舞台裏3
侯爵が1人執務室でため息をついていた。もちろん、その原因は今までの常識が通用しない学習院のせいである。昨日だけで、テレビ局で不審者に乱入して放送事故を起こされるわ。そのままその日にバレーボールの中継に実況として参加して瞬間最高視聴率61%に到達するわで侯爵の胃を破壊した。
今日1日で普段は近づいてもこない各所からお話を聞きたいと猛烈なラブコールが侯爵にあったのは言うまでもない。特に、親戚筋はもちろんのこと地元の土佐からも熱いラブコールが止まらない状況だ。胃薬を飲みながら明日の小学校の件も絶対大変なことになるだろうと今から、胃が痛くなっていた。
コンコンとノックの音がして、彼女の娘である二凧が入ってくる。二凧は侯爵とは対照的にご機嫌であった。
「二凧、随分とご機嫌だな」
バレーボールで実況中、学習院と二凧が乳繰り合っていたおかげで、憧れの男女像と報道されている。華族は本来、こうした男性との関係の見本となる立場にあるので報道自体はいいのだが、有名になりすぎてしまっていた。
二凧も大学で憧れや嫉妬をぶつけられていたはずなのだが、当の本人は昨日の出来事やこれまでの出来事を思い出してによによしていたので、全く周りを気にしていなかった。ある意味無敵である。そして、その様子をみて周囲も2人の関係は本物なのだとさらに嫉妬を強めることになったようだ。
「そ、そうでしょうか」
口ではそういうが、口元は崩れているのである。
「無理矢理は絶対にあってはならんぞ。万が一何か接触するのであれば必ず、男性警護官の蜂須賀殿を通せ」
男性警護官には婚姻関係を円満にする役割がある。それは、暴走する婚姻相手を止める役割も含まれる。特に男性関係で冷静になれない女性は多い。そうした時、女性的視点だけでなく、男性の考えを読み取って婚姻相手に伝えてくれるのが男性警護官である。女性だけだと、どうしても勢いの良い意見が採用されがちであるから男性警護官は抑えにまわってくれるのだ。
日本で男性に恋愛相談をしても背中を押す声の方が多くなるのと同じ現象である。
「はい!わかりました!(学さんに触ってもらっちゃいました。うれしいです)」
「本当に大丈夫だろうな。頼むぞ……」
侯爵からすると、大和の男性と異なり、主体的に動ける学習院は被害にあえば確実に日本大使館に直行するのが目に見えているので、不用意な揉め事は避けたいのである。
「まあ、仲が良いことはとりあえず良い。悪いことではないからな。それより、例の不審者の件だがやはり裏にいるようだ。ただ華族や財閥とはそこまで関係がない」
不審者の件と聞くと二凧もはっと冷静さが戻ってくる。
「過激派の団体とかですか?」
「あぁ、カルト教団、男奉教が裏にいるようではあるな。まあ、どこかにそそのかされたかもしれんがな」
「男奉教ですか?たしか女性は男性に奉仕すべきであるとして、全ての男性を神の生き写しとして崇めていると聞いたことがありますが、なぜむしろ男性を傷つけることに?」
男奉教は歴史的には比較的新しい。第二次世界大戦が終わり、大和の工業化が進むと同時に社会変化の不安に対応するように出てきた宗教である。教祖が産んだ男性を育てたり、教団内で生まれた子どもで男の子がうまれると崇めたりと、子育てグループに近いが、崇め方が異常であるためカルト教団と言われている。性被害を受けた男性の受け入れも行っているので意外と男性はいたりする。
「犯人が男奉教の信徒であったのは明白である。裏どりも終わっているようだ。動機については、愚か者曰く、男性が無理矢理出演させられているので男性を助けにきたらしい」
「身勝手なことです」
陰謀論などにも代表されるように、人間は恐怖や嫉妬、怒りなどの感情を正当化するために、都合の良い物語を作ることがよくある。しかもそれを共有できるグループで集まり、その物語をより強くして言ってしまうのだ。
「あぁ、男奉教は指示をしていないとしているが、誰かに吹き込まれたのは間違いないだろうな」
というのも、テレビ局の体制からして勝手に入って来てばれないというには少し厳しいものがあるからである。協力者がいると考えるのが妥当である。
「ということは助けに来たと思い込んでいる鉄砲玉はともかく、裏で誰かがテレビで騒げば男性たちが驚いて、言わせているということがわかると思ったわけですね」
本当は女性嫌いでやらされており、かつ心が弱いのであれば、間違いなく叫ぶなり恐怖で震えるなり漏らすなりしていたことだろう。実際に学習院も男性の不審者であったらもう少し警戒していたが、武器も持っていない女性の不審者かつ、紅音の強さを知ってたのでたいして恐れてはいなかった。早川にいたっては美人だからなんとも思っていなかった始末である。
「あぁ、犯人の言っていることは支離滅裂で理性の欠片もないが、テレビ局での入り口の検査をなぜかすり抜けている。手引きしたものがいるのもほぼ間違いないだろうし、裏でそう考えているのも間違いないだろう。お見合いパーティーまでは明日の小学校の件を除いて外に出る用事はないようだからよいが、万が一出る場合は男性警護官をつけるようにだな。また、お見合いパーティーでの男性警護官の数も増員するよう進言しておいた」
「お母様ありがとうございます。学さんにはどこまで話しておいたら良いでしょうか?」
「そうだな。学習院殿は、情報を隠されることを嫌うとみている。蜂須賀殿と協力して話すという手順が良いだろう」
