頑張ったのは弟です
「姉上!」
「ジュール、頑張ったな」
「あとでたっぷり褒めてよね」
茶目っ気たっぷりにウインクして見せるのは私の可愛い弟、ジュールだ。
私と似た真っ赤な髪に勝気そうな目、小麦色の肌は健康的な魅力がある。私よりも二つ年下でまだ体は細さが目立つけど、剣術の腕もいいしなんせ頭がいい。自慢の弟だったりする。
ロベール様は確かに婚約の解消を望んでいたけれど、それが実現したのはひとえにこのジュールが頑張ったおかげだ。
婚約が解消になった場合、女性である私が殿下の身近で護衛をするのは問題がある。さりとて同学年の者でないと常にお傍に侍るのはなかなか難しい。私の代わりに殿下をお傍で守ることができるよう、ジュールが密かに飛び級の試験を受けていたんだ。
婚約解消が正式に決まったということは、ジュールが飛び級試験に無事合格したに違いない。
きっとすごくすごく頑張ったんだなぁ。ここにロベール様が居なければ抱きしめて全力で褒めたたえたと思う。ジュール、ホントすごい!
内心の興奮をできる限り抑えて、私はロベール様に宣言する。
「婚約が解消される以上、女である私がロベール様のお傍に侍るわけにはまいりません。本日よりこのジュールがロベール様の護衛として、常にお傍でお守りいたします」
「は!?」
予想していなかったのだろう、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をするロベール様に、ジュールは恭しく頭を垂れた。
「飛び級の試験に無事合格しまして、来週から始まる新年度からはロベール様と同じ学年で学ぶことができることになりました。姉の代わりをしっかりと務めることができるよう誠心誠意お仕えします。よろしくお願いします!」
「あ、ああ、よろしく頼む……」
ジュールの勢いに押されて、ロベール様があいまいに頷く。ロベール様は私にはあたりがキツいけど、他の方の前ではむしろ穏やかで、しかも押しに弱い。ジュールにはもちろんその辺りはしっかり伝えてあるから、ジュールも勢いで押す作戦なんだろう。
「い、いやそうじゃなくて……え? 護衛も代わるのか?」
「はい。元婚約者の私がお傍をうろうろしては、新たに決まるであろうロベール様のお相手の方にも嫌な思いをさせてしまうでしょうし」
「護衛だぞ?」
「それでも気になるのが女性というものですから。ロベール様と新たな婚約者の方には、できうる限り気持ちよく学生生活を送って欲しいという配慮でございます」
なんなら目にも入らないよう、婚約解消が決まった場合私は騎士科へと進むことになっているのだ。
「ではジュール、頼んだぞ」
「はい、姉上! お任せください。さぁロベール様、行きましょう!」
ジュールの勢いに押されてアカデミーの宿舎へと進みながら、ロベール様は微妙な顔で何度もこちらを振り返っている。
勝ち誇ったような顔で『婚約解消!』と伝えてきた割に、想定外の事が起こって戸惑っている姿に、ちょっとだけすっきりした私だった。