その一瞬のために
高校最後の試合が3日後に近づいた放課後、小林はこの日もグラウンド端の壁にボールを打ち付け、ヘディングで返す練習を続けていた。
その時、後ろからボンッと弾んだ音が響き、振り返りざま小林の顔面にバウンドしたボールが飛んできた。
「うわ!」
「悪りぃ悪りぃ!大丈夫か?」
ボールを追いかけてきたのはエースの山内だ。
「‥うん」
山内は目を合わせない小林にいつものあの顔を浮かべる。
「そんな練習意味あんの?お前は最後までベンチ温めてろって」
「…」
「俺はこれで駅前遊び行くわ!ま、せいぜい頑張れよ」
小林はお世辞にもサッカーセンスに恵まれているとは言えないし、満足に試合に出たこともない。
だがこの壁打ちの練習だけは毎日欠かさず続けていた。
迎えた最後の公式戦。
拮抗した試合は残り10分に動き0対1、小林たちが1点を追う展開だ。
さすがの山内にも焦りの色が見え「俺に回せ!」と怒号が飛ぶ。
相手ゴール前に配給されたボールに山内が跳んだ瞬間、バチンと鈍く鋭い音がベンチの小林の耳にまで届いた。
「うああ!!」
見るとゴール前で左足を抑えて倒れ込む山内がいた。
担架で運び出される山内の額には試合のものとは違う汗が滲んでいた。
「靭帯だな」と隣にいた監督がつぶやき、そして小林を見ると「いけるか」と一声かけた。
「…はい」
もしかしたら最初で最後かもしれない。
芝生を踏みしめて試合に向かうこの感触。
再開した試合、小林は2トップの右。
必死に食らいつくがボールに触れないまま、残り1分。
チームメイトが苦しまぎれにグラウンダーのクロスを入れる、ゴール前には小林がいた。
チームの全員がこのまま負けると思った。
地を這うように迫るボールに、小林は頭から飛び込む。
キーパーは一瞬小林を見失い、次の瞬間ゴールネットが緩く揺れていた。
ピピーッと試合終了を告げるホイッスルが小林の耳に響き、チームメイトが歓声を上げて飛び付いてきた。
PK戦を制し、小林の高校は勝利した。
試合後、松葉杖を突いた山内が「お前の練習無駄じゃなかったな」と声をかけてきた。
「オレ、頭が利き足だからさ」と、小林は照れ臭そうに微笑んだ。
最初はサッカーについての物語を書きたいと思い、書きました。
私は小学生の時からサッカーをやっており、全力で取り組んでいました。
しかし、中学生の時にチーム内争いで負けてしまい、心が折れ、サッカーをやめてしまいました。
あの時に自分なりに努力してグランドに立つ時間を掴み取れていればと悔やむ気持ちをこの話に込めました。
見どころは、小林がグラウンドに入る瞬間です。小林の緊張感を感じていただければ幸いです。