ホームステイの終わり
響と百合が引っ越しをしてから数日がたった。少しずつ会話を積み重ねて、関係性を構築していく、そんな時間が続いている。響あたりはかなり下心が見えるので注意が必要かもしれないが、それ以外は大和と日本の文化比較もかなりまとめられてきたし順調であるといえるだろう。
そして、今日はある意味1つの節目となる時だろう。そう、ホームステイの終了日である。
もちろん、ホームステイを終了しても、そのままこちらで住むことになるし、どうやら日本にある荷物なんかも、大和の業者が、引き上げてくれるようだ。賃貸の解約なんかも書面で完成済みである。国籍も日本側の法改正により二重国籍となった場合、日本国籍が休眠するという仕組みに変わったので大きな変更はしなくてもよい。
随分と私たちに有利な条件だが、これは大和側が男性を少しでも返したくないという思いと、日本側が男性を無制限に外に流出させたくない思いがぶつかり合った結果の妥協案ということだろう。男性を多数抱える国として存在感をだしてくのであれば、他国で婚姻して国籍を取得した場合に、日本国籍を失うのではなく、一時的な停止状態とすることで、帰ってきやすくする、また影響力を持ち続けるようにするという発想のようだ。
さて、そんな国同士のやり取りがあったのだろう。このホームステイの終了日とともに、日本大和間での国交樹立の式典も行われる予定だ。日和基本条約とでもなるのだろうか。
ともあれ、これから行われるホームステイの終了記念パーティが国交樹立式典の余興的なものだと思えば大きく間違っていないだろう。
記念パーティは最初のパーティーと同じくいくつかのホールに分かれて行われる。今回のパーティも、最初と同じく、ホームステイ先の女性と日本人男性が揃って出ることになっている。また、前回はいなかったホームステイ先の当主もきているので雰囲気からかなり格式が高そうに思える。
「学さんは一度帰られなくてもよろしいのですか?」
二凧が隣からぴょこぴょことそう聞いてくる。言葉の内容に反して随分と嬉しそうだ。答えがわかっているからこそ確認の意味合いがあるのだろう。
「戻る理由がないからね。荷物を送ってくれるならわざわざ戻らなくても良い。税関の手続きは面倒だしね」
「そうですか!わかりました!ずっと一緒ですね」
今日は一日、朝から随分と楽しそうである。あたりを見渡すと、男女ともに着飾っている様子がうかがえる。そんな煌びやかな世界の中に見覚えのある人物と目があう。
「あっ、学習院さんお久しぶりです」
「早川君、久しぶり今回は元気そうだね」
「いやあ、流石に同じ失敗はしませんよ」
ホームステイが終わるという日に来てなかったらまた大事件になりそうだ。鴻池事件とかホームステイ終わりの時によほどばれると思うだがそのことも考えていなかったのだろうか。そんな話をしながら、ワイワイと盛り上がっていると少しばかり目立ってしまったようだ。
その後も音居さんや檜山さん、荷背負さん、山田君といったメンバーが代わる代わるやってきて近況報告をしてくれた。みんなここに残ってそれぞれやりたいことをするようだ。少ない男性という価値を出していけばその分野で成功していくのは女性よりも容易いことだろう。
ただ、男性の能力が低く見られている現状があるから、その部分は向かい風といえるかもしれない。男性だからという理由で成り上がっているとみる人の方が多いことだろう。また、女性の操り人形なのではないかと思うものも多いことだろう。だが、それすらも利用はしやすい。注目さえ集めれば実力を見せる場面もあることだろう。
他の男性たちも何人か、男性会の会員の話を聞きに来た。どうも、内情がわからないから尻込みしていた人もかなりいるみたいだね。そのあたりは広く周知する必要がありそうだし要改善点かな。
『日本人男性の皆様、ようこそお集まりくださいました!30日間に渡る大和での暮らしはいかがだったでしょうか。一度日本に帰られる方も、大和に残っていただける方も楽しく過ごしていただけたのであれば幸いです。それぞれが過ごした思い出を共有できるような、振り返りの場として本宴を使っていただけれると政府としても大変うれしく思います。それでは、島津公爵ご当主様に乾杯の音頭を取っていただきましょう。公爵様よろしくお願いします』
開始の時間となったのだろう。一通り知り合いと話し終えて、二凧ととりとめもなく話していると、司会が前で話始める。島津公爵というと早川君が婚姻した相手の母親にあたる人物だろう。
鋭い目をした公爵による乾杯が始まろうとしたその時、司会の人物が妙に慌てている。どうやら、警備なのか、政府関係者なのか黒服の女性たちがバタバタし始めたようだ。
「二凧、なんかバタバタし始めたけど、緊急事態だろうか」
「どうでしょう。お母様、何か聞いておられますか?」
