大和男性初遭遇
小学校、初等教育と分類され、まだ自我の未熟な子どもたちが6年間という長い年月をかけて自我を得ていく過程が見られる悲しくも、愛すべき期間の教育機関である。
子供というのは国と宝というが、特に男性の少ないこの世界においてはより一層の宝ともいえる。人口を維持するだけで精一杯なのだ。子供を大切に育てようともなるのだろう。
そうした意味合いもあり、小学校見学を望んだのだが、早くも小学校見学の日となった。長宗我部侯爵は非常に乗り気である。私個人としても、子どもをどう見ているのか、どう教育しているのかを見ることで、大和という国の本質的な部分が見えるのではないかと期待している部分もある。
上機嫌な長宗我部侯爵に連れられ、護衛としてついてきた、紅音と共に大和教育大学附属小学校についた。こうした研究校は特に、共学の研究校であるらしく、クラスに男の子が混ざっている。
教育を受ける権利は男女共にあるようだ。男にも参政権もあるし、民主主義を採用している国であることも考えれば男女両方に教育は必要だろう。しかし、同一の教育をしておいてなぜ男性がここまで引きこもるのだろうか。
中学生のような多感な時期に、女性から見られる視線というのを気にして、女性不信になっていくのだろうか。そうであれば、その辺りの研究が必要なように思える。
40代前半ぐらいの若手の校長に挨拶され、文部大臣と共に学校内を案内される。既に授業は始まっており子どもたちが静かに座っているようだ。静かに座っているだけで素晴らしいですね。しかもまだ春先であることを考えれば、学年が変わったばかりである。既に学年を超えて教育されているのだろう。
教室を見てみると、廊下から教室が透けて見える作りになっている。どうやら防犯対策らしい。また、先生たちの机が廊下に置いてあるのも驚きだ。休み時間もここで監視して何かあった時に出ていくのだろう。
「校長先生、この学校の作りは日本の学校とは違うのですが、特に廊下から見える教室と、廊下に先生たちの机がある点なんですが、これは本学特有ですか?」
「素晴らしい質問ですね。そうです。これは本学というより、共学校特有の作りですね。見通しを良くすることによって、いじめや教員の犯罪行為を起こしにくくする効果があると考えられています」
満面の笑みを携えて答えてくれる校長先生。突っ込み待ちだったのだろうか。教員の犯罪行為というとこの場合、女性教員の男児に対する犯罪と考えられるだろう。
大和だとロリコンよりもショタコンの方がまずいのだろうか。
「なるほど、日本でも不審者に襲撃された学校が、その後このような防犯の取り組みをしたと聞いていますが、やはり男児を守るという立場からの措置なのでしょうか?」
「その通りです。学校というのは、児童・生徒が安全に安心して通える場所である必要がありますので、外からの脅威はもちろんのこと、どうしても先生も魔が差すということは全くないとは言い切れませんから、もちろん先生たちは素晴らしい、力のある人たちばかりですけども、先生同士で気を付けて、そしてね、なるべくシステムとして起こりにくいよう配慮するというのが必要だと考えています」
実際に先生同士で困ったときにはすぐに呼ぶことができそうだし、見通しがよくなることで、学級王国などといわれる日本の仕組みよりかは開放的なのかもしれない。
「大変参考になりました。質問なのですが、どうしても男の子がいる以上、男性の力というのが必要になってくると思うのですが、男性教員というのは共学校にいるのでしょうか?」
「はい、良いご指摘ですね。男子児童のカウンセリングや性教育そして、男子体育を担当する男子教育教諭という男性専用の教員資格がございます。本学には2名滞在しております」
そんな特殊な男性の役割があるのか。やはり仕事をしている男性というのもいるようだ。ところで、日本で教員免許取ってあるんだけど使えたりしないかな。
「男性教育教諭に合わせてもらえたりはできますか?」
「もちろん、見学に組み込んであります」
そういうと、男性室という見慣れない名前の部屋に通される。そこには白衣を着た儚げな40代ぐらい男性が1人いた。
「紺野先生、日本人男性の見学の学習院さんです」
なるほど紺野先生というのか。身長は160cmちょっとというところだろう。顔立ちが良いが、儚げというかビクビクしているというか。小動物のような印象を受ける男性だ。
「紺野先生、宜しくお願いします」
「はぃ……ども……」
挨拶をしても、気の抜けたような返事が返ってくる。察するに、これは緊張しているのだろう。40代にもなると、経験値が高いのであまり緊張しなくなると思うのだが、なぜだろうか。不思議そうな顔をしていると、校長先生が説明してくれる。
「基本的に男性の前にしか男性教諭は立ちませんので、よろしければ、お二人でお話しされてはどうでしょう」
