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プロローグ:トラック運転手、事故る


 俺は今日も今日とて、朝焼けの中、ラノベの新作の序章を目にし怒っていた。


「なんっで毎度まいど異世界転生に愛しのトラックちゃんが使われんだよおおおおおおおお!!!!!」


 俺の名前は(とどろき)(はこぶ)、好きな物は一にトラック、二にラノベ、三四もトラック、五にその他乗り物だ。

 名は体を表すとは俺の事、小さな頃から乗り物が大好きで一番好きな物は勿論トラック、その熱い思いから高卒でトラック運転手に成った。


 トラックは良い。

 コンテナを乗せただけの様な長方形の無骨な(たたず)まい、その重みを支える為に沢山ついたタイヤ、横にごちゃごちゃ付いたサイドガードや排気システム……性別がレインボーな昨今、男は知らんが(おとこ)なら誰もが心踊らせるだろう、いや女も踊って良い、トラック好きに性別は関係無い。

 軽トラや小型トラックなら女性や非力な男性でも荷台の品を運べるだろうし、コンパクトで愛らしく魅力的だ。

 俺はやはり大型トラックか、特にバンボディと言うアルミ製の箱型が好みだ。結局はスタンダード、王道に落ち着くんだよなぁ。

 いやしかし幌車と呼ばれる幌で荷台を覆った彼も捨てがたい、軽量にして案外荷物を乗せられる着痩せする子だ、細マッチョつーの? 勿論トレーラーやタンクローリー、ダンプカーも好きだ。格好良いよね、浪漫溢れるよね特殊トラック。

 そしてトラックは見た目とは裏腹に、バック走行では丸いライトを点滅させながら控えめな美しい声で「バックします」と仰り、荷下ろし時等には俺達に合わせてパワーリフト(後ろに装備された板)を上げ下げしサポートてくれる、そんな淑やかで優しい点もツボだ。

 更に要求されるはドライブテクニック。

 なんたってあの巨大、狭い道を通るのも、バックミラーで見えない後ろも、運転手である俺達がカバーしてあげなければならない。おだててあげなきゃちょっとツンツンしちゃう訳だ。


 つまりトラックとは、見た目はパワー重量系、頼れる兄貴な姿をしていながら性格はツンデレお嬢様。このギャップが堪らない、これが萌えない訳がない。

 なのに、なのに……!


「また! 一人のトラックちゃんが! 転生の為に犠牲になってしまっっっ……!!!」


 軽く、ほんの触りだけトラックの魅力について語ったが、ここで本文の少し前に戻ろう。

 トラックを愛して止まない俺が次に好きなのはラノベ──ライトノベルである。

 ライトノベルは良い。

 失礼を承知で言うが、割と頭空っぽで読める、難しい単語や言い回し、絡みまくった伏線やご想像にお任せしますな拡げっぱなし風呂敷も殆ど無い、なんせライトな小説(ノベル)だ。

 俺がどれだけトラックを、その運転を愛していようと、やはり深夜長距離運転なんかは身体にも頭にも負担がかかる。正直給料も……高卒の俺では乾いた笑いが出てくる額だ。

 愛だけでは食っていけないのが現実。そこで頭空っぽで夢を観せてくれるのがラノベ、そして無料web小説である。特に異世界転生モノは現実逃避に向いている、きっと作者も現実逃避先としてファンタジーな舞台の俺TSUEEEなご都合異世界を書いているに違いない。


 しかし少し考えて欲しい、異世界()()である。まず転生する為に死ななければ成らないのがお決まりだ。そしてその死因に付き物なのが何か、もうお解りだろう。


「なんっでトラックなんだよ!!!」


 そう、俺の愛して止まないトラックなのだ。

 異世界転生モノが飽和状態なこの世の中「俺はトラ転した」と、冒頭を端折りに端折った作品も少なくない、それで伝わる読者も溢れている。

 異世界転生は好きなのに!

 次々と!

 トラックが犠牲(加害者)になるこの仕打ち!

 作者さん達!

 真面目で超絶テクなドライバーは沢山居ますよ!

 そんなほいほい人轢き殺しませんから!!!


