【ルシャ視点】ちょっとだけ悔しい
「お前、ちょっと来い」
不機嫌丸出しの声でそう言った男が、僕の目の前をのしのしと歩いて行く。
身長が高いからその分足も長くて、別に走ってるわけでもないのに進むのがめちゃくちゃ早い。僕が小走りになってるのも気づかないんだろうなぁ、怒りすぎて。
ダグラスから出てる怒りの感情がストレートすぎて、なんだかおかしくなってきた。
「わっ」
笑いを噛み殺しながら歩いてたのがいけなかったのかな。ピタ、と急に止まった騎士らしい広い背中に、思いっきりぶつかってしまった。
止まるなら止まるって言って欲しいよ、鼻打っちゃったじゃないか……。
「すまん」
「いいけど……」
怒ってるくせに、悪かったと思うところはちゃんと謝るとこ見るに、やっぱりいいヤツなんだよなぁ。
そんな事を思いながら、レオニーよりもさらに背が高いダグラスを見上げたら、ヤツは心底困ったような顔でこう言った。
「お前なぁ……本当に勘弁してくれよ」
「何がさ」
実はダグラスが言いたいことくらいだいたい想像はついてるけど、あえて分からないふりをした。
「レオニーの様子、見ただろう? アイツはまだ恋だの愛だの、考えてもねぇんだよ」
「ま、それはそうだろうね」
そこには普通に同意する。
「自分に声をかけてくれるのは友情に篤い人だと思ってるっぽいけど、でもさ、だからって別にレオニーのペースに合わせる必要はないでしょ。僕はダグラスみたいに気が長くないんだよね」
「別に気が長いわけじゃない……俺は俺なりに考えてるんだ」
「ふうん」
「レオニーはまだ婚約を解消されたばっかりで、護衛を外されたことを気に病んでる」
僕がおもいっきり『興味ない』って返しをしたのに、ダグラスは勝手に話し始めた。もしかしたら、誰かに気持ちを話してしまいたかったのかも知れない。
でも確かにダグラスの性格から考えて、こんなこと気軽に誰にでも言えないのかも知れない。そう思ったら、聞いてやってもいいかと思えた。
ダグラスは僕に視線を合わせることもなく、なんだか思い詰めたみたいな顔のまま、独り言みたいに呟く。
「俺の剣をよけきれなくて顔に大けがするくらい、気持ちが乱れてた。あんなレオニー、初めて見たんだ。自分でも気がついてないかも知れないけど、レオニーはきっと、すごく傷ついて苦しんでる」
ハッとした。
きっとこれは、ずっとレオニーと手合わせしていたんだろうダグラスだからこそ分かることなんだろう。
二人の長い歴史を感じて、ちょっとだけ悔しかった。