帝京大学
今日は大学見学ということで、久しぶりに大学に入ることになる。大学と院時代が懐かしい。同じ大学の大学院だったので、同じ敷地に小学校と同じ6年間もいたのだ。大学という場所そのものに懐かしさもあるというものだ。
久しぶりの大学生気分で、随分と早起きをしてしまった。修論・論文発表会うっ頭が...
さて、そんな苦行は忘れて、今日は朝から二凧と一緒に登校するのだが、それにしても早い。
食事を取ると、男性警護官の蜂須賀紅音も同行している。小さい上に影のように付き添っているので、意識していないと忘れてしまいそうだ。吉田さんは男性警護官がいるからということで大学内にはついてこず、運転だけしてくれるようだ。吉田さん曰く、紅音さんは男性警護官の中でも極めて優秀な成績かつ実績をお持ちのようで暴徒が出てもすぐに鎮圧できるらしい。
帝京大学であるが、赤茶色の建物に丸時計というどこかで見たことがあるような建造物となっている。二凧は二年生のようで、4月2日生まれのようだ。なんともギリギリである。
既に誕生日を終えているということでプレゼントを渡すことは難しそうだ。最も、この世界で男性からプレゼントを渡す意味がどのようなものなのかわからないので注意が必要だが……
また、他の女性に私がフリーの男性だと思われてはいけないということで、二凧と手をつないで歩くことになった。なるほど手をつなぐのは、手を出してはいけませんよという意味合いだったのか。これで、初日の迎賓館での出来事の意味がわかった。
「今日は教授の許可を取ってあります、男性社会学の講義の傍聴をしてその後、学内を案内したいと思います」
社会学か、統計などの科学的アプローチを使用して社会現象の法則を分析やモデル作りをする学問だ。
「男性社会学は日本ではない学問だから気になるところだね。よろしく頼むよ。紅音さんも何か危険があったら直ぐに教えて」
「ん……御意……」
左隣に身長140cm、後方に身長135cmと圧倒的に小さい。小学生の付き添いのようになっているが、付き添われているのは私である。たしかに小さい女性が選ばれない理由がわかった気がする。男性は外に出るにしても、子どものように守られる存在。つまり、男よりも大きい女性その方が心理的安心感があるのだろう。
そして気のせいかもしれないが、身長170cm以上ある女性が多くいる気がする。もしかすると女性平均身長が日本と異なるのかもしれないね。
大学構内は至って普通の大学である。国立大学はどこも似たような感じなのだろうか。日本の大学となにも代わり映えがしない。女子トイレしか存在しないことが唯一の違いだろうか。よく思い出してみると、大抵どこの施設でも男子トイレは離れた場所に単独であり、非常に豪華である。防犯ベルなども備え付けられており防犯意識が高いことがわかる。ちなみに、小便器なるものは存在しない。トイレ一つでも歴史や文化があるのだろう。ちなみにトイレはT〇T〇である。
本日、見学というか傍聴をさせていただく教室にたどり着く。少し大きめの教室だな。大抵後ろの席から埋まっていくタイプの教室である。
「何かあってはいけないので、一番前の出口側の席を用意してあります」
「見させてもらっている立場だから、二凧が妥当だと思うところでお願いするよ」
私たちが扉側の前を確保すると、やる気の違いなのか、前から席が埋まっていっている。横と後ろには二凧と紅音さんが座り、近くに他の人が寄らない措置まで完璧である。
見事なまでに女性一色だ。これだけ集まると気持ち悪いと感じるところもある。なるほど、この世界の男性はこの環境化で育ち、女性に対しての積極性が薄れていくのだろう。
そんなことを考えていると、年配の女性が入室してくる。時間ぎりぎりに来るタイプの教授なのだろう。
「えー本日は日本国の男性が見学に来ております。男性学の講義を男性と一緒に考えることができるという非常に有意義な時間となるでしょう。本講義では少し内容を変えまして、男性学で注目されている銀帝国での統計データを用いて、大和の統計と比較検討から男性学の捉え方を学んでいってもらおうと思います」
これぞ大学の講義って感じだ。うんうんいいね。これは貴重な資料だな。こういう内容なら、男性学で調べて勉強するのもありだね。それに、体験記となるけど、なるべく学術的な視点も入れて、日本と大和の文化の違いをまとめて本にするのがいいな。
うん、しばらくの目標はそれでいいだろう。
「銀帝国ではブラウン政権以降、男性が男性らしく生きるという標語の元、男性の力が発揮される場所の開発がされてきました。参画という言葉がよく使われましたね。具体的には、男性関係部門をまとめ上げ地域統括部局を作り、そこに情報が集まるようにしたのです。保護と参画の一体化を目指した行政作りと言えるでしょう。銀帝国は我が国と政治形態において近い国ですので、女王自らパートナーである王配の意見を聞いたり、王配自らが趣味を語る場を作るなど、立憲君主制の良いところを使ったと言えます」
