引っ越し
パーティから三日後、早くも転入の特例が通ったのか、百合たちが引っ越しをしてきた。侯爵の力は偉大である。前例がないものを通すのはいつだって権力である。
「この度は学習院様になんとお礼を言ってよいか」
そう深々とお辞儀をしているのは百合の母である。もちろん母はアルビノではないので髪色は黒であるが、顔形はよく似ているようだ。
「この前も説明しましたが、日本でアルビノというのは美しいと考えられています。私も百合の美しさに惚れてしまい婚姻をこちらから頼みました。ですので、色々とお手伝いすることは当然のことです。憐れんでなどということではありませんのでお礼を言われる必要はありませんよ」
挨拶時に驚いた顔と本人の手前喜んでいた顔をしていたが、どこか憐みじゃないかと疑っている節があるからね。
「うぅぅよかったねぇ百合」
「お母さん……ありがとう」
美しきかな親子愛というやつだろう。日本でもそうだが、障害持つ子の母親は覚悟が決まっていることが多い。この覚悟の違いが原因なのか、重度の知的障害の子だと離婚率も高くなってしまうのは悲しいことである。大和でも大きくは変わらないようで、百合の母も百合が産まれて育休の後、時間の都合をつけるために転職をしているようだ。
「暮らしが変わって困ることもあると思いますが、すぐに相談してください。特に日本からきていることもあって、文化の違いから気がつかないこともあるかもしれませんから」
「あぁ……何とお礼を言ったらよいのか。これからどうぞよろしくお願いします」
そうやり取りをしていると、百合の母は、二凧に用事があるからと連れていかれ、談話室で百合と2人っきりになる。正確には紅音もいるので部屋には3人であるが……男性警護官は2人っきりにさせないための存在だからこういう場合どういう表現をするんだろうね。この世界の作品での表現が気になるところである。
「百合、久しぶり。調子はどう?大変じゃなかった?」
「はい、学さんや長宗我部侯爵様が手配してくれましたので揉めることもなく転入することができました」
華族家や財閥一族が入るための高校に転入しているからね。華族家は無試験で入ることができる高校であるのでこうしたイレギュラーには強いといえる。
「転入試験とかあったの?」
「いえ、今までの試験結果が送られて審査の結果合格だと聞いています」
華族の学校だとそういう方法もとれるものなんだね。法律なんかを覗いてみると婚姻関係の例外は比較的柔軟に作られている印象だ。例えば休職の理由なんかに婚姻も入っていたりする。日本で結婚したので休職したいですと言ったら呆れられるだろうが、大和だと正当な理由になるようだ。
「勉強のレベルが少し低くなってしまうかもしれないけど不安はない?」
「勉強はどこでもできるので大丈夫です。学さんほどの知識はありませんが、勉強は好きです」
勉強が好きですとはなんといい言葉だろうか。知りたいところから始まるのが一番良い。
「新しいことを知るのは楽しいからね。学校ではバックに長宗我部侯爵家がいるから挑発してくるような愚か者はそんないないと思うけど、何かされたらすぐに言ってね。私が行くから」
大和においてアルビノだと侮辱、差別などの言葉をかけてくる人がいるのは容易に想定される。これは別に大和国の人が特段に差別的というわけではなく、人間というのは見た目や所属の違いに排他的な性質があるので多かれ少なかれ攻撃的なものである。
アルビノに関して言えば、日本はたまたま明治期以降の西洋化・近代化を目指す中で白人に見えるというところから、アルビノが美しいと思われて、ある程度肯定的に捉えられるたのが不幸中の幸いと言えるだろう。最も逆に良い面が強調されすぎて、弱視や紫外線に弱いことを見過ごされ、配慮がされなくなったのは不幸といえそうだ。
学校の方は侯爵の力でなんとかなるだろうし、いざとなれば即私も出て行って婚姻相手を侮辱したらどうなるのかを見せしめで吊るすことになる。場合によってはテレビを利用することになるだろう。
大和女性は男性に悪感情を抱いて攻撃するのが難しいので日本人男性を多く巻き込みテレビを通じて表明でもすると民意を揺らすことができるだろう。日本ではアルビノは美しいものだから好きなものを攻撃するのは不愉快であるといった論理で押し切れそうだ。本来、差別というのは根深いものがあるが、無理矢理緩和していくのであれば効果的な方法だと考えらえる。
百合がどう出るかは不明だが婚姻関係になった以上、暴走しない程度に動かせてもらう。
「いえそんなご迷惑をおかけするには」
「百合は男性が好きな女性のことを心配するのは、嫌だと思うタイプなの?」
