お酒
図書室はいつも通りというか、すでに通い慣れてきたが、本を探していると一冊の本が目に入る。
「おぉ、大和酒図鑑?日本酒的なあれかな」
「え?学さんお酒に興味があるんですか!」
二凧は何やら驚いているが男女が逆だと考えると、男性はあまり飲まないのかもしれない。
「そうだね。日本酒しか飲まないし、そんなに詳しくないけどね」
「日本だから日本酒なんですね。それで、そのの、飲まれるんですか!今度一緒に飲みますか?」
たしか大和では18歳からお酒が飲めるはずである。それでなくとも二凧は20歳なので問題なく飲めるのだろう。
「二凧もお酒好きなの?」
「はい!大好きなのです!」
「ん……男性にお酒を飲ませるのあまり良くない……」
「あっそうでした……」
紅音が何か危険を察知したのか口を挟んでくる。二凧と話している時に口を挟む時は何らか危ない時だと最近わかってきた。
「紅音、大和だと男性はお酒に弱いのかな?」
「ん……そう……分解酵素をほとんど持たないと言われている……」
思ったよりもしっかりした理由だった。
「なるほどね。日本だと男性はもちろん弱い人もいるけど、分解酵素をもっている人もいるから大丈夫だよ。パッチテストとか受けた方がいい?」
「ん……主がそういうのであれば念の為……」
なぜか簡易パッチテストを紅音がもっていたので受けてみると全く問題なかった。というよりなぜ持っているのだろうか。二凧が「体質がそもそも違うのですね」といっていた。なるほど、長い間積み重ねてきた遺伝子がそもそも違ってきているのかもしれない。
「ボク、夕食に出してもらえないか聞いてみますね」
「ありがとう。ぜひよろしく頼むよ」
いやあ晩酌いいよね。修論が書けなくて焦って酒を飲みながら書いていた記憶がよみがえる。これは良くない記憶だったな。しかも安酒だったしね。
侯爵が帰ってくるのが遅かったのと、食事の準備が遅れたとのことで、夕食が珍しく遅くなっている。のんびり晩酌をしてそのまま眠れるような時間設定だね。
「学習院殿はお酒を嗜まれると聞いたが本当か?」
「はい、日本では男性の方がお酒をよく飲みますし、男性の方がお酒に強いことが多いと言われてます。私も晩酌を嗜む程度ですが飲みますよ」
「そうかそうか、二凧も相当好きでな。二凧、飲んでもいいが飲みすぎるな」
「わかっています、お母様。流石にお酒で失敗はしません」
「まあまあ、二凧は大丈夫でしょう。それより、大和酒をご用意していただいてありがとうございます」
「あぁ、今回は我々の地元の土佐鶴を用意した。土佐を代表する銘酒であるな」
「このお酒は、【見渡せば 松のうれごと 棲む鶴は 千代のどちとぞ おもふべらなる】を詠んだ大和の男性歌人、紀貫之が土佐を訪れた時に読んだ歌からつけた酒だそうです」
紀貫之は大和でもいるのか。
「紀貫之は日本だと女性の振りをして土佐日記を書いていたけど、大和ではどうなの?」
「日本でも同じなんですね。男性ですが歌人になりたかった紀貫之様は女性に変装して歌を作ったそうです。最初は気づかれていませんでしたが、素晴らしい歌であったため陛下の目に留まり、歌会に呼ばれた際に気づかれたそうです。その後力を認められた彼男は歌を詠むために地方の実力者と婚姻して回ったそうで、土佐に訪れた時にこの歌を詠んだようです」
なるほど、男性の偉人として残っていたのが紀貫之だったか。三十六歌仙の1人だし、その辺りの歴史も興味深い。お酒というのは地元の歴史と深く結びついていることがあるからまた面白いのだ。
「日本でも紀貫之は教科書に載る有名な歌人だけれど、大和の方が人気そうだね」
「はい!今でも短歌の世界では伝説として残っています特に」
「はい、そこまで!先に食事の方にしようじゃないか。二凧の話は長いからな。学習院殿を待たせてはいけないぞ」
「す、すみませんでした」
「よし、では男性も飲むということでお祝いとさせていただこう【乾杯】」
「「乾杯」」
お猪口に並々入った日本酒ではなく大和酒。やはりこれですよね。
うん、口当たりの良いタイプのお酒だね。すっきりとした飲み口で後味が少し辛口という感じだ。お酒がどれくらい飲めるのかわからない人に出すには絶妙なお酒である。おそらく日本酒と全く同じだろう。
「すっきりとしていて飲みやすいお酒ですね」
「そうだろうそうだろう。安田川の清流を使っているからな。小さな川だが上流の美しい風景と、下流の土佐湾に流れ込む情景を感じられる酒だな」
お酒はその土地の風景を楽しみながら飲むのが楽しいんだよね。
「風流ですね。日本では土佐のことを高知県と呼んでいるのですが、たしか土佐県なんですよね?」
「はい、土佐県がボクたちの地元です」
「いいね。一度行ってみたいところだね」
カツオが美味しいという情報しか知らないから、また調べておかなくてはいけない。
「はい!ぜひ!いつでも案内しますから」
