なんで血ぃダラダラ流しながら笑ってんの……?
辺りを見回してみたら蛇口の向こうの大木から、なんとも繊細そうな……まるで妖精のような男の子が顔だけ出してこちらを見ていた。
ふわふわした淡い若草色のポニーテールと神秘的な薄い桃色の瞳、透き通るような白い肌には見覚えがある。海の向こうの国から来た森の民、フルール嬢とまったく同じ配色だ。
ただし全体的に優し気で明るい印象のフルール嬢と違って、こちらの男の子はネコのようなツリ目が可愛いけど、びっくりするくらいの顰めっ面。今も木にしっかりとしがみついていてガードが硬いし、到底話しかけやすいタイプじゃない。
そういえばあの国からはフルール嬢ともう一人、派遣されていたんだっけ。選択する科が違うからか、あんまり会ったことなかったなぁ。
「ちょっと怖いんだけど。なんで血ぃダラダラ流しながら笑ってんの……?」
「ああ、ごめん。血は単に止まらないだけなんだけど、笑ってたのは自分の馬鹿さ加減にだよ。模擬戦でまともに剣をくらっちゃってさ」
「……笑い事じゃないじゃん……」
顰めっ面のまま呆れたみたいに言ったと思ったら、木の影に隠れてモゾモゾしたあと、またぴょこんと顔を出す。思いっきり顰めっ面のままなのに、なんだか可愛らしい。
いいなぁ、私もこんな顔と背丈と雰囲気に生まれたかった。いやでも騎士にはなりたいから、やっぱり今のままでいいのか。
何回もやってきた自問自答を飽きずにまたやってしまった。
私の中にはいつだって、可愛い女の子になりたかった思いと騎士として立派になりたい気持ちが同時に存在する。育ってしまった今となっては、可愛い女の子になるのは無理だから立派な騎士を目指している訳だけれど、ふわふわした可愛らしい子を見るたびに、羨ましい気持ちが湧き上がるのだけはどうしようもないんだよね……。
「ちょっと……僕、男なんだけど。背だって別に、これから伸びるし」
男の子はさらに憮然とした表情でそう言い放つ。
あれ? 私声に出してたっけ? と疑問に思った瞬間、男の子がポイッと何かを投げてきた。
パシっと片手で反射的に掴んで見てみれば、それは可愛らしいガラスの小瓶に入ったクリームのようなものだった。
「何?」
「傷薬だよ。その傷、ほっといたらグロい傷跡になっちゃうじゃんか」
驚いた。
優しい子だなぁ。人と関わるのは嫌いっぽいのに、私が酷いケガをしているのを見て放っておけなくなったんだろう。
「早く塗りなよ。止血効果も高いし治癒力MAXだから、その酷い傷だって跡も残らないと思う」
「治癒力MAXって……そんなに高価な薬、貰えないよ」
開けた小瓶を慎重に閉じた。治癒力MAXなんてそんなレアな薬、こんな街中でそうそう手に入る筈がない。けれどこの子はきっと森の民だ、彼らだけに伝わる秘薬を持っているのかも知れなかった。