「す、好きな女性で、ですか、とても嬉しく思います。私にそのような価値があるのかわかりませんが……」
この自己肯定感の低さというのは長いこと否定をされてきた人に特有の現象だろうね。なるほど、これはすぐにはどうにもならないものだから、長い目でみる必要がありそうだ。
「大和では女性が男性を守りたいと思うらしいけど、であれば男性もまた女性を守りたいと思うのはおかしなことではないだろう。そして守りたいと思う相手が傷つけられると打って出るのも同じのはずだ」
「……たしかにそういう話も聞いたことがあります。とても勇敢な老齢の男性が婚姻相手の女性をクーデターで若い将校に襲われた時にかばったとか。でもそれは相当に素晴らしい女性と素晴らしい男性の話でして、私ではとても……」
二・二六事件みたいな話だね。このエピソードは鈴木貫太郎が青年将校に襲撃されたとき、妻が「歳だからとどめを刺すのはおやめください。どうしても必要というなら私が致します」といって出てきたとかいうものである。実際にそれで命を拾った鈴木貫太郎は総理大臣として終戦という非常に大きな仕事をすることになるのだから、その妻の女性もまた歴史を変えた1人といってもいいだろう。
「もちろん歴史に残るほどの偉業をするなんて言わないけど、誰かが誰かを守るというのはそんなに難しい話ではないはずだ。それに百合もわかるかもしれないけど、私は十分に動ける人間だと思うよ」
「学さんは素晴らしい方だと思いますが、私がそのようなことをしてもらえるほどの人ではないのです」
地に擦りつくような自己肯定感だね。まあ環境を変えて地道に声かけをしていくほかないかな。
「なるほど、してもらえるほどではないということは、百合は私を守るつもりはないということ?」
「そ、そういうわけでありません」
禁じ手だったかな。二凧のようなタイプには効くが百合にはやって良いような感じはしないね。
「女性が男性を守る、男性もまた女性を守る。これでいいじゃないか」
「そ、そうですが」
言いくるめてみたけど、結構頑固なタイプだね。自己肯定感低くても結構簡単に流される人もいるんだけど、そういうタイプではないか。
「百合の考えていそうなことを察するに、今までの経験から容姿に自信が持てないとみえる。それが性格にも影響しているのか内面の自信のなさに繋がっている気がするね。大和の価値観で容姿に自信が持てないのは仕方ないとしても、内面は別だからね。客観的にみると、15で物事をしっかりと考えて、進学校にいるぐらい勉強ができる。勉強ができるということは少なくとも努力をしていて、ある程度効率的に知識を得ることが可能であることを指しているし、視力の不利や外に出にくいことを考えると通常よりも努力して今の生活を送っていることが想像できるわけだから、私は百合の容姿を素晴らしいと思っているけども、結果としてみえる内面も素晴らしいのではないかと思うよ」
百合はかなり合理性が高い言えるだろう。感情的にならず、合理的な選択として諦めや我慢を選んできたと考えられる。そして自らにふりかかる困難を手探りで対処してきたのだろう。
「……うぅ……どうしてそんなにやさしく……考えてくださるのですか」
涙を流し始めてしまった。百合の美しさは涙との相性が良いものだが、嬉し泣き以外はさせたくないね。
「好きだからという答えが物語的には正しいのかもしれないけど、これは知識だよ。知識っていうのはただの道具だけど、使う人によってどこまでも相手のことを考える道具になる。優しさは行動や言動に表れると言うけど、優しさあ裏目に出ることもあるが、知識があると気持ちを効率的に相手に伝える方法を編み出せると少なくとも私は思っている」
「すごい方です……」
悩み始めたかな。目の焦点が合っていないので少し刺さったっぽいね。自己肯定感が低い状態は本人にとってそこまでよくないし、仕事上のような表面上の関係ではなく、婚姻関係は情緒的な関係だと思うから何とかしてあげたいよね。誰かに気持ちを強くもつことなんてなかったから知識としては知っているがやりすぎないように注意が必要だろう。
「では、そのすごい方がこれから百合を見ている。努力というのは一緒に生活している方が見えやすいからね。私が思うところ百合は内面的にも優れていると思うが、しっかり観察をして結果を伝えようか」
「が、がんばらさせていただきます」
「普段通りでいいといいたいけど、新しい生活になるとどうしても気を遣うことになるだろうから、まずは慣れることを意識してほしいね」
「はい」
自己肯定感こそ低いが、アルビノ差別が激しい中、また弱視などの不利の中でそこまでゆがまずに成長してこれたのは、親の接し方が良かったのだろうね。というより唯一の生命線だったのだろう。
