本屋
次の日、侯爵の申し出で、渋々日本大使館に行くことになった。大して役に立たないと言ったのだが、事件の日本関係者が被害者である早川君と私しかいないのでお話を聞きたいと日本大使館側から通達があったようだ。日本大使館側の要請であれば致し方ない。
日本側の思惑はわからないが、両国にとって大切な時期なので、大和国の人からではなく、日本人から詳しく知りたいということだろうか。
どうやら、早川君も措置としては入院しており聞き取ることができない。特に大和国では、男性被害者からの複数回の聞き取りはいわゆるセカンドレイプになってしまうことを配慮して極力減らす努力がされているらしい。ぜひ、日本にも導入してほしい配慮である。
吉田さんの運転で急ピッチで用意したのだろう。日本大使館となっている建物につれていかれる。おそらく仮説の建物である。元は別の大使館として使われていて、移転した古い建物かもしれない。
「日本大使館の梅野です。学習院さん本日はよろしくお願いします」
「学習院です。よろしくお願いします」
建物に入ってすぐの場所で梅野と名乗った男性は40代ぐらいの男性であった。疲れているのか目尻の皺が深い。
「早速ですが、こちらで経緯についてご説明お願いします」
女性がいると話しにくいと考える大和国側の配慮なのか紅音すらもついてきていない2人だけである。発言を歪められても困るし、録音はしておくか。
本人から聞いたことのあらましと自分の視点でどう動いたかについて説明する。
「なるほど、連絡がつかなくなったのでパーティに出て挨拶しようと思ったわけですね。どうでしょう、学習院さんは女性関係の方は大丈夫ですか?」
梅野さんは納得したという顔でうなずいている。裏どりをしているのだろう。
「そうですね。正直、男女比が歪であるとわかった時点で何をされるかわからないなと思いまして、警戒しながら会話していたおかげもあります。ですが、ホームステイ先の長宗我部の当主さんが慎重な方なのも大きいと思います。ですので今のところ大丈夫です」
「若いのに随分しっかりされているね。文化の違いがありますからね。トラブル自体は想定の範囲内と言いたいとところですが、これほど早く、それもこれほどの額で問題が起きるとは思っておりませんでした。額が額ですので日本でも大きな騒ぎになっているでしょうね」
騒ぎになっているということは、日本でもニュースで流したのか。トラブルを想定していたということは、意図的に危険性を伝えたいという考えだろうか。タイミングを見計らっていたのかね。
「男女比が1:33とかいう頭のおかしい数字なことを発表したんですか?それとも今回の事件を?」
「あぁ男女比については、君たちが行ったすぐ後に発表をしましてね」
なるほど、そんな事情があったのか。ネットでも異世界への憧れや、それを教えない政府に対して不満がたまっていたから仕方なかったのだろう。
「国内で男性が外に行こうと大変なことになりませんか?」
「まあその辺りはかんがえてありましてね。1つは男性の優遇政策。日本男性は冷凍精子を売ってくれるだけで働かずとも生きていけるようにしました。海外向けの輸出の目玉といったところだね。どうせ貿易が止まって、資源がないから色々な産業が止まり気味でしたしね。あとは、大手会社を海外に派遣することが始まっていますね。凄まじく良い給料で雇われることになりますから、夢があることでしょう」
たしかに、男性にとってはお金をちらつかせておけばいいだろう。あとは、海外の女性を受け入れるみたいなことを存外にちらつかせてでもおけば、わざわざ自ら出向く必要がないと考えるかもしれない。
「それだと国内の女性、特にジェンダー系の反発が激しいことないですかね?」
特に日本では女性の権利を主張し始めているところではあるから、この変化に対応できないことだろう。本来ならこの変化は、女性の社会進出をすさまじく進める、男性が保護されて社会から退出すれば、特に経営層に女性を多くしていくことになるので女性が優位の社会に変わっていくことになる。
「人権団体からは大きく反発がありますが、結婚している女性はよほど頭が悪くなければやりすぎれば、離婚されるとわかりますから。まぁ、今回の事件で男性が売られたという報道で若干沈静化するでしょう。それに、政策は順次行われる予定ですから」
元々あった男尊女卑的な価値観とうまいことぶつかり合わせるのだろうか。年功序列や家父長制も既に崩壊しかけている。そのあたりがどうなるか見ものであるな。
