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秘密のご馳走




 目が覚めたらネコが居た。


「うわっ」


 毎回、わたしはこれなんだろうか。

 前もこんなことがあったな、と思いながら、小柄な人間サイズのネコ達から距離をとる。いろんな色柄のネコ達が、うみゃあうみゃあとなにかしら喋った。

「おめざめだア」

 咽を鳴らすような喋りかたをして、灰色と黒の斑? ぶち? ええっと、灰色と黒を点描みたいに細かく散らした模様のネコが、のそのそとやってきた。

 爪をたてず、やわらかくわたしの腕を掴んで、ひっぱる。わたしは渋々、立ち上がった。


 どこだろう……?


 周囲を見る。背の高い植物や、大木があった。それに、大きな瓦みたいなものが沢山転がっている。

 灰黒のネコが、ぺろっと舌を出した。

「賢者さまア、王さまが元気になるように、ごちそうをこしらえてくださアい」

 ごちそう?




 灰黒ネコは丁寧に頭を下げ、顔を拭うような仕種をした。尻尾がひょろっと動く。このサイズで、近くで見ると、結構迫力あるな。ライオンとか虎みたい。

「ワタクシは、王さまの義理の弟です。王さまは今、元気がなくてエ」

「はあ……」

「賢者さまを呼んで、王さまが食べたがっているご馳走をつくってもらおうとしたんですウ。でもオ、最初の賢者さまは、お料理が苦手でエ」

 灰黒ネコは前肢を合わせ、もぞもぞさせた。ひげがふよふよしている。

「頑張ってくれたんですがア」

「はあ」

「お毒味役が、おなかを壊してしまってエ」

「はあ」

 どうやら、なかなかのひとが料理をつくっているみたいだ。


 若そうなネコ達がささっと寄ってきた。かおがまるい……。

「賢者さまア」

「王さまに、ご馳走を」

「僕ら、おなかを壊すのはもういやですウ」

「ささ、こちらへ……」

 灰黒がわたしの手を掴み、ひっぱる。毛がちくちくした。


 しかたないので、わたしは彼らにつれられるまま歩いていく。

 藪みたいなところをつっきると、屋根のある空間へ這入った。若いネコ達が走っていく。「王さま」

「む、む……」

 そこには、ベッドみたいなものがあって、その上に大きな白いネコがまるくなっていた。

 潰れたような顔で、毛がぴんぴんと立ち、長いひげがひょろひょろ動いている。つやのある綺麗な白だ。真珠色、と表現したらいいんだろうか。

 若いネコが二匹、その傍にまるまった。ベッドではなくて、特大のクッションだ!

「王さまア、あたらしい賢者さまです」

「む……む……あらたな賢者どの」

 王さまはぺろっと、前肢を舐める。深い紺色の瞳をしている。「わしのわがままに付き合わせて、申し訳ない……しかし、どうしても、食べたいのだ」

「はあ」

 わたしは、目が覚めてからこればかりだな、と思った。

「あのう、なにを食べたいんですか。わたしがつくれるものだったらいいんですけれど」

「ううむ。名前を忘れてしまったのだア……」

 若いネコ達がなあなあと鳴きはじめる。灰黒がひときわ大きな声で鳴いた。

 白いネコが走り込んでくる。「王さまア、賢者さまがご馳走を完成させましたア」

「む!」

 全員(全ネコ?)がそちらを見た。わたしもだ。

 白いネコの背後から、大きなお鍋がワゴンにのせられて運ばれてくる。その傍に、母が居た。




「お母さん?!」

「あら? あんた、どうしたの?」

 母はわたしを見てきょとんとしたけれど、すぐに豪快に笑った。

「ああ、夢だもんね。あんたが来てくれたら安心だわ。お母さんよりもよっぽど料理がうまいもん」

「むむ!」王さまが首をもたげた。「賢者どのの娘御であったか」

「王さま、もう大丈夫。この子ならおいしいものつくれるから」

「そうか、そうか……」

 王さまがほっとしたみたいに息を吐いた。ほかのネコ達も、安堵した様子を見せている。

 母は、へたではないのだがレシピがないと料理をつくれない。名前もわからない料理を再現することは、彼女にはできない。


「お母さん」

 大きなお鍋へ近付いていった。蓋はない。なかを覗きこむ。「なにをつくったの」

「味噌汁」

「ネコにこんな塩分が強いもの食べさせたらだめだよ」

「あらそうなの? 知らなかった」

 母はきょとんとする。仕方あるまい。残飯を犬猫に食べさせていた世代のひとだ。

 わたしは寝間着の袖をまくる。「キッチン、どこ?」




 キッチン、というか、大きなガスコンロと大きなお鍋、大きな食材の集められた、あまり衛生的とは云えない空間へ通された。

 灰黒が一緒だ。彼は顔を洗っている。「賢者さま、賢者さまの娘さま、宜しくお願いしますウ」

「はあ。あの、どんなご馳走なんですか? 王さまは、名前を覚えていないって云ってたけど」

「王さまは、ずっと昔に、お優しい賢者さまに救われました」

 灰黒はやけにしっかりした口調で語りはじめた。何度も喋ってきたことなのか、さっきまでの語尾を伸ばすような喋りかたではなく、物語の朗読のようだ。




「傷付いた王さまは、賢者さまに、あたたかいものをもらいました。きらきらした赤いもの、それに鳥、それから緑のつぶつぶがはいっています。王さまはそれを食べると、力がみなぎり、悪者達を退治することができました。

