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魔王に愛を、勇者に花束を  作者: 貴堂水樹
第二章 魔王の慧眼
13/35

1-3.

「容疑者は絞り込めていないんですか」

 くだらない言い合いを続けている三人の気を引くように、太樹は少しだけ声を張った。

「五時十五分から五十五分までの間にこの学校にいた誰かなんですよね、犯人は。その四十分間に、誰にもバレないように翼に近づくことのできた人間はいなかったんですか」

 腹の底から負の感情があふれ出してくるのを感じる。翼を殺した人間のことを許せない気持ちがどんどん膨らみ、どうにもならない怒りになって全身を包み込んでいく。

 野放しにしてはおけないと思った。なんの目的で翼を殺したにせよ、太樹にはそいつに会う必要がある。

 美緒と同じだ。落ち込んでいる暇などない。

 絶対に犯人を見つけ出す。見つけ出して、そいつを――。

「鬼頭」

 羽柴の穏やかな声が耳に届く。

「落ちつけ。感情的になってはいけない」

「心拍数が急激に上昇しています」

 西本がタブレットの上で指をすべらせながら言う。

「よくない兆候です。体温も上がってきている。あなたの意思に反して、魔力が暴走する可能性が高まっています」

 深呼吸しましょう、と西本は自らが大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。太樹はそれにならうことなく、ただただ驚きの中にいた。

 スマートウォッチだろう。西本も羽柴と同じように、スマートウォッチで計測した太樹の生体データを手もとのタブレット端末で覗き見ているのだ。

 彼は政府の魔王対策チームのうち、魔族対策班にいるという。太樹を研究対象とし、日々観察や情報収集をおこなうことで、急激な心拍数の増加や体温上昇は魔力発動の兆候だという結果を得ているようだ。

 実際、太樹は魔力を使うと息が上がる。からだの異様なだるさを覚えるのは体温が上がっているからかもしれない。彼らはよく研究している。太樹が魔王として破壊活動を始めたときにどのように対処すべきか、そこまで計算に入れた研究に日夜励んでいるに違いない。

 西本を真似て一つ深呼吸をすると、不意に翼のことが頭をよぎった。

 翼は腕時計を嫌った。からだを締めつけるものがとにかく苦手で、真夏に首にタオルを巻くのも嫌がった。それでも学校ではスマートウォッチの携帯が必須で、翼はいつもスラックスのポケットに入れていた。そんな風に所持していては当然学校側からの連絡は見落としがちで、よく先生から怒られている姿を目撃した。

 それはともかく、太樹はささやかな後悔に胸を痛めた。

 太樹の生体データを取得できるように、同じスマートウォッチを使っている翼のデータもチームは取得できたはずだ。だが、腕時計を嫌う翼はスマートウォッチを腕に装着していなかった。

 もし、翼の生体データが正しく観測できていたなら、心拍が止まったその瞬間が犯行時刻となり、あるいは翼を殺した直後の犯人を取り押さえることもできただろう。そうすれば事件は即座に解決し、太樹が疑われることもなかった。

 なにやってんだよ、と太樹は心の中で翼に言う。せめて学校にいる間くらい、ルールは守ったってよかっただろ――。

「少しは落ちつきましたか」

 美緒が太樹の顔色を窺いつつ、話を前に進めた。

「今のところ、容疑者は五人。龍ちゃんたち警察による昨夜から今日の午前中までの捜査で明らかになったことです。事件当時、その五人の容疑者にはアリバイがありませんでした。四人は生徒、一人は教員です」

「アリバイ」

 かみ砕いて理解しようとするように、太樹は美緒の言葉をくり返す。

「その五人には、翼を殺すチャンスがあったってことか」

「そうです。五人とも翼くんと直接かかわりのあった人物ではないようですが、殺人の動機が翼くんの持っていた『勇者の剣』にあったのだとするなら、誰が犯人でもおかしくありません」

「『勇者の剣』の継承権を奪うためだけに、翼を……」

 昨日、あの嫌味な刑事に見せてもらった写真に写った、背中を刺された翼の姿が頭をよぎる。太樹は胸がきゅっと締めつけられるのを感じた。

 たったそれだけの理由で、翼は殺されてしまった。なぜ人は自らが勇者になることを望むのだろう。勇者には勇者の苦しみがあって、けれどそれを知らない人には、魔王を討ち、世界を救うヒーローになれることに憧れる気持ちが芽生えてしまうものなのか。