そして、思ったよりも落ち着いているのは、国民性もあるかもしれないが、海外に出ていこうとしてもまだ国交樹立がそこまでされてないから行けないし、結婚している人も離婚はすぐにできないから現状維持しつつ様子見を国内の人はしているのだろう。
「最初のホームステイ組は日本から売られたと」
「そのような強い言葉はよくありませんよ。あくまで有志の異文化交流です。もちろん、一ヶ月が終われば帰れますし、今回のような事件の被害を受けて帰りたいのであれば帰ることはできます。もちろん、残っていただいて友好の架け橋になっていただく献身的な男性もいらっしゃるかもしれませんがね」
ジャブを放ってみるが、どこふく風といったところである。守秘義務契約もないから、好きにやっていいのだが捨て石にされているようでなんとも癪にさわる。
「今回みたいな事件が起こることを予見して、有利な条件を引き出したいとか思っていそうですが、まあ半分ニートみたいな集まりですし、緊急事態ということをかんがえればその程度のことなんでしょうね。それで、日本は二重国籍が禁止ですが、その辺りはどうなりますか?」
「いい視点ですね。二重国籍の禁止原則は無くなります。特に男性ですが、日本で生まれれば日本国籍ですし、婚姻で大和国籍を得たとしても、日本国籍も残ります。ただ休眠状態といって、海外に住む海外国籍持ちの男性は、日本国籍が眠っている状態になりますね。日本に長期滞在する場合は復活しますよ」
これはまた、都合の良いルールだ。二重国籍の禁止はある程度残しつつ、しかし、日本人男性を外に出したくないからいつで戻せるようにしたのだろう。
実際こっちで婚姻して離婚した場合、行き場所が無くなって困るからね。
「一ヶ月の間は日本国籍持ちという認識で大丈夫ですか?また、大和国籍を失ったときは日本大使館に連絡という形でよろしかったですか」
「そうですね。問題ないと思いますよ。失いそうだという場面で連絡いただければ準備致しますので、何かありましたら日本大使館までお知らせください」
手続きてきにはこのようなところか。あとは自衛だな。
「私たちがホームステイ中こちらで自由に活動する場合、もちろん大和の法律を犯さないという前提ですが、例えば日本人の男性で集まって活動するということも問題ありませんか?」
「もちろんですよ。ホームステイ後も集まっていただいても構いません。おそらく、日本町みたいなものが世界各地でできると思ってますので、特段問題ありませんよ。もちろん日本に帰還しても問題ありません」
男性団体はとりあえず問題なくできそうだね。あとは日本人男性がどこにいるかを探すのは、これは大和政府から聞いた方がいいかな。
「どうもありがとうございます。またご縁がありましたらよろしくお願いします」
「いえいえどうぞ大和国でのホームステイをお楽しみください」
食えない人だったな。既に情報も既定路線だったのだろう。念の為擦り合わせたにすぎない。もしくは、パフォーマンスかな。
煮え切らない状態でさっさと屋敷に帰ると、二凧が出迎えてくれる。
「お疲れ様です!もし、まだ動けそうだったらなんですけど、本屋にいきませんか?」
本屋か、たしかにどんな本が並んでいるのかは実に興味深い。もうお昼なので食後だろうね。
「いいね。食後に行こうか」
「はい、食事を予約してあるので、外食してそのまま行きましょう」
「合理的な時間配分だね」
二凧も慣れてきたのだろう。随分と手際が良い。そして私自身も慣れてきた。男性は完全にお世話される役ということがわかってきたので、過剰な反応はしない。感謝の心と敬意を忘れてはいけないだけだ。
ちなみに食事は天ぷらだった。お高い天ぷらというのは別次元にあると知った。スーパーのお惣菜コーナーか飲み屋の天ぷらしか食べたことがない私では圧倒的な差に感想も言えない。
こうした高級店での食事が男性配慮のためか個室である。おそらく、そういう文化なのだろう。紅音が何も食べずに護衛をしていたので、天ぷらを少しあげた。交代で昼休憩がとれるように、ローテーションを考えないといけないね。やはりもう一人いるだろう。
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どうやって警護官の2人目をつけようかと考えながら、そのまま東京駅近くの大和最大級の本屋に行くとする。1階から4階まで全て本屋のここは、本屋というより博物館のような迫力がある。蔵書数はなんと100万冊以上だという。
「本がたくさんあると興奮と同時に帰ってきた感じがあって落ち着くね」
「はい!本に囲まれて過ごしたいですね!」
