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魔王に愛を、勇者に花束を  作者: 貴堂水樹
第二章 魔王の慧眼
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4-2.

「理不尽なことばかりだと思わないか、この世界は」

 唐突な問いかけに、太樹は言葉を詰まらせた。

「理不尽」

「そうだ。きみならわかるだろう。きみは魔王に生まれたくて、この世に生を受けたのか?」

 違う。そんなわけがない。

 小さく首を振って答えると、羽柴ははっきりとうなずいて返してくれた。

「俺が国家公務員になり、総務省に入った一番の理由がそれなんだ。この世界の理不尽を正すこと。偉くなって、力を得て、少しでも世の中を正しく動かしていきたい。それが俺の願いだ。上辺うわべだけを取り繕い、内実は互いの利権を奪い合うだけの政治家連中がうたう世界平和には興味がない。理不尽に虐げられる人を限りなくゼロに近づけられる、そんなシステムを国家レベルで作り上げる。こうして言葉にするのは少し恥ずかしいが、そんな理想が俺の中にはあったりする」

 へぇ、と相づちを打ちながら、意外な発言だなと太樹は思った。

 確固とした理想を掲げ、目的を持って総務省に入省したにもかかわらず、彼は魔王対策チームに身を置く道を選んだ。政治や行政についてまるで明るくない太樹だが、今の話を聞く限り、チームにいては彼の理想を形にするのが難しくなりそうだということくらいは理解できる。

 いだいた疑問を、太樹は素直に羽柴にぶつける。

「だったら、どうして魔王対策チームに入ったんですか。高校で教師をすることも含めて、監視班の仕事って、先生のやりたいこととはかけ離れてるような気がするけど」

 羽柴は何度かうなずき、「そうかもしれないな」と言った。

「俺も西本と同じで、はじめからチームに入ることを望んでいたわけじゃない。今は魔王の復活が迫っている都合でチームの仕事に専念しているが、いずれは総務省に戻るつもりだ。とはいえ、チームの一員として働くことに満足してもいるんだよ。きみという、理由もなく理不尽をこうむり、虐げられてしまっている人に対し、わずかでも救いを与えられる立場にいられるのはチームの一員であるがゆえのことだしな」

「俺?」

 太樹は思わず苦笑いした。

「俺、魔王ですよ。人間じゃないんだから、差別されても仕方ないです」

「それは違う。人類を滅ぼし、この星を乗っ取ろうとしているのはきみではない。魔王だ。きみは鬼頭太樹という、魔王とは別の意思を持った生物個体だろう。魔王が復活するまでの間は、きみには一人の人間として暮らしていく権利がある。肌の色を理由とした差別が生まれてはならないように、きみに対する偏見や差別も本来あってはならないものだ。わかるだろう?」

 わかるかわからないかと問われれば、正直よくわからない。人間の敵である魔王を排除しようとする動きは、たとえば自然界における生態系の保護のためにやむを得ずおこなわれる外来種の駆除のようなものだと太樹は思っている。正しい自然に戻すために、正しくないものを正しくする。勇者が魔王を何度も眠りにつかせてきたのもそれと同じだ。この星で人類が生きていくには、暮らしや生命を脅かす存在を正しく排除するしかない。

 ただ、羽柴の考え方は部分的に理解できるところもあった。要するに、彼は太樹を魔王として見ていないのだ。魔王ではなく、魔王の器。太樹は太樹という一人の人間。そのように考えるからこそ、彼は太樹に優しくしてくれるのだ。太樹を他の生徒と同じように、普通の男子高校生だと思ってくれている。翼のこともきっとそのように見ていたのだろう。勇者ではなく、ごくありふれた男子高校生の一人だと。

「きみにはもっと、心健やかに生きてほしいんだ」

 羽柴はまっすぐ太樹だけを見つめて言った。

「結局のところ、魔王がこの世界を作り替えようとする行為は種の生存競争の一形態に過ぎない。魔族という種の繁栄を願い、魔王は人の世界を滅ぼすことを考える。きみは運悪く、そうした魔族の生の営みに巻き込まれてしまっただけのことなんだ。きみは被害者であり、本来ならば救済されるべきなのだが、すまない。俺にもう少し力があれば」