「またっ! またぁ……!!!」

「『また』はこっちの台詞だっつの。相変わらず、名前の通りトラクター拗らせてるねぇ(ウン)ちゃん。お前くらいだぜ? 上がりに一服ならぬ一読してトラックトラック叫んで自家用車までトラックなの」


 血涙を流しラノベに顔を埋める俺の頭を、同じく深夜運転から上がった先輩が丸めた競馬雑誌でポコンと叩く。

 運ちゃんとはタクシーやバス、トラック運転手のあだ名だが、うちの職場や取引先、良く寄るサービスエリアの店員等、俺を知る人達は俺の名前──(はこぶ)を訓読みし「(ウン)ちゃん」と俺専用のあだ名として呼んでいる。

 そんな俺は深夜運転後に朝焼けの中、新作ラノベを読むのが好きなのだ。


「だって先輩、押されて駅のホームから落ちてーとかでも良いじゃないですか? いや俺電車も好きなんで良くないですけど」

「あーなんだっけ、幼女戦士? アニメの。オッサンが幼女になって銃ぶっ放して戦うやつ、アレそう言うのだったろ?」

「戦記、ラノベが先です! つかそうですけどそれくらいじゃないですか。やれ信号待ちで躓いて赤信号の交差点でトラック、過労でへとへとで夜道にトラック、なんか良く分からんうちにトラック! そんなにトラックちゃん突っ込まねーし俺らドライバーも突っ込ませねーよ!!! うぅ……」

「お馬さんにしときなぁ?」


 ぺらりと競馬雑誌を捲り、先輩は静かな朝焼けの中ジッポを響かせ煙草に火を付ける。「うぅ、先輩も相変わらず顔が良い……ジッポ格好良い……」「お前タバコは(むせ)せまくって無理だったろ」「あい……」「まぁジッポも凝り出すと沼だけどよぉ、」沼なのか、トラックの方が断然沼だけどなぁ。泥避けとかタイヤキャリア(予備タイヤを積むパーツ)とか、あおり(荷物の落下防止の囲い)とか、色々。


「お前さ、他に趣味持てば? お前のトラック愛と異世界転生ってやつは合わねぇんじゃね?」

「でも異世界転生好きなんですよ。ちょっとこう、深夜に走ってて、眠気が通り越した先、みたいなのあるじゃないですか?」

「あーあるある、解る。スポーツで言うゾーン? ランナーズハイならぬドライバーズハイっつの?」

「それっす。こう五感が研ぎ澄まされて……そん時に俺『今実は異世界へ旅立ってて、現実とか無縁で、でも愛しのトラックに乗ってて、このまま何処までもこいつと走れるかも』とかポエムっちゃうんすよねー」

「だいぶヤベェな。まぁ安月給だから異世界とやらに思い馳せんのは解るけど……そんなトラックトラック言ってっから女出来ねぇんだよ」

「うぐっ……競馬三昧の先輩に言われたく無いっす」


 図星を突かれて無理矢理苦い顔で先輩に返す。「いやいやお馬さんは良いぜ? 案外競馬女子っつうの? 馬のど迫力に圧巻されて『スゴーイ!』ってなる女の子多いから」因みにこの先輩は俺と給料とんとんな癖に、イケメン顔とコミュ力から結構贅沢な生活をしている……詳しく聞くとどっからどう聞いてもヒモっぽい関係だけど。

 しかし先輩よ、侮るなかれ。ドライバーズハイの高揚感、そして夕方か朝か解らないような夜と朝の境目のこの静かなひと時は非現実的で、異世界転生ラノベを読むのにピッタリなのだ。


「俺だって……! 初彼女初デートで給料うん年分で買った自慢のダブルキャル(運転席の後ろにもう1列座席を追加したトラック)で迎えに行って、女の子泣いて喜ばせたっすよ!」

「はは! それなんかのコピペで似たようなの見たな。多分女の子は外車とか、せめて日本製セダンで来て欲しかったって哀しみの涙だったと思うけど」

「ぎゃー! もうじゃぁトラックと結婚します!」

「お前のそれは冗談に聞こえねぇよ。カーセックスが違う意味に成りそう」

「可愛いかわいいトラックでそんな事しません」

「やっぱだいぶヤベェな」


 苦笑いで俺の頭をくしゃくしゃ撫でて、煙草を灰皿に捨てた先輩は立ち上がった。いちいちキザ臭い、これがモテる秘訣か。


「まぁ最近自動運転だか言っても、現実でも自動車事故トラック事故増えてるし、気をつけろよ? お前にとっては素敵な心中だろうが……俺は困るぜ」

「せ、先輩……!」

「お前色んな所で可愛がられてるから謝罪役に持ってこいだし、死別で急に仕事に穴開けられちゃ困る」

「えぇ? 俺の感動返してぇ?」


 そんな、いつもの何気ない日常だった。


 だから思いもよらなかったんだ。

 俺の目は、動体視力は、ドライブテクは(すこぶ)る良い、バックカメラなんて使わなくても愛とその目でもってトラック運転はちょちょいのちょいだ。

 でも避けられない事故もある。

 それは青信号の交差点、信号がはいどうぞとは言えど俺はきちんと上方左右、サイドミラーで後方確認をし家まで走っていた。それでも、壊れていたんだろう、下り坂だっただからだろう、ブレーキを必死の形相で何度も握り直す、焦った女子高生が左から凄まじい勢いで飛び出してきて。俺はハンドルを右に思い切り切って横転し、エアバックに顔を埋めた。

