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魔王に愛を、勇者に花束を  作者: 貴堂水樹
第二章 魔王の慧眼
15/35

2-1.

「昼休みのうちに、大久保先生にはアポを取っておきました」

 放課後、美緒は二年七組の教室を覗きに来るなり、太樹を廊下へと連れ出した。二人がこれから向かう先は北館の四階。北館は二階から四階までがすべて特別教室で、一年生のホームルームが並ぶ一階だけは普段からひとけがあるが、二階以上は基本的に閑散としている。放課後は唯一、囲碁・将棋部が三階の化学室を部室として使用するものの、今は部活動禁止期間のため施錠されていた。

「翼くんの事件のことで話がしたいと伝えたら、物理科準備室で待っていると言っていただけました」

「風邪をひいてるってのは本当?」

「はい。ひどい鼻声でしたよ。テスト範囲を教え終わっていて、授業をやらなくてよかったクラスでは一時間まるっと自習の時間にしていたって話です」

 教壇に立ってしゃべるのもしんどい、という感じだろうか。夏風邪はこじらせると厄介だと聞く。どんな具合だろうと大久保に心を寄せながら、太樹は美緒とともに歩き出した。

 足を動かしながら、なにげなく廊下の窓の向こう、校舎北側の景色に目を向ける。すると、少し前を歩いていたはずの美緒の背中にぶつかった。

「バカ、急に立ち止まるなよ」

 自分のほうからぶつかっておいて謝りもしないのはどうかと思いつつ、いの一番に文句を垂れた太樹だったが、美緒は気にする風でもなく、視線を一人の男子生徒の背中にロックオンしたまま言った。

「円藤さんです。先にこちらからつぶしましょう」

 美緒の視線の先を、長身で肩幅の広い、黒いリュックを背負った男子生徒がゆっくりと遠ざかっていく様子が目に映った。ちょうど204教室――二年四組の教室から出てきたところだったその生徒こそ、どうやら容疑者の一人である円藤正宏らしい。

「デカいな」

 思わず声に出してしまうほど、円藤の後ろ姿は大きかった。背が高い、背中が広いというより、腕だ。異様に太く、ムキムキで、半袖のカッターシャツは袖がパンパンになっている。

「レスリング部所属ですからね、あの方は」

 美緒が太樹に耳打ちしてくれた。

「昨年度のインターハイ予選では、一年生ながら全国大会まであと一歩という好成績だったそうですよ。今年は出場するのではというのがもっぱらの噂です。彼は魔族ですから、当然といえば当然なのかもしれませんが」

「当然?」

「魔族の方は、なにかしらの能力に秀でていることが多いんです。ほら、あなたも勉強が得意でしょう。円藤さんの場合、運動能力がわたしたち通常の人間よりもかなり高く生まれてきたのだと推察されます」

「なるほどね。全国大会に出られそうなのも納得ってわけか」

 えぇ、とうなずき、美緒はみるみるうちに離れていく円藤の背中を猛然と追いかけ始めた。まるで前にしか進めないイノシシのようだ。声をかけるのかと思ったが、彼女は円藤の横を通り過ぎ、彼の前方に回り込んだ。

「円藤正宏さん?」

 あざとい上目づかいをする後輩女子に声をかけられた円藤は、右に曲がって階段を下りようとしていたところで足を止めた。

「誰」

「一年八組の渡会美緒と申します。今は政府の魔王対策チームの一員として動いている、と言えば、わたしたちがあなたを訪ねた理由はおおよそ察しがつくかと思うのですけれど」