本来男性を恐れさせるような情報を秘匿することはよくある。しかし、これまでの経過から大和の男性と同じと考えてはいけないと侯爵はわかってきていた。
「わかりました。紅音さんと協力します」
男性警護官が信用される理由として、職務上自分からは婚姻関係を結びたいと言わないことが挙げられる。この話は有名な話であり、男性は子どもの頃から教えられているので、男性警護官は比較的男性に受け入れられやすいのである。
「そうだ、追加でバレーボール協会からお礼状と別途で謝礼金を出してきたわけだが、受け取るかどうかも学習院殿に聞いておいてくれ」
「そうですね。ただ学さんはバレーボールが相当気に入っているようでして、また見に行きたいとのことです。しかも予選ブロックでまさかの勝ち上がりそうですよね」
大和はそのまま同ブロックにいた、ルール王国を下して現在、ブロック一位である。アジア予選には11カ国が参加しているので、3カ国ブロックが1つと、4カ国ブロックが2つである。各ブロック2カ国が予選勝ち抜けで、大和がいたブロックは4カ国ブロックであるのでほぼ勝ち上がりが確定である。なお、残る1国はザガロ連邦というソ連のような国家である。中央アジアと東欧を飲み込む世界最大の大きさを誇る国だ。
「はあ、他のスポーツからも山のように招待状が来ている」
侯爵の執務室にはもはや処理ができなくなってきた手紙が積まれていた。
「学さんの影響力が大きすぎます」
「そうだ、なんであれ1人の人間が影響力を強く持ちすぎるのは、妬みや嫉妬を受けやすい。特に男性であれば、強硬手段に出る者もいるだろう」
強硬手段というのは誘拐のことである。男性の使い道はたくさんあるので常にそのリスクを持っているといっても良いだろう。
「歴史的にみても、有名な男性というのは、なにかしら危険な目にあうことが多いですよね……」
2人がため息を漏らすが、当然のように妙案は思いつかない。
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昨日、大和バレーボール史上最高視聴率を叩き上げた大和代表選手団。そのままの勢いで、ルール王国をあっさりと打ち破っていった。ルール王国はたしかに実力的に格下の国ではあるが、3-0の圧勝するほどの実力差はない。非常に調子が良いといえるだろう。
そんな絶好調の大和バレーチームに行われた、ヒーローインタビューでエースの館山選手は見てくれた人たちにこう語った。
「皆のもの応援ありがたき幸せにござる!この大会は大和排球の夜分明けとなったでござる!拙者どもは皆の衆の声援を背に受けながら必ずや天下大會まにて歩みて候!」
館山選手は武士の言葉使いをあえて使っている面白いキャラクターで有名である。武士道に感銘を受けたとか。なお、武士の一族というわけでもなく、ご先祖様はごく普通の農民であったらしい。実際に彼女単体で番組に呼ばれることもあり、バレーボールの普及に取り組んでいたりする。
そしてもちろん、話題になった原因である学習院についてもインタビューでふられた。大抵の人が学習院に対する感謝とまた見てほしい旨を答えるのだと思ったら、大きく違っていた。
「学習院様には応援いただき、一同感謝しておるでござる。拙者はかを大和排球の最大の好機とみているでござる。かような切っ掛けを与ゑてくれた学習院様には勝利と云ふ最大限のお礼を差し上げたゐと存じまする」
彼女の力強い瞳は、テレビの前で見ているバレーボールを知らなかった人たちを驚かせた。特に、混合テニスに代表的だが、男性目当てでスポーツを始めるということが多く、スポーツ選手を男性目当てなのだろうと穿った視線を向けるものも少なくなかった。しかし、男性に見てもらえたということをバレーボールが普及できたと喜ぶ館山選手をみて、本当にバレーボールが好きなのだと理解してくれたのである。
館山選手たちが控え室に集まると、選手の中には男性に見てもらえたことで盛り上がる選手もいた。実際に彼女らも所謂一般人である。男性を見たことすらないものもいる。バレーボールのようなマイナーよりのスポーツをしていて男性に見てもらいたいから始めたという人は少ないだろうが、それでも嬉しいものではある。
ほんのちょっとした可能性にすがってしまうのが宝くじを買ってしまう人の心理のように、ありえないにしても男性からお呼ばれされるかもなどと思ってしまうのである。最も館山選手のように覚悟が決まり切っているものもおり、そうしたものたちは純粋にバレーボールの知名度が広がると喜んでいた。
特に、学習院が名前を挙げていた石ヶ守選手や無道選手は周りからおちょくられるのをなんとでもないとかわしながらも少しだけドキドキしていた。
監督は浮ついた彼女たちを集めるとこういった。
「バレーボールは一つの曲がり角に来たわ。思わぬハプニングで一気に知名度の高いスポーツの仲間入りよ。でもね、これは一過性のもの。視聴者の大半は、バレーボールではなく男性を見に来ているの。でも違うでしょ。バレーボールを見てほしい。熱い戦いを見てほしい。バレーボールの面白さを知ってほしい。そうでしょ。だから粘る粘る粘る。粘りの戦いよ。バレーボールはボールを落とさなければ負けないのだからね。ボールがすぐ落ちるほどつまらないものはないわ」
この言葉をかけられて浮ついたものはもういなかった。すぐに次なる相手の対策を全員でし始める。こうして世界から侍と恐れられる大和のバレーボールの歴史が始まったのであった。




