんでもできると思っている。いや思っていた。そうか、たしかに家から出ていくときに感じた感情は、失望だったか。
「ちょうど親が子ども産んだぐらいの年を取ってわかる。大人というのは存外子どもだ。子どもが憧れたほどの大人になれる人は少ない」
「いないとは言わないんですね」
「立派な人物がいることも知っているからね。でも、そんな立派な人物でも苦手なことがあり、弱い部分もある」
本来は悪いところではなく良い所を見ないといけなかったのだろう。ごく普通の親であった。だからこそ矛盾もあるがきっと良かれと思ってしたこともあったはずであった。だが私はなにも覚えていない。早めに見切りをつけてしまったことだけを覚えている。
「はい、ボクは少しだけわかりました。大和では男性は弱い生き物です。だから守らないといけない。学さんは弱いと見せたら守られると思っていたんですね」
二凧の言葉がすっと心に刺さってくる。本当に多面的に見れる人だ。
「そうだね。守るというのはいい言葉のように見えるけど、守られるだけの存在としてしまうのは相手を下にみていることだと思っている。まあ自分がしていないとは言わないけどね。百合は嫌だったかもしれない」
「百合さんは嫌がっていないと思いますよ。だってかなり強い人ですからね」
「そうだといいけどね」
結局のところ私は、誰かを守りたかったのだろう。でも守られるのが嫌だったし、大切な何かというのはできなかった。
「男性を守ろうとするのが嫌だったのですね。前にバレーボールの試合に行ったときを覚えていますか?あの時にいた男性に話をさせたのも守られているだけの存在が嫌だったからですか」
「そうだね。たぶん私だけではなく日本の男性が大和の男性を見たら大抵、わがままで子どもっぽく感じることだろう。それは、もはや嫌悪感といっても過言ではない」
「ああいう男性を見るとかわいいと思っていたんですが、学さん的には受け入れがたいのですね」
かわいいか、結構恐ろしい言葉なのかもしれない。
「……やはり二凧は尊敬に値する人物だね。強い男性もいれば強い女性もいる。理性的な男性もいれば理性的な女性もいる。ただそれだけの話なのかもしれないけどね」
「ボクは、学さんのことを理性的で強い男性だと思っています」
「そうかな。私的にはまだまだだが、もう一段強くなりたいと思う。自由を求めて個人を尊重すると他人を頼ることがどうも弱く見えてしまう。しかし、本当はそうではないのだと思う。常に敬意を持っているつもりだった。でも、全く足りていなかったようだ。二凧」
「はい」
「私は二凧のことを愛している……と思う。自分ですべてすることは不可能だ。必ず誰かと助け合う必要がある。感情を弱いものだとコントロールされるべきものだと簡単に決めつけすぎていたかもしれない。色んな気持ちと向き合った上で二凧とは共に生きる夫婦となりたい」
「学さん……ボクはひぐっ、ズル過ぎますよ。とてもカッコイイです。物語の中みたいです。とても嬉しいです……いっしょに、一緒に生きて行きましょう」
こっそり話を聞きながらこちらを眺めていた紅音の手からボールがコロコロと転がっていった。
それから、久しぶりに二凧と一緒に私の部屋で食事をとった。そして引きこもっている最中に完成させつつあった。日本と大和の文化比較の本の原稿を見比べて長いこと話した。
消えてしまった私の故郷、好きになれなかった家族を置いてきた未練の土地だ。もう少し大人になれていれば、妥協していればまた違ったのかもしれない。だが、それはifの話、現実を嚙みしめ今この場でできることをするしかない。
だからこその本だ。最初はただ知りたいだけだったが、この本には故郷を記録するという大切な役割が加わった。文化があった、当たり前があった、人々の営みがあった。それをなるべく客観的に書き記していく。別にそれが良いか悪いかではない、文化に良いも悪いもない。ただそこに生きた人々の感情が詰まっているだけだ。
私はそれらを比較することでようやく知ったのかもしれない。
侯爵とも会って今後の相談もした。少しだけほっとしていたので思うところがあったのだろう。心配をかけた響と百合には料理をふるまうことにしたし、休みにはデートをすることにした。
それから、紅音以外にも新しく男性警護官もつけることになった。今まで足らなかった役割を埋めてくれて大変助かっているところだ。茸木さんは、私が引きこもっている間にためこんだ書類整理に追われている。大変申し訳ない。
紅音は前にも増して忠誠心が高くなった。講演会なんかの仕事をしているから外に出ることが多いからかもしれない。危険以外には口を出してこないし、信頼のおける間柄といっても過言ではない。
そして二凧は
「どうしましたか。体調が悪いですか?男性がでる書籍発売会なんて前代未聞ですから、少し休憩してからでも」
どうやら、考え事をしている時間的猶予はなかったようだ。そう、あれから書き上げたこの日本と大和の比較本、侯爵や他の人たちにもみせたがなかなかの手ごたえであった。特に日本のことを知りたい大和の読者にはきっと喜んでもらえることだろう。
「いや、ちょっと考え事をしていただけだよ。それに、もう頼るときは頼るからね。頼りにしているよ二凧」
「はい!」
二凧の手にはみんなに手伝ってもらった本、『パラレル日本の比較文化記』が大切に握りしめられていた。
お読みいただきありがとうございました。
ここまでで第一章完結とさせていただきます。
人生で初めての長編作品でしたので読みにくいところも多々あったと思いますが、ここまで読んでいただき感謝申し上げます。
いったん完結とさせていただきまして、気が向いたら閑話や続きを書いたりしていこうかなと思っています。
重ねてになりますが、ここまで読んでいただきありがとうございました。




