理想的状況
長宗我部家では、当主である侯爵が帰って来てから食事にすることが多い。そのあたりは家長をたてる風習があるのであろう。ということで、二凧が帰ってきてしばらくすると侯爵も帰ってきて食事となる。茸木さんは先にたべている。使用人は食事の時間帯が違うらしい。徹底しているもんだね。
「学習院殿、最上伯爵がぜひご挨拶にあがりたいと言っておるがどうする?」
最上伯爵というと、響の叔母にあたる人物であり、本家の当主である。
「響と婚姻することに関してですか?」
「あぁ、婚姻先に本家当主が挨拶することはよくあることだ。特に親戚の娘が婚姻した場合、娘の家格を上げるために出張ってることはよくある」
伯爵家の分家の娘の婚姻先に伯爵家当主が行くと、少し見てくれがいいというニュアンスだろう。おそらくだが、侯爵が親代わりとなっていることも関係しているのだろう。あまり失礼はできないから出張ってきているという可能性もありそうだ。
二凧と婚姻しているので、わかりにくいが長宗我部侯爵家がホームステイ先であり男性の親代わりということでこういう状況になっていると考えられる。
「響も一緒に来るなら良いですよ。というより必要ですよね」
「あぁ、まあやった方が良いだろうな。ではそのように連絡させてもらう」
侯爵は興味がなさそうだ。お見合いパーティーで聞いた話によると侯爵は保守的な華族家の中では割と革新的なスタンスらしい。そのため、家同士の争いを避けて中立な立場をとっているようだ。
「侯爵に聞こうと思っていましたが、私宛にお見合いやパーティの誘いなどが来ていますか?」
「あぁ、山のように来ているが、何か行きたいものでもあるのか?」
「いえ、断っていただいて構いませんが、岩倉公爵の娘ってわかりますか?」
「岩倉公爵か……もちろんわかるが、あそこはちょっとな」
言い渋る侯爵、やはり面倒なところなのだろう。岩倉侯爵の娘はパーティで山田君のところに混ざっていたおバカ華族である。しかも過激派の人質になっていたにも関わらず状況が読めていなかったようだ。
「今回のお見合いパーティーでわかりましたが、華族であっても厄介な人物もいることがわかりましたので、今後男性の会をする時に避けておきたいので教えていただけたりしませんか?」
「そういうことか。もちろんいいぞ。今までも聞いてくれれば……あぁ、一つからの情報提供だと偏向するからか」
侯爵の御名答である。しれっと自分の政敵を遠ざけようと入れられたら困るからね。しかし、今後最上伯爵家からもある程度聞けることを考えれば、バランスも良くなる。また、早川くんのところが島津家や渋沢家と婚姻するようなので、複数からの情報で重なっているところは相当にマズイと推測できそうだ。
「侯爵の情報が不正確であることを心配しているのではなくて、あくまで情報というのは複数から集めて信頼度をあげるのが鉄則ですので」
「はぁ、下手な華族当主よりもしっかりしているな……無論問題はない。リストを理由付きで作成しておこう。外部流出はさせてくれるなよ」
「もちろんですよ」
これで一つ面倒ごとは終わりだね。今後は見えている問題を避けつつ活動ができそうである。
「お見合いパーティーの件なんだが、無事に終わって何より、いや無事というには些か問題が起きたが……」
あれを無事に終わったというには少し厳しいものがある。野次馬が暴れて侵入して、活動家が人質をとってトイレに立て籠ったのはまあまあな事件だ。
「そういえば、事件はどうなりましたか?」
「あぁ、例の活動家たちがどうやら男奉教の信者に吹き込んだと自白したようだ。活動家たちの中にはテレビ局と繋がりがある者もいるからな。今そこを洗っているところだろう。大和政府も庶民の不満を吸収しているのをわかっているため潰せなかった過激派どもだが、民心が今回の件で離れ始めたのは明白だろう」
「一概に過激派組織といっても、どこから人が集まっているのか、資金をどうしているのかなどの問題を抑えずに力でつぶしすぎると地下に潜ってより面倒になっていったりしますからね」
法治国家だと犯罪行為をしたものたちを捕まえられても他の構成員は捕まえられないからね。そうした過激派組織への人材の供給は、強い不満を持った人たちがいる限り終わらないので、不満をある程度下げつつつぶさないといたちごっことなるのは明白である。
日本だと暴力団なんかがその例としてわかりやすい。戦後は戦災孤児たちを拾って人員を確保し、高度経済成長期になると小中高という学校を中心とした教育システムから滑落した子どもたちを吸収していくようになった。最近では取締が厳しくなり、教育システムや福祉もそこそこよくなってきたので供給も減ってきたのが衰退している要因だろう。このことからも、社会が助けてくれなかったりすると過激な行動をとることはよくあることである。
「そこでだが、テレビでお見合いパーティーの件を話してくれるとありがたい。これは政府からの要望であるな。早川殿の方にも連絡がいっている予定だ」
要望ね。まあ、補助金使って行ったのでその報告をするというのは筋が通っていることだろう。注目度が高いのでテレビで発表してほしいと好意的にとればいけるかな。
「構いませんよ。早川君と相談することになると思いますが、私個人としては問題ありません」
「ありがたい。テレビ局の方はいつでも用意ができるからな。好きなタイミングでいってくれ」
そんな緊急のニュース扱いでよいのだろうか。まあ今のような異常な状況も、あと一週間でホームステイも終わり、日本から大和に来る人も増えることだろう。そうなれば、私たちに対する注目度も下がってくることになるのは明白だ。しばらくの我慢だろう。
「わかりました」
二凧がもぐもぐと食べているのを眺めてながらそう答えた。