「あっそうだ一応、今後の私の予定を伝えておくね。明々後日の土曜日がホームステイ最後になるから、終了のパーティーがあるのでそれに参加予定だよ」
最初にやったパーティと同じ場所である。ホームステイ先の人と行くことになるので二凧と紅音と行くことになるね。
「それまではのんびりしているからいつでも話しかけてきてね。たしか男性の部屋に勝手に入ってはいけないというルールが大和にはあるらしいから、茸木さんか男性警護官の紅音に言えば通してくれるように言っておくから。まあ茸木さんの方が聞きやすいかな。どっちも見当たらない時は直接呼んでくれていいよ」
紅音が来てからは、紅音を通じてというのが長宗我部家の基本ルールになっていたらしいが、せっかく雇ったので茸木さんにも百合や二凧、響に頼まれた場合は通すように言ってある。あまり複雑な仕事にしたくないので、他は私に聞くようにしてもらうことにした。
場面が限られるだろうから、そんな使われることはないと思うけどね。
男性の窓口になるというのは、本来男性警護官のウェイトが大きくなる分野だが、私は自分でできるので1人に男性警護官に頼り切りにする必要はないね。
「ホームステイが終わった後は、百合たちと正式な婚姻の手続きをするからね。あとは二凧が長期休みに入ったら土佐に行くのと、二凧と百合と響と私でお出かけをどこかに入れようと思っているよ。場所はまだ調整中だね」
「はい。本当にありがとうございます」
百合は考え事をし始めたのか私の顔を見て上の空である。頭の中でアイデアが回っているときに私もよくやってしまうのであまり人のことは言えない。
「お出かけに関して言えば紫外線の問題なんだけど、日焼け止めをしても多少の日焼けのリスクが出てしまうと思うんだけど、その辺りってどのくらいの時間なら大丈夫とかってある?」
「……よくご存知ですね。塗り直しをすれば大きなリスクはないとお医者様はおっしゃっていました。ですが……あまり外は好きではないですね」
「なるほど、私もそこまで外が好きなわけではないから一日中いるようなプランを組むことはないと思うけど、なるべく外にいる時間は短くしてみるから問題がありそうなら教えて、全部に参加しないといけないということはないだろうしね」
「私は……いえなんでもありません」
何か言いたいことがありそうだね。日焼けというがメラニン色素がないアルビノにとっては紫外線というのは火傷を起こす危険なものである。危険な場所に行きたいというチャレンジャーなタイプにはあまり見えないし、日本にいるアルビノの人でもこうした特性に困っているという記事を見たことがある。
まあ、少しずつ聞いていきながら、自信を持ってもらうしかないだろう。体質は残念ながら自分のものである。切り捨てられないものだから少しずつ受け入れてもらうしかない。本人が何が良いのかというのは究極的には本人にしかわからないし、本人が伝えないといけないことであるからである。
「そう焦っても仕方ないし、お出かけにしても時間はある。ゆっくりでいいんじゃないかな。さて、私からはもうないけど百合は他に何か聞きたいことある?」
「私は……」
「私は?」
「私は……どうしてここにいるのかわかりません……」
口では困惑していると言っているが、顔を見ると期待しているという気持ちと、期待に怯えている気持ちが混ざっているように見える。
「ほうほう、どうして?」
「どうしてでしょうか。うまく言い表せられないのですが、物語みたいだなって」
この場合の物語は、おそらく虐げられていた人生から男性にみそめられて一発逆転をするシンデレラストーリー的なイメージだろう。ちなみにシンデレラは大和にもほぼ同じような作品として広まっている。グリム童話自体があるからね。お城で男性のいるパーティに参加をしてシンデレラに恋した男性が探すというストーリーでほぼ同じである。
「シンデレラというお話みたいということ?」
「そう……かもしれません。どちらかというも私なんかがという気持ちの方が強いです」
「ここにいるのは嫌かな?」
「いえ!そんなことはありません。男性に優しくされるってこんな素晴らしいことなんだって思いました……でもすみません。私でないような感覚でいっぱいで……」
受け入れられずに戸惑っている感じかな。時間がかかるのだろう。急いでかかわって行くのも良いとは言えないか。
「急がなくても大丈夫だろう。まあ楽しくやっていこう」
「はい……」
こういう場合の関わり方は大和ではどうするのだろうか。いやそもそも男性が積極的にしないから存在しないのか。感情的な関わりは正解のない難しさがある。
しばらく不定期で投稿していきます。