「うむ、特には聞いておらんな。だが、たしかに動きがおかしい。少し聞いてくる」
「ありがとうございます」
侯爵が去っていくと、公爵の乾杯の音頭があがった。和やかな雰囲気を出しているが、一部の人たちが異変を感じ始めたのかパーティの喧騒に紛れて不穏さが蔓延し始める。司会がしきりに料理の解説をするが、逆にその必死さが怪しさを増してしまう。
「何か起こったっぽいけど、今のうちに食事をとっておいた方がいいかもね。二凧は何食べる?」
「何でも、あっ、ローストビーフもらいにいきませんか」
「いいね。そうしようか」
二凧と話もそこそこに料理をあさっていると、神妙な顔をした侯爵が帰ってきた。
「お母様何がありましたか?」
「うむ、問題は発生しているな。だが、学習院殿には少し言いにくいことなのだが聞きたいか?」
「聞くとまずいことですか?」
「いや、いずれ知ることにはなるのだが、まだ情報が錯綜しているから正式にまとまった情報を聞いた方が良いかもしれない」
どうやらかなり大きな出来事が起こったらしいね。私が知ることになるということは、日本男性に絡むことなのだろう。例えばこの建物に襲撃があったなどであれば、さっさと避難させるだろうし、となると現状危険はないと考えられる。しかし、情報が混乱しているということは距離的な問題だろうか……日本で何かあったということかな。
「日本で何かありましたか?」
「む、流石に鋭いな……仕方ない。周りに聞こえないようにするために、こちらに来てくれるか。二凧もついてこい」
会場の外の廊下に出ると、黒服の女性たちがパタパタとしていたり、ソワソワとしている様子だ。ただならぬ様子に、紅音が珍しく気配を消してではなく、ぴったりと私についている。おそらく安全への配慮だろう。
「侯爵、何が起こったのですか?」
「うむ、落ち着いて聞いてほしい。いや学習院殿は十分に落ち着いているな。慌てているのはどちらかと言えば私の方か」
珍しく自重気味に侯爵が話している。
「予想外のことが起こったということですか」
「あぁ、意味が分からんのだが、結論から言おう。日本が消えた」
日本が消えた?
その言葉を聞いた瞬間に鳥肌が立ち始める。どうしてその可能性を考えなかったのだろうか。ぞわっとした感覚と自分の未熟さに腹が立ってくる。
突然私たちは来た。であれば突然消えるというのも全くおかしなことではない。
しかし、そのことを全く念頭に置いてなかった。しかし、いや情報整理も反省も後だ。
「消えたというのは衛星写真上からですか?」
「衛星写真上からも消えているが、消えたことを発見したのはザガロ連邦だ」
ザガロ連邦?たしかソ連みたいな巨大な社会主義国家だったか。
「ザガロ連邦がなぜ?」
「どうも、ザガロ連邦の特殊部隊が日本上空を領空侵犯していたらしいのだが」
既に頭が痛い。どうして領空侵犯されているんだ……しかも特殊部隊って……防空システムはどうなっているんだ。
「意味が分からないかもしれないが続けよう。ザガロ連邦の特殊部隊の目の前で日本列島そのものが消えたそうだ。同時期に領海ギリギリから監視していたアトランティス合衆国からも同じ主張が入っているので大きく間違ってはいないだろう。我が国の国防軍も今回の式典に備えて日本領海付近で警備任務をついていたのだが、そちらはただいま確認中だ」
アトランティス合衆国は巨大になったアメリカのことだろう。突然表れた日本を巡ったギリギリの攻防を既に大国間で繰り広げていたのだろう。その結果、敵対する超大国といってもいい二か国が監視をしていたので、情報としては正確というわけか。
「突然表れたものが消えるのはたしかにそこまでおかしな話ではありませんしね」
「だから、言いにくいのだが……」
「外に出ていた私たちを置いて元の世界に帰っていった可能性が高いと」
「あぁ、そう言わざるおえない」
「そんな、日本がなくなっちゃうなんて」
二凧が私の気持ちを代弁してくれる。しかし、それどころではない。心臓の鼓動が早くなる。たしかに、転移した直後すぐに戻るのではないかという主張はかなりあった。
それは例えば物理学的な観点から、日本列島並みの質量が移動してきたら海水を押し除けているはずで津波が起こるのではないかといった推測など現代科学を根拠として、もし実際に移動したのであれば災害が起こると言われていた。
しかし実際には津波や災害は全く起きず、そもそも科学では説明できない現象であることからオカルトやファンタジー的な議論が巻き起こっていた。その中であったのが、移動してきたが不安定な状態なんじゃないか、つまりすぐに戻ってしまうのではないかというものだ。眉唾物だと思っていたが、それが正しかったのであろう。であれば、これは神隠しのようなものだ。一時的にこちらの世界に半分だけ足を踏み入れた日本から、私たちだけが自ら別の世界に移動してしまったのである。蜃気楼のように曖昧な状態であったのかもしれない。
