パーティー後半
迂闊な行動から散々な目にあった早川君と控室を出て、パーティ会場に戻る。早川君の神妙な顔が哀愁漂う。
お通夜状態の早川君を見ながら、パーティー会場の様子を確認すると、二凧と鴻池でなりやら話しているようだ。女性陣は右往左往しているようだ。
「ん……会場内の統率がとれていない……紅音が前に立つので後ろに……」
どこからともなく後ろに紅音がいたのは面白かった。どこにいたんだろうか。たしかに会場がざわめていてる。
そして、私たちが来るとパーティ会場では謎の緊張感が張り詰めてしまった。たしかに早川君が婚姻破棄など言えば暴動の一つでもおきそうなものである。。
席に戻ると、隣に早川君が座った。ガチガチに緊張しているようだ。仕方ないお膳立てしてあげるか。紅音に確認をして、マイクをとってきてもらう。
『どうもパーティにお集まりのみなさん、長宗我部家にホームステイしている学習院学だ。隣にいる早川君とは友人関係にある。今回よばれたのはどうやら早川君が困っていることがあるようだ。大和の女性は優しいので彼の悩みも受け入れてくれることだろう』
マイクで声をかけると、女性たちがざわざわし始める。マイクを切ると早川君に向き直った。
「早川君、誰を呼ぶ?」
「学習院さんありがとうございます。自分も学生団体やってたんで、ここは男を出して行きます」
君の場合、男を出しすぎたからこうなったのではないだろうか。
『えぇ、早川颯人です。せっかく集まってくれて申し訳ありません。大和の文化を知らなくて大きな間違いをしていました。自分にはまだ色々も早かったので、婚姻した人たち全員婚姻破棄してください!』
豪快にいったね、一人ずつ呼んでいくかと思ったら、バッサリと行ったか。今のも録音してあるので、言った言わないにはさせない手配は問題ないだろう。
早川君がそういい終わると会場から悲鳴が上がった。泣き崩れている人もいる。そんな中でまだ婚姻してない人たち、というよりこのパーティでワンチャン狙っていた人もいたのだろう。阿鼻叫喚である。その人たちから「あんなに金を積んだのに」「ビッチなんじゃないの」という声が聞こえてくる。
金を積んだね……鴻池……まあやってるよね。
「紅音、今金を積んだって言っている女性がいたの聞いた?」
「ん……あの金に染めてるドリル……」
「ボクも聞こえました。もし早川様が知らずにやってたなら犯罪です」
目立つな金髪ドリル。そう、当然ながら早川君はお金をもらってないはずだ。さっきそう言ってたからね。終わりだね。早川君からマイクを回収して声を上げる。
『そこの金髪のドリルの女性、今お金を積んだといったけど、それは誰にいくら払ったのかな』
金髪ドリルがえ?という顔をし、鴻池がマズいという顔をするがもう遅い。
「えっと、早川様はお金さえ払えば誰とでもされる方だと聞いてあの一千万ほどお支払いしましたが」
一千万か、一千万は吹っ掛けたように思えるけどね。大和だと妥当なあたりなのだろうか。日本人男性という特異性でそれぐらい払わせたのかな。
『早川君、そうあの女性は言ってるけど、君は知ってたのかな?』
「え?なんのこと?え?一千万???知らないんだけど」
早川君は予想通り知らなかったようだ。その返答で会場がざわめき出す。男性を第三者が売るのは完全な違法だ。ちなみに買う方も違法である。もっとも男性側が自ら結納金いくらなら婚姻するよみたいな交渉は法に触れない。男性と直接交渉、もしくは男性の代弁者が交渉して男性が同意してないとダメだ。
『鴻池さん、ご説明願いましょうか?』
ここの会場にいる人たちは、犯罪に巻き込まれたと思ったのだろう。鴻池に対する視線は冷たい。警戒する紅音に声をかけておく。
「紅音、警察を呼んでおいて、これダメでしょう」
「ん……完全に黒……承知……」
「ボクが呼んでおくよ。紅音は学さんを守って」
たしかに、今のは二凧に呼んでもらう方が良かったかもしれないね。鴻池の様子を見ながら、私たちが連携して動き出すと、鴻池が立ち上がって声を上げ始める。
「私は、私は……早川様の望みを叶えただけですわ!日本ではハーレムがお好みと聞いてそれを叶えたにすぎませんの!」
まあたしかにそれは言ってそうだね。
『それがお金を取ることと何の関係があるの?』
「いえその、ハーレムに危険な女性が混ざってはいけませんので……一定の金額以上を出せる女性を選ぶ必要がありましたの!」
