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魔王に愛を、勇者に花束を  作者: 貴堂水樹
第一章 勇者の死
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3-2.

 正門のゲートの前までやってくると、守衛を務める初老の男性に「おはようございます」と挨拶された。首都学園高校の守衛は二人いて、昨日の夕刻、翼の遺体を最初に見つけたのはそのうちの一人だと聞いていた。名前も聞いたような気がしたが、よく覚えていなかった。

「大変でしたね、昨日は」

 生徒カードをタッチしてゲートをくぐると、門番をしている守衛に声をかけられた。

「からだのほうは、もう大丈夫?」

 話しぶりから、どうやら彼が昨日翼の遺体を発見した守衛だったらしいとわかった。紺色の制服の胸に「武部」と書かれた名札がつけられている。ぼんやりとした記憶が蘇ってきた。そう、確かそんな名前だった、羽柴が口にしたのは。

 そこまで思い出して、太樹はハッとした。

 すっかり忘れていた。昨日の夜、久しぶりに魔力をぶっ放して教室をめちゃくちゃにしてしまったのだった。

「あの、教室は」

「はい?」

「204教室、どうなりましたか」

 あぁ、と守衛の武部は好々爺然とした笑みを浮かべた。

「大丈夫ですよ。あのあと、政府のお役人さんが大勢お見えになりましてね。きみが壊してしまった窓も扉も、一晩できれいに直してくださいました。夜中だったというのに、どこからか職人さんを呼び寄せたようで」

 派手にやりましたねぇ、ハハハと武部はなにごともなかったかのように笑った。太樹を未来の魔王と知りながら、こんな風に朗らかに話しかけてくれる人は珍しい。大多数の人間は、太樹と距離を取りたがる。

「昨日、翼を見つけたのはあなただったんですよね」

 武部が両手を広げてくれているように思えて、太樹はついそんなことを尋ねてしまう。

「あいつ、どんな風に死んでいたんですか」

 なんのことですか、と武部が言ってくれることをほんの少しだけ期待した。誰も死んでなどいない。あと数分もすれば、翼もいつもどおり登校してくる。そう言ってほしかった。

「居眠りをしているように見えたんです」

 武部は声のトーンを落とし、しわの多い顔に深い悲しみを映して答えた。

「テスト勉強に疲れて、つい机に突っ伏して寝過ごしてしまった。テスト期間中にはよくある光景なんですよ、最終下校の見回り中にそんな生徒さんを見つけるのは。ですから、あの子もそうだと思ったんです。机にはテキストや文房具が載ってもいましたのでね。ですが……」

 実際にはそうではなかった。翼の背中には刃物が突き立てられ、声をかけても微動だにしなかった。伏せられた顔を見る勇気はなく、慌てて職員室へ応援を求めに走った。脈や呼吸の有無を確認し、警察や救急に連絡したのは羽柴と養護教諭の女性だった。そこまで話し、最後に武部は力なく首を横に振りながら「かわいそうに」とつぶやいた。

「恐ろしいことです。殺人だなんて。いったい誰が……」

 ゲートをくぐった女子生徒二人が武部に「おはようございます」と挨拶をした。武部も笑顔で挨拶を返し、太樹は静かに頭を下げて武部の前を離れた。

 校舎に近づくにつれて、翼の話題が耳に触れるようになった。誰かが教室で死んだらしい。殺人だって聞いた。犯人は、魔王かもしれないって――。

 本館を目の前にしたところで、太樹の足は動かなくなった。通り過ぎていく生徒たちの視線が痛い。

 誰もが太樹を犯人だと決めつけているようだった。中学時代から翼は「魔王とつるんでいる変わり者」と噂されていて、そんな男が死んだとなれば太樹の仕業だという短絡的な考えが広まっても不思議ではない。翼が『勇者の剣』の継承者だということはほとんど知られていないのだ。翼が死に、魔王を倒せる唯一の武器が行方知れずになってしまっていることも。

 一瞬で気分が悪くなり、やっぱり休めばよかったと後悔しつつ顔を下げて立ち止まっていると、前方から高い足音が聞こえてきた。誰かが走って近づいてきている。

 すぅっと顔を上げた瞬間、左頬に激痛が走った。

 誰かの丸めた拳におもいきり殴られた。突然のことに驚きながら、太樹はよろめいて後退する。

 容赦のない相手だった。相手は太樹の首根っこを乱暴に掴み、今度はみぞおちに膝蹴りを食らわせる。太樹が鈍いうめき声を吐き出し、両腕で腹をかかえて前屈みの姿勢になると、最後の一撃、細い右足による後ろ回し蹴りが太樹の右の首筋にクリティカルヒットした。

 軽く吹っ飛び、太樹は勢いよく地面に倒れ込む。からだのあちこちに走る痛みが強烈で、息ができない。

 腹をかかえたまま動けずにいる太樹を、相手は強引に転がして仰向けにした。ガッ、と乱暴に胸ぐらを掴まれ、こっちを見ろとばかりにぐいと引っ張り上げられる。

「よくも」

 絞り出すような相手の甲高い声に、太樹はようやく目を開けた。

「よくも、翼くんを」

 誰だかわからないうちに襲撃を受けたが、まさか女だとは思わなかった。

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