不穏なざわめき
「お姫様、お手をどうぞ」
この手を取ったら了承のサインだ。こうして手を差し伸べて貰うのは、やっぱり嬉しかった。
ルシャの手をとると、周囲からきゃあ、という小さな悲鳴が聞こえたり、バタバタと走り去る音が聞こえたり、なんだか騒がしくなってきた。
「あはは、皆驚いてるね」
ルシャが私の手をとったまま、愉快そうに笑う。
「そうだな。こんなに目立つとは思っていなかった」
「ねぇレオニー、髪の毛一本貰っていい?」
「? いいけど」
プチッと髪を抜いてルシャに渡すと、ルシャは「ありがとう」と受け取ったあと、ハッとしたように言葉を足す。
「他の錬金術師とか魔術師に、そんなに簡単に髪の毛とか爪とか体の一部をあげちゃダメだからね!?」
「ダメなのか?」
「危険だよ! 悪用することもできるんだから」
「そうか、分かった。ちなみにルシャは何に使うんだ?」
「夜会のアクセサリー作るのに使うんだよ。僕が身につける分は、本当のレオニーの髪色でアクセサリーを作る」
「ははは、ルシャは凝り性だな。じゃあ、これもルシャの本当の髪色なんだ」
「当たり前でしょ」
談笑する私達は、周囲から見たらとても仲睦まじく見えるだろう。
明日にはそれなりに噂になるだろうなぁ……。
一抹の不安を感じた私の耳に、なんだか不穏なざわめきが聞こえてくる。
「こっちです!」
「本当に受けたようです!」
バタバタと足音を響かせて走ってきた輩を見て、私はうんざりした気持ちになった。
なぜ、アッサイ殿達がこんな中庭なんかに。昼休みと言えばサロンでゆったりとくつろいでいるはずの時間だろうに。
と思っていたら、今度はその後ろから、どす黒いオーラをまとった殿下が現れた。
「……レオニー、貴様」
憎々しげに私を睨んでいるが、貴様、なんて言われたのは初めてだ。先日お父様から苦言を呈されたのがよほど腹に据えかねたのだろうか。
あ、ジュール。
殿下の後ろで頭を抱えて苦悶の表情を浮かべているジュールに目配せしてみたけれど、胡乱げな目でため息をつかれてしまった。申し訳ないが、ため息だけじゃ姉さん、ジュールが何を伝えたいのか分からないよ……。
「俺との婚約が解消されてそう日も経っていないというのに、レオニーがエスコートの申し込みを受けているというから来てみれば……いい身分だな」
殿下の口から、呪われそうなくらい重々しい声が聞こえてくる。しかももの凄く皮肉を込めた言い方だ。やっぱりお気に召さなかったらしい。
「申し訳ありません、殿下はフルール嬢をエスコートされるとのことだったので、問題ないかと思ったのですが」