『さて、そう言ってますが、そのいただいたお金はどこにいったのでしょうか。早川君の所に入っているのであれば、なぜ早川君が知らないのでしょう』
一過性の頭の悪い犯罪構造だ。日本人男性のホームステイは1ヶ月だけだ。その後に一度日本に帰りたいと言ったらどうするつもりだったのだろうか。後からお金をもらいましたなんて言ったらこじれるし、言わなければ犯罪である。
「い、忙しかったのでまだお伝えしてませんの。ちゃんと早川様の口座にお金が」「ふざけんなよ!!」
会場にのぶとい怒号が飛ぶ。声の主は早川君だ。
「おまえ、何金で人を売ってんだよ。ふざけてんのか。多くの女性を幸せにしてあげてくださいって言ってたじゃねえかよ!」
そのまま激情に駆られて鴻池の胸ぐらをつかんだ早川君がぶん殴ろうとしてしまう。のちのことを考えると、暴力は不利になるといけないので、無理矢理後ろから羽交締めにするが、早川君の手が凄まじい力で鴻池を掴んでしまい聞きそうにない。非力な私では厳しいところだ。
「紅音!鴻池を剥がして見えない所に連れて行って!」
紅音が無音で鴻池を引き離すと、あっという間に消えていく。あの身長さでなんで運べるんだ。早川君の激怒に委縮したのか周りの女性たちが、おびえ始めている。
「早川君落ち着きなさい。殴っても良いことはない。警察は呼んだ、あの女性は逮捕されて然るべき裁きを受けるでしょうね」
そう声をかけると、ふっと落ち着いたのか、力が抜ける。
「す、すいません学習院さん。ちょっと自分を忘れちゃって」
「いや、怒りは最もだと思うよ。その怒りは裁判や警察の調書に残しておいた方がいいんじゃないかな」
「やっぱ学習院さんはすごいですね。なんというか大人です」
昔、弁護士の知り合いが殴られた方が法的に得だと言っていた。まあ、そこまで合理性を突き詰めて行くとおかしなことだと思わなくもないが、怒りは適切な場所で出すことで最も相手にダメージを与えられる。正直、今はブチギレて殴りそうになっただけで十分なダメージだろう。実際に、この世界の男性が女性に詰め寄ることがないのか、周りの女性たちも青い顔をしている。おそらく、犯罪に加担でもしていたのだろう。
『さて、鴻池による明確な第三者による男性の売春行為が明らかになったわけだが、ご存知の通り売春は売った方も買った方も罰せられる』
そういうと悲鳴が上がる。
『ただ、私の勉強した所によると、今回の買い手は男性が同意していると思っていた。つまり、鴻池を男性の代理人だと思っていたとなるならば話は別である。この場合代理人ではないのに代理人を名乗った、無権代理人と呼ぶがが、無権代理人の働いた詐欺行為なわけであるから、皆さんも被害者と言える」
そうすると、今度は安堵の声が広がる。
『さて、日本だと無権代理人が行った契約においては善意無過失の場合有効であり、そうでなければ無効だ。しかし大和では男性の売春行為に関する無権代理人には特別な法律があり、善意無過失の場合無罪で、悪意があるか、有過失の場合は、有罪である。何が言いたいかというと、今のうちに謝罪しておいた方がいいのではないかな」
善意無過失の証明ってとても難しいのである。知らなかったし知りようもなかったということを言わなくてはならないのだから。まあ鴻池は確定アウトだが、他は不起訴とかになるのでは、後は早川君がどれぐらい被害を訴えるかという部分でもある。もっとも大和において売春行為は非申告罪だけどね。
われ先にではなく今度は並んで、女性たちが謝罪している。やっぱり群がってるのはダメなのわかっているじゃないか。一通り終わると、女性たちがおとなしく隅に帰っていく。なぜか私に謝罪してくる輩がいたが一切拒否した。
そうして、しばらくすると早川君がポツリと話し始める。
「騙されてるのめっちゃショックでした。あんなに綺麗な人なのに……」
今のところ、この国で綺麗でない人にはあったことがないね。まあ中身はどうだが知らないがね。
「見た目の良さはあまり関係ないとは思うけどね。まあ、被害者に言うのはおかしなことだが、早川君がもう少し慎重に動いていればこう苦しまずに済んだという側面はある。なぜなら、私たちは異文化な世界に冒険をしに来たのであるから、危険をなるべく自衛しなくてはならない。もちろん悪意を持って動いた鴻池は論外だが、異文化だから善意で、お金を積んでくるものもいるだろう。よく文化を学ぶことだね。まさにホームステイの醍醐味だ」