「そんな。謝らないでください。翼以外にも味方がいるってわかっただけで十分ですから」

 羽柴だけじゃない。あるいは円藤も、大久保も、太樹が誠意を見せさえすればきっと手を差し伸べてくれる。

 世の中は敵ばかりだという考えはもう捨てた。脚立に腰かけたまま姿勢を正し、太樹は羽柴に頭を下げた。

「ありがとうございます。困ったことがあったら相談に行くんで、助けてください」

 羽柴は眼鏡の奥の涼やかな目を笑わせ、「もちろんだ」と返してくれた。親友は失ったが、希望が完全に消滅したわけではない。そう思えたことが嬉しかった。翼のおかげだ。

「なにをのんびりくつろいでいるんですか」

 和やかな空気を引き裂くような冷たい声が太樹と羽柴の間を割る。北館四階から本館を経て中庭へと下りてきた美緒は、たいそう不機嫌な顔で太樹をにらんだ。

「立ち止まっている時間はないと言ったはずですよ」

「すまん、魔力を使いすぎた。立ち上がれない」

 眩暈こそ治まったが、足に力が入らなかった。頭痛も残っているし、一人で家まで帰れる自信がない。

 はぁ、と美緒は盛大にため息をついた。

「情けないですね。それでも魔王ですか」

「悪いな、期待に添えなくて」

「期待などしていません。このままその脚立に腰を貼りつけて一晩過ごしてはいかがですか」

 と言いつつ、美緒は太樹を見捨てなかった。太樹の腕を強引に取り、無理やり太樹を引っ張り上げるようにして立たせる。立ちくらみがしてふらついたが、美緒が腕をつかんだままでいてくれたおかげで転ばずに済んだ。つかむ力が強くて、腕に赤く美緒の手形が残った。

「龍ちゃんを呼びます。家まで送ってもらってください」

「捜査はどうするんだ。まだ話を聞いていない人がいるだろ」

「悔しいですが、明日に持ち越しです。途中で倒れられてはたまりませんから」

「俺が付き合おう」

 立ち上がった羽柴が美緒に言った。

「俺たちのもともとの任務は『勇者の剣』の捜索だからな。犯人捜しにこだわらず、別の角度から追いかけてみてもいいんじゃないか」

「そうですね。『剣』を狙う連中の動きも気になりますし」

「あぁ。翼が死んだことを知って動き出すヤツらもいるかもしれない」

「そんなにたくさんいるんですか、『勇者の剣』を狙っている人って」

 美緒と羽柴の会話を聞き、太樹は目を丸くした。

「マークしてるってことですか、魔王対策チームが。テロリストみたいな感じで」

「そうだ。チームが把握しているだけでも十を超える個人や組織が『剣』を狙ってこそこそと動き回っている。今回の翼殺しの容疑者にはチームの把握している連中とつながりのある者は見受けられなかったが、我々の調査の目をかいくぐられた可能性は否定できない。運がよければ、そっちの線から犯人にたどり着けるかもしれないな」

 羽柴の口調は淡々としているが、背中に悪寒を覚えずにはいられない内容だった。翼がどれだけの危険と日々隣り合わせだったか、知れば知るほど恐ろしさが募っていく。

 それでも翼は、太樹の前では決して笑みを絶やさなかった。どんな気持ちで笑っていたのだろう。目を閉じても、まぶたの裏には翼の笑った顔しか映らない。

 それ以上ろくな言葉は出てこず、太樹は黙ったまま西本の回してくれた車に乗って帰宅した。

 なにをする気にもなれなくて、制服のままベッドの上に倒れ込む。意識はすぐに闇に溶け、翌朝には万全の体調に戻っていた。

 梅雨らしい、大雨の朝だった。

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