舞台裏2
入れ忘れていました
二凧の告白が思いがけず上手くいってしまったその翌日の月曜日、慣例通り男性警護官を付けようとしたが一つ問題が起きてしまう。
学習院が選んだ警護官が特級の警護官であったことだ。警護官は会社によって基準は違うものの、下級から上級までの位に分かれている。もちろん上の方が値段も高いが、特級はこの位の外にある者たちである。警護官という仕事は職務が多岐に渡るため、大抵ジェネラリストでないといけないが、一芸に秀でているものもいる。例えば武力に優れているもの。こうした警護官は武力の特級とされ一つアピールポイントとなるわけである。無論、値段も高い。
長宗我部侯爵家ぐらいの格ともなると上級以上から選ぶというのが慣例である。なので、学習院が読んでいたのは上級と特級のみが乗っている冊子であった。
こうした一芸特化が特級とされるが、蜂須賀紅音は違った。ジェネラリストとして超優秀であり、あらゆる面で上級を超えているが故の特級である。なお身長の小ささも特級である。しかもそれだけではない。特級は男性を選ぶことができるのである。もっとも選ぶと言っても基本的に本当の意味で選ぶものはいない。あり得るとしたら他から誘われていて、今いるところが冷遇している場合ぐらいなものである。
しかし、蜂須賀紅音は忍者である。しかも戦国忍者への憧れが強かった。戦国忍者には守るべき対象に忠誠を誓うというものがある。そしてその対象を自ら選ぶことがほとんどであった。なお戦国忍者は大名である女性に仕えるものであって、男性を守るのはその業務の一部であるが、紅音は憧れが強すぎるが故に、慣例を破り本当に選んでしまったのである。
長宗我部侯爵はこれを後から知り、万が一断られたら大恥であるため頭を抱えていたが、なぜか頭を撫でたり抱っこをして男性警護官の信頼を確かめた上にいきなり住み込みを希望したと吉田から聞いて、別の意味で頭を抱えた。
「二凧、学習院殿には男性警護官を付ける。わかっているとは思うが、男性警護官とは友好的に接しろ。敵対して良いことなど何もない」
「はい、お母様。たしか男性警護官にお金を握らせて男性を使った大犯罪があったと聞いています。そこから非常に厳しくなったと……」
「あぁ男性警護官が男女の利益を考えて独自の判断で便宜を図る程度には何ら問題はないが、金を盾に行けば犯罪だ。会社に垂れ込みをされて、他の華族たちから総攻撃を食うぞ」
男性警護官が使われる理由は単に便利だからである。実際、特級の蜂須賀紅音はイレギュラーとしても、男性とうまく話す訓練をしていて、かつ信頼させるところまで持っていける技能は華族教育を受けていても持つことが難しい特殊技能ともいえる。そして、男性警護官は一般的には婚姻関係を円満にするように動いてくれるのである。男性警護官は厳格な教育を受けているので、これぐらいは男性も嫌がらないだろうという女性特有の下心ある甘い動きをしない。ないとは言えないがそれが制御下に置かれているといえるだろう。
「蜂須賀紅音さん、ボクよりも小さいのですが、やっぱり学習院さんは小さい子が好みなのでしょうか……」
「それはわからん。だが、忍者は他にもいたはずだが、特級とはいえ彼女を選んでいる。日本男性にはある程度見た目などに好みがあるというのは華族家でも話題になっているからな。学習院殿にはそういう好みがあることも否定はできん」
「(そうだとうれしいですね)えっと、紅音さんとも仲良くできるように頑張ります」
「うむ、それと急いで二凧には華族教育を受けてもらう。学習院殿に恥をかかせてはいけないからな」
「はい!」
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日付もまわる頃に本日の華族教育を終えた二凧は、紅音の部屋に来ていた。
(学様はこの時間既に就寝されているはずです。男性警護官は男性が就寝してから眠るはずなので)
実は紅音はほとんど眠らない。そんなことを知らない二凧は寝る前に挨拶をしなくてはとトントンとノックをした。
「蜂須賀紅音さん起きてますか?長宗我部二凧です。挨拶とできれば明日の打ち合わせをさせてもらいたいのですが」
二凧はあまり華族教育を受けていないのと長宗我部家が侯爵家にも関わらず割と大雑把な家なこともあって、華族家らしいプライドがない家である。他の家だと男性警護官の方に挨拶に来させるだろう。
「ん……」
紅音は二凧を招き入れるとすぐに扉を閉めた。
「ん……紅音は民間男性警護官の株式会社【忍者】の特急……名を蜂須賀紅音……お見知り置きを……」