 賢者さまは度々、王さまにそれをつくってくれました。いろんなものを炒め、煮込んで、とろりとしたご馳走をつくってくれました。

 賢者さまは、ある日居なくなってしまい、王さまはそれからご馳走を食べられなくなってしまいました……」




 灰黒は語り終えると、不満げに咽を鳴らした。

「王さまのお体が思わしくなくウ……我ら、賢者さまを呼ぶことをためしたのです。いらしてくれたのですがア」

「わたしだからね」

 母が肩をすくめた。「あったかくて煮込むものって、味噌汁くらいしかつくれないよ」

「お母さん」

「茶碗蒸しもしてみたんだけど、違うって」

「茶碗蒸しはなにも炒めないじゃないの」

 母はくすくす笑っている。

 その場に居たネコ達が集まってきた。「お手伝いを……」

「あの」

 わたしは灰黒を見る。「あなたは食べたことないんですか?」

「ございみゃす」

 灰黒は目を細めた。「しろくて、あたたかくて、とろっとしていました。みるくのにおいがして」

 ふむ。




 ガスコンロの火は、ネコ達が器用にスウィッチを操作してつけてくれた。

 そこに、お鍋をかけてもらう。なんでも大きなサイズなのだが、ネコ達は器用にそれらを動かした。

 大きなスプーンで小麦粉をお鍋へいれ、バターで炒める。「人参とブロッコリーを洗ってもらえますか」

「はい」

「お母さん、切って」

「はいはい」

 母が切り刻んだ人参をお鍋へ加え、またしばらく炒める。人参の色がかわったら、乱切りの人参・鶏肉をいれ、ちょっと炒めてミルクを加える。「これしかありませエん」

「大丈夫ですよ」

 大きなスキムミルクの袋が運ばれてきた。わたしはそれをお鍋に加え、お水を注ぐ。

 ことこと煮込んで、ブロッコリーを追加した。人参とブロッコリーに火が通っているのを確認したら、できあがり。

 白くて、とろっとしていて、あたたかい、シチューだ。




 王さまがクッションから、がばっと身を起こした。「こ、この香りは……」

「王さま、これで合ってますか?」

 王さまがクッションから飛び降り、こちらへ走ってくる。お鍋の前で急停止した。ネコ達がわっと沸き立つ。「王さまが」

「王さまが動いた!」

「む。むむむ。こ、この香り。この香りだア」

 母がお鍋から、大きなスプーンでシチューを掬い、欠けたお皿へ移した。王さまが身を屈め、優雅にシチューを舐める。ぱぱっとひげを拭い、舌を出す。

「これです。これが、賢者さまの秘密のご馳走です……」


「やっぱりあんたは頼りになったね」

「お母さんも、話聴いてたんでしょ? シチューってわからなかったの」

「ぜんぜん。わたし、ルウがないとつくれないもん」

 母は恬然としていて、わたしは思わず笑った。

 ネコ達はお鍋へ顔をつっこむみたいにして、シチューを食べている。ネコがこれを食べて大丈夫か、と今更心配になる。でも、言葉を喋るネコだし、普通のネコと一緒にしてはいけないのかな……?

「賢者さまア」

 灰黒がやってきた。頭を下げている。

「ありがとうございますウ。賢者さまと娘さまのおかげで、王さまが元気を取りもどしましたア」

「役に立てましたか? あれは、シチューって云う料理ですよお」

 語尾がうつってしまった。灰黒が笑い、わたし達親子も笑う。

「賢者さま達、ありがとうございます。これからは、賢者さま達のお家を、我らでおまもりしますウ」

「はあ」

「ありがとうございますウ……」






 ベッドの上で体を起こした。また、変な夢だ。

 目をこする。ベッドを降り、洗面所へ向かおうとする。

 ローテーブルの上のケータイが鳴った。「はい、はい」

 ケータイをとりあげ、タップして耳へあてた。

「はい?」

「起きてる?」

 母だ。

「ねえ、お母さん今、変な夢見てね。あんたがネコに……」




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[良い点] 人間サイズの猫がうみゃうみゃ言いながらシチュー食べるのいいですね…可愛いな…! 猫の王様にシチュー食べさせてくれた人は死んじゃったか年取って料理出来なくなったんだろうな…とか思うとせつない…
[良い点] 何となく、主人公はエビソードの人と同じかな、と思ってしまいました。 猫ちゃんの語尾が伸びてるのが可愛くてツボです。 ホンワカした挿し絵が付いたら児童文学になるのになぁと思って読んでました…
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