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魔王に愛を、勇者に花束を  作者: 貴堂水樹
第三章 剣の行方

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2-3.

「先生」

 まだどこかに希望のかけらを探すように、太樹は羽柴に回答を迫る。羽柴は太樹をにらむでもなく、さらなる反論をくり出すでもなく、細く息を吐き出しながら眼鏡のブリッジを押し上げた。

「加賀のことは、うまく騙せたつもりだったんだがな」

 わずかな後悔をにじませ、羽柴は犯行を認めた。もとより逃げきるつもりはなかったのではないかと思えるような口調だった。目的は達成した。見抜かれたらそのときだ。そんな風に考えているような。

 動揺のかけらも見せない羽柴の姿は、太樹にも落ちつきを取り戻させた。怒りに昂りかけた心が少しずつ鎮まっていくのがわかる。

「有野芽以を殺していなかったら、俺たちも騙されたままだったかもしれません」

 太樹が言うと、羽柴は「ほう」と興味深そうな目を太樹に向けた。

「意外だな。あの子を生かしておくメリットがこちらにあったとは思えないが」

「だとしても、殺すタイミングだけはもう少し考えてもよかったんじゃないですか」

「というと?」

「翼が殺されてすぐにあの子も殺されたでしょ。そうなると俺たちは、二つの殺人を結びつけて考えないわけにはいかなくなる。翼と有野の間に接点はなく、翼の次に有野が同じ方法で殺された。順序から考えて、有野が翼殺しになんらかの形でかかわっていることは明白です。じゃあ、あの日有野は翼殺しとどうかかわっていたのか。それを調べていくうちに、例のアリバイトリックにたどり着いたんです」

「有野が翼を殺したのではなく、有野は目撃者だったということに気づいたわけか。俺が翼を殺すところをあの子が見ていたのではないかと」

「はい。翼が殺された日の有野のスマートウォッチの記録をたどったら、有野は午後五時十二分から約六分間、守衛室のある南館一階の廊下で立ち止まっていました。彼女の位置情報が六分間動かなかったその場所はちょうど205教室の向かい側で、教室の中が覗ける位置だった。それで気づいたんですよ。有野は立ち止まっていた六分間のうちに、205教室で起きた惨劇を目撃したんじゃないかって。さらに、彼女が立ち止まり始めた時刻が五時十二分だったことが、あなたの使ったアリバイトリックの存在に気づかせてくれた」

「アリバイトリックか」

 クツクツと羽柴は喉の奥で不気味な笑い声を立てた。

「そんな高尚なものでもないだろう、あの程度の小細工は。ふとした思いつきで実行してみたに過ぎないし、結局あの子に見られていたのだからなおのこと意味を為さなかった」

「それこそ偶然の産物でしょう。自分の立ち振る舞いは計算できても、他人の行動は予測できない。あの日、あの時間、有野が守衛室を訪ねることなんて有野本人以外には誰も知りようがなかったことだし、彼女がそうしていなかったら、俺はあなたが翼を殺したことに気づけないままだった。全部、偶然です。あるいは、あの日あなたが翼を殺そうと決めたことも」

 羽柴は穏やかな微笑を浮かべ、「偶然か」とつぶやいた。

「まったく、妙なところで足がついたものだ。有野芽以など、俺が当初描いたシナリオの登場人物ですらなかったのに」

「シナリオ? あんたが翼を殺したのは、あの日突発的に思い立ってやったことだって思ってたけど」

 犯行当時の様相が明らかになると、二件の殺人がどちらも突発的におこなわれたものだということがよくわかる。翼殺しの際に用いられたアリバイ工作は、あの日太樹が翼に向けて無駄に魔力を使い、加賀が翼に確認の電話をかけることになっていなければ成立しなかったものだし、有野殺しについては言わずもがな、有野が羽柴の犯行を目撃したことに加え、有野のほうから羽柴に近づいていなければ起こり得なかったことだ。

 それとも、羽柴はもともと翼を殺すつもりでいたということか。翼を手にかけることが既定路線だったという意味でシナリオという言葉を使ったのだとしたら、有野芽以が彼にとってイレギュラーな存在だったことはうなずける。

「突発的か」

 羽柴はゆっくりと足を踏み出し、窓際に歩み寄る。あかい西日の差し込む窓から外の景色に目を向けると、彼は落ちついたバリトンボイスで語り始めた。

「翼のことは、いつか殺さなければならないと以前から思っていたんだ。きみの中で眠る魔王が復活する前にな。だが、有野のことは本当に計算外だったよ。証拠を残さないよう気をつけたつもりだったが、それだけでは気配りが足りなかったようだ。さすがだよ、鬼頭。たいした洞察力だ。賢い子だとは思っていたが、これほどまでとは」

 目を合わせて褒められたけれど、心はまるで躍らなかった。西日に照らされる羽柴の横顔にできた影が、本来の色以上に黒く見えて気味が悪い。

「脅されたんですか、有野に。だから殺した?」

 訊いておきながら、愚問だったかもしれないと即座に思った。羽柴の顔に冷笑が湛えられる。

「金をせびられるだけなら許せていた。だが、あの子はそれ以上のことを求めてきた」

「それ以上?」

「三日に一度でいいから、俺の家に泊めてほしいと言われたよ。冗談じゃない。家庭に居場所がないのかなんなのか知らないが、あの子はこの学校の生徒だ。ただの家出少女を自宅に招くことも問題だが、仮にも務め先の生徒をかくまうなどあり得ない。そんな理由で捕まることになるくらいなら、殺人罪で検挙されたほうがまだ清々しいと思わないか、鬼頭。どうせ翼は殺すつもりだったのだから」

 羽柴が言い終えるよりもわずかに早く、太樹は羽柴のもとへ駆け寄り、胸ぐらをつかみ上げた。

「なんで殺した」

 ワイシャツに深くしわが刻まれるほど強く拳を握る。

「どうして、翼を」

 翼のことは殺すつもりだった。羽柴の口からこうした言葉がこぼれるたびに、底知れぬ怒りがふつふつと腹の奥で育っていくのを感じていた。

 いつから考えていたことだったのだろう。翼を殺し、この男はなにを成し遂げようとしていたのか。

「離してくれないか」

 穏やかにそう言った矢先、羽柴は太樹の首根っこに両手を添えた。突然のことに一瞬怯んだ次の瞬間、腹に衝撃が走った。

 羽柴の右膝が、太樹のみぞおちに深く食い込む。太樹は声にならないうめき声を上げ、強烈な痛みの走る腹をかかえてその場に膝からくずおれた。

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