「よ、宜しくです。明日から学さんの護衛の方をお願いします」
「ん……問題ない……すばらしい人に仕えられて誉……」
(男性を選ぶと聞いていたけど、問題なさそう……)
紅音が断った男性は女性恐怖症で女性と会話すらできず、外に出ることもなく、紅音にもびくびくと恐れており、唯一大丈夫な母親の背中に隠れていた。なおその人物は18歳である。紅音は自分みたいなタイプではなく、心理的なサポートにもっと特化した男性警護官を必要としていると思い断ったのである。
「明日は帝京大学に行くのですが、打ち合わせを少しよろしいですか?」
「ん……もちろん……」
帝京大学ぐらいの大きな大学となれば女性の数も多い。普通なら男性が好き好んで行かない場所でもある。そして、なにより男性が来ることを想定して作られてはいない。しかし、男性がいるからといって話しかけたりしてこないのが一般常識である。男性区の外であるが大和一の偏差値を誇る大学であるため危険度はそこまで高くはないと考えるのが普通であった。
「ん……講義最中の接触が危険……あと学内施設でサークル関連はインカレサークルもあるから学外生がいるかも……このあたりは危険度があがる……」
「ではなるべくこちらから移動したほうがいいですね。でないのが1番危なくはないのですが、それはよくありませんからね」
「ん……主の要望を叶えつつ危険度を可能な限り下げる……もし危険が及んでも必ず排除する……」
「改めてよろしくお願いします」
「ん……よろしく……」
2人とも真面目な性格が幸いして、相性は良さそうであった。
ーーーー
大学の見学を終えた火曜日の夜、二凧と紅音は紅音の部屋に集まっていた。
「紅音さん今日はすいませんでした」
「ん……裏通路でもなくメインストリートで暴徒がでるのは予想外……低確率と見積もった紅音もいけない謝罪不要……」
大通りの方が変質者がすくないのはどこでも同じであり、ましてやある程度の知識を持っていないと入れない場所では、ある程度の自制心を持っていると考えるのもまたそこまでおかしなことではない。
「誉ある帝京大学生のはずなのですが、あのような醜態を晒すなんて……大学側には厳重な対応をするように通達しました」
「ん……主はあまり気にしていないようだけど、積み重なれば女性恐怖症の発症にもつながる……」
女性恐怖症は男性が良く発症する精神疾患である。対人恐怖症の一種であり、大和でも古くから認められている精神疾患である。そもそもこの世界では男性がうっすら女性恐怖症であるのだが、その中でも生活に支障があるほどの症状、過度な不安や震え、ひどいときには嘔吐や頭痛、過呼吸などの重篤な症状を引き起こすと女性恐怖症と言われる。こうなると、大抵引きこもってしまい、良好な婚姻関係すら結べなくなってしまうとされている。
「それにしても、堂々と発表する学さんに暴徒が出た時の対応も、はぅかっこよすぎます」
「ん……主は人前に立つのに慣れている節がある……かっこよいというのはわかるけど、絶対に急接近はダメ……男性は下心を嫌う……」
紅音は今日、学習院に頭を撫でられたことを思い出して、自戒を込めて言った。
「わ、わかっています。頭を撫でて欲しいとか思っていますが、もちろん表には出してはいけないのは分かっています」
ギクリと紅音の顔が強張ったが、忍者はポーカーフェイスの練習をしているため、強張ったといっても微量である。対人関係で百戦錬磨でもない二凧では気が付かなかった。
「ん……まだ紅音は信頼されていない……主は敵地にいるような気持ちでいる……」
紅音は学習院の行動を信頼を得られていないからであると考えていた。それはそれとして役得であり、漫画のシチュエーションのようで夢心地でもあった。そう考えるのも一般的に出会って1年は信頼されなくても普通であるからである。忍者が学ぶテキストには信頼というのは徐々に構築されるものであり、細やかな気配りの積み重ねが必要とされている。よって、異文化であることを加味して、信頼がないために触って確かめたと考えたのだ。もっとも、大和において男性の少なさから、叶えられない夢だけが大きく広がっているのである。
「そうですよね……学さんもホームステイを続けるのにホームステイ先と揉めたくないから、ボクの告白を了承しただけですから……」
「ん……そんなに卑下しないほうがいい……主は大和のことを知りたがっている……主は聡明だから二凧様の知識は必要としていると思う……」