「ではお言葉に甘えまして」
そういうと、紅音が耳元で囁いてくる。
「ん……何かあったら声をあげてくれたらすぐ入る……」
校長や侯爵が出ていく。紅音は何かあった時のためにドアの近くを陣取ってくれるようだ。
「ふぅ……知らない女性がいると緊張しちゃってね。日本人の男性なんだってね。僕は紺野正文だ。よろしく」
先ほどよりも元気そうに返事が返ってくる。どうやら女性がダメだっただけのようだ。
「日本人でホームステイ中の学習院学です。よろしくお願いします」
「女性相手でも随分堂々としていて、日本だと普通なのかい?」
よく考えれば、文部大臣の侯爵がいたので、緊張していたのか。
「そうですね。正直文部大臣に緊張するというのはよくあることだと思いますが、知らない女性だから緊張するということはないので、まぁ普通ですね。日本だと男女が1:1なので……それより質問してもよろしいでしょうか?どうしてこのお仕事についたのですか?」
「そうか、男女比1:1かきっと女性怯えるなんてことはないんだろうね。いやぜひ、僕は日本に暮らしてみたいね。それで、この仕事に就いた理由かぁ、もう嫌というほど、わかってるかもしれないけど、男性は守られる立場だよね。正直守られないといけないほど、いつ襲われるかもわからない中でビクビクしている。じゃあ男性はどんなものに憧れるのか、大和では月並みなんだけど、ちょっとイカつい男性教諭の漫画があってね。彼は強い男性で、共学校の先生なんだけど、女性からの圧力を振り切って、ズバズバと言い返して行くんだ。男だからって舐めんなよってね。それで、理想とする男女共に住みやすい学校を作っていくんだよ。【Great Teacher man】っていう漫画なんだけどね。まあそれに憧れてね。もっともも僕の力では主人公のようになれそうもないが……」
グレートなティーチャーの漫画に憧れてというわけか。なるほど、スーパーティーチャーな漫画にあこがれてというのは、日本でもとても多い理由だ。
「立派だと思います。私は大和にきて、働かなくて暮らせるならラッキーと思ってましたからね」
「へぇそう考えるのか、でもね、男性は家に籠ると女性が増えていく可能性があるからね。外に仕事で出ていた方が夜も誘われにくいし、隙も少ないと僕は思っている。実際、お給料は非常に良いからね。稼げる手段があると強いと僕は思っているし、できれば男の子たちにも伝えたいなと思っているんだ。共学の大学は大変だったけど教諭になれてよかったと今は思っているよ」
なるほど、家に篭っているとその家で同居している女性の権力が増していってしまうわけか。しかも、経済力の差はそのまま力の差になるからね。そして、家にお呼ばれした女性の相手をさせられると……ままならないものだ。
「大変貴重な話をありがとうございます。実は私は、日本で教員免許を持っていまして、ぜひ教員のお話を聞きたかったんです」
「なんだって?日本の教員だったのか。通りで学校の見学に来ていると思ったよ。日本の教員免許が使えるかはわからないが、日本だと男性教員は何をするんだい?」
実は小中高の教員免許を持っている中学は社会で高校は公民免許だ。教員養成系の大学だったからね。教員になるつもりはあまりなかったが……
「小学校に関していえば学級担任制なので、男女かかわらず全部の授業を教えますよ」
「なんとそれはすごいね……こっちでも教員に?」
私的には、教員よりも人に何かを伝える仕事全般に興味があるし、小さい子は万が一があるのであまり相手にしたくない。
「いえ、教育系のライターだったので、こっちでは日本と大和の違いを男性目線で本にまとめたいなと」
「あぁなるほど、いいね。素晴らしい取り組みだと思うよ。アクティブな男性は歓迎されるからね。特に、日本がどんな国かを知りたい人は多いから大人気になるとおもう」
大和男性からのお墨付きはありがたい。大和男性は褒めないとは言っていたが、こうして話してみると全く日本の男性と変わらない印象だ。自衛のために褒めないというのが実情に近いのではないだろうか。
「ありがとうございます。それで元々教育系なので学校の違いはぜひまとめたいと思ってました」
「僕でよければすぐ質問に答えるよ。あっ電話番号はあるかな。連絡先を交換しよう」
電話番号を交換する文化は懐かしいな。カインがない時はまだそうだった。電話はあるがインターネットはないのが今の大和だ。私のスマホは電話が使えるカメラとメモ帳である。これだけでもかなり便利であるということに最近気づかされたね。
「ありがとうございます。今から授業を見学するのですが、紺野先生は授業とかは見られたりするんですか?」
「そうだね。僕らも男子の体育をするからね。研究授業の時は見に行ったりするよ。まぁ女性の先生がしているところは全くないね」