「わたし()()?」

 美緒しか視界に入っていなかった円藤が背後を振り返る。ようやく追いついて円藤の左側に立った太樹の存在に気づくと、円藤はなぜか口角を持ち上げた。

「おまえか」

「どうも」

「あぁ、『おまえ』なんて呼び方をしちゃあマズイか。魔族だからな、俺は」

 彼は将来、魔王となった太樹のめいで魔族の支配する地球テラつくる手伝いをする。魔族としての本能が覚醒した円藤にとって、太樹は付き従うべきボスだ。

「なんでもいいよ、呼び方なんて」

 太樹はつまらなそうに返事をした。

「魔王でもクズでも人でなしでも、あんたの好きに呼べばいい」

「おいおい、だいぶひねくれちまってんなぁ、我らが魔王は」

 白歯を見せ、円藤はニシシと笑う。ほとんどの生徒は太樹が近づいてくると道をあけるように距離を取るが、円藤はそんな素振りを少しも見せることはなかった。

「実はさ、前々からおまえと話してみたいなって思ってたんだよ。でもほら、なんとなく周りが許してくれないっつーか、そういう空気じゃねぇっつーか」

「余計なことは考えないほうがいい。俺とのつながりを持ったところで、翼みたいに変人扱いされるだけだ」

 魔王とつるんでいる変わり者。それが翼に対する周囲の評価だった。誰も翼が勇者であるとは知らなくて、だからこそ、なぜ翼は魔王なんかと一緒にいるのかみんなが疑問に思っていた。もっとも、勇者が魔王とつるむというのが根本的におかしなことではあったのだけれど。

「明城翼か」

 太樹が翼の名前を出したところで、円藤は遠い目をして廊下の突き当たりを静かに見つめた。

「あいつのことも、結局わからずじまいだったな。それなのに俺は、あいつを殺したって疑いをかけられてる。ろくに話したこともなかったってのに」

 わからない、といった風に肩をすくめた円藤の視線が美緒へと移る。

「魔王対策チームの人間だって言ったな、あんた」

「おっしゃるとおりです」

「警察はなんにも言ってなかったけど、要するに、明城翼が殺されたのって」

 察しのいい円藤に最後まで言わせまいと、美緒は右の手のひらを彼に向け、口を閉じさせた。

「場所を移しましょう。デリケートな話題に触れなければならないので」

 どうぞこちらへ、と美緒は円藤が下りようとしていた階段とは反対側、渡り廊下のほうへと円藤をいざなうように歩き出した。終業後間もない廊下にはまだまだ生徒たちが歩いている。

 人の目を避ける目的で、美緒は渡り廊下を通って北館の二階へ移動するつもりだったようだ。北館なら二階以上は特別教室だけなので、テスト期間中の今はほとんど人の出入りがない。

 けれど円藤は美緒のあとに続くことなく、「待った」となぜか頬を引きつらせた顔で言った。

「そっちはマズイ」

「なぜです?」

「俺、ダメなんだわ、高いところ。渡りは、ほら、外の景色が丸見えだろ。だから」

 円藤がジリジリとあとずさる。太樹と美緒は二人して渡り廊下に目を向けた。

 二階、三階、四階と、三つの校舎をつなぐ渡り廊下は、床から一メートル程度のところまでは校舎内と同じ色の壁で、それ以上は大きな窓ガラスになっている。円藤の言うとおり、視界には嫌でも校舎の外の木々や中庭の様子が入ってくる。

 なるほど、円藤は高所恐怖症らしい。これほど大きな窓が設けられた廊下では当然高さを感じることになり、高い場所に恐怖を感じる円藤が苦手意識を持つのも無理はなかった。

「二階でもダメなのか」

 太樹は円藤に尋ねる。

「普段はどうしてるんだ。二階だろ、204教室も」

「ガマンしてんだって。窓側の席にさえならなきゃなんとか耐えられるから」

「でもあんた、『円藤』だろ、苗字。四月は絶対に窓側の席になるんじゃ」

「それな。ゴールデンウィークが明けるまではマジで地獄。なるべく早く席替えしてくれって毎年お願いしてるよ、新しい担任に」

 やや青ざめてさえ見え始めた円藤の姿に、太樹はささやかな同情の念を覚えた。

 新しい学年になると、まずは出席番号順に座席が並ぶ。私立首都学園では中学校でも高校でも、窓側の一番前の席が出席番号1の生徒と決められていて、『円藤』という姓では番号はまず一桁台で、確実に窓側の席になる。高所恐怖症の円藤にとっては、次の席替えまでのおよそ一ヶ月は常に恐怖との闘いになってしまうようだ。レスリングでは全国大会を目指しているという猛者もさが筋金入りの高所恐怖症とは、なんとなく似合わないウィークポイントだなと思う。

「トレーニングルームにしようぜ」

 円藤は渡り廊下に背を向け、階段に向かって歩き出した。

「あそこなら誰も来ねぇし、ナイショの話をするにはもってこいだ」

 太樹と美緒の同意を得る前に円藤は階段を下り始めていた。一刻も早く高さを感じないところへ場所を移したいらしい。

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