大和において男性に性欲はほとんどない。本当はなくはないのだが、出すととって食われてしまうので、出さないのだ。故に、男性が必要としているもの、地位や資産、また強く見える容姿などが好まれるのであるが、学習院は知識を欲していると考えられたのである。とても珍しいことであるが、歴史的に見たらいないわけでもないことであった。
「うっ……学さんの知識欲は本当に素晴らしいですよね。知りたいのは文化の違いだとは思うのですが、何かもっと根源的に知りたいことがあるような気もします」
紅音はエロ本を買ってきて欲しいと言われたのを思い出したが、今度はおくびにも出さなかった。
「ん……二凧様は知識の提供を……紅音は危険の排除をすれば良い……」
男性警護官と婚姻女性が、情報を隠しつつも共闘関係になるのはよくあることである。
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小学校見学(水曜日)の日の夜、長宗我部邸当主執務室
「お母様、学さんにあんな低価格で授業されるなんて何を考えてるんですか!」
男性が講演会をするというだけで前代未聞であるが、もし値をつけるのであれば少なくとも100万は降らなく、億に行ってもおかしくはない。
「たかが一研究校にそんな自由な金があるわけないだろう。値段を下げたら諦めるかと思ったら、まさかの乗ってきたのが誤算だっただけだ」
侯爵は文部大臣という手前、教育的価値が明らかにある男性の授業を断ることができず、学習院に断ってもらおうとあえて低い額を提示したところ思いの外、学習院がのってきてしまったにすぎない。
「男性保護団体にもれたら、男性利用であり、権利侵害だという声が上がってきますよ」
「男性保護団体など所詮、負け犬の集まりだ。奴らがどれほど騒ごうがたいして変わらん。それこそ学習院殿はああした手合を嫌いそうだ。なに、男性が自ら権利を主張して交渉したのだ。それを後押ししただけということだ。別に私は文部大臣として1円たりとも貰っていないし、無理に使ったという事実も証拠もない」
侯爵も華族家の中でうまく立ち回ることができる人物である。清濁併せ吞むことはあっても完全に黒なことはしない。
「それはそうですが……」
「もし、無理にというのであれば、男性警護官が止めるなり進言をしてくるだろう」
部屋には侯爵と二凧以外にもう1人の人物がいた。忍者の紅音である。彼女は黙々と話を聞いているが自分に話題が振られたと考え、話始める。男性警護官が雇い主の部屋に呼ばれるのはよくあることであり、大抵はちょっとした雑談から話を聞き出したいというものであったが、今回のように、問題が起きた際のすり合わせにも参加することがある。
「ん……主はたいして気にしていない……大和の男性と同様に考えるのは無粋……」
紅音は既に学習院を自分の理想の男性とし始めていた。
「そうであるか、それよりも帝大の件の方が問題だ。くだんの男性研究会なるサークルはどうやら複数の大学の学生がまとまってできた帝大に席を置かないサークルであった。しかも捕まった馬鹿の中に財閥の大物とはいえんがそこそこの娘が入っておったわ。全くもって面倒なことだ」
「ちっ……腕の一本でも折っておけばよかった……」
男性警護官が鎮圧のため、腕を折ることは稀にあることである。ただそれが必要であったかどうかは問われる。過剰防衛と見なされることもあるが、複数人で襲ってきた場合は認められることも多いだろう。
「やめておけ、この程度の小物相手に不要な労力だ。長宗我部侯爵家としては学習院殿を最大限の歓待を施す必要がある。雑魚処理よりも、彼男には己のしたことを好きなだけ叶えてくれればよい」
「そうでしたお母様!学さんから聞いていました、バレーボールの試合ですが世界大会のアジア予選がありましたのでそれを取りました。再来週の月曜日ですので小学校の件と近くなってしまいますが、学さんに確認を取りたいと思います。あと、今週日曜日は水族館を予定しています」
スポーツ観戦をするだけでもお金が動くことがある。今回は男性が自ら行きたいといったので何か特別な金銭の動きはないが、面倒なものたちが近寄らないようにしなくてはならない。
「バレーボールか、スポーツ庁のものには話だけ通しておこう。不人気スポーツだからな。別にいかなくても構わん。して、水族館だが、女性には人気が高いが男性人気は壊滅だろう。喜ばないのではないか?」
水族館に男女で行くということは、女性にとってはある種のステータスなのだが、男性は水生生物に対する興味も薄いのか人気はない。そもそも外に出たくないからである。
「学さんは日本と大和の違いについて注目していると思います。なので、水族館も何か違いがあるかもしれないと思ってくれると考えます」