「理解できない」

 太樹は我知らず首を振る。

「どうして勇者になんかなりたがる? 自分から危険に身を投じようなんて、普通思わないものなんじゃないのか」

「そう簡単な話でもないんですよね、実は」

 西本が少し面倒くさそうな顔をして口を開いた。

「『勇者の剣』が狙われる理由にはいくつかのパターンがあるんです。もっとも少数派は、勇者への憧れから自分が勇者になろうとして『勇者の剣』を奪いに来るというパターン。このタイプのやからは単純バカばかりなので対処も楽なんですが、一方で、もっとも多いパターンは……」

「魔王の完全復活を望む者の仕業」

 羽柴が西本の言葉を継いだ。その一言は重々しい響きを伴い、太樹の胸にしみ込んだ。

「魔王の、復活」

「あぁ。主に魔族の者たちによる、『勇者の剣』の存在を封じようとする動きだ。『勇者の剣』の継承者を殺すことができれば、殺した者に継承権が移る。移った先が魔王の復活を強く望む人物……たとえば魔族の者だったとするなら、魔王が復活したとき、そいつはどうすると思う?」

 太樹は納得してうなずいた。

「継承した『勇者の剣』を使わず、魔王が世界を滅ぼし尽くすのを見守る」

「そのとおりだ。世界の救済を望む者が振るうことで、『勇者の剣』は魔王を倒せる唯一無二の武器となる。継承者がその力を行使しようとしなければ、誰も魔王を倒すことはできない。人間が構築した現在の世界は荒廃し、魔王が新しい世界を作る。魔族たちの手には魔力が戻り、新しい世界の創造に加担する。出来上がるのは、魔族たちが中心となる世界。俺たちのような、なんの力も持たない人間はしいたげられ、あるいは生きることさえ、生き残ることさえ認めてもらえないかもしれない」

 そんな世界を望む者が、この地球テラには大勢いる。彼らの願いの強さは、翼の命よりもはるかに大きい。

 翼の命を、ためらいなく奪ってしまえるほどに。

「だから焦っているんです、わたしたちは」

 美緒が西本のタブレットを奪い、勝手に操作しながら言った。

「羽柴先生の言ったように、『勇者の剣』を正しく使わない者が勇者になれば、この世界は間違いなく崩壊します。わたしたちの使命はそれを阻止し、『勇者の剣』を正しく使える者に託すこと」

「託すって」

 太樹は険しい顔で尋ねる。

「どうやって。『勇者の剣』の継承権は、持ち主を殺すことで移るんだろ?」

「はい。ですから、言葉のとおりにするんです」

 美緒があまりにも淡泊な口調で言うおかげで、太樹は自分がなにに驚いているのかよくわからなくなった。

 大きな衝撃が全身を駆け抜けていく。

 美緒たちは現在の『勇者の剣』の所有者を見つけ出し、その人物の思惑次第では、そいつを誰かに殺させることで、まっとうな勇者を生み出そうとしている。

 美緒は人の死に慣れていると羽柴は言った。

 この世界を守るために必要ならば、彼女たちは、人の命を奪うことさえいとわないのだ。

「言ったでしょう、争奪戦が起きるって」

 瞳を揺らす太樹に、美緒はどこまでも冷めた目を向けた。

「その戦いには、もちろんわたしたちもかかわります。あなたは自分のことで精いっぱいかもしれませんが、魔王の復活をめぐっては、あなたの想像以上に大きな力、多くの人間、さまざまな欲望、思惑が複雑に絡み合っているんです。翼くんはそうした巨大な渦の中に意図せず巻き込まれ、命を落とした。この世界と、あなたのために、翼くんはちゃんと勇者になろうとしてくれていたのに」

 俺のために。

 昨日まで笑っていた翼のことを思い出し、太樹は吐き出す細い息を震わせた。あの穏やかな笑みの裏で、翼はいつだって苦しんでいた――。

「悔やむ気持ちはみんな一緒です」

 美緒の言葉に、太樹は伏せていた顔を静かに上げた。

「だからこそ、わたしたちは進まなければなりません。翼くんの想いを継いでくれる方に『勇者の剣』を託すんです。そのために今、わたしたちはこの場所へ集まっているんですよ」

 うつむくな。前進あるのみ。

 翼のためにも、立ち止まるわけにはいかない。

 幼げな顔立ちの中で、丸くはっきりとした両の瞳を凜々しく輝かせてうなずく美緒。強く背中を押してもらえた気がして、太樹もその顔から暗い影を消し去った。

「事件の話を続けよう」

 はい、と美緒は返事をすると、西本の手から奪い取ったタブレット端末の画面に表示させた資料を太樹に見せた。

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