表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王に愛を、勇者に花束を  作者: 貴堂水樹
第二章 魔王の慧眼
14/35

1-4.

「五人の容疑者のうち、二年四組の円藤えんどう正宏まさひろさんが今のところ一番怪しいとわたしたちは考えています。彼は五人の容疑者のうち、唯一の魔族ですから」

「魔族?」

 この学校にも太樹や太樹の両親と同じ、人間の姿をした魔族がいたのか。太樹は美緒たち三人の顔を順に見た。

「あんたたち、この国にいる魔族の全員を把握してるのか」

「おおよそは」美緒が答えた。

「あなたもそうなのでご存じかとは思いますが、魔族として生まれた人間は、通常二つある腎臓のうち一つが欠損した状態で生まれます。魔族にはそうした顕著な特徴があるので、全数把握はそれほど困難なことではありません」

「ただし」と西本が補足情報を教えてくれた。

「魔族は両親のどちらかが魔族でなければ生まれないので、先天性の異常で腎臓が一つしかなく、かつ、両親の片方でも魔族だった場合に限って、その人は魔族であると認定されます。一方で、生まれつき腎臓が一つしかなくても、お父さんもお母さんも魔族でないなら、その人は魔族にはなり得ないということです」

「じゃあ、さっき名前が出た円藤ってのは」

「美緒さんが疑っている生徒さんですね。彼はお父さんが魔族です。彼も、彼のお父さんも、生まれつき腎臓が一つしかありません。ちなみに、魔族というのは人間に限った存在ではなく、魔犬、魔鳥など、人間以外の動物にも魔力を秘めた生き物がいます。そちらに関しては動物愛護団体との兼ね合いもあって捕獲が難しかったり、実際に魔王が復活してみないと判別ができない種や個体もいたりして、調査・研究は難航中です」

 魔犬や魔鳥、か。いよいよファンタジーめいてきたなと太樹は複雑な気持ちになった。魔王の魂をからだに宿した自分が一番ファンタジーめいた存在だというのに、その事実を棚上げし、まるでひとごとのように考えていることを自嘲する。

 それはさておき、太樹は円藤正宏という男子生徒のことを考える。同じ二年生だが、円藤という名前に聞き覚えはなかった。太樹や翼と同じように首都学園中学校時代から一緒だった生徒ならだいたいわかるが、おそらく円藤は高校から首都学園に入ってきたのだろう。現在の生徒の約三分の一は高校からの入学組だ。そもそも、一学年四百弱の生徒の顔を全員覚えるなんて無理だし、名前などなおさらだった。

 ともあれ、つまるところ円藤正宏という同学年の男子生徒は、太樹の中の魔王が復活したとき、彼の中に眠る魔族としての本能が目覚め、魔力が使えるようになるということか。そしてその魔力を駆使し、魔王が支配する新しい世界の構築に力を貸す。

 彼が新しい世界の創造と繁栄を強く望んでいるとするなら、翼を殺し、『勇者の剣』を奪ってもおかしくない、か。

「魔族だから、円藤は翼を殺した?」

「可能性としては十分考えられると思います。現状、他に彼が翼くんを殺したいと願うような動機も見つかりませんし」

 それでも彼が一番怪しいと美緒たちが考えているということは、他の四人の容疑者についても明確な動機のありそうな者はいないということなのだろう。やはり翼が殺された理由は『勇者の剣』絡みで、誰かが翼から『勇者の剣』を奪い取る目的で動いたと考えるほかにないようだ。 

「他の容疑者っていうのは、具体的に誰」

「一年五組の有野ありの芽以めいさん。一年六組の飯島いいじまつよしさん。二年三組の臼井うすい麻里花まりかさん。物理科の大久保おおくぼ卓哉たくや先生です。あなたがご存じなのは大久保先生くらいでしょうか」

「いや、臼井麻里花なら知ってる。生徒会長だろ」

「ご存じでしたか」

 美緒の瞳が人を小馬鹿にするような色を映している。自分が生きていくことに精いっぱいで他人の動向に気を配る余裕がないことは認めるが、生徒会長が誰かということくらいは普通に学校生活を送っていれば自然と耳に入ってくる。さすがにムッとして、太樹は美緒をにらんだ。

「俺をなんだと思ってるんだ」

「魔王」

 即答された。ここまで潔く太樹を魔王扱いする人間も珍しい。さっさとくたばれ、とでも言いたげな冷たい視線を向けられ、この女もあの勅使河原とかいう刑事と一緒だなと太樹は思った。

 魔王をその身に宿した人間なんて、さっさと消えてしまえばいい。彼女たちは常々そう願っている。

「大久保先生はどうして容疑者なんだ」

 気持ちの切り替えに半分失敗しながら、太樹は無理やり事件の話に戻した。

 太樹が大久保を知っているのは、昨年に引き続き太樹たちの学年でクラス担任を持っているからだ。今は二年九組の担任をしていて、太樹が受ける物理の授業は彼が教えてくれている。教員になって三年目、特に女子生徒からの人気が高い若手の男性教師だった。

 美緒は西本のタブレットを操作しながら答えた。

「彼は事件当時、具体的には昨日の午後三時半頃から事件が発覚した午後五時五十五分までの間、北館四階の物理科準備室に一人でいました。普段の放課後は職員室で仕事をするそうなんですが、昨日から風邪をひいていて、他の先生にうつすといけないと考えたようで」

