信じられない事が起こった
私がうまくアッサイ様や殿下を回避できなかったのが悪い。面倒な事になる前に、なんとかこの場を離れなくては。
「ルシャ……」
小さく声をかけて、ビクリとした。
ルシャが、笑ってるのに笑ってない。
「レオニー、ちょっとだけ待ってて」
「あ、ああ……」
謎の迫力に押されて頷けば、ルシャは殿下を見上げて言葉を返した。
「ロベール殿下、お気遣いありがとうございます」
にっこりと笑って礼を述べた後、ルシャは「けれど」と付け加える。
「僕にとってはレオニーこそ、この国で最も惹かれる女性ですので他の女性の紹介は不要です」
ぎょっとした。
私を庇うためだとしても、そんな風に言ってくれるのは嬉しい。
嬉しいけれど、殿下の前でそんな事を言ってしまったら。
怖々と殿下を見てみたら、案の定ものすごくバカにしたような表情でルシャを見下ろしていた。
「はぁ? この見上げる程デカい、男か女か分からないようなのが好みか。趣味が悪いな」
「優しくて、勇敢で、誠実で、皆に親切で偉ぶることもない……かっこいいのに笑うと可愛い、僕の理想の女性です」
そう言って私の手をとり、私を安心させるように微笑んでくれる。
「ルシャ……」
殿下にバカにされても一歩も引かない。思いがけないルシャの強さに、私の心臓は急にバクバクと跳ね始めた。
こんな……こんな気持ちは、初めてで……どうしたらいいのか分からない。
私の戸惑いを察したのか、ルシャは私の手を握る指に、そっと力を込めてくれる。そして、殿下を見上げてはっきりと言った。
「僕はレオニーがどれだけ大きくたって別にいいけど、殿下にとっては身長差はすっごく大事な事のようですね。ですがご心配なく」
にっこり笑って、ルシャは懐から取り出した小さな丸薬を飲み下す。
すると、信じられない事が起こった。
「ル、ルシャ……?」
「まだ成長期が来てないだけで、僕、三年後には確実にこれくらいにはなるんで」
ルシャがそう言う間にも、見る間にルシャの体がむくむくと大きくなっていく。
肩幅も広くなって、腕も首筋も太く強そうに変化した。喉仏がせりあがり、私の手を握ってくれているほっそりした指が骨張った男の手に変わり……身長がぐんぐんと伸びて、ついには私を追い越してしまった。
「えへへ、意外とおっきくなれるみたい、僕」
私にそう囁いて笑いかけてくれるその顔は、ルシャだけれど、ルシャじゃない。
少し面長になって、ふっくらした頬はシャープに、零れ落ちそうだった大きな目は大人の落ち着いた印象を醸し出すパーツに変貌していた。