この大和国でもそうだが、天皇や女王は限定的な君主である。政治に関わらないが、いわゆる道徳的に望ましい姿というのも見せる役割がある。特に男性への声掛けなどを見せるにはうってつけの役割だろう。戦前の日本の君主制はもう少し権限が強かったように思えるが、どこかで銀帝国のモデルをまねしたのか、弱くなっている。
「こうした政策の成果かはわかりませんが、実際に統計データとしてみると、男性の外出率が上がり、婚姻率、そして自然生殖率が上がったとことが、この10年のデータから読み取れます。自然生殖の方が人工授精に比べて男性の生まれる割合がかなり高いと地域問わずマスデータにより明らかになっていますので、世界各国の政策において、自然生殖をいかに促すかというのが一つの課題でした」
男が産まれるか女が産まれるかは、女性側や男性側の興奮で変わるなどという眉唾な話もあったが、この世界では間違いなく自然生殖の方が男性割合が高いようだ。
しかし、日本ではこれからも、産まれる子どもが男女比が1:1なのだろうか。もし、男性側が日本人で女性側が異世界人だった場合生まれてくる子の男女比はどうなるのだろうか。もし、男女比が変わるのであれば争奪戦が始まりそうだ……
「ではいつも通り近くのメンバーでグループを作り、銀帝国と大和国のデータから読み取れることをまとめ、その違いを政策などから変数として探し出して考察してもらおうと思います」
データと睨めっこしていたらあっという間に時間が過ぎ去っていたようだ。いやぁじつに興味深い話だった。銀帝国はかなり気になるところだし、おそらく政策の可否よりも、日本男性の感覚と相性が良い。ハーレム希望で英語が話せたら銀帝国といったところか。
「学さん、どうでしたか?」
「面白いね。男性学、たしかに男性をどうするのかは国家戦略となるわけだから、男性そのものの行動や男性周りの政策という事象を社会学という観点からみるというのも必要となってくるよね。銀帝国の戦略も良いと思う。男性目線で考えると魅力的だと感じたね。おそらくだけど、英語が話せる日本人もいるから、そういう人はそちらに行きたがってもおかしくない」
「なるほど、学さんがそういうのであれば、銀帝国の政策は日本男性目線から見ても良さそうというのは非常に重要な視点になりそうですね」
二凧と2人でワイワイと盛り上がっていると、いつの間にやら近づいてきていた教授がこちらの話を聞いている。ガン見といつやつだ。露骨すぎる。
「主……教授が見てる……排除?」
危険即排除の思考は合理的かつ素早くて実に結構だが、今は研究者のサガとして男性の意見が貴重だから聞きたいだけだろう。
「いや排除はしなくても良いよ。男性の意見というのが貴重なのではないかな」
「失礼しました。非常に貴重なご意見なので、ご負担でなければ発表していただくなどできますか?」
傍聴の立場なので、お返しになるのであれば意見・感想を述べるのはむしろ、見学させていただいた者として当然であろう。
「もちろん構いませんよ」
「では、みなさん静粛に、日本男性の方が発表していただけますので」
教授がそういうと、耳が痛いほどの静寂が広がる。論文発表の時を思い出して発表しにくいのだが……まぁおそらく教授が聞きたいのはこういうことだろう。
「ご紹介にあがりました。日本からホームステイで来ています学習院学と申します。男性の視点から男性学をということでせっかくなので、異なった視点が提示できれば幸いです。銀帝国の男性の意見を聞く、男性を社会に参画させるという政策ですが、日本において男性はそもそも幼い時から男女共に社会で自立した人間となるべく教育が行われます。教育基本法でも人格の完成を目的としております。そのため意見を聞かれるのはもちろんのこと、意見を自ら発信するというところまでできないといけないというのは、大和女性と同じだと考えられます。民主主義社会において有権者となるわけですから自ら考え、自ら選択できるというのは必須の技能となります。なので保護されなれてない日本人男性からすると銀帝国の政策は自主性を尊重してくれない保護だけの政策よりも、好ましく映ると予想されます。もちろん安全面の観点や、財政面での観点からすると、大和国の政策も決して悪いものは言えませんが、日本で暮らしてきた感覚からすると、対等に扱ってもらえる場面がある方が、積極的になるというのは感覚的に同意できます。最後にこれからの政策という意味では、言語を同じくする男性が多い国、日本との関係を中心に政策を作らざるを得なくなるのではないかと予想されるので、銀帝国の考え方を参考にしつつ、実際に日本人男性に聞くというのが適切かと思います。以上です」