「まあ、二凧は水族館も博物館も動植物園も好きだからな。いいだろう。くれぐれも好きなことだけ話し続けるということがないようにな。昔から好きなことがあると永遠と話すが、一般論
としてそれは男性にとっては苦痛だぞ」
「だ、大丈夫です!」
もちろん大丈夫ではない。
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学習院からのカミングアウトを聞いた木曜日の夜、二凧の部屋
「恥ずかしいです……でも嬉しい……うっ恥ずかしい」
顔を器用に変えているのは二凧である。二凧と紅音は本にまみれた部屋にいた。なお、二凧は本の中に埋もれている。
「ん……今は明日のパーティーの打ち合わせ予定……気持ちはわかるけど復活して……」
「だ、だって赤ちゃん欲しいなんてへ、変態みたいなこと言ってしまったんですよ」
大和のエロ本でよくあるシチュエーションである。
「ん……往来ですれば即逮捕……」
日本だと男性が女性に俺の子供を産んでと言っているようなものである。婚姻関係なので問題はないが、確実に嫌がられる行為ではある。
「うぅぅぅぅ」
「ん……主の考え方が少し理解できた……主は女性たちに利用されることを恐れている……そして小さい子以外に性的に興味がないという紅音たちに都合のよい趣味を持っている……おそらく……」
紅音も二凧も、小さい女性が好きというのは未だにフィクションであるという考えが抜けなかった。
「き、嫌われてないかな。学さんに嫌われたら生きていけないです……」
「ん……主は一定の信頼をしたから今日の話をしたと考える……嫌われないためにも明日の準備をすべき……」
紅音は空気も読める忍者である。空気になることもできる。
「……その通りですね。鴻池家についてはそこまで詳しくありませんが、江戸時代に大きい財閥でしたし、1代限りの華族にもなったことはありますが、今は旧財閥といっても良いほどの勢力しかありません。当然、土佐一国を事実上支配しているボクたち長宗我部侯爵家に失礼ができるはずもない小物です。ですので、学さんが不自然に思い、ご友人の早川様の身を案じるのはわかります」
「ん……戦国でも格下の家が上の家に失礼仕るときは、背後に大物がいるか、下剋上できる戦力があるか、怒りを買っても隠したい何かがあるか……」
2人も今回の鴻池の行動に不信感を持っていた。といっても華族や財閥一族など、こうした不穏な動きというのはよくあることで、逆に侯爵なんかはちょっとした不正にでも手を染めていてそうたいしたことではないだろうと考えていた。しかし、二凧と紅音のモチベーションは高い。
「今回は学さんの安全を考えて鴻池家が何かホームステイ男性についての不都合を隠したくてよくわからないものを送ってきたと考えるのが妥当です」
「ん……危険度大とみた……念のため捕縛道具なども一式持っていく……」
「ボクは主催の鴻池の三女でしたか?主催を抑えたいと思います」
「ん……わかった……」
女性2人は今日の嬉恥ずかしい出来事に意識を向けない用、明日の準備に精を出したのであった。
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鴻池事件があった金曜日の夜
侯爵の執務室に3人の人物がいた。
「鴻池め!こんな馬鹿みたいな事件を起こしよって、流石にこのようなレベルの話ではないと思っていたぞ」
「お金でやり取りしていることが分かった時には、ボクも顔が青くなりました」
「ん……法上の親代わりが金銭で男性の性を売るというのは年々厳罰化されている……」
大和国において、大和にきた男性には必ず法律上の保護者が存在する。今回のホームステイではホームステイ先の家が法律上の保護者となっているのであった。慣習として男性を保護している家がお金のやり取りを男性に代わってするのはよくあることだが、明治維新以降、建前としては男性にも権利があり、保護される権利を持つと同時に自己決定権も持っている。現代に近づくにつれ、男性の保護される権利は強化されており、特に男性の了承を得ず、性を金銭でやり取りすることは完璧に禁止されている。
「二凧がすぐに連絡してくれて助かった。マスコミに嗅ぎつけられる前に政府が対応できたのも良かった。だが陛下のお耳にも入ってしまってな」
日本と違い、大和の天皇陛下は権限が異なる。名目上の君主であり象徴天皇に近いが、お気持ちを表明することがあるし、首相に助言することもある。それは陛下の行動が道徳的指針だからである。
「どうなったのですか?」