そうホームステイとは異文化交流なのである。パラレルワールドで文化が違うのだ。違いを知ること、これが1番面白い。日本で惰性で生きているのとは違うのだ。
「ははは、学習院さん変わってますね。自分決めましたよ。大和で男性の団体を作りたいと思います。騙されないためには知識を共有していかないと!それに他にも知らないことでデメリットがあると思うんです!自分は頭が悪いんですけど、学習院さんとか頭のいい人とか他にも才能を持った人がたくさんいると思うんです。自分たちが楽しくそして女性たちも楽しく、これは両立できると思うんですよ!」
突然早川君がこれが良いというような顔をしている。暑苦しい意識だけ高いタイプかと思ったが、存外大切なことはわかっているようだ。私にはそこまで、高い目標はないが、たしかに男性のグループがあるだけで、情報面でも、力の差も劇的に変わることもあるだろう。良い発想だと思う。特に、長宗我部家の力が及ばない相手ともう一人ぐらい婚姻しておくのが無難だと思っていたところだ。渡りに船である。
「良いんじゃないかな。それこそこうしたパーティも男性が主催して男性の人数が多いパーティを作ってあげれば良い。日本人男性ならハーレムを望むこともあるだろうが、自分で選びたいと考えるだろう。女性にとっても、数人と婚姻することもあるだろうからね。双方向に利益があるだろう」
「はい!団体の名前は今決めました。日本男性の会です。単純なんですけど、たぶん大和に残ろうとする日本男性多いと思うんですよね。なので、日本男性同士の繋がりを意識したら分かりやすい名前が一番かなと思います」
日本が調子よかった時は東南アジア各国に日本町とかできたと聞くから、それに近いことができると良いかもしれない。まあ、あまり目立ちすぎると、日本もそうだが、仲間になろうとするよそ者には優しいが、そうでないと過剰に排除してくることはよくある話だ。
「そうかがんばってくれ」
「何言ってるんですか。学習院さん、学習院さんは副代表ですよ」
2人しかいないのに副代表もなにもあったものではないが……
「では、早川君が代表ということで、副代表はまあ良いものがあらわれたらいつでも交代することにしよう」
「はい!いやあ楽しくなってきましたね。やっとホームステイ始まった感じがします」
今日でちょうど一週間だが、一週間性行為で終わったのか。それは飽きそうだな。
「そういえば、ホームステイ先はどうしたものか。鴻池家はダメだろう」
「しばらく学習院さんのところに置いてもらったりできないですかね。新しいホームステイ先見つけたら出て行きますので」
「二凧は、今警察呼びに行ってるところか。まあ警察が来てから考えよう。最悪、置いてもらえるとは思うよ」
男性を2人置くのが社会的にどうかわからんが、まあいけるだろう。紅音が鴻池を縄で縛り、他の女性に監視させている。現行犯だとしても、逃げる可能性があれば捕縛して良かったんだったかな。まあ男性警護官という職務上、そのあたりのルールは詳しいだろう。
会場を抑えているうちに警察がやってきて、出入り口を封鎖。私と早川君にカウンセラーなのかはわからないが、男性の白衣を着た人物が事情を聞きにきた。2人目の男性である。穏やかな顔をした初老の男性で、背が150cmぐらいしかない。
私と早川君が具体的に内容を説明していると、近くで調書をとっていた警察官が、顔を真っ青にしていた。控えめにいって外交問題だからね。ホームステイに来た男性に売春させました。男性にお金を渡しませんでしたは、日本なら擁護する人はいるかもしれないが、大和では大犯罪になるだろう。
まあ、性別を逆にして考えてみると海外にホームステイにいった女性がホームステイ先のお金持ちに騙されて、無報酬で売春をさせられたという話になるわけだから、大炎上しそうだ。
心配してくれることに、調子に乗った早川君が、爛れた性生活を話していたら、男性カウンセラーが本気で同情したように「辛かったね」といっていたのが印象的である。早川君曰く、最大5人と同時にしたらしい。眼福だったが怖かったとのこと。愚か者すぎる。
私の付き添いできた二凧と紅音以外は30人あまりが、現行犯逮捕でいったん捕まり、事情聴取ということで連れて行かれた模様。早川君は、こうした性被害を受けた人専用のケア施設があるらしく、一旦そこに入院することになった。早川君が大丈夫だからと言っていたが、さっさといってこいと車に押し込んでおいた。