そういえば、二凧の部屋は本だらけだったが、つまるところ私と同じ読書ジャンキーなのだろう。文字列をみていないとストレスがたまってくるタイプの人種だ。私なんかは子どものころよく空想に浸りすぎだといわれたものだ。
さて、本屋に来たらまずどこに向かうか、これは読書好きにとってもわかれるところだろう。一般的には、新刊コーナーか、本屋の特色がでるおすすめコーナーだろうか。もちろんぶらぶらと見るものいれば、旅行コーナーにとりあえず行くものもいるだろう。
私はだいたい教育関係書からみる。子育てや教員向けの褒め方の本があるようなコーナーだ。このコーナー、たまに面白い本があるのでやめられない。そして今回は男女比が歪な大和国での本屋。気になるポイントしかない。
教育コーナーに行くと恐ろしいほどの子育て書が並んでいる。特に目立つのが男児をどう育てるか系である。平積みが男児子育てばかりなので、なぜかこれが一番売れているのだろう。
『女性嫌いにならない男の子の育て方』『小林流 男児育みメソッド』『男児を育てる言葉 実は否定している言葉』『「ダメ男子育て」を科学が変える』『小児科医がみてきた男子育てのカギ』『思春期どうする?男児の気持ちがわかる本』
あぁこの感じいいね。この無秩序な感じはなんとも言えない。
「子育て書はこのなんともいえない感じがいいよね」
「そ、そうですか。あの、読んだことないのでよくわかりませんが、一般的には、子どもを産む前にもしかしたら男の子が産まれるかもと願掛けに読んだりするらしいです。あ、あとは婚姻している女性ですかね……」
子育て本は読者層が特殊で、日本だと子育て不安や育児中の悩みがダイレクトにあって、とにかくなんとかしたいという切羽詰まった人が読んだりするところがあるんだよね。
「日本でもそうなんだけど、子育て不安はやはり母親に多いんだよね。日本では父親も子育てに参加をするんだけど、子どもを産んでいるからなのか、責任感を強く持ちやすいみたいだね。普段あまり本を読まない層が購入するわけだから、難しい内容というより目を引くようなポップな感じになるんだよ。しかし、その中に真面目なというか専門向きの本も混じってくるのがこのコーナーなんだ。この落差がいいんだよね。まあ大抵どこも内容は変わらないと思うけどね」
何冊か買ってもらいたいな。あっ『男の子の一生を決める0〜6歳の育て方』とかある。うわあ読みたくないね。すごく嫌いなタイトルの付け方でワクワクしてくる。
「男性の子育て……大和では男性が子育てをしないので、子育て本といえば女性向けになります。女性なら一度は男の子が産まれるかもしれないと夢を持つものだと思いますよ。これらの本は、男の子がうまれたらどう育てようという妄想の産物なのかもしれませんが……」
なるほど、人工授精で男の子が産まれる可能性もあるわけだから、生まれたらこう育てたいという願いがこのコーナーには詰まっているわけだ。
まあ期待が大きくなるほど、子育てはうまくいかない気もするが……
「子育てね。文句を言われないなら一度参加をしてみたい気持ちはあるよね」
「えっあの、子育て一緒にするってことはあの子ども欲しいってことですか???」
家庭科の授業で子育てに反応する思春期男子みたいな反応だな。そういえば、二凧は赤ちゃん欲しいと言ってたね。赤ちゃん欲しいと言ってる婚約関係の女性と子育て指南書のところに来たら不味かっただろうか。
助けを求めて、紅音に目配せをすると、安全確保よしといった顔をしている。ちなみに、他の女性客は一切近寄ってこない。紅音が何かをしたのか、モラルが高いからなのか、男性に近づくと訴えられるとでも思っているのかは不明だ。
「まだまだ先でいいかなと思わなくもないけど、大和に住むのであればある程度避けられないというか、流石にこの世界の人類が男性を必要としているのに、ノータッチで行くつもりはないよ。私たちの世界では宇宙地球号なんていう言葉があったけど、歪な男女比の中でどう生きるかは世界的な問題だ。最低限の義務感はあるつもりだ」
そもそも私たちの世界は人口が増えすぎて滅びに向かっていたが、この世界は人口が増えずに停滞しているイメージだ。日本では少子化が止まらない状態が続いていたが、そもそも子どもいらなくないかという感覚が蔓延し始めていた。おそらく、世界的に人口が多すぎるのと娯楽が多いのが原因じゃないかと思っている。
さらに、結婚が結果的に男女両方に離婚などのリスクは突き付けていて、責任も多いので面倒なのだと思う。その点、大和国での婚姻はうまいこと使われなければ、男性側に有利であり、責任は低い。