「日本の天皇陛下と我が国の陛下がホームステイ終わり際にお会いになられる。それまでに必ず事態を収束させるようにと警告があったそうだ」
ホームステイに送り出した日本男性の貞操がお金で売買されてしましたと聞いて日本的には良い気分ではないだろうが、正直そこまでではある。しかし、大和的にいえば外交問題の中でも歴代最悪レベルの問題である。国際的に大バッシングものである。
「国内のバッシングは避けられませんよ」
「うむ、正直日本男性が知らないのをいい事に、無理にパーティに出させたぐらいのことだと思っていた。まったく予測が甘かったと言わざるを得ない」
あまりにも短絡的犯行であったため予測できなかったという。そもそも華族にしろ財閥にしろ、男性が資源であることは共通認識である。大量に資源があるからと言ってそれを一年で使い切るほど一気に掘り進めるものはいない。値も崩れてしまうし、普通は利益を考えて持続可能な道を取るものである。
「学さんにも、どうしてこんな愚かな方法を鴻池がとったのかと聞かれました……」
「ほうそれで」
「日本男性をその誤解したのではないかと伝えました。学さんよりも早川様の方がその女性に対してより無防備に見えましたので」
少なくとも美人の女性にちやほやされて嫌だと思う男性は日本において少数だろう。学習院は少数の部類に入る希少種である。
「ふむ、学習院殿のように気をつけて動いてなかったということか……日本男性は女性好きなどということも聞いたが、早川殿はまさに女性好きな日本男性だったのだろうか」
「ん……主と早川様との会話からも肯定……早川様は性的なことには肯定的でお金で売られたという点にのみ怒っていた……」
「はい、それは烈火の如く怒っていました。胸ぐらを掴んで殴りかかろうとしたところを学さんが止めていました」
「また、豪快な御仁だな早川殿は……」
大和男性で女性に掴みかかり、激怒できる度胸のあるものは皆無である。大抵同じような状況にあった場合、震えているのみである。
「学さんが場を納めてくれました。女性たちに謝罪の機会を与えていたのは驚きましたが」
「ん……日本男性である主が、日本男性の怒りは女性の謝罪で収まると思ったのであればと思って静観した……早川様も怖がったり怒っていなかった……」
男性は女性に近づかれるのを嫌がる上に、特に性被害の場合、フラッシュバックなどのストレス障害の症状が出るのを避けるため近づいて謝罪などもっての外である。しかし、早川と話して性被害と感じているわけではなく、お金での売り買いの部分のみが問題だと思った学習院は気持ちの方を大切にしたのである。
「うむ、やはり学習院殿に知恵を授けていただけたらな……」
外交関係は専門外だからと固辞されてしまったのである。
「考え方や文化が違うというのが大きいと思います。正直にいえば学さんがテレビで経緯や考え方の違いを解説していただければ、国内の問題は一気に解決しそうですが……」
「流石にそれはな……それに関していえば日本大使館から学習院殿に事態の経緯を説明して欲しいと連絡があった。大使館側としては政府からの報告など信用できんだろうしな。表向きは大事件に巻き込まれた日本人保護のための聞き取りとしているが、まあそういうことだろう」
現時点でホームステイに来ている男性は、旅行客であるためこうした問題が起これば日本大使館が保護に乗り出すのは真っ当な動きである。
「もしかすると、日本側が一気にホームステイを引き上げる理由にする可能性も?」
「まあないとも言えないな。日本国は我が国だけでなく大アステカ合衆国を上回る科学技術力を持つ。30年以上の技術力の差があると言っても過言ではないな。しかも国防軍の男女比が15:1で大半が男性だ。どこも攻め込めない最強の軍隊だな」
「戦争目標が男性の保護や確保なのに、男性の軍隊を攻撃できるわけありませんよね……」
この世界の戦争は大半が、男性を保護するという名目で始められる。要するに男性の獲得合戦である。男性を守ろうと声掛けをするとあっという間に支持が取れてしまうので小規模な紛争というのは起きやすいともいえる。なお、今の世界情勢は小国がなくなり、国土または経済的に巨大な国が作られ、比較的バランスが拮抗しているといえる。
「日本政府もこちらのことがわかってきたようで、強気に出始めたな。銀帝国や大アステカ合衆国とも外交を開始している。まあ外交はともかく我々は学習院殿のことを1番に考えて動くしかあるまい」
侯爵が頭を抱えながら締めに入った。その頃、学習院はいつも通りマイペースに政府の出した統計を読み込んでいた。