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第102話『呪いの勇者と涙の一滴《ひとしずく》』


 「雨、ですか。貴様ら、呪いの勇者の最後には相応しい天候だ。弔いの雨になるだろうよ」


 「ごたくはいい。さっさと始めようぜハゲ頭。テメェの首は俺達が頂くぜ!」


 対策なんて、立てる程の時間と余裕すらなかった。まぁ、探す手間が省けてよかったけどな。許しちゃいけねぇんだよ。


 先輩を殺したこと、ヒスイの想いを踏み躙ったこと、勇者を利用するだけして、自分は高みの見物を決めてやがる。そんな野郎を俺は、必ず殺してやると誓ってやるさ。


 さっさと片付けてやりたいが、ヒュンレイの様子が何やらおかしい。まるで、俺達をあざ笑うようにヒュンレイは、とある物をみせびらかし、気が狂いそうな程の高笑いをしてみせた。


 これで、お前達は詰んでいる。


 そう言いたげな顔つきだった。


 「見よ、これが私の研究の集大成。神器を超越した神器【デスピア】だ」


 「その槍は、まさか一樹のか!? けど、なんか少し違げぇな。ありゃ……」


 「マスター、あの槍にはカヤモリ様の神器が埋め込まれています。いや、まるで溶け込んでいる。もしや、融合させたのかもしれません」


 「融合て……。マジかよ、なんでもありじゃねぇか」


 勇者以外があんな武器を持つだなんてな。普通使いこなせないはずだが、これも先輩の遺品の能力なのだろう。


 何が研究の集大成だ、ふざけやがって。先輩の創った物にあやかっただけじゃねぇーか。恐らくは、俺の諸刃の剣でも破壊は不可能だろうが、しの後の言っている場合じゃねぇ。


 無策ではあるが、挑み続けるしか方法はないのだから。


 「訳の分からねぇオモチャ持って来やがって。行くぜみんな、戦闘開始だ! マリエル、詠唱開始!」


 「はい! 慎重にお願いしますよ。まだあの槍の性能は分からないのですから」


 「あぁ、任せろ」


 【スロー・ギアクル】


 駆けろ、駆け続けろ。ちょっとしたチャンスすら逃す訳にはいかないし、ミスは死を意味すると心に刻め。絶対に諸刃の剣を通すんだ。


 何度、振りあげたって構うものか。どれだけ血を吐いてでも、この剣は精霊殺しを追い詰めてやらぁー!


 「うらぁぁぁぁ!」


 ーーブンッ!!


 ーーガキンッ!!


 「浅い、浅いなぁ呪いの勇者。そんな剣が、私に届くと本気で思っているのかね? 無理なのだよ、諦めろ。何度やっても同じだ。この槍デスピアは、一突きで生命そのものを奪う、完全無欠であり、どの勇者の武器よりも優れた聖槍だ。お前の欠陥品とは違うんだよ!」


 ーーバチンッ!!


 どんなに加速したって、あの槍の捌きに追いつけやしねぇ。


 血は止まらねーし、槍で体を薙ぎ払われて地面に叩きつけられる。ブレットやアリアドネが、フォローや牽制をしてはくれているけどこのザマさ。


 何度挑み続けても、精霊殺しに撃ち落とされる。ダメなのか、俺は何を間違えているんだ。その問いに諸刃の剣は答えない。正しい用途って何なんだ! 


 疑問が謎のまま、俺は諸刃の剣を振ることしか出来ないのである。


 「もうよいでしょ。無駄だったのですよ。呪いの勇者、まずは貴様をこの槍で殺して差し上げよう!」


 「な、!?」


 投げ飛ばされた衝撃で、体を動かせる状況じゃねぇ。回避しようもねぇ攻撃が、精霊殺しから放たれる寸前のこと。ガードか、諸刃の剣を押し通すか。その選択を強いられる。


 あの槍に抵抗できんのか?


 するしかねぇよな。逃げ場なんかあるはずもねぇんだ。死ぬかも知れねぇが、俺は諸刃の剣を持ち上げようとしたんだけど……。


 「駄目です、マスター!」


 ーーガシャーンッ!!


