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8話

 


 スタジオに入ると、各々楽曲のセッティングを始める。有栖さんはベースのコクトウくんを優しく撫でるようにクリーナーで拭いている。小柄な彼女と対比するとベースが大きく見える。黒色なのもあって重厚感が凄い。


 黒瀬さんはドラムセットの椅子に腰掛け、ぼーっとしている。右手にスティック二本を持ち、左手では棒付きの飴をくるくると回し遊ぶ。味は梅昆布茶味と書いてある。


 ......やっぱり、戸惑ってるのかな。


 有栖さんも黒瀬さんもどこか上の空。そのせいかアウェーに感じてしまう。

 ふと目に入った深宙はこちらと目が合い、にっこりと微笑む。彼女、この空気読めてないのかな?僕、最悪チェンジかけられる可能性が......特に黒瀬さんに。


(有栖さんもあれだけ口数多かったのに、僕がボーカルだって話から喋らなくなった。深宙に聞いたところ、黒瀬さんとももう顔合わせしてたみたいだから、人見知りしてるってわけじゃなさそうだし......)


 異様に合わないギターのチューニング。僕は焦燥感にかられる。そりゃそうだ。これをもし失敗すれば、僕の居場所は完全に潰える。

 こんどは、深宙という居場所を失い、残されるのは玩具にされたクラスの立ち位置と孤独な未来。


 ......床のヒビ割れが、いやに目につく。


 深宙が黒瀬さんに言う。


「よし、それじゃ夏希ちゃん!適当に自己紹介お願いしまーす!」


「ん、お?俺か......」


 唐突に名前を呼ばれ、現実に引き戻されたかのような黒瀬さん。ドラムスティックを二の腕と脇に挟み、飴の包装を剥がす。緑、赤、白マーブル模様の飴玉を口にひょいっと入れ、「ん」と頷く。


 くるくるとスティックを回し、彼女の雰囲気が変わった。


「いくぜ」


 カウントを入れ始まったドラムソロ。正確に刻まれるリズム、一打一打に彼女のポテンシャルの高さがうかがえる。


(......うま、すぎる)


 涼し気な表情で、しかしどこか熱のある演奏。学校の軽音楽部のドラマーを凌駕していて、もしかすると......いや、確実にプロクラスのレベルに達している。


「はい、次!冬花ちゃん!」


 コールされた瞬間、重々しい重低音が走る。目をやるとそこには、色のせいか身長ほどあるようにも錯覚する黒のベース、コクトウくんを構える有栖さんがいた。


 ドラムと重なり、黒瀬さんのリズムの正確さが際立つ。そして、有栖さんのスラップが始まった。

 白く美しい彼女の手が異様なスピードでコクトウくんの太い弦を押さえ、弾く。


 ちいさな体躯からは想像も出来ない、迫力の演奏が生み出される。


(......二人共、深宙クラスの力がある......)


 背筋がザワつく。二人の演奏を目の当たりにし、胸が高鳴る。


 深宙が二人の演奏にギターを乗せた。どんどん色づく音の波。世界の変わり目が生まれている。


「さあ、春くん!準備できたかな?」


 僕はこくりと頷いた。楽器隊と向かい合わされるようにセッティングされたマイクスタンド。


 黒瀬さんと有栖さんの視線がこちらにくる。値打ちをはかるような鋭い目と、不安げに見えるジト目。


 そして、信頼と自信だけしかない深宙の目。彼女の笑顔が僕の喉を開く。


 深宙が叫ぶ。


「explosion!ゴーッ!!」


 曲名を提示された瞬間、ドラムとベースの地鳴りのような音が曲がスタートされた事を告げる。走り出した。僕は置いてかれまいとギターを重ねる。


 瞬間、雰囲気でわかった。「期待外れ?」と、二人が思っていることに。しかし、僕のギターの腕は自分でもわかっている。可もなく不可もなく。フツーだ。ギターの才能は無いに等しい。