 愛車のダブルキャルが地面を滑り、ギャギャッと傷が入る音が遠く聞こえる。右耳はイカれて耳鳴りしかしないが、割れた窓ガラスの破片とアスファルトを直に感じた。

 エアバックの向こう、女子高生がひしゃげた自転車と共に吹っ飛んで行くのが(かす)かに見えた。走馬灯みたいなものか、全てはゆっくりと、彼女の四肢が有り得ない方向に曲がって血飛沫と共に飛んで行くさまもしっかりと見えてしまった。

 あの子の心配もだが急ハンドルで横転した俺も中々の重症っぽい、いや、駄目かもしれない。どれだけスマホに意識をやっても、腕は上がらずそもそも色々と感覚が無い。痛みも無いのに、やたらと身体中が熱く、早鐘を打つ心臓の鼓動と共に、ドクリドクリと命の源が流れ出るのを感じるのだ。


 それでも、これらの重圧が愛しのトラックからだと思うと好ましかった。俺のトラック愛は先輩の言う通りだいぶヤベェらしい、そして物理的にもヤベェ。俺は微かに笑って、最期のひと時に瞼を閉じる。


 もし神様が居るとしたら、叶う事なら、俺はまた(とどろき)(はこぶ)として生まれたい。トラックを愛でて、運ちゃんとしてトラックを運転して、取引先や荷物を今か今かと待ち侘びる人達に荷物を渡したい。

 再三言う、俺はトラックが好きだ、愛してる。けど、届けた先で喜ぶ顧客達の笑顔も大好きなんだ。職場は低賃金ながら、うんとよくしてくれる上司や先輩達、可愛い後輩達が居る。

 そう生死を彷徨う中、俺は強く祈った。その甲斐があったのかは知らない、知らないが──……


「ここが天国? それとも地獄か? 女子高生轢いちゃったもんなぁ。異世界転生、なんてしてたら最高なんだけど……いやまたトラックが犠牲になるから駄目か」


 ──今俺は、白い白い世界に居る。地面はマシュマロみたいにふんわりと柔らかく、でも手に取ると雪のように酷く突き刺す程冷たかった。

 色味は天国っぽいけど、感触は地獄っぽい。俺は宗教とかよく解らんから、死んだら無になると思ってたんだけどなぁ。

 もしかしたら搬送された病院で見ている夢だろうか、解析夢ってやつ? しかしあぁ、どうにも身体がふわふわ軽くて、でも寒気がする。魂、だけになったみたいに……なんちゃって。


「ま、夢で難しく考えてもどうしようも無いな。心残りはもっとトラックを愛でたい、走りたい、だから五体満足で頼むよ神様」


 そう呟いた時。


「それが貴殿の望みか」


 男か女か、幼い幼児にも、だが老成したようにも見える眩しい人型が現れた。声も、何処か脳内に直接響くような不思議な響きだ。


「…………えっえっ? 貴方は……まさか神様?」


 ラノベの知識を元に一応訊く、夢であってもこれが定番でしょ!


「そうだ私だ。私が神だ」

「お前だったのか、全く気付かなかったぞ」

「……えっ」

「アッ、すみませんつい」


 無駄な三文芝居(コント)を挟んでしまったが、聞いた話を纏めると、俺はまだ死ぬ運命では無かったらしい。

 また、意外と善行を積んでいたらしく、あの事故もやはり女子高生の自転車の故障が原因、必死で避けようとした事も評価され、詫び的な流れで転生する事となった。

 なんでもちょっと神様が目を離した隙に起こった、誠に不運な事故らしい。

 女子高生ここに居ないけど、あの子は大丈夫かな? あの子も転生するのだろうか?


「つか、つまり……俺がトラ転? トラックをこよなく愛する俺が……トラックを犠牲に……んんんんん」

「貴殿、だ、大丈夫か?」


 こうして俺は、トラック運転手にしてトラ転とやらを、長らく憧れていた異世界転生を、哀しいやら嬉しいやら、体験をする事になったのだった。


「所で俺のダブルキャルちゃんは……」

「それは一体?」

「神なら知っとこう!?」

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