 俺の目の前には、ヒスイがいやがった。


 「ヒスーイ!」


 「……お怪我、ありませんでしたか?」


 人の心配してる場合じゃねぇ。ヒスイはデスピアに腹部を貫かれているんだ。まともな感情でいられるかよ。一番、起きてはならない状況を俺は、目の当たりにしてしまったんだから。


 「何で俺を助けたんだ! 今飛び出したらどうなるかぐらい分かっていただろう!」


 「分かって……いましたよ? マスターが死ぬところ……でしたから」


 「だからって何で……。ヒスイが死んだら意味ないだろうが! これからもっと、みんなで笑い合うんだろ。一緒に冒険したかっただろ。俺の側に居たいんじゃなかったのかよぉー!」


 「充分、貰いましたよ。仲間との絆も、マスターの愛情だって。これは私の宝物です。出来るなら、もっとマスターの側に居たかった。でも、おかしいですよね。私はドールだと言うのに、これで最後だと思うと、とても痛いのです」


 痛覚がある訳でもない。


 勿論だが、槍のせいでもない。


 それは、ヒスイの心のことなんだ。


 ヒスイには、あの槍の一撃で俺が死ぬと分かっていたんだな。だからってあんまりだぜ。ヒスイを護る為に戦ってたのによ。これじゃ、誰も報われやしない。


 感情なくして、俺を庇うなんて行動は出来やしないんだ。彼女はドールでも何でもない。ただの可愛らしい、感情豊かな女の子なんだから。


 「マスター、私を抱き締めて頂けますか?」


 「あぁ、何度だって抱き締めてやる! だから、死ぬな! ヒスイ!」


 「駄目ですよ? 諦めの悪い男はモテないと、カヤモリ様が言っておりました」


 「諦められる訳ないだろうが! 俺が護るって言ったんだ。モテなくて別にいい! これからだったのに、これじゃあんまりだろ……」


 「私の夢、叶いました。マスターに、抱き締めて貰うことです。こんなにも温もりがあるのですね。恋をしてみたかったのですよ。いいえ、きっと私はマスターを愛していたんだと思います。その温もりの中で死ねるのでしたら、私にはきっと贅沢な最後ですね」


 「最後になんて絶対にさせねぇぞ! 恋していいんだ。ヒスイにだってその権利がある! 恋がしたいってのは人間が思う感情なんだからよ。ヒスイはもう立派な人間以上に人間なんだ!」


 「そうですか。私は人間になれたのでしょうか。どちらでも良いことですね。マスター……私に……感情をくれて……ありがとう……」


 マギア・ドールのヒスイはだんだんと、言葉の力を弱めて、次第に声を出さなくなった。それは、彼女の死を意味しているのだろう。


 こんな大雨だってのに、ヒスイの表情はすっかり晴れていやがるんだ。


 瞳から流れ出た一滴ひとしずく


 それは、ヒスイの涙か。 それとも雨水か。


 決まってんだろ。


 これは、ヒスイの涙なんだ。


 ドールではあり得ないことだけど、そう思ってやらないとヒスイが浮かばれやしない。もう一度、俺は諸刃の剣を取ろう。


 ドス黒い感情を捨てろ。


 ただ、一撃を決める為に。


 ーードックン……。


 分かってんだろ諸刃の剣。ここでやんなきゃ、お前は本当のナマクラ武器だぞ。ヒスイの涙を力に変えて、その全てを精霊殺しにぶつけてやって欲しい。


 「なんと! 勝手に死んでくれるとは手間が省けますね。これで私の悲願は叶いました。あの忌々しい産廃は始末した。残るは貴様、呪いの勇者だ!」


 「ーー臭っせぇ口でヒスイの最後を語るんじゃねぇよ」


 「ふっ、今のお前に何が出来……」


 ーーブンッ!!


 ーーバコォォォォン!!


 翡翠色に輝く諸刃の剣が、精霊殺しを一閃した。


 届く筈のなかった諸刃の剣の斬撃は、何故だか精霊殺しを捉えて、地面に叩きつけてやりやがったんだ。直撃とまではいかなかったが、結構な痛手だろう。


 ヒスイが力を貸してくれてるのかもな。


 俺はそう思いたい。


 ーーヒスイの涙を俺は、無駄にしたくない。大切なもんは、失うと返って来ないことぐらい知っている。もう何も失わないように、俺に力を貸せ、諸刃の剣。

 

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