「り、立派な考えだと思います」
人工授精があるのだからそれでいい気はするが、自然生殖の方が男性が産まれる確率が高いらしい。理由は不明だ。
「『男児子育て支援論』とかある。これいいね。あと、こっちの学術書が欲しいな」
「何冊でも買っても大丈夫ですよ。ボク払いますから」
素晴らしいヒモ生活である。その対価が過度な性生活にならないよう節制に心がける必要がある。そのためには、自分の稼ぎも作らないといけない。
日本で男女平等がどうだとか、言っている人がいたが要するに経済格差なのだ。日本では女性に金がないが、大和では逆である。稼ぎ主体が女性である以上、金持ちは女性で、欲しいものを買おうと思うと女性に頼まないといけない以上、男性は強く出られない状態に持ち込まれるのだ。
「ありがとう。まあしばらくはお言葉に甘えておこうかな。そろそろ自分のお金を作らないとね」
「そういえばお母様が学さんの銀行口座の開設をしておくと言ってました」
以前、相談してみたところ作ってくれるとのことであった。本人なしで作れるあたりが、男性を保護しているようで力を持たせないようになっているポイントだ。今度の学校で質問返しをする時のお金を入れる場所にする予定である。
「そういえば、男性が書いた本とかってないの?」
「えっと、あるにはあるんですけど、小説がほとんどですね」
男性の小説家はいるらしい。さぞかし、作者が男性ということで大ヒットしたかと思いきやそこまで売れてないらしい。理由は見てみたらすぐにわかった。
『おめでたい女たち』『白き世界』『女のいないすばらしい世界』
なんとも、強い感情が込められているね。女性嫌いが書いた本というわけか。これは売れないだろうね。男性には売れるかもしれないが……
「随分と恨み辛みが籠ってるね」
「はい、さらに文体は格式高いというもあって手に取りにくいといいますか。有名ではあるんですけど……」
一応参考に一冊読みたいぐらいか。文化を知る上で、男性がかいた小説というのは良い方法である。
「一応、文化を知りたいから一冊欲しいのだけれど、二凧持ってたりする?買うほどではないから読めればいいんだけど」
「はい、ちょっと古いのですが持ってますので、お貸ししますよ」
「ありがとう。じゃあ次に行こう」
流石は二凧である。本は詳しい人に聞くのも乙なものだ。
見知らぬ大型の本屋であるが作りとしては日本にあるものとそっくりである。小説のコーナーに行くと、ライトノベルのようなキャラクターの絵が書いてある小説群がある。最も大抵、表紙が男性キャラクターになっており、男性を求める女性が購買層なのだろうと予想される。
また近くにもう少し低年齢層向けの本のコーナーがあり、その中に『不思議の国のジャック』という本がある。不思議の国のアリスじゃなくジャックである。なんと、表紙には可愛い少年が描かれている。
「日本にも同じような作品で不思議の国のアリスっていうのがあるんだけど、作品まで似たものがあるんだね男女が逆転しているけど」
「そうなんですか?作品まで似るというのはどういうことなんでしょうか……」
ジャケモンしかり、ジャックしかり、どうして作品まで似通うのだろうか。
「ちょうど、私のタブレットに不思議の国のアリスは入っているから、ジャックを買って比較してみたいね」
「すごく良いですね!これも買いましょう!」
そう言って本が増えていく。その後も次々と日本であった本と類似性の高い本を見つけて、ポイポイ入れていたら、カゴの中には大量の本が……
特に童話系は似た物が多く、グリム童話という名前まで同じだったので、原典の解説をしている本を買ってしまった。なお、人の金である。買ってもらったというのが正しい。
せっかくなので全階層まわろうと、4階に上がろうとすると、二凧より止められる。
「あの、すいません。4階は女性専用といいますか。専用ではないのですが、あのなんと説明したらいいのでしょう」
「ん……女性専用作品ある……あれ……」
あぁ、エロ本コーナーか。なるほどそれは、踏み入れたら危ないことになるだろう。もし見たいのであれば女装してこないといけない。
そんなことを、階段前で話していたところ、4階から降りてくる女性にぎょっとした顔で見られてしまった。エロ本を買った帰りなのだろう。たしかに異性には見られたくないか。
結局、2時間ほど彷徨いていただろうか。百冊ほど買ってしまったので、郵送してもらうことにした。誠に申し訳ない気持ちでいっぱいである。
だが、しばらくの読書は安泰だ。
大きな本屋楽しい