3-5.
「どうすればいい」
こんなときでも学校の門は開き、始業時刻が迫っている。太樹は美緒に結論を問うた。
「どうすれば、無駄な争いを避けられる?」
責任を感じていた。間接的にでも翼の死にかかわっているのなら、じっとしていてはいけないと思った。
太樹の真剣さを感じ取り、美緒は「方法は一つしかありません」と答えた。
「翼くんを殺した犯人を早急に見つけ出すことです。事件当時の状況から考えて、犯人はこの学校の関係者でしかあり得ません。犯行時刻に学校内に残っていた人間の所在確認は全員が取れていて、わたしたちの捜索の手を逃れようと動いた人はいないようです。つまり」
「事件の全容が掴めれば、おのずと『勇者の剣』の継承者にたどり着ける」
そのとおりです、と美緒はうなずいた。勇者を殺した者が次の勇者に。翼を殺した犯人のもとに『勇者の剣』があるのなら、それを太樹たちが押さえることで、争奪戦に発展することは避けられる。
言いたいことはわかるけれど、殺人事件の真相を明らかにするなど口で言うほど容易なことではない。しかし美緒はそれを成し遂げようとしている、あるいは成し遂げられると考えているようだ。彼女は警察官ではなく、魔王対策チームの人間。もっと言えば、まだ高校生だというのに、だ。
「警察のまねごとをしようってのか」
「まねごとではありません。実際に捜査をするんです」
「誰が」
「わたしたちに決まってるでしょう。警察は信用できませんから」
「どうして」
「寝ぼけたことを。それはあなたが一番よく理解しているはずでしょう」
ピンとこない顔をする太樹に、美緒は呆れたようにため息をついた。
「昨日の事情聴取でわかったはずです。警察はあなたが犯人だと決めつけている。こんなにも安直で根拠のない思考に囚われている捜査陣に、真実が掴めると思いますか」
思わない。なるほど、そのとおりだ。警察、特にあの勅使河原とかいう刑事は、太樹以外に犯人はいないと最初から決めてかかっているようだった。今でもその線を崩さず捜査を続けているのなら、美緒の言うように、警察は信用できそうにない。
だが、美緒がなぜそこまで太樹の無実を信じられるのか、その点についてはやはり疑問だった。美緒自身、太樹には完全に犯行が不可能だったとは言っていない。太樹が魔力という飛び道具の使える人間だということを美緒はよく知っている。
「案外警察が正しいかもしれないぞ」
自分の思いとはまるで正反対なことを太樹はあえて口にした。
「魔力を使って、俺が翼を殺したかも知れない」
「あり得ませんね」
美緒は太樹の虚言をためらいもなく一蹴した。
「悔しいですが、翼くんはあなたのことを信じていました。わたしの目から見ても、あなたと翼くんの間に芽生えていた友情は絶対的なものだった。物理的には可能だったかもしれませんが、心理的な面を考慮すれば、あなたに翼くんは殺せません。それに、一秒でも早く死にたいと常々願っているあなたが、あなたの命を唯一奪うことのできる翼くんを失うことを望むというのも、あなたの心理に反することです。よって、あなたの犯行という可能性は限りなくゼロに近いとわたしは考えます」
いかがでしょう、と見事に言いきられ、太樹は思わず天を仰いだ。そこまで言われたら、もはやどうやっても太樹の犯行だとは主張できそうになかった。
「信頼してたんだな、翼のこと」
そうでなければ、太樹を信じようという気持ちに彼女がなれたとは思えなかった。太樹が翼に心を許していたように、美緒もまた、翼とは心が通じ合い、翼のことをよく理解していたのだろう。
「当たり前です」
美緒は自信たっぷりに胸を張った。
「翼くんとは物心ついた時からの仲なんです。あなたとは年季の入り方が違うんですから」
なぜかライバル視されているようだが、どうこたえてやるべきか太樹にはわからなかった。張り合ったところでなにかが生まれるわけでもない。
「翼のために、魔王対策チームに入ったのか」
「そういう側面も確かにありますが、わたしの生まれた渡会家は代々チームの人間で、翼くんの生家である明城家とはチームを通じた主従関係にあるのです」
「主従関係?」
「えぇ。翼くんは、翼くんの父方のおじいさまから『勇者の剣』を受け継ぎました。殺人などのイレギュラーが起きなければ、『勇者の剣』は血縁による継承、具体的には現在の持ち主の直系卑属が受け継ぐというのが基本線ですから」
納得して太樹はうなずく。なぜ翼が勇者なのかと前々から疑問に思ってはいたが、血縁による継承ならばしっくりくる。避けられない運命というやつだ。直系卑属ということは、現在の勇者の子や孫が自動的に継承者に選ばれるというシステムだろう。その家に、魔王復活のタイミングで生まれた者が問答無用で勇者となる。それがたまたま翼だった。太樹と同じ年の生まれだったのは偶然だろう。
「勇者の生まれる家だったってことか、明城家は」
「はい。今から九十九年前……前回魔王が復活したときの勇者は翼くんのおじいさまでした。おじいさまは『勇者の剣』で魔王を倒したのち、その後の人生は政府によって守られながらひっそりとお過ごしになり、翼くんが生まれてまもなくご病気で亡くなられました。そのときにおじいさまの身の回りのお世話をまかされていたのがわたしの祖父で、わたしの生まれた渡会家は明城家の世話係として、ご一族の平穏な暮らしとお命をお守りする務めを果たしてきたのです」
「なるほど。だからあんたと翼は幼馴染みってわけね」
「そういうことです。なんなら自宅も隣同士ですから、あなたとは違って」
どうしても優位に立ちたいらしく、美緒は太樹への対抗心をむき出しにする姿勢を崩さなかった。話ぶりからは聡明な印象を受けるが、太樹に張り合う気がないことは見抜けているだろうか。
「そういうわけで」
美緒は毅然とした態度で話の軌道を修正した。
「認めるのは癪ですが、あなたの学業成績が校内トップクラスであることは承知しています。どうかその頭脳を、今は翼くんのために使ってください。一番悔しい思いをしているのは翼くんのはずです。翼くんの無念は、わたしたちが晴らさなければなりません」
そのとおりだ。翼は約束してくれた。最期の一瞬まで太樹のそばを離れないと。
だが、その約束はもう果たせない。何者かの悪意によって果たせなくなってしまった。
悔しくてたまらなかった。翼の命が奪われたことも、翼の願いが断ち切られてしまったことも。
死ぬ予定だったのは翼じゃない。俺だ。
俺が死ぬまで、翼は生きていなくちゃいけなかった――。
「わかった」
顔を上げ、太樹は美緒と視線を重ねた。
「具体的になにができるかわからないけど、協力するよ」
「ありがとうございます。では、のちほど。もうすぐ始業の鐘が鳴ります」
軽く会釈をして、美緒は校舎に向かって駆けていった。遠ざかっていく彼女の背中は、翼という大切な存在を失いながら、決して打ちひしがれてはいなかった。
「強いな」
我知らず、太樹は本音を口にする。
彼女くらい、俺も強くいられたら。迫り来る運命をはね除けられるくらい、強く。
すっかり姿の見えなくなった美緒を追いかけるように、太樹はゆっくりと校舎に向かって歩き出した。
翼のいない学校にかよう意味なんてあるのだろうかと、靴を履き替えながら思った。