独り飲み
夜の街を2人と1人で歩いていた。
今日は大学生になって初めて友人と飲みに出ていた。
サークルの同期の望と相沢と僕で駅前の繁華街に来ていたのだった。
僕たちは、3人で歩くとき基本的に2人が前を行くことが多い。僕はいつも、それを見ながらついて歩く。
1軒目の居酒屋を出ると、前の2人はやけに距離が近く感じた。先の居酒屋や、普段の生活の中で、僕たちが喋るときは、僕がハブられていると感じるようなことはない。いや、今もハブられているというわけでは、ないのだ。ただ、3人が横並びで歩くというのはマナーも悪いし、歩きづらい。だから僕はいつも少し後ろを歩くのである。
居酒屋を退出してから、妙に距離感の近い2人を見ながら歩いていると、なんだか、初めて飲んでかなり酔っているはずのお酒をもう少し飲みたくなった。
「ねえ」
僕は前の2人に聞こえるように、少し大きめに声をかける。
「やっぱり、もう1軒行かない?」
こちらに振り向く2人は赤らめた顔を、一瞬だけしかめたように見えた。だがすぐに笑顔になって。
「いいよ。どこがいい?」
と、望が聞いてくれた。
初めてお酒を飲む僕が、行きたいお店など思いつくわけもなく、しばらく周りを見渡す。
周りには千鳥足で歩くおじさんや、客を呼び込むお姉さん、手をつないで歩くカップル(であろう2人)などが歩いていた。そんな人たちと目が合わないように店を探すと、少しほの暗い看板の、おそらく飲み屋であろう店を見つけた。正直どこでもよかったし、おしゃれそうな雰囲気のそのお店を僕は提案し、2人も特に反対することなく、そこに入ることになった。
「……いらっしゃいませ」
店に入ると中年の男性の店員が静かに迎えてくれた。僕たちのような大学生が来るには少しばかり大人びたその店内の雰囲気に緊張しながら、勧められたカウンター席に並んで座る。
こういった場所では何を注文するのだろう。とりあえずビール、というわけにはいかなさそうだ。
「おすすめってありますか?」
やはり2人も同じように感じていたのか、相沢がマスターに聞いた。
マスターはうなずくと、大きな瓶に入った茶色っぽいお酒を、小さなグラスに注いで出してくれた。
「ウイスキーです」
中に球状の氷の入ったそれは、飲むと適度な冷たさで、高い度数にもかかわらずするっと喉を通り過ぎた。
「お前、ショットバーなんてなかなかおしゃれなところを選んだな」
「そうだね、それに意外とお酒を飲む」
相沢と望が僕を褒める。いや、お酒を飲むっていうのは褒められているのか?
「なんとなく目に留まったんだよ」
僕は手元のウイスキーを見つめて答える。
グラスを置いて、僕は手を椅子の下に持っていく。
「今日は終電までこっちにいるのか?」
相沢が僕に尋ねる。
「いや、そのつもりはないな。ここで飲み終わったらさすがに帰ろうと思ってるよ」
「そうか、残念だな」
そう言った相沢の横で、望が少しホッとしたような表情を浮かべたのを見てしまった。
「2人は今日帰るの?」
それを見た僕はつい、聞き返してしまった。
望は黙ってウイスキーを口に含んだ。
相沢は何か答えようと考えているのか、こちらを見て何も話さない。
時間にしたら沈黙はとても短い時間だったと思う。
その短い時間のうちに、僕はグラスの中の氷が、きれいな球体から、少し、ほんの少しだけいびつな形になっているのを見つけてしまった。
それは夜空の満月が、何一つかけることのない望月が、時間の経過によって欠けてしまったようなはかなさを連想させたのであった。僕たちの関係性の決定的な変化を見つけてしまったのだ。
僕はやはり1人で、椅子の下にある小さな錆を手でいじっていた。