表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王に愛を、勇者に花束を  作者: 貴堂水樹
第二章 魔王の慧眼
17/35

2-3.

 体育館の出入り口横に、ウォータークーラーが二台設置されている。太樹はそこで煽るように水を飲んだ。全身に冷えた感覚がめぐって気持ちいい。もやがかかっていたようにボーッとしていた頭もスッキリと冴えた。

「それで」

 いつの間にか、美緒が太樹の隣に立っていた。これでもかというほど不機嫌な顔でにらんでくる。

「円藤さんの話を聞いて、あなたにはいったいなにがわかったと言うのですか」

 美緒はいまだに太樹が答えをはぐらかしたことを怒っているようだった。太樹は美緒に握りつぶされて痛めた右腕をわざとらしくさすった。

「どんだけ鍛えてんだ、あんた。まだじんじんするぞ、ここ」

「嘘ですね。魔王の持つ治癒能力で、痛みはとうに引いているはずです」

 バレていた。右腕の痛みなど、ずいぶん前から感じていない。

 器としての太樹のからだを意地でも正常に保とうとする魔王のおかげで、太樹は異様なまでの健康体でこれまでの人生を生きてきた。転んでつくった擦り傷はすぐに治るし、風邪もひき始めですぐに症状が治まる。ありがたい一方で、自分が普通の人間ではないことを嫌と言うほど思い知らされ、悲しくなった。悲観したところで現実は変わらない。太樹の中には、確実に魔王がひそんでいる。

 右腕をかかえるのをやめ、太樹は美緒の問いに答えた。

「高所恐怖症」

「はい?」

「あいつ、高いところはダメだって言ってた。校舎の二階からでも窓から外は眺められないって」

「えぇ。ですが、それがなにか?」

「翼の遺体が発見された場所は?」

 自分で考えるよう促すと、美緒はすぐに両眉を跳ね上げた。

「205教室……校舎二階の、窓から一番近い席」

「そう。つまり、窓際の席に座っていた翼をその場で刺し殺すこと、あるいは別の場所に連れ出して殺した翼をあの場所へ運ぶことは、高所恐怖症の円藤には無理なんだよ。校舎の一階ならともかく、二階以上の教室だと、あいつは窓に近づくことができないから」

 警察の調べたとおり、円藤にはアリバイがない。スマートウォッチを靴箱に返したあと、教室に忘れ物を取りに戻ったとも話している。時刻は午後五時三十分。翼の死亡推定時刻の間だ。忘れ物を取りに戻ったというのは偽証で、本当は205教室で翼を殺していたと考えることもできる。スマートウォッチを靴箱に置いたあとなら、彼の行動の軌跡をたどることはできない。

 だが、円藤の場合はそれ以前の問題として、翼を殺すことができなかった。極度の高所恐怖症である円藤には、翼の殺害現場である校舎二階の窓際の席に近づくことができない。

 あの場所で翼を殺してから、とっさに高所恐怖症という仮面をかぶった可能性はゼロではないが、家族や友人の証言からすぐにバレてしまう類いの嘘だ。逆に、今回ばかりは勇気を振り絞って窓際に座る翼に近づいた可能性ももちろんある。ただ、そこまでして昨日翼をあの場所で殺さなくてはならなかった理由が果たしてあったかどうか。別の日に、別の場所で殺せるタイミングがあったのではないか。太樹はそう考えた。

 美緒が小さく息をついた。生ぬるい梅雨時期の風が雨のにおいを含んでいる。

「残る四人の容疑者も、あなたが話を聞けば容疑が晴れていくんですか」

 ゆっくりと歩き出した美緒の口調から苛立ちの色を感じた。覚えはないが、どうやら余計に怒らせたらしい。

「なに怒ってんだ」

「怒ってはいません。悔しいだけです」

「はぁ?」

 今の会話のどこに悔しがる要素があったのか。たいした理由もなく不機嫌になられ、場の空気が悪くなるのは納得できない。といっても、もともとよくはなかったが。

「意味がわからん」

 ボソリとつぶやくと、美緒はいっそう不機嫌な顔をして太樹を振り返った。

「鋭いのか鈍感なのか、どちらか一方にしていただけませんか。腹が立ちます」

 いよいよ面と向かって牙を剥かれ、太樹も我慢の限界を超えた。大人げないと思いつつ、つい言い返してしまう。

「そんなに俺のことが嫌いなら、あんた一人で犯人捜しをすればいいだろ。身勝手に俺のことを引っ張り出しておいて、そんな態度を取られたんじゃ割に合わない」

「身勝手とはなんですか。協力すると言ったのはあなた自身でしょう」

「あぁ、そうだったな。なら、あの発言は撤回する。俺は一人で犯人を捜す」

 美緒が勝ち誇ったように鼻で笑った。

「やれるものなら、どうぞやってみてください。あなたを相手に、素直に話をしてくれる人が果たしてどれだけいるか」

 的を射た美緒の指摘に、太樹の胸が小さく痛む。

 悔しいが、美緒の見立ては正しい。太樹が一人で近づいても、話を聞くどころか、ヘタをすれば相手は太樹を見ただけで逃げ出してしまうかもしれない。翼殺しの件がなくても、そういう人間は少なくない。太樹の中に眠る魔王を、太樹そのものだと思っている人間は。

「さぁ、行きますよ」

 有無を言わさず、美緒は太樹を引き連れていくつもりで歩き出した。

「くだらない言い争いをしている暇はありません。他にも話を聞かなければならない人がたくさんいるんです」

 太樹はまたカチンときた。美緒の言い方にはいちいち棘があるし、喧嘩をふっかけてきたのはそもそも美緒のほうだ。負の感情を呼び起こすのはよくないと頭では理解できるけれど、ここまで露骨に嫌悪感を示されると誰だって普通に腹が立つ。是が非でも主導権を握ろうとする彼女の態度も気に入らない。

 スタスタと前を行く小さな背中を蹴り飛ばしてやりたい気持ちをどうにかこうにか抑え込み、太樹は黙って美緒のあとに続いた。

 怒っちゃダメだよ、太樹。

 翼が耳もとでそうささやいてくれたような気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