大学での発表を思い出す、良い時間であった。教室から拍手が鳴り響く。発表としては凡庸でも男性がするということで付加価値がつくとはなんとも楽なものだ。
「えーじつに素晴らしい指摘でありました。ポイントとして、今後の男性学として日本という国を無視することはできないということです。幸いなことに日本の男性は研究に熱心なようで、大和国との交流も始まっております。こうした意見を出していただけることは我々にとっても良い刺激となることでしょう。学習院さんありがとうございました」
やはり大学は楽しいな。勉強だけが好きな人は大学がおすすめである。好きな勉強ができるのは魅力的だ。新しい知識よりも既存の知識をまとめていくことも必要だと思う。
「学さん、男性視点で日本人というのを利用した良い指摘だったと思います。流石です」
隣に座っている二凧が声をかけてくる。二凧ぐらい賢い人に言われるともちろん嬉しいものだ。
「役に立ったなら幸いだよ」
「男性が公に意見すること自体が稀ですから」
結局のところ、周りの女性たちが男性のことを男性以上に詳しくなろうが、男性視点というのは男性の方が持ちやすいという現状は変わらないので、今後は必要になってくるだろう。
「これからは増えるだろうから、そんな珍しくなくなると有難いね」
「主……後ろの人がグループ漏れたから入れて欲しいと……処す?」
処すってなんだよ。物騒だね。
「グループに入れる程度のこと、二凧がいいならいいけどね。私は見学なので」
「そうですね、よく考えたら、今実質グループなしでした。大丈夫でしたらグループになってもらいましょう」
そういうと紅音さんの隣に女性が1人やってくる。眼鏡の暗めの女性だ。
「すいません。大森希ヰです……」
「学習院学です。どうもよろしくね。と言っても見学なんだけどね」
帝京大学にいるのだから、おそらく賢いのだろう。もっとも、受験勉強ができることと、コミュニケーション能力があることは全くの無関係だが。
「長宗我部二凧です。よろしくお願いします。大森さんですね」
「それで二凧はどういうレポートの予定なの?無難に銀帝国のデータと大和国のデータを丁寧に比較する感じ?」
「いえ、この先生はデータさえしっかり扱っていれば変わったものでも許可されるので、日本国の話を入れたいと思います」
そういう教授いるよね。無難にまとめても面白くないし、データの扱い方を見るのがこの講義の目的なのだろう。
「そういうことなら日本のデータあるよ」
「えっ本当ですか?」
データってたくさんあればあるほど安心感があるからね。
「元々、ライターをしていたから政府の公式データはかなりダウンロードしてあるからね」
「あっあの……」
そういって大森さんだったかな。真面目そうな女性が手を挙げる。
「どうしたの?」
「私は比較文化史を専門にしようと思ってるんですけど……あの良かったら日本の漫画とかを見せてもらうことはできますか?」
なるほど、漫画か確かに電子書籍で何冊か入れてある気がするが、それよりも交易が始まれば嫌でも見ることができるだろう。それにどういう目的か真意はわからないからね。
「今は持っていないから無理かな。そのうち漫画などの書籍も貿易が始まれば入ってくるようになるんじゃないかな?」
「そうです。今は、レポートのまとめが優先です。関係ない個人的なやり取りは控えてください」
「ん……大和の男性だったらこれで訴えられてもおかしくない……」
それは大和の男性が虚弱すぎるだろう。この程度適当に会話であしらうものだ。おそらくだが、男性とお近づきになりたい女性はいくらでもいるし、そのたぐいなのだろう。よしんば純粋な心で来たのだとしたら、残念なことに漫画関係のデータはそこまで持っていないのでお役には立てないのである。
「ひ、ひぇす、すいません……」
すごすごと頭を下げて食い下がる。これが一般的な女性像ということだろうか。どちらかというと日本で言うと童貞オタクっぽいような気もする。いまいち掴みずらいね。
「とりあえず意見をまとめようか」
そんな話をしていると講義が終わってしまう。実に楽しい時間であった。
二凧は次の講義がないようなので、学内施設を見て周り、研究室なども見させてもらった。何度か教授から娘を紹介されかけたが、無事紅音によって撃退されていた。孫を進めてくるおばあちゃんみたいな反応はやめてほしいものだ。
やはり男性学がかなり特異だが、他に珍しいものは特に見当たらない。
パソコンがないのでどうやってレポートを完成させるのかと思いきやどちらかが書いてくることになるそうだ。ちなみにワープロはあるらしい。
ワープロの世代ではないので始めてみたが、不便そうに感じられ、私も現代技術文明に染まりきっているのだとわかり新鮮だった。
帝京大学が存在することに後から気づきましたが、東京大学の役割に位置している大学なのでなんら関係はありません。