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魔王に愛を、勇者に花束を  作者: 貴堂水樹
第三章 剣の行方
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1-3.

 だからこそ、有野は殺された。殺人を目撃し、その犯人に近づいたせいだ。

 階層こそ一階と二階で異なるが、有野の位置を示す点は、翼の殺された現場である本館二階の205教室が真正面に見上げられる場所だった。詳細には、205教室の前方、窓から教室を覗くと前から二番目の席をちょうど真横から見られる位置。翼の座っていた前から三番目の席はすぐ後ろに柱があって真横からではからだの半分ほどしか見えそうにないが、有野の立ち位置は少し前方へズレており、席につく翼の上半身は全部見えていたに違いない。

「有野はこの場所でたまたま殺人を目撃し、ショックでしばらく動けなかった。そう考えれば、こんな中途半端なところで五分以上立ち止まっていた理由にもなんとなく説明がつきそうだろ。急に体調が悪くなったって可能性ももちろんあるけど、だとしたら守衛室が目の前なんだから戻れば誰かの手を借りられるし、少し廊下を行った先には保健室もある。けど、有野がそういう選択をしたという記録はないし、このあとまっすぐ多目的教室へ戻っていることを考慮すれば、体調不良で動けなかったわけじゃないと思う。だとすると」

「彼女は翼くんが刺し殺される瞬間を目撃し、足が震えて動けなくなってしまった。そういうことですか」

 太樹の言葉を引き継いだ美緒に対し、太樹は「たぶんな」と短く返す。美緒は納得したようにうなずくと、守衛室から廊下へと出て、有野が立っていたと思われる場所へ向かって駆けた。本当に犯行が目撃可能だったかどうかを自分の目で確かめるつもりらしい。

 一緒になって廊下へと出た太樹や西本を美緒は振り返り、検証結果を告げた。

「確かに、この位置からなら翼くんの席が前方斜め左から見えます。翼くんは背中を刺されていましたから、犯人が立っていたと思われる場所はちょうど柱の陰になる位置。おそらく犯人は対岸にあるここ南館二階の職員室からの目撃を避けるため、自らのからだを限りなく柱に近づけた上で翼くんを刺している。ですが、いくら柱に身を寄せていたとしても、一階のこの位置からなら完全に見えなくなるということはあり得ません。背中を刺すとき、犯人はどうしたって翼くんに一歩近づかなければなりませんから、斜め前、それも下からのアングルなら犯人の顔まではっきりと見えたはずです」

 美緒の指摘に同意しながら、太樹は美緒のすぐ隣に歩を進め、廊下の窓越しに本館の205教室を見上げた。

「有野がどこからどこまで見ていたのかはわからない。ナイフを手にした犯人が見えたのか、翼が刺し殺された瞬間を見たのか。けど、彼女は昨日殺されてる。もし本当に彼女がおとといの殺人を目撃したのなら、彼女が殺された理由にも察しがつくと思わないか」

 えぇ、と美緒は腑に落ちたような顔で言った。

「脅迫したのですね、犯人を。そして、返り討ちに遭った」

「そうだと思う。彼女は家庭環境に問題があって、何度も無断外泊をしていた。家を離れて一人で夜を過ごすには、それなりの金か、一時的にでも身を寄せられる秘密の居場所が必要なはずだ。そのために彼女は、ここで目撃したことを材料に、犯人を脅すことを考えた」

「翼くんを殺した犯人に対し、口止め料を要求した、というわけですか」

「たぶんね。頭の回る子だったんだろうな。彼女が翼殺しを目撃した場所は守衛室の目の前だったんだから、普通なら守衛さんに報告するだろ。でも彼女はそうしなかった。足が震えてしまったってのは本当かもしれないけど、彼女はその場で立ち止まったまま考えたんだ。恐ろしい場面に遭遇したこの状況を、もしかしたらチャンスに変えられるんじゃないかって」

「うまくすれば、求めていたものが手に入るかもしれない。彼女にとってそれは、居心地の悪い家庭から逃げ出すための手段だった」

 美緒はひとりごとのようにつぶやき、また一つなにかに気づいたような顔をした。

「彼女が目撃した犯人というのは、この学校の職員だったのでしょうか。生徒が犯人だったのなら、脅迫してもたいしたお金は手に入らないのでは?」

「どうだろうな。うちの学校は学校名がブランド化してて、金持ちの家が子どもをこぞって入学させたがるって話も聞いたことがある。ほら、そういうヤツって無駄に有名だったりするだろ。俺でも何人かは知ってるよ」

「へぇ。たとえば?」

「なんだっけ、ナントカって会社の社長令嬢のナントカさんとか」

「それは知っていると言えるのですか。全部ナントカじゃないですか」

「顔はわかる。名前が出てこないだけ」

 美緒に胡乱うろんな目で見られる。記憶力にはそれなりに自信があるつもりでいる太樹だが、顔と名前を一致させることは苦手だった。これも無意識的に他人を遠ざけているせいなのだろう。

 こんなところでも、心を閉ざしているのは自分のほうだと気づかされる。情けない。翼が死んでから、これまでの生き方を後悔してばかりだ。

「あのぉ」

 西本がそろそろと挙手をし、二人の間に割って入った。

「お二人の話は確かに筋が通っていると思います。だけど、思い出してください。翼さんは、五時十五分までチームの人間と電話をしていたんですよ。有野芽以が五時十二分の時点で翼さんが殺害されるところを目撃したというのであれば、電話の件が時間的に矛盾しませんか」

 あ、と美緒は声を上げたが、太樹はその点についてまったく考えていなかったわけではなかった。

 有野が南館一階の廊下でおよそ六分という時間を過ごし始めたのは午後五時十二分のこと。その時点では、翼はまだ生きていた。

 当時翼は魔王対策チームの加賀という人物と電話をしており、通話を終えたのは午後五時十五分。この通話履歴がねつ造されたものではないとすると、五時十二分に有野が目撃した翼は205教室でスマートフォンを耳に押し当てているところだったはずだ。それでも有野が廊下で足を止めた理由があったとするなら、その時点で犯人が翼の背後に迫り、手にナイフを握った状態だったとしか考えられないが、そうなるとそれから三分の間、翼は迫り来る犯人の影を背負ったまま悠長に電話をしていたということになる。あまり現実的とは思えない。

 しかし、午後五時十二分の時点で有野がなにかを目撃したことは間違いないのだ。そうでなければ、この廊下で六分間も足を止め、のちに殺害されたことに説明がつかない。

 なにを見たのか。翼が刺し殺された瞬間ではなかったとしたら、あいつはいったいなにをしていた――?

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