「うむ、地元であれば逆に安心して観光できるぞ。婚姻式でもあげれば周知も完璧だ」
いまさらっと婚姻式あげようとしているな。油断も隙もないね。
「侯爵、注ぎますよ」
「おっと、すまないね。ん?男性にお酌してもらうのはなんらかの罪になるのでは?」
「ん……男性にお酌をさせるために働かせてはいけないという法律がある……」
なんだその不思議な法律は……
「二凧にも注いであげよう」
「はう、確かに何らかの罪に該当しそうな感覚があります」
はじめてその感覚は聞いたね。しかし、酒が美味しい。そこまで高額なお酒というより地元の銘酒という感じなのも安心して飲めるポイントだ。冷酒で美味しい酒が何よりも美味しいし、背景の伝統を口に含む感じがたまらない。
「本当に飲めるのだな。蜂須賀殿、学習院殿の体調の方は任せたぞ」
「ん……準備万端……」
なぜか心配されているようだが、仕方ないのだろう。それよりせっかくの食事と酒を楽しまなくてはならない。
「二凧、これはもしかして食事も土佐に合わせてくれたの?」
「はい、鰹のタタキにこっちはツガニ汁です」
ツガニ汁とか食べたことないな。郷土料理なのだろう。カニの独特の旨みがするね。臭みを消すために生姜を入れているのかな。なによりも酒に合うねこれ。
「お酒に合うね」
「はい!たまたま今日は郷土料理を用意していてもらったのが功を奏しました」
それはまた運が良い。というより料理も考えて出してくれているのだろう。間違いなく太るからそろそろ運動を考えねばならない。
「いつも気を配ってもらって申し訳ない気持ちもあるね」
「いえ、そんなことありません!男性が気分よく過ごしてもらえるのが一番ですから」
お酒を飲んで気分が良くなると、口を滑らせ始めるから気を付けなくてはならない。
「大和は日本男性にとって良い環境すぎるね。この暮らしが日本に伝わったら、男性が一気に流出しそうだよ」
「そんなに、過酷な環境なのですか?」
「まあ若い世代は結婚観も変わってきたし、男女の平等も進んできたから、結婚にメリットが減ってする人が減ってきたし、独身男性やパラサイトシングルが増えてきているよね。1990年代のバブル崩壊以降、経済の低迷期を子どもの頃から過ごしてきた若い世代だとあまり希望が持てないのさ」
終身雇用制や年功序列の賃金制度も壊れ始めて、最初は安くても頑張ればよくなっていくという未来を描きにくくなっているよね。
「そうなんですか……学さんは日本で結婚されようとはしなかったのですか?」
「そうだね。20も頭のころは良い人がいたらなんて思っていたけれど、段々と1人の方が動きやすいし、メリットがあまりにもないと思っていたね。特に、修士に行っちゃったからね。研究者にはならずにのんびりと物書きの道に走ったけどね」
「い、今はどうですか?」
あぁなるほど、二凧も心配になっているのか。そういう意味で、結婚観を聞いているのだろう。
「大和は婚姻関係を持っていた方が圧倒的に有利だからね。それに、二凧は私が考える理想的な女性に限りなく近いからね」
「えっ、えぇぇり、理想的な女性ですか?ボクが?」
「やはり教養があって、知識を追い求める欲が強い。それでいて視野が狭いこともなく、あとは小さくて可愛い。正直、理想的だといえる」
二凧はまさに理想的な女性だろう。人として尊敬できてかつ小さくて可愛いのが良いのだ。侯爵が酒を追加してくれる。やはり味わいがスッキリしていて美味しいね。冷たい酒で血流が回る体を冷ましていく感じがたまらない。
「はう……(告白されちゃいました。ど、どうしましょう)」
「男女が仲睦まじいことは大変良いことだ。私ももう少し食事に付き合いたいが、残念ながら残っている公務があってな。先に席を離れされてもらう。学習院殿、ゆっくり楽しんでいってくれたまえ」
「侯爵、ありがとうございます。素晴らしいお酒でした。ぜひまたお時間のある時に、土佐のお酒を飲みたいですね」
「あ、あぁもちろんいつでも用意させていただこう。では失礼させてもらう」
侯爵は珍しく焦ったように席を立って行った。たしかに時間的にはいつもよりも遥かに遅い。まだやることが残っているのか、おそらく緊急の要件があったのだろう。昨今事件で政府も大変だろうし、やらねばならないことも多いのだろうね。
のんびりとした時間が流れているが、ふと二凧をみると二凧の顔がかなり赤い。
「二凧、顔が赤いけど大丈夫?お水をもらおうか?」
二凧の顔が赤い、さっきから水のように酒を飲んでいるので酔ったのだろう。
「い、いえ、大丈夫れす」
既に呂律が回っていない。飲むペースが早すぎるのだろう。
「紅音、悪いけど水をとってきてくれる?」
「ん……」
「いえ、私がとってまいります」
珍しく吉田さんが声を出して急いで移動してくれている。たしかに、二凧にかかわることなら吉田さんに任せた方がよかったかもしれない。
「紅音、そうだこっちきて」
「ん……承知……」
