結構、傷ついてたんだなぁ
それから僅か二時間後、私は騎士科の修練場に併設されている蛇口の前で、流れ行く血を眺めながら己の未熟さを恥じていた。
「大丈夫か」
ダグラスの心配そうな紺色の瞳が私の顔を覗き込んでくる。
ロベール様たちと別れた後、騎士科の訓練に混ぜてもらったのはいいが、ダグラスとの模擬戦の最中、顔に思いっきり剣を受けてしまった私は絶賛大流血中だったりする。そりゃあ心配もされるだろう。刃をつぶしてある剣で助かった。
ダグラスは同年では唯一私と張るくらいの剣技を有する実力者ではあるけれど、それでもいつもならあれくらいの太刀筋、普通に避けたはずなのに、まったく我ながら何をやっているんだか。
やっぱり結構、傷ついていたんだなぁ。あんなに集中力に影響が出るなんて。
お父様が言うような鋼の精神になんてなれそうもない。ロベール様を危険に晒す前に護衛の任を解かれたのは、王家や我が一族にとってはむしろ良かったのかもしれない。
内心さらに落ち込みつつも、私はダグラスに声をかける。これ以上彼の時間を奪うのも申し訳ないし。
「大丈夫だよダグラス、これくらい慣れてる」
「嘘つけ、こんな酷いケガ、そうそうあってたまるか。全然血が止まってねえぞ」
「止血くらい自分で出来るから、もう戻っていい。悪かったな、ちょっと油断した」
「なんでお前が謝るんだよ」
ダグラスは悔しそうに言うけれど、はっきり言ってダグラスの方が明らかに被害者だ。
模擬戦で傷を受けるなんて避け損なったこっちが悪い。なのに私が女で、かつロベール様の婚約者だから、ダグラスだって心配せざるを得ないんだと思う。本当に悪いことをした。
明日になれば婚約が解消されたことが正式に発表されるだろうけれど、今日だけは余計な心配をかけざるを得ない。ごめん、と心の中で謝りつつ私は傷口を圧迫して笑って見せた。
「本当に大丈夫だよ。教官にどやされるぞ、早く戻った方がいい」
「バカ、傷が残ったらどうする」
「はは、うちは代々騎士の家系だからな。効果の高い傷薬も持ってる。本当に心配しなくていい」
嘘だけど。
そんな都合のいい薬なんかあったら騎士団で流通してるしね。でも、ダグラスの心配を軽くするには十分な嘘だろう。
後ろ髪を引かれたような顔で振り返り振り返り去っていくダグラスを見送って姿が見えなくなった途端、血の気が引いたようにくらっとして、私は蛇口にもたれかかった。
さすがにちょっと貧血っぽいかも。これだけ血が止まらないレベルなら本当に傷が残る程のケガだったんだろう。
顔に傷、か。やれやれだ。
同年の男達よりも高い身長、ロベール様に強制された結果すっかり身に馴染んだ男言葉と男子の制服。しかも王家から婚約破棄された上に顔に傷まで拵えたとあっちゃ嫁の貰い手なんてある筈もない。
ここまでくれば笑いも出る。
自分の女性としてのマイナススペックに苦笑しつつ、騎士として高みを目指して生きていこう、と腹を括った時だった。
「何笑ってるのさ……」
めちゃめちゃ怪訝そうな声がどこからか聞こえてきた。