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魔王に愛を、勇者に花束を  作者: 貴堂水樹
第二章 魔王の慧眼
11/35

1-1.

 翼の死を受け、学校側は体育館での全校集会を開いた。といっても、魔王復活まであと一年と迫ったここ最近は登校すらしない生徒も増えており、普通の全校集会なら生徒でいっぱいになるはずの体育館は後方に大きく穴があいたような空間ができていた。

 校長から弔辞の意味も込めた挨拶があり、警察の捜査にはできる限り協力すること、身の安全を守ること、マスコミへの対応は慎重に、などといった注意喚起がおこなわれた。殺人事件であったこと、翼が『勇者の剣』の継承者だったことなどは伏せられたが、少なくとも殺人ということはすでにテレビなどで情報が流れており、全校生徒の知るところとなっていた。

 面と向かって「おまえがやったんだろう」と太樹に言う生徒はいなかったが――そもそも太樹に近づこうとする者がほとんどいない――、誰もが太樹を犯人扱いしていることは彼らの態度から明らかだった。太樹と翼がつるんでいたことは周知の事実で、二人の間になにかトラブルがあったのだと考える者が多いのは当然だった。

 じめじめとした教室の空気が、太樹に向けられる冷たい視線と絡まって不快感を増幅させた。蒸し暑いはずなのに、からだの芯は冷えているように感じて気持ち悪い。

 窓の向こうでは、今にも降り出しそうな雨がどうにか上空で踏みとどまっている。いっそ土砂降りの雨でも降って、この淀んだ空気を洗い流してくれればいい。担任を務める羽柴良輔の話を聞きながら、太樹は遠く窓の外の景色を見つめていた。

 昼休みになり、母の作ってくれた弁当を提げて教室を出る。向かう先は、毎日翼と二人でランチをする校舎四階の西渡り廊下。中学の頃とは学校の敷地が変わったけれど、二人が人目を避けて過ごす場所は同じだった。

 一人であの場所へ向かうと、昔のことを思い出す。まだ翼と出会う前の、中学に入りたての頃。クラスメイトの視線が痛くて、逃げ場を必死に探していた時代。

 最高の居場所を見つけたと思った。こんなにも人の通らない渡り廊下があるなんて。おまけに屋根付きで雨風が凌げる。なんならこの場所で授業さえ受けたかった。一人一台タブレット端末とスマートウォッチが貸与されているのだから、オンラインで授業を受けることは可能だろう。

 そんなことを考えながら一人で弁当を食べていたはずが、いつの間にか、隣に同じ制服を着た男子が座るようになっていた。

 けれど、今はもうそいつもいない。

 太樹はまた、一人になった。


 常時開け放たれている渡り廊下の扉をくぐろうとして、太樹はその足を止めた。太樹がいると知って誰も近づこうとしないはずのその場所に、今日は珍しく先客がいた。

「お待ちしてました」

 美緒だった。美緒だけではない。他に二人、太樹の到着を待っていた者たちがいた。

 一人は担任の羽柴で、もう一人もなんとなく見覚えがあった。ライトグレーのスーツ姿にモジャモジャの頭。羽柴たち教員が首から提げている身分証はなく、左腕にえんじ色の腕章を巻いている。

 あぁ、と太樹は思わずこぼす。思い出した。彼は刑事だ。勅使河原ではなく、若いほうの刑事。

「昨日の」

「光栄ですね、覚えていていただけたとは」

 あの嫌味な中年の刑事とともに、昨夜204教室で太樹の事情聴取に同席した青年だった。美緒や羽柴とともにいるということは、彼はそちら側の人間なのだろう。

「刑事さんじゃなかったんだ」

「いやいや、自分はちゃんと警察官ですよ。といっても、警察庁所属の国家公務員なんで、政府の人間であることには違いないんですけど」

 太樹は事情がよく飲み込めず首を傾げた。若い刑事はハハハと軽快に笑い、名乗った。

「あるときは警視庁刑事部の新米刑事。またあるときは政府の魔王対策チーム魔族対策班のメンバー。しかしてその実体は!」

「その自己紹介はダサいよ、りゅうちゃん」

 美緒が恐ろしいほどの真顔で言った。ツッコまれた若い刑事は「くぅっ、ひどい」とわざとらしく表情を歪め、美緒と羽柴は互いにあきれ顔を突き合わせている。

 若い刑事は一つ咳払いを入れ、居住まいを正してから改めて名乗った。

「自分、西本にしもと龍次郎りゅうじろうっていいます。もともとは警察庁所属の役人だったんですけど、いつの間にか魔王対策チームに引き抜かれちゃいまして。で、今は警視庁に出向という形で刑事をやらせてもらってます。若手あるあると言いますか、要は現場担当というやつで」

 まじめな表情を浮かべて挨拶をしていたはずが、気づけば彼の顔には愛嬌のある笑みが湛えられていた。先ほどの半分ふざけたような自己紹介の導入といい、年下の美緒から「龍ちゃん」と呼ばれていることといい、明るく人懐っこい性格の持ち主なのだということはよくわかった。

 それはさておき、こうして説明を受けると太樹にもなんとなく彼の立場が理解できた。有事の際、政府と警察との連絡・調整役として機能することを期待されての配置、というわけだ。器量の良さを買われたのだろうと容易に想像できた。

「じゃあ、さっそく始めちゃおっか」

 美緒が場を仕切るように声を上げる。わかっていない顔をしているのは太樹だけだった。

「始めるって、なにを」

「決まってるでしょう。捜査会議ですよ」

 捜査会議。なんだか仰々しい言葉が飛び出し、太樹は思考が停滞するのを感じた。

「ここ、俺のランチスペースなんだけど」

「ランチなんて悠長なことを言っている暇はありません! さぁ、そのお弁当箱はそこら辺に置いて!」

「いやいや、メシは」

「あとでゆっくり召し上がってください!」

 めちゃくちゃだ。意味がわからない。捜査に協力するとは言ったけれど、こんな乱暴なやり方は認められない。昼食ぐらいゆっくり食べさせてほしい。

 不承不承、太樹は美緒の指示に従い弁当を廊下の隅に置き、三人の魔王対策チームの面々とともに小さな輪を作るように立った。場を仕切るのはやはり美緒のようで、西本が提げていた黒いショルダーバッグからタブレット端末を取り出すのを待ってから、主に太樹に向かって話し始めた。

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