面倒な方に会った
ルシャの通行証の交渉をすべく、お父様と共に王城を訪れていた時のことだった。
「レオニー!」
聞き慣れた声に名を呼ばれて、私の肩は僅かに揺れた。
どう考えてもこの声は殿下だ。
殿下が私にわざわざ声をかけてくるとは珍しい。そもそも同じアカデミーに通っているとはいえ、殿下の婚約者ではなくなった私は、新年度に入った今、騎士科に転籍している。もはやアカデミーでもそうそう顔を合わせることすら無い。
どんな顔をしてお会いすればいいのか分からないから、私にとっては一気に気が楽になったのだが。
しかしもちろん無視するわけにはいかない。
お父様はまだ交渉から戻っていないし、ここは私が応対するしかないだろう。背筋を正して振り返ると、なぜかいきなり不機嫌全開の殿下が足早にこっちに向かってくるのが見えた。
うわぁ……相変わらず私には文句しかなさそうな顔だなぁ。そんなに嫌なら声をかけなければいいのに、それでも声をかけるって、いったいどんな大切な御用なのか。
内心うんざりする気持ちが起こってしまうが、余程大切なお話なんだろうと気持ちを切り替えて、私は真剣な表情を貼り付けた顔で振り返る。
「お久しぶりです、殿下」
「殿下……?」
怪訝な顔をされるが、もちろんもはや婚約者でも護衛でもなくなった今、仮にも女性である私がロベール様などと気安く呼ぶ気など無い。
そして、私が何を言っても気を損ねる気しかしないから、はっきりそれと告げるのは愚策だと思うから、私はさっさと話題を変えることにした。
「何かありましたでしょうか」
「あ、ああ……」
殿下はなぜか口ごもる。
そしてハッとしたように顔を上げると、険を含んだ目で私を睨んだ。
うわぁ。久しぶりに話すというのに、びっくりするほど通常運転だな。私は内心苦笑した。
「レオニー、お前……。騎士科に転籍したというのに、未だに課外の鍛錬にも参加していないそうではないか。俺の護衛から外れたからと言ってたるんでいるのではないか?」
なんと、思いがけないところで叱責を受けてしまった。
そういえば先日殿下と街でお会いしたときも、アッサイ殿達が私が鍛錬をサボっていると言っていた、と軽くイヤミを言われたのだった。
アッサイ殿達だって、そもそも騎士科でもないしたまに課外の鍛錬に顔を出すだけだというのに、わざわざ私の動向を殿下にお伝えすることもないと思うのだが。
もう放っておいてくれればいいのに。
若干不満にも思うが、まぁ、ルシャの新居探しで忙しくて、確かにこのところ課外の鍛錬には参加していない。