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食事が終わって部屋に帰る途中で紅音が目に入ったが、いつもより陰鬱としたオーラをだしている。ちなみに、こうしたオーラが出ている、目が輝いていると感じるのは人間の共感性の機能のようだね。
「紅音、珍しく沈んでいるね」
用事があったので紅音を呼ぶとかなり沈んだ様子である。
「ん……申し訳ございません……」
「昼間の件をまだ気にしているの?」
「……はい……」
落ち込んでいる姿は年齢相応にも見えなくはない。
「紅音にとって使用人というのはそこまで重要なことなんだね」
「……はい……主は紅音の理想そのもの……」
理想というのは時に相手に押し付けるものだからね。自分を理想に近づけるのはいいが、相手に理想を求めるとついそうなってしまう。偶像的に私のことを見ていたのだろう。人間なら誰しもよくやってしまうことだ。アイドルなんかの結婚で暴れるのもこれである。
「紅音、もっと近くにきて」
「ん……」
紅音の顔をみる。16というには幼い顔である。しかしその能力は卓越していてとても16とは思えない。果たして自分は16の時にそこまでできていただろうかといえば全くもって否である。であれば少しばかり理想に見ている私の現実を教えた方がよいだろう。
「紅音、これは独り言なんだけどね。私は小さい頃から賢かった。大抵の大人たちが話していることを理解できたし、大人たちは矛盾したことを言うのもよくわかっていた。彼らは感情的になったりして相手の気持ちを無視してしまうことも、子どもたちはわかっていないだろうと思って、下に見ている時があることも分かっていた。口では道徳だとか思いやりだとかを言うが、自分が実践できていないのを棚にあげているのもわかっていた。なぜなら世界には困っている人がたくさんいて、平和そうに見える日本にも困っている人は隠れていた」
「それは……」
特に母親は言っていることとやっていることが大きく違う人間であった。人には感謝をしなさいといいながら自分はしない。人には勉強をしなさいといいながら自分はしない。疑問を聞いても答えられず調べようともしない。
「私はそうはなりたくないと思っていた。でも大きくなるにつれて、人間には感情があり欲望がありそれらを消し去るということはできないということがわかった。感情や欲望は人間の一部であって、他人ではない。それらをコントロールすることはとても難しく、私もまた彼らと大きく変わらない大人へとなった」
知識をつけていけばいくほどその困難さは襲ってくる。謙虚にし続けるのは難しいものだ。知識を持つとそれを使って傲慢にさせようと己の中の欲望が生まれるのである。
「私が紅音と同い年の頃、理想を追っていた。世界の悲しい出来事を減らすためには他の文化や考え方の違いを知ることが大切だと思っていた。最初は知ることがとにかく楽しかった。きっと、解を見つけられると真剣に考えていた。しかし、広く知れば知るほど困難を感じることになる。膨大な知識は瞬く間に手に負えなくなり、やがて自分の限界にあたった。私は間違えることを恐れて、小さな範囲で考えることに変えた」
「……」
「紅音の理想はなんだろうか?」
「ん……紅音の理想は……男性が元気で……女性の努力も認められる……こと……」
全ての人が生き生きとして努力が認めらる社会、一度は夢を見る社会だ。正直ものが馬鹿をみてはいけないと私たちは考える。
「素晴らしい理想だね。私も大和で感じるのは、男性に元気がない。そして女性の努力もまた認められていない。男性は自分たちのことに手一杯で女性たちの努力に目を向けることをしないし、女性たちもまた女性の努力が結果に結びつかず、さらなる努力を強いてしまう。男性はそれが怖くてまた目をそむけてしまう」
「ん……だから主はすばらしい……女性を認めてる……」
たしかに紅音の努力を認め、能力を認めている。二凧の知識量に敬意を覚え、その生き方を応援しようと思う。
「男性が女性の努力を認めると、多くの問題が解決される。それはその通りだね。私もそこまで幅広く認めているわけではないけど、自分の目の届く範囲ぐらいは見ているつもりだね」
「ん……素晴らしい男性に出会えて感激……」
理想に目がくらんでいるね。理想ってまぶしいから意外と手元が見えなくなる。
「理想を追う時に気を付けないといけないことは何かわかる?」
「……わからない……」
「理想までの手法に妥協があってはいけないことだよ。わたしは良いことをしているから少しぐらい不正をしてもいいかとか、他者を傷つけても良いかと思いがちだからね。結局過激派とかもこの病にかかっているからね。みんな焦るんだよ。でも現実はゆっくりやるしかないのさ。急速に変えても追いついてこないんだよね」
暴力なんかで変えようとしている人たちは正しいところに目を向けて正しくないところに目を向けることができなかったものたちだ。しかしこれは、子どもに人にやさしくしなさいと教えながら、テレビを見て芸人を馬鹿にする母親と同じである。
「……痛いお言葉……でも主は既に社会を変え始めている……」
たしかに自分にとって不利なことが女性優位の社会だとどうしてもあるから、その部分だけの変革を全く狙っていないということはないが、そこまで真剣に変えようともしていない。私自身に降りかかりそうな部分を先んじて変えているだけのことだ。
「ともかく、焦ったらダメだよ。私と同じ轍を踏まないようにね」
「…………承知……」
紅音はこれで大丈夫そうかな。紅音が攻撃的でなければ茸木さんも無難にやってくれればいいわけだから、概ね解決であろう。あとは、響のところの最上家の相手をしないといけないのと、百合は根深い問題が色々とありそうだから相談が必要そうだ。
今安定しているのは二凧だろうか。それにしても俗に小説などでハーレムなどという言葉があるが、実際に女性が増えると考えることが増えるから難しいのではないかと思うんだけどね。特に女性同士が好き勝手争った結果が今の大和の男性の状況なわけだからね。