 でも、これだけは。誰にも負けない――


 深宙が微笑み頷く。「魅せてやれ」と言われたような気がした。


 最強の演奏。そこに僕の歌声が乗る。


 ゾクゾクとする。未だかつて味わったことのないグルーヴ。黒瀬さんと目が合う。信じられないという表情、しかしすぐにそれは笑みにかわった。更に熱の入るドラム。


 しかしそれは黒瀬さんだけではなく、有栖さんもだった。先程よりもノッてきた彼女が声帯を弦にかえ重々しく叫ぶ。彼女は身を屈め、一心不乱に弦を弾く。表情は見えないが、音が僕を肯定してくれていた。


 想いを込めた歌声が響き渡る。


 そして、自己紹介を兼ねたセッションが終わった。


「いや.......おまえ、すげえな」


 黒瀬さんが言った。


「ギターはアレだったから途中で本命が歌だって気がついたけど、聴いてみてビックリだぜ。まさか男でこの曲の高音があんだけ綺麗に出せるとは......」

「......お兄様、本当に男ですか......もしかして、女の子?」


「い、いや、男だけど......」


 ダメだ。深宙以外に褒められた経験が無いから、喋れない。

 キョドる僕をよそに有栖さんが小さな声で「......これは.......女装を」とブツブツ独り言をいっている。


「......あの、二人の演奏も凄かった。上手くてびっくりした」


 有栖さんと黒瀬さんがキョトンとする。


「.......ふふん、私のベースは最強ですから!」


 と、有栖さんが腕を組みドヤ顔。対して黒瀬さんは「そ、そうかあ?」と動揺していた。これ、黒瀬さんも僕と同じタイプだな......褒められ慣れてない。


「えっと、それでなんだけど......まず、男でごめんなさい。嫌がる気持ちはわかる......けど、もし良かったら皆の仲間に加えてください」


 と、僕が頭を下げると黒瀬さんが口を開いた。


「おい、何言って......ん?あ、さっきのか!?あれは違うから!」


 自身の発言を思い出した黒瀬さんが焦り弁明を始めた。


「違う?」

「ああ。今日までバンドでやる曲は秋乃が歌を仮り入れしたものしか聴いてなくてさ。男でバンドの曲の高音出るのかって意味での「大丈夫か」って話しだったんだよ。......今日までボーカルが男だってことミリも知らんかったからさ」


 え、知らされてなかったの?マジで?チラッと深宙を見るとテヘペロと下を出し頭を掻いていた。僕は内心ため息をつく。けれど彼女の思惑は、「男だと知らせてないほうがインパクトがあって良い」って事だろうな。


「あー、いや、不快にさせちまったんなら謝る。すまん、許してくれ」


 頭を下げる黒瀬さん。


「あ、いや、こっちこそごめん、勝手に勘違いして......黒瀬さんは悪くないよ。もうこの話はやめよう」


「そ、そっか。ありがとう」


「......あの、夏っちゃん、お兄様に手出さないでくださいよ?私のお兄様なんですから......」


 有栖さんがスッと僕と黒瀬さんの間に割り込んできた。キリッとガンを飛ばす有栖さん。


「だ、だすわけねーだろ」

「......ほーん、なら良いですけど......お兄様、可愛らしいお顔してますからねえ......」

「あー、ね!春くん顔綺麗だよね、前髪長くて目元隠れてるけど!」

「てか、そーだよな。前髪ムダに長いよな」

「......でも切らなくて良いですよ、お兄様。美形なのがバレてしまうと集られてしまうので!」


 すげー持ち上げてくるじゃんこの人ら。お世辞でも嬉しいかな。


「あ、そーだ。でも春くんあたしの彼氏だから」


 深宙が唐突にぶっ込んできた。有栖さんと黒瀬さんが、バッと深宙に顔を向け、「「え?」」と言った。


 早くもバンド壊滅の危機!?......とかいって。はは。






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