まぁ女性ばかりのところは見に行ったりしないか。
「よかったら一緒に見学してくれませんか?男1人より2人の方が安心しませんか?」
「確かにいいね。やあ学習院君は不思議な人だね。女性ばかりのところで見学なんて気が滅入るだけなのに、面白そうに思えてくるよ」
全く違う常識があるのに、とても似ている世界なんて面白いものだ。やはり、多くの人にこの楽しさは知ってもらいたいね。
「本来、知らない場所をみることは面白いことだと個人的には思ってますから」
「ははっ、君が書く本のあとがきに今の言葉を入れてほしいね」
「いいですね。【知らない場所を見ることは面白いことだ】から始めるあとがきとかにしてみましょうか」
「いいじゃないか。それより次の授業を見るのだろう。そろそろ出ないと、チャイムがなるよ」
そう話終わると共にキーンコーンカーンコーンと全く日本と同じチャイムがなる。実はこれ、終戦後に取り入れられたもので、曲名は【ウェストミンスターの鐘】だ。イギリスの時計台の鐘の音である。きっとこの世界では銀帝国の時計台の鐘の音がこれなのだろう。
「本当ですね。行きましょう。紅音、きて」
そう声をかけると紅音がさっと、音もなく扉から侵入してくる。音は出してもいいと思うんだけどね。「侯爵たちを呼んできて」と伝えると。
「ん……呼んでくる……」
そう言って素晴らしいスピードで消えた。
「びっくりした子どもが入ってきたのかと思ったよ。それにしても、忍者の男性警護官でをつけてるんだね。信用できるのかい?」
ということは男性警護官は信用できないものなのか?
「やっぱり、男性警護官って危なかったりするんですか?」
「いや、それなりにしっかりているよ。ただ20年前ぐらいだったかな。大きな事件があってね。それに男性警護官か関わっていたものだから、今ではそこまで信用があるとはいえないね」
紅音が信用にこだわっていたのも、この事件をこちらが知っていると思ったから必死だったのかもしれないね。
「そうだったんですね。私としては無報酬であなたのために頑張りますといったところが信用できなかったので、報酬として毎日、頭撫でてたら大丈夫かなと思っているんですが、大和の男性視点的にどう思いますか?」
紺野先生は非常に助かる存在だな。やはり、無理にでもこの国の男性と話す機会を作っておかないといけない。
「あぁ、たしか昔に一世を風靡した忍者がでてくる漫画であるやつだね。アニメにもなって、映画にもなったと聞いたよ。僕的には、すごいことやるねという感想かな。やっぱり、なんだろう、男性が女性の頭を触ったりしないんだよ。普通に怖いし、気持ち悪くないかい?」
気持ち悪いという感覚はないが、どうだろうか。嫌悪感がある行為ということなのだろう。たしかに、日本だと女性が知らない男性から頭をなでられたら普通に通報だからね。
「そうなんですか?その辺りはあまり感覚的にわからないところですね。まあ、これで裏切った日には外交問題にまで発展すると思ってもらえれば下手なことはしないと思ってますよ」
「随分と強いね。たしかに、男性が女性の望むことをしてあげて、その女性がそれを悪用しないなら良い関係になるんだろうね」
そう言って遠い目をしている。この世界の初めての男性だが、決して弱い人でも悪い人ではなく、自分なりにできることをしながら、のらりくらりと生き延びるそんな強かさのある男性だと思う。
「学習院殿、随分と盛り上がって話したようだな」
侯爵がガハハハという声が聞こえてきそうな様子で、やってくる。随分とご機嫌な様子だ。
「大和の男性は初めてですのでつい盛り上がってしまいました。次の授業はぜひ見学がしたいので、紺野先生一緒にいきましょう」
「あぁ行こうか。校長先生、男性が1人だと心細いことでしょうし、僕も同行させていただいてもよろしいですか?」
紺野先生が先ほどの緊張で震えた声とは違う、はっきりとした声を出す。
「紺野教諭?も、もちろんです。素晴らしい心遣いだと思いますよ」
紺野先生の発言が予想外だったのだろう。校長先生が慌てているが、学校にとって何ら不利益がないので、文句は言えないだろう。紺野教諭のいうグレートティーチャーはきっとこんな感じだったのではないだろうか。
「校長先生、紺野教諭はグレートなティーチャーでしたよ。このような素晴らしい先生とお話するお時間を作っていただきありがとうございました」
そういうと、紺野先生は苦笑交じりに「学習院君は面白いことを言うね」と嬉しそうに答えた。
仲良く話しながら廊下を歩く私たちを校長と侯爵が不思議そうにみていた。
よく学校の先生といいますが、同じ先生でも、教諭と養護教諭(保健室の先生)と栄養教諭は資格がバラバラなんですね。大和でも男子教育教諭も教諭とは別の資格です。教員養成大学で専門のコースがあります。