「……さん……ぶさん、学さん大丈夫ですか!」
「はっ!ごほっ、ごほっ、ご、ごめん二凧、なんの話だった」
「顔色が真っ青ですよ!すぐに医務室に」
「ん……こっち……」
思ったよりも長く考えていたのか二凧と紅音の顔がすぐ近くにある。どうやら、酸欠になっていたのか、頭がくらくらする。焦って呼吸が止まっていたのかもしれない。昔から考え込むと周りが見えないのはよくあることだ。
「すぅぅはぁぁ、ふぅ思ったよりもショックだったのかもしれない」
「落ち着いて呼吸をしてください」
焦る二凧には悪いことをした。無駄な心配をかけてしまった。
安心させる名目もあって、そうたいしたことではないと、主張したが、二凧と紅音に押し切られ医務室に連れていかれることになってしまった。
男性が来ることを想定している建物は大抵、医務室というか気分が悪くなった時に横になれる部屋が用意されているのが一般的である。あとどこにでも授乳室があるのが興味深いね。
「ん……寝て……」
まあ、ここまで連れてこられたのであれば二凧の心的負担を軽くするために少し休むポーズをした方がいいだろう。
「少しだけ休もうかな。二凧、情報がわかったら教えて」
「はい、お大事にしてください。紅音さんお願いします」
「ん……任せて……」
当然眠るわけではなく、思考を整理する時間だ。
「紅音、きて」
「ん……」
「故郷が突然なくなるということは紛争地帯なんかだと良くあることかもしれないけど、まさか自分がなるとはね」
「主……」
「絶縁状態だったとはいえ、両親と話し合う機会ももう無くなったか……」
婚姻したとか言ったら相手がどうとか親戚づきあいがどうとか、長男は先に結婚すべきだとかと五月蝿いタイプの古臭い父親であった。自分は本の一冊も読まないのに、息子には本を読めというのは誠実ではないと最後まで気がつかない残念な母親ではあった。自分の不安を抑えきれずに、繰り返し自分のおかげで育ったんだと口にしてしまう、子育てが正しいと思い込みたい尊敬もできない愚かで弱い母親であった。親などその程度と言われればそれまでだ。
「ん……なんと言えば良いのか……」
「はぁ」
「主……紅音がついてる……」
紅音が悲しげな眼をしている。本当にその年でそこまで信念をもって動くことができるのは見事というべきであろう。だが、だからこそ弱さというのは見せたくないものだ。
「本当に、日本に置いてある私の本がもう読めないと思うとため息が出るね」
「ん……?」
「私の資料たちが……あぁ、まだ積んでいる本がたくさんあるのに!それに、こっちの世界と本の違いがあるかどうかの比較もしたかったのに!どうして」
「主……もしかしてショックを受けてない?」
「ショックだよ。論文とかはPCに入っているけど、絶版になっている本とか紙でしか持ってない本もたくさんあったのに、部屋の側面を全て本棚に改装しようと思っていたんだよ。あぁ私の本たちが……」
「ん……よかった……」
紅音を騙すのは心苦しい。普通であれば騙されなかったが、紅音はまだ強い男性というのに憧れを持っている節があるからね。
「まあ良くはないけど、はぁ仕方ないよね。昔の論文に使ったデータとか一部紙媒体でしか保存していないから、損失が大きいな。はぁ、こんな重い話を変えよう。紅音は私が大和で生きていくのは可能だと思う?」
「ん……可能……紅音がいる……二凧様も響様もいる……」
「それは安心している。問題は、日本政府がなくなったことによって、大和政府が私たちをどう扱うかがわからなくはなった」
国を持たない民族が迫害を受けるというのは、よくあることである。文化、思想の違いというのは厄介なもので変えろと言われると変えたくはないものだ。郷に入っては郷に従えという言葉も文化の違いから来る拒絶感を、自分自身が乗り越えるために勇気づけるものなのだろう。
「ん……最悪は土佐に逃げ込む?」
「なるほどね。やはり長宗我部侯爵の地元だとかなり融通がきくもの?」
「ん……地方は華族のもの……」
華族は地方貴族的な要素がかなり強いんだよね。華族は天皇の臣下という形を取っているものの、地方に帰ればその土地の王のように振る舞っているようだ。地方自治が強いというべきか、中央集権制が弱いというべきか。一応当主が首都に来ているのも、華族家が地方で力を持ちすぎないようにする作戦なんだろう。
なお、次の当主に実務を引き継ぎするタイミングで名前上の当主が東京に来るようだ。長宗我部侯爵も地元には二凧のお姉さんに当たる人が実質当主として振る舞っていて侯爵は東京で暮らしているというわけである。
「山形か土佐かって所だけど流石に土佐だね」
「ん……そう思う……」
「はぁ、少し寝ることにするから誰か来たら起こして」
「ん……承知……」
感情よりもまずは自分の状況を冷静に分析することが重要である。