「それで物理科準備室に引きこもっていたわけか。だから事件当時のアリバイがない」

 えぇ、と美緒が太樹にうなずいて返す。

「試験問題を作っていたそうですよ。職員室にいらっしゃった他の先生方も、今は来週の試験に向けた準備でお忙しいみたいです」

 そういう時期だよなと太樹は納得した。テスト週間に入ると、職員室は生徒の入室が禁止される。試験問題の流出を防ぐための措置だ。

「正直、警察の捜査も手詰まり状態なんですよねぇ」

 西本がため息まじりにぼやき始めた。

「目撃者を探そうにも、昨日の校内は驚くほど閑散としていたみたいで有力な証言がまったくヒットしないんです。事件現場の205教室からも証拠らしい証拠がなに一つ拾えませんでしたし、アリバイのない五人の容疑者だって、アリバイがないというだけでそれ以上怪しい点は出てきません。たたけば少しくらいは埃が立つかと思いましたが、全然。凶器の出どころもわからないままですから、はっきり言って迷宮入り確定案件ですよ、今回は」

 泣き言を吐き出し終えた西本の鼻先に、美緒の無言の拳が飛んだ。

 目にも留まらぬ速さで飛び出したその右手は、西本の顔からわずか一センチ離れたところでぴたりと止まる。西本だけでなく、太樹まで自分のことのように息をのんだ。

「迷宮入りになんかさせない」

 瞠目する西本の顔の前から、美緒は突きつけた拳をそっと下ろした。

「みんなが龍ちゃんみたいにあきらめて、たとえ最後の一人になったとしても、わたしは必ず翼くんを殺した犯人を見つけ出す。翼くんの望んだ未来は、わたしが守る」

 翼の望んだ未来。

 勇者として、魔王を倒すこと。

 それが太樹を、親友の心を救う唯一の道だと翼は信じ、覚悟を決めていた。

 強い光を宿した美緒の瞳を、太樹ははじめて自分から見ようとした。太樹の視線を感じた美緒と目が合う。

「なにか問題でも?」

「いや、まったく。俺としても、このままじゃ絶対にダメだと思うし」

 奪われた『勇者の剣』の行方についてはさておき、翼を殺した人間を野放しにしておくことは許せなかった。どんな目的があったとしても、翼の命が奪われていい理由にはならない。

「とりあえず、今挙がってる容疑者五人から直接話を聞いてみたい。犯人の目的次第だけど、俺が翼を殺したヤツを捜してるって犯人が知ったら、向こうから俺に近づいてくるかもしれない。あんたが俺を担ぎ上げたのも、それを見越してのことだったんだろ?」

「さすがです。察しがいいですね」

「あんたほどじゃない。あんたは肝も据わってるし、駆け引きにも慣れてる。そんな小学生みたいな見た目をしてたんじゃ、周りの人間はあんたの思惑どおりにうまく騙されてくれるだろうな」

「誰が小学生ですか失礼な!」

 吠える美緒を横目に、太樹は廊下に座り込み、弁当箱を広げ始めた。気づけば昼休みも残り十分。食いっぱぐれることにはならずに済んでホッとした。

「では、放課後にお迎えに上がります」

 美緒は太樹にそう言うと、西本にタブレット端末を手渡しながら彼に伝えた。

「なにか追加情報が出たら連絡して」

「了解です。そろそろ司法解剖の結果が出揃う頃なので、あとで送ります」

「うん、お願い」

 美緒と西本が立ち去り、太樹はおかずのたまご焼きを口の中に放り込む。相変わらず食欲はなかったが、母の作ってくれる砂糖の入った甘いたまご焼きは好物だった。ささくれ立った心がすぅっと鎮まっていくのを感じる。

「大丈夫か」

 ようやく肩の力が抜けた太樹の前に、羽柴が静かにひざまずいた。美緒たちと一緒に行ってしまったかと思っていて、太樹はおもいきり不意を突かれた。

「大丈夫って?」

「強引だろう、美緒は。あの子の行動力には驚かされることばかりだが、他人の都合はおかまいなしに突き進んでしまうところがいつまで経っても治らない。もう小さな子どもではないのだからといつも言い含めているんだが、なかなか」

 二人きりの渡り廊下で、羽柴は困ったように肩をすくめる。

 羽柴の言うとおりだと思った。自分の願いを叶えるために、平気で他人を道具にしたり踏み台にしたりできてしまう。渡会美緒とはそういう女性、そういう女子高生なのだ。反感を買い、誰かと衝突しようとも、怯むことなく突き進むことのできる人。ガキっぽいと評することもできるだろうが、翻せば、それは彼女の強さでもある。

 カチャ、と箸を弁当箱の上に置く音が響いた。

「翼は安心だったでしょうね。あんなまっすぐで強い子に守られていたんだから」

 美緒は勇敢なボディガードだ。彼女が常にそばにいてくれたのだから、翼はまさか殺されることになるなどとは思ってもみなかったのではないか。

 どんな気持ちで、翼は死んでいったのだろう。いっそなにも感じないまま、深い眠りに落ちるような安らかな死を迎えてくれていたらと切に願う。なにを憂えることもなく、平凡な明日が訪れることだけを考えて。

 羽柴が音もなく立ち上がった。端正な顔をより男らしく彩る銀縁眼鏡のブリッジを押し上げ、口もとにささやかな笑みを湛える。

「事件のことじゃなくてもいい。なにか困ったことがあったら俺に言え。担任教師として、政府の人間として、どちらの立場からでも力になろう」

「ありがとうございます」

 静かに立ち去った羽柴の背中を見送りながら、同情されてんのかな、なんてことをひそかに思う。

 かわいそうに、魔王なんかに生まれて。誰にも愛されずに終わる人生なんてあんまりだ。羽柴はそんな風に思っているのだろうか。だから彼は太樹に優しくしてくれる。

 ろくでもないな、と太樹は弁当の続きをつつき始めた。

 同情でもらった愛情なんて、最初からなかったのと同じだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