「これは明日の一面をこの事件が飾るかもね」
「はい、間違いなくそうなると思います。鴻池は力はそこまでない財閥ですし、捕まった女性たちもその子飼いのようですから、揉み消せはしないでしょう。むしろ外交問題に繋がりそうなのでどうするか今は頭を抱えてると思います」
鴻池にしてもその子飼いにしても、どうしてこうバレることをやってしまったのだろうか。
「しかしまた、もう少し上手くやればよかったのにどうしてこう焦ってしまったのかね」
「その、これはあんまり男性に言う話ではないんですけど……その日本人男性はその、いい言葉ではないんですけどビ、ビッチだっていう噂があったんです。それで、本当にすぐ出来てしまったから、勘違いしてしまったんじゃないかなと……思います」
ビッチね。なるほど、まあこの国の男性に比べたら性には貪欲なのは間違いないが、フィクションだと思ってしまい調子に乗ったということだろうか。
「たしかに日本は大和国からみたら完全な異文化だし、まさにパラレルワールドなんてフィクションのお話だけど、しかしどんなにフィクションのようでも、これは紛れもない現実だからね。今という現実を見つめないといけないよね」
「はい!そうだと思います……(小さい女の子が好きと言ってくれた学さんは十分にフィクションですだとは思いますが、それも現実なのでしょうか)」
二凧も含めて長宗我部家は本当に優秀な人が揃っていて助かっている。文化の違いに気をつけて欲をかかないところが素晴らしい人物だ。
私が鴻池にいても乗り切れたとは思うが、対応が面倒だっただろう。長宗我部家で良かったといえよう。
会話などを録音していたので、それを証拠として渡すと、しきりに警察の方からお礼を言われた。なんでも、男性に何度も事件の詳細を聞くことはできないらしく、こうした外的証拠をあつめるのが大切だからだそうだ。
食事に関しては、何が入っているかわからないからと紅音に手をつけてはいけないと言われたので、何も食べずに屋敷に戻ることになった。
流石に空腹である。二凧が「報告してきます」と侯爵に話に行き、なぜか用意されている食事を食べていると、珍しく焦った顔をした侯爵が労いの言葉をかけてくれる。
「同じ大和女性が大変すまなかったな。まさかこれほど大胆に行うとは……早めに介入できたのが不幸中の幸いだ。もし精神を病んで自殺などされていたらと思うと……ゾッとする」
日本人男性、ホームステイ先で女性に売られて自殺というショッキングなニュースが大和国だけではなく、世界中に飛び交っていたことだろう。
「日本男性も女性慣れしている人ばかりとはいえませんし、全員が全員メンタル的に強いわけでありませんから」
「学習院殿のようなものばかりでないことはわかっているつもりだ」
普通はもう少し女性好きだろうからね。
「そうですか、話は変わりますが、鴻池のようにお金を稼ごうとせず独占しようとするなら日本人男性も特に文句は言わないことでしょう。一夫一妻制の国で育っているので、ホームステイ先の女性を大切にするという方が受け入れられやすいですね」
「うむ、学習院殿が優秀すぎて忘れがちだが、異文化というのは互いに配慮し合わないと双方が苦しむ羽目になる。特に双方共に自国の文化や常識を押し付けてはいかんということだ。我々は知らねばならんし、学習院殿のようなこちらの文化の違いを把握して教えてくれるものばかりでないことを再認識せねばならん」
まさにおっしゃる通りである。ホームステイをする私が敬意をもって謙虚に接するのは当然のことだが、相手方がこちらの文化に興味を持ち、知ろうとしてくれ、またそこに配慮をしてくれるとより上手くいくことだろう。
「そうですね。やはり平和というのは日々の努力なのだと思いますね。日本という、異分子が来たことで世界中が困惑していると思いますが、日本にとっては運のよいことに、大和国は互いに文化の違いさえ理解さえしてしまえば、言語を同じとする仲間ですので、問題なく交流できるはずなのです。最初だけ少し大変ですがよろしくお願いします」
「……その通りだ。こちらこそよろしく頼む。申し訳ないのだが今日の出来事は間違いなく外交問題になるのだが、知恵を貸してもらえないだろうか」
外交は専門外なのでノーコメントだ。