「いつも夜にしているけど、今日はお酒飲んだから今するね」
いつもの日課の頭撫でである。いつもその日の終わりにするのが習慣となりつつある。今日はお酒を飲んだので忘れないように早めにするのが良いだろう。
「んっ……タイミングに問題が……」
「ま、学さん何をしているんですか!」
二凧がこっちを見ている。何やら怒っているようだ。水を飲んで少しは復活したのだろうか。
「紅音の頭を毎日撫でて代わりに男性警護官として守ってもらっているんだよ。賃金を支払っているのは長宗我部家だから賃金以外で支払っているのさ」
「うっ、たしかに紅音さんなら安全ですが、女性の頭を撫でると普通は勘違いされるものなんですよ」
たしかに、頭を撫でるなんて可愛いから以外ありえないからな。
「ん……紅音は大丈夫……」
「なるほど、二凧も撫でてほしいのか。そういうことならおいで」
子どもにありがちだが1人するとみんなしてほしいというのはよくあることだ。二凧も紅音も子どもではないが、大人でも似たようなものだろう。
「あっ、えっ、行きます」
二凧の頭が目の前に突き出される。触ってみるときれいな髪なことがわかる。長い髪を維持するの本当に大変そうだといつも思っている。この巨大な2つの三つ編みはどうなっているのだろうか。なるほどたしかにかわいいね。
「二凧はきれいな髪だね」
「綺麗?えへへへ」
「綺麗だし可愛いからね。二凧はやっぱり教養の高さというか知識の深さが魅力的だよね。この頭にそんなに知識が詰まっているなんて素晴らしいことだし、知らないことがあった時に知ろうとすぐ思える姿がとても素晴らしい。幅広い視点というのは何物にも代えがたいことでやっぱり尊敬できる人というのは今までもあってきたけど、それは年齢によるものではないね。年齢を重ねていくとそれなりに経験を積むものだから、段々と深みのある応えなんかを出せるようになってくるわけだけだし、尊敬できるというのはそういう部分にあると思うんだけど、二凧は知識に対する純粋さというか物事を正面から疑問に思って調べていく行動力がありながら、時に多面的に深みのある見方もできる。やはり努力している人っていうのはどこかに尊敬できる部分というのがあったりするわけだけど、二凧は本当に尊敬のできる人物だね。こういっては自分を高く評価しすぎだけど、私と非常に相性の良い人間性に感じられて嬉しいよね」
二凧が突然とても愛おしいように感じたので、頭をだきしてめてみる。この頭の中の脳みそが素晴らしい判断をしているのだと思うと可愛らしく見えてくる。
「ん……主たぶん酔ってる……」
「この程度ではそこまで酔ったりしていないよ」
まだそうたいして飲んでないだろう。紅音が水をさっと出してくれる。忍者というのは実に素晴らしい。こういう心配りは私にはなかなか難しいことだ。
「ん……3人で一升瓶あけてる……普通に飲んでる……」
「んーそうかな。それにしても紅音も強い忍者で小さくて可愛いというのは好きなポイントが揃っているよね。本物の忍者というだけで素晴らしいのに、小さくて可愛い、しかも実力は本物だよ。これは良い。忠誠心みたいなのって、実際に自分に向けられたことがなかったからなんとなくわからなかったんだけど、相互関係的なものだと思うんだよね。忠誠心というのは忠誠に報いることで成り立つものなんだと思う。これは物質的なものだけでなく精神的なものも含まれるんだろうね」
「んっ……この破壊力……完全に酔ってる……」
紅音が諦めたのかお酒を回収し始めた。吉田さんが気づくと食事をさげてくれている。次は自分でつまみを作りながら二凧と飲むことにでもしようか。そういえば、バレーボールの実況かなんかで200万ほど入ったわけだし、それでお酒を注文しようじゃないか。
「はぁはぁ……学さんを吸っちゃいました……」
腕の中を見ると二凧がこちらを向いている。
「二凧、また一緒に飲もうね」
「(学さん酔うと破壊力が激しくなりますがまたこれをやるんでしょうか。いや役得ではありますが)はいまたしましょう!」
たまに二凧はブツブツと声を出す。自分の思考をまとめているのだろう。私もよくあることだ。
「ん……主にお酒は危険……顔に出ないけど突然褒めちぎりはじめる……要注意で覚えた……」
紅音が何かを言っていたので声をかけるとそろそろ時間なので寝た方がいいとのこと。たしかに時計も日付を回るところまで来ている。今日はそもそも夕食が遅かったからね。まあ次の晩酌を楽しむことにしようか。二凧を連れて部屋に寝にいったが最後まで二凧の様子がおかしかったと思いながら寝床についた。
次の日やらかしたと反省したのは言うまでもないことだ。ここ数年1人で飲んでいたから飲むと人をほめ始めるということを忘れていたのである。
土佐鶴は実際にあるお酒の銘柄ですが、大和にあるお酒と同じかどうかはわかりません。
追記 日本